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第3話

 フルグライト様は部屋から出るなり、わたしの腕を掴んだ。さすがに武人の手だ。一度掴んだら、なかなか放さない。


 ずんずんと大股で歩き、そのまま、止まる気配なくわたしを目的地まで引きずっていく。お城でもあまり足を踏み入れたことのない、騎士たちが寝泊まりする場所へと向かう。中でも通路の奥まった部屋の前に連れていかれる。


「あ、あの、ここは?」


「俺の部屋だ」


 つまりはフルグライト様が寝泊まりしている場所に連れていかれたわけだ。確か、女性禁止だったはずだが、フルグライト様は気にしたふうでもなく、わたしを部屋へと押しこんだ。広い部屋を見渡す暇も許されずに、長い腕に抱き締められる。


「もう無理だ、待ちきれない」


 そんな物騒な言葉を吐き、わたしを寝台に押し倒したかと思えば、その隣に大きな体を寄せてきた。


「フルグライト様、あの、何を?」


 フルグライト様はわたしの首の横に肘をついて、顔をのぞきこんでくる。


「お前をもらい受ける」


 「もらい受ける」とはどういう意味かとたずねようと思ったのに、すぐに唇にあたたかいものが落ちてきてやめた。


 かたちを確かめるように何度も。触れるだけだったのに、ついばむように唇が吸われていく。少し息を入れようと開いた唇に、フルグライト様の舌が入ってきた。後頭部を支えられて、絡み合い、どんどん深くなっていく。息ができなくて、たまらずに、フルグライト様にしがみつく。あとはあまりよく覚えていない。


 途切れ途切れにフルグライト様の腹筋が前後する場面くらいはあったかもしれない。気づいたら、ふたりとも裸で、同じ寝台の上にいた。


 まさかこんなことになるなんて。あのわたしのことを嫌っているフルグライト様と一夜を共にするなんて。


「ん……」


 フルグライト様の眉間にしわが寄る。何度目かで眉間が開くと、瞼が上がって青い瞳がこちらを見つめた。


「あ、あの、フルグライト様」


「え?」


 術が切れていなければ、また抱き締められるかと思っていたが、フルグライト様の様子がおかしかった。青い目が瞬いたあと、体にかけた布をはいで自分の腹筋辺りを確認し、次には横にいるわたしの体をじっくり見回す。特に胸のときは長く見られた気がする。恥ずかしくて、布をたぐり寄せて体を隠すと、ようやくフルグライト様の視線から逃れられた。


「な、何てことを」


 ずいぶんと動揺しているようだ。落ちこんでいるのか、頭を抱えてうつむく。それはそうだと思う。嫌いな女と一夜を共にしたのだ。


「……覚えていない」


 なるほど。術のせいで記憶も失うらしい。だから、わたしに抱きついてからの「俺の女だ」発言も、部屋に連れこんでからの積極的な行為も、覚えていないと。術の効果はせいぜい半日が限界のようだ。


「俺は、その、お前と?」


「し、したかと聞きたいのですか?」


「あ、ああ」


「し、しました」


 わたしの腰がまるでダメになるくらいには。それを言ってしまうと、フルグライト様の顔色は一気に悪くなる。余程、この人はわたしが嫌いなのだ。術のせいだとはいえ。


「すまない」


「謝らないでください。術のせいですし」


「いや、術のせいだけではない」


 フルグライト様の言いたいことがわからなくて首を傾げる。


「あのう?」


「い、いや、何でもない」


 とにかく裸のままではいられないと、フルグライト様は忙しなく動き出した。寝台の下にぶちまけられた服をかき集めて、身につけていく。わたしも動きたいのだが腰が痛い。今まで、こういった経験はなかった。男の人とそういう雰囲気になったことも、よく知らない場所で朝を迎えたこともない。


「お前も着替えろ」


 そうは言われても腰が痛んで寝台から起き上がるのがきつい。


「どうした?」


「腰が痛くて」


「そ、そうか」


 うろたえたようなフルグライト様を見たのははじめてかもしれない。わたしの下着や着古した魔術師のローブを、ぞうきんでも摘まむように恐る恐る持ち上げる。そのとき、顔半分を手で隠しているのは、魔法臭のせいかもしれない。そんなに臭かったかなと不安になる。背けた体勢で、わたしに向かって放り投げた。


「あ、りがとうございます」


 苦しくなる胸に気づかないふりをして、下着を頭からかぶった。


 着替え終わったものの、フルグライト様は「そのまま動くな」と言った。他の騎士の目があるから、夜になるまで待てということらしい。


「水桶と布をもらってくる」


「は、はい」


 しばらくすると、フルグライト様は体を清めるための水桶と布を持って現れた。至れり尽くせりだ。


「……自分でできるか?」


「大丈夫だと思います」


 「そうか」とひとこと。すぐに会話もなくなって気まずい雰囲気に陥る。雰囲気を破ったのはフルグライト様の咳払いだった。


「俺はもう行く。お前は安静にしていろ」


 病気ではないのだが、命令されるとうなずかずにはいられない。フルグライト様の大きな背中が部屋を出ていこうとする。無言で送り出すのは気が引けるから、「い、行ってらっしゃいませ」と告げた。


 驚かせるつもりはなかったのに、フルグライト様の肩が跳ねた。


「……行ってくる」


 言葉が返ってくる。そのことがとっても嬉しい。会話らしい会話ができたのもこれがはじめての気がする。それだけを言い残して、彼は足早に部屋を出ていった。

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