冒険 02-01 冒険者の兄妹
どっー どっー
水のせせらぎは轟音か、地響きような音を鳴らす。
山谷から流れる水の音が自然の静寂を奪い去る。
ふぁさ ふぁさ ふぁさ
そんな音にまぎれるように、葉っぱを踏みつける音が聞こえる。
けれど、それは耳障りの音ではない。むしろ、滝の力強い音を引き立てる。
ふぁさ ふぁさ ふぁさ……
しかし、その音も名残惜しくも消えてしまった。
「やっと、洞くつの山頂まで来たな」
青年は目の前にある滝つぼを見つめる。
「そだね」
青年の隣にいた少女もそう答えた。
「ここまで来るためにけっこう時間がかかったな」
「うん」
「オマエがアイテムを落とさなかったら、すぐ着いたのに」
「うん」
「あれには回復アイテムや火薬玉があったんだぞ」
「うん」
「――ルル」
「うん」
「オウム返しやめろ」
「うん。……え?」
ルルと呼ばれた少女は青年の言葉に首をかしげた。
「怒ってる? 」
「ボクは怒ってる」
「やっぱり」
「ルルに任せてと言って、アイテムを持たせたけど、なくすってどういうことだよ」
「触ったら、音がパンと鳴ったから、ビックリして」
「キツく持つと破裂するかもしれないって言っただろう」
「そうだけど」
「だけどじゃない。そのおかげで火薬玉は一つしか持ってないぞ。もし、魔物とか出てきたらどうするんだ?」
「ルルが倒すよ」
ルルは両腕を構え、拳闘士が拳を振るう仕草を見せる。
カノジョの着ている長袖の服には似つかわしくなく、かなり動きにくそうである。
「はぁぁ~」
リッツは大きなため息をつく。
「ため息いくない」
「頼りにしてる」
「絶対、頼りにしてない。最悪だなニィニィ」
「兄さんだ。リッツ兄さんだ」
「ニィニィ」
「もういいや」
リッツはうなだれて、もう一度ため息をつくのであった。
※※※
二人は滝つぼの前まで進む。
透明で小さな湖、白い光が水面にたゆたう。
「キレイだね、ニィニィ」
「ルル、飛び込もうとするなよ」
「どうしてわかった?」
「そりゃボクの買った服を脱いでいるからだ!」
ルルはいつの間にか着ていた服を脱ぎ捨てていた。
「女のコはおしとやかに」
リッツはルルに脱いだ服を着させる。
裸だった少女が見る見るうちにかわいらしい姿へと戻っていく。
「エヘヘ」
「ほめてないぞ」
二人が言い合っていると葉葉がこすれ合う音がした。
二人はそちらへと振り向く。葉葉から大きな影が現れた。
毛むくじゃらの巨躯が仁王立ちで立つ。
「クマだな」
「クマだね」
二人は逃げる様子もなく、目の前のクマについて話し合う。
「死んだフリとかしないのか?」
「ニィニィ、悪ふざけはやめて」
「ルル、まずいのか?」
「うん、殺気を感じる」
「マジ?」
「マジ」
真剣な表情をするルルに言われて、リッツはクマを観察した。
クマは鼻息を荒らげ、ハァハァと吠えている。
怒っている。何か気の触ることをしたのだろうか。
とかく、クマは話し合いに応じる気はないようだ。
「そうだな」
リッツは懐から短剣を取り出す。
「ボクが前に出る。ルルは逃げ……」
リッツがそう言う前に、ルルはクマに向かって走り抜け、跳び上がる。
「ルル!!」
クマは空から落ちる少女に向かって、鋭い爪で応戦する。
「てええぇぇ!!」
「ルル!! いいから!!」
リッツの呼び声を無視し、ルルはクマに襲いかかった。
飛び上がったルルはクマに跳び蹴りを放った。
クマはルルをキズつけようと、鋭いツメを振り落とす。
しかし、腕は空を切る。
豪腕から放たれた力は行き場を失った。
ふらついたクマは左右を見渡し、小柄な少女が何処にいるか探す。
跳び蹴りを放ったはずのルルはクマの視界から消えていた。
――腕が重い。
違和感を覚えたクマはそちらへと視線を送ると、ルルがクマの腕にしがみついていた。
「くらぇぇ!!」
クマの腕をブランコ代わりにしその力を活かして、クマの首をへし折るように蹴りを放った。
クマは不意打ちに蹴られ、グッタリと倒れた。
「いいから手加減しろと言おうとしたのに」
リッツは脱力し、無邪気な少女に呆れ果てるのであった。
「やったね!」
ルルはサインを送る。
「まったく、オマエは」
リッツがそういうとクマは立ち上がった。
リッツは短剣を手にし、構える。
しかし、クマはその場から逃げていた。
「逃げたか」
短剣をふところへと戻す。
「まったく情けない」
ルルは胸を張って、余裕を見せる。
「ホント、オマエは……」
「怒ってる?」
「呆れてるんだよ。せっかく買った服をやぶいて」
破れた服を着ているルルを見て、リッツは頭を抱えていた。
リッツはコダール町でルルに似合う服を買っていた。
その服はルルが先ほどまで着ていた長袖の服である。
アドセラ地方は亜寒帯地方であり、それなりの服装をしないと身体が凍えてしまう。
季節は春であるが、急にやってくる寒波に身体を冷やす可能性がある、リッツはルルの服を買ったのはそれが理由であった。
しかし、ルル本人は長袖の服にあまりお気に召さず、スキがあればすぐ脱ごうとしていた。
カノジョが野生児の人間が着ているような服にしたのはそのためだろう。
さきほどの戦いで服を破いていた。
「フリフリ系は苦手」
「オマエは女のコなんだからおしとやかに」
「無理」
「男にモテナイ」
「いい、ニィニィがいたらいい」
ルルはリッツの腕につかまる。
「気持ち悪いから離れなさい」
「ヤダ。離れない」
「まったく」
ルルから視線をクマへと変えると、クマがほら穴へと隠れる姿が見えた。
ほら穴に何があるのか興味を持ったリッツはそちらへと向かう。
「行くぞ」
リッツはルルを連れて、ほら穴へと向かった。
ほら穴の中に入ると、そこには先ほどのクマと子グマがいた。
「ここはクマのねぐらだったのか」
リッツはクマのそばに近づく。
子グマは威嚇し、こちらに近づくなとサインを送る。
「悪いな、これで身体を治してくれ」
リッツは腰につけたバッグからやくそうを取り出す。
「やさしいな、ニィニィは」
「オマエが道具を落とさなかったらな。万能薬でもあれば、すぐに治ったのにさ」
リッツの言葉に、ルルはカオをプクッと膨らました。
「やくそうはこれで終わりだ。ケガしたらも治らないぞ」
クマはやさしく呼びかけるが、クマはそちらを見ない。
早く出て行ってくれという態度を表していた。
「ルルには厳しい」
ルルはクマと話しているリッツを見て、そんなことを言った。
「キズつけたヤツが何を言うか」
「ニィニィだって、短剣出したじゃない」
「あれは刃の光でクマの目を眩ませて、追い払おうと」
「逆上すると思うけど」
「ホント、ああ言えばこう言うな」
「ニィニィ譲りだから」
ルルはニカッと笑うと、リッツは頭を抱えた。
二人はほら穴から出てきた。
「これでこの洞窟はすべて探索したよね」
「そうだな」
「そろそろ、地図を書いてもいいんじゃない」
「ルルはただ地図を見たいだけだろう?」
「さあ?」
ルルは素知らぬふりをし、リッツの言葉を聞かない。
「まあいいや。腰を下ろすところもあったし、そこで書くか」
滝つぼの近くに腰をつける大きな石があり、二人はそこで休むことにした。
リッツはカバンから丸まった洋紙を広げる。
今はまだ白紙の状態、そこから地図を書き上げていく。
リッツは胸ポケットにあった羽ペンを手にする。
洞窟探索の途中で書きためたメモを見ながら、地図ができあがっていく。
一方、ルルは裸になって、滝つぼの中を泳いでいた。
平泳ぎ、背泳ぎ、クロールと様々な泳法で遊ぶ。
そんなルルをリッツは注意しない。
今はただ地図を書くことに集中していたかった。
泳ぎ疲れたルルは自分で破いた服を着て、リッツに話しかける。
「できた?」
「もう少し」
「ちょっとだけ見せて」
ルルはできかけの地図を覗き込む。
そこには先ほど探索した洞窟が地図としてできあがっていた。
「さっきのクマは?」
「別に書く必要もないだろう」
「クマの絵、描きたい」
「ルル、この地図は趣味で書いてるんじゃない。売り物として売るんだ。クマ注意なんて書いたら、誰もこの地図を買おうとしない」
「それでも描きたい」
「ダメ。ボクらは地図を売ることで生活をしている冒険者なんだから」
「ニィニィの書く地図って面白くない。もっと楽しく書いてよ」
「地図は何処に何があるのかわかればいい」
「じゃあさ、入り口に咲いていた花を描こうよ」
「必要ない」
「ええ!」
「おどろくことじゃないだろう……」
「じゃあさ、滝つぼは?」
「滝つぼは書いておく」
「じゃあ、書いてよ! 滝つぼで泳ぐと気持ちいいって」
「ルルは気持ちよかったのか?」
「すごく気持ちよかったよ! 水がエメラルドでブルーで良かったよ! ニィニィも泳いでみてよ」
「ボクはいいよ」
「ぶぅ」
「裸になって泳ぐのって、恥ずかしいからな」
羽ペンのペン先を布で拭い、胸ポケットへとしまった。
「これで洞窟の地図は完成だ!」
「おお!」
「あとは名前をつけるだけだな」
「滝つぼの洞くつ」
「鉄鋼の洞窟と名付けよう」
「ええ!?」
「いきなり怒鳴るな」
「滝つぼの洞くつの方がわかりやすいよ!」
「この洞窟には鉄鉱石や銅鉱石が取れる採掘場があった。どんなモノが取れるのかわかった方がいい」
「滝つぼが見えるから滝つぼの洞くつ!」
「クマが出るけどな」
「滝つぼの洞くつ!」
「鉄鋼!」
にらみ合う両者、お互い譲らない様子であった。
「そうだ……、ギルドマスターに決めてもらおう。それでいいだろう」
「そうだね。鉄鋼のどうくつなんてダサい名前だと言ってもらおう」
「そちらこそ、滝つぼの洞くつなんて安直な名前はなしと言うはずだ」
「何を!」
「やるの!」
またしてもにらみあいが始まる。
ふぁさ ふぁさ
葉葉がこすれる音が聞こえる。
またクマかと思い、そちらを見る。
ふぁさ ふぁさ ばさっ!
緑の葉葉から飛び込む白い影の野うさぎだ。
野うさぎを見た二人は一気に肩の力が抜けた。
「帰ろうか」
「帰ろう帰ろう」
リッツとルルは滝つぼの洞窟の出口へ戻る。
「地図見せて」
ルルはできたばかりの地図を見ながら、スイスイと進む。
「面白くないけど、地図があるから安心して行けるね」
「あまり早く走るんじゃないぞ」
リッツはルルを追いかけながら、出口へと向かった。
※※※
リッツとルルは滝つぼの洞窟を後にし、最寄りの村へ行く。
「この近くに村があるの? 野宿とかは嫌だよ」
「だいじょうぶ。場所はわかっている」
リッツは最寄りの村に行くための地図を手にして目的地へと進む。
「ルル達が行く村はなんていうの?」
「ラドル」
「らどる?」
「未開拓地方アドセラにあるたった一つの村、ラドル。ボク達、冒険者がメシにありつける場所だよ」