交渉 01-04 ギルコさん対地図売りの狩人“ザックス”
ラドル村の特産品を倉庫に運んだギルコはギルドのカウンターへと戻ると、そこにはお客がいた。
「ここの店員か?」
見たところ、身なりが軽そうな服装をしている。どうやら、彼は冒険者のようだ。
「ギルドマスターはわたしです。皆からギルコと呼ばれています」
「そうか、キミか」
興味本意で眺める冒険者、あまり気持ちのいいものではない。
「まあ、いいや。俺の名前はザックス。狩人をしている」
狩人。弓矢、短剣、斧など動物を狩る武器を使用する。
獣を狩り、山菜や果実を採取する職業であり、冒険者の食料を確保してくれる。
冒険者にとって大きな問題となるのは食料問題である。
食料が尽きた時、冒険者は自給自足で稼がないといけない。
毒にある野草かどうか判断しなければならず、水も飲めるかどうかわかったものじゃない。
そんな時、狩人がいれば、食糧問題を解決することができるのである。
狩人はサバイバル技術を所有し、自分たちが何処にいるのか現在地を把握することができる。
どんなに迷っても狩人がいれば、近くの村町へと戻れる。
狩人は冒険者にとって、生存力を高めてくれる力強い存在なのである。
「狩人ですか」
「そうだ」
「それで狩人がどのようなご用件で」
「地図を買い取ってくれないか?」
ギルコにとって嬉しい偶然だった。
地図が書ける人間が見つかり、カオを綻ばせた。
「何処の地図ですか?」
「滝が見れる洞窟の地図」
「この村の近くにある滝つぼの洞窟ですか?」
「そう、そこだよ」
「あそこにはバケモノがいるという噂なんですが」
「そうそう、そのバケモノから逃げながら、地図を書いたんだ。これがあれば、村の人間は安心して暮らせるだろう」
「そうですね、あなたの言うとおりです」
事実、この村には、滝つぼの洞窟の地図はない。
バケモノがいるという噂で誰も行っていない。
あの洞窟に何があるのかは誰も知らない未知の洞窟なのだ。
だからこそ、狩人の持つ地図は価値がある。
彼が持つ地図は売れる地図なのだ。
「あなたの持つ地図を渡してくれませんか? 鑑定したいと思います」
「わかった」
ザックスは地図をギルコに渡す。
「ありがとうございます」
ギルコは滝つぼの地図を広げた。
滝つぼの地図はとても見やすかった。何処の場所に何があるのか詳しく書かれていた地図であった。
洞窟の奥には滝つぼがあり、そこまで行くための最適ルートも書いてある。
宝箱やワナも書いており、非の付く所のないキレイな地図であった。
ギルコは先程の村長の助言を参考に、甘めに査定しようとしていた。
隗より始めよと言葉どおり、この地図を高めに買い取ろうと考えていた。
しかし、それは構わない。
「……この地図は――」
ギルコは言いよどんだ言葉をもう一つ足す。
「――この地図はウソをついています」
ギルコの言葉に、ザックスは変な声を出した?
「ウソ?」
「はい」
「何処にウソがあるというんだ?」
ギルコは思ったことをそのまま口にする。
「キレイなんですよ。この地図。何かの本から書き写したような地図ですね」
「書き写したとは失礼な。正真正銘、その場で書いた地図だ」
冒険者は地図を指さし、目線でそっちを見るように指示する。
しかし、ギルコはあくまで冒険者の目を見つめようとする。
淡く光る緑の瞳が彼を射止める。
「それにしてはキレイですね。冒険している時は机なんてものがありませんから、どうしても地図の線が歪むんですよ」
「それだけ腕があるってことだよ」
「あなたにそれだけの技術があるとしましょう」
ギルコは地図にある宝箱の絵をゆびさす。
「次に、この地図でおかしいのはこの宝箱のマーク。この地図にはなぜか宝箱が書いてあります」
「ダンジョンの中にあるのだから当然だろう?」
「……書いてあるのがおかしい」
「おかしくないだろう? 宝箱ぐらい」
「冒険者は必ず宝箱の中身を確認します。中にはトラップの仕組まれた宝箱もありますが、それを確認するためにには一度は開けます。地図として残すのはおかしいと思います」
「鍵が掛かっているんだ。鍵が掛かっていたから宝箱を――」
「宝箱を持って帰る発想はなかったのですか?」
「重たかったんだ。一人じゃ無理だった」
「鍵開けのスキルを持つ他の冒険者と一緒に行くとか?」
「宝箱一つのためにわざわざ行く必要はない」
「それにしては三つ、四つありますけど」
「やくそうとか入っていたら骨折り損のくたびれ儲けだろう?」
「そうですか。そうかもしれません」
ギルコはザックスへと視線を送る。
心の奥にある真実を探るような目で彼を見ていた。
「質問、よろしいでしょうか?」
「答えられるものしてくれよ」
「地図を書いたヒトにはわかる質問ですよ」
ギルコさんは目の前の冒険者がウソをついていることはわかっていた。
一方、ザックスはこの場から離れたい心境でいた。
だが、それをするとギルドマスターにウソを付いていることがバレて、地図が売れなくなってもしまう。
仕事を受けられなくなってもいいから、お金だけは欲しい。
冒険者はまだその地図が売れると思い込んでいた。
「ザックスさん、この洞窟で何か取れるものがありませんか?」
ギルコの質問は意外なモノであった。ザックスもそれなら答えられると思い、口を開いた。
「取れるもの? 魚か?」
「違います。もっと価値のあるものです」
「価値のあるものってなんだ? 宝箱か?」
「石」
「石?」
「鉱石ですよ。あの滝つぼの洞窟は鉱山になっているようで、鉱石が採れる発掘ポイントがあると言われています。別に、魔導石みたいなレアメタルが取れると聞いてるワケでありません。鉄鉱石、銀鉱石、金鉱石でも構いません。鉱石ありましたか?」
「どこかにあったな。どこかに。何処にそれがあるのはわからないな」
「そうですか。それは残念です」
思っていた質問と違い、ザックスは安堵した。
このまま、煙に巻くことができそうと計算していた。
しかし、質問は一つでは終わらない。
「最後にもう一つ。ザックスさん、あなたはローグですか?」
ローグとはどんな汚い仕事でもやりこなす、ならず者を意味し、ギルドの仕事目当てでやってくる。
しかし、彼らは高額報酬の仕事ばかり求め、安い依頼は足蹴にする。
したがって、報酬の高い仕事はローグに独占され、 冒険者にとってローグは迷惑な輩である。
また、ローグは報酬の高い仕事以外は手を抜き、いい加減な仕事をする。地図を書く仕事もめんどくさがり、他の地図を写すこともよくある話である。
ギルコはこの地図も、何処かの地図から書き写したものだと見ていた。
「ローグであれば、この地図は信用できません」
ザックスが黙ったことを受け、そう判断する。
それにも関わらず、ザックスは不敵に笑った。
「ローグならこんなチンケな村に来るはずがない」
「実力のあるローグであればそうかもしれません。しかし、力のないローグであれば、来るかもしれませんね」
「別に、ローグでもいいだろう? 仕事やってくれるし」
「ローグは冒険者ですが、冒険者として知っておくべき知識がありません」
ザックスは反論せず、カオを歪ませ、苛立ちを表す。
「あなたがローグであれば、この地図はウソをついている可能性が高いです。他の冒険者にこの地図を与え、地図がホンモノかどうか確認をしてから報酬を渡します」
「……前金だけでももらえないか?」
「この地図がホンモノという保証はありません。むしろウソしかありません」
「じゃあ、もういいや」
ザックスは不機嫌そうな表情を浮かべた。
「ギルコだっけ? 俺をローグって見破ったのは」
「ええ」
「それならわかっているだろうな、これから何をするのか」
「なにをする気ですか?」
胸元から短剣を取り出す。
「バラバラにしてやる」
ザックスは二本の短剣を取り出し、ギルコに襲いかかる。
カウンターへと向かう影、冒険者の足はとても速い。
タタタと床を駆け上がり、足は更に加速する。
彼の目はギルドマスターの細い首を捉えていた。
ギルコはこちらへやってくるならず者を哀れな目で見ていた。
ザックスはその目線に苛立ち、カノジョの瞳を狙う。
短剣が動く。
瞬と冷たい軌跡を描き、空を切り裂く。
ギルコの目の前に短剣が来た。
しかし、伸びない。剣先がそこで止まる。
同時に、ザックスも止まった。
彼はこれ以上、踏み込むことができない。
なぜなら、彼の首すじに冷たい刃が撫でられたからだ。
「そこまで」
冒険者の首にナイフをそえた女性は冷淡な口調で言う。
「いつからいた?」
「あなたが地図を渡した辺りから」
「だいぶ前だな、音もしなかった」
ザックスは力なく嘲笑う。
「捨てなさい」
「……わかった」
ザックスは両手に持っていた短剣を地面に捨てた。
「ギルドマスター、牧場の仕事を終えてきました」
「メアリー、ギルコと呼んでよ」
「わかりました、ギルコ」
メアリーはかしこまった様子で頭を下げた。
「コイツ、誰だ」
「この店の店員です」
「あの足の早さ、盗賊でもやっていたのか」
「あなたには関係のないことです」
ザックスののどぼとけに刃先がやってくる。これ以上の追及は命がないという宣告だ。
「もう二度とこのギルドに来ないでください」
「わかったわかった。物騒なモノをしまってくれ」
「ギルコ、よろしいですか?」
「その前に――」
ギルコはザックスが持ってきた地図を手にする。
「――この地図、破ってもよろしいでしょうか?」
予想外の言葉に、ザックスのカオがカッと赤くなった。
「買い取られないのなら返せよ! それは俺のものだ」
「それはできない」
「冒険者のアイテムを処分する!? それでもギルドマスターか? ギルドマスターなら冒険者の声を聞くのが普通だろう」
「どうせ、他の冒険者に売りつけようとするでしょう?」
ザックスは歯を噛み締める。
どうやら、彼の頭の中でそんな算段を組んでいたようだ。
ザックスの首根元からナイフが離れる。
ザックスは今まで刃先が当たっていた肌をなぞっていた。
「何処でウソだと思った?」
「自信のある人間はムダに目を見ます。そして考え事をすると相手のカオを見なくなります」
「まったく。地図を売りに来ただけで、命を奪われる状況になるなんて」
「あなたがウソを地図を売りに来たからでしょう」
「それに騙されるヤツが悪い」
「騙されなかったら脅すの?」
ザックスは視線をそらす。
「冒険者さん」
「なんだよ」
「わたしにウソをついてもムダです。誰にもわたしを欺くことはできません」
ザックスはしぶしぶギルドから出て行く。
「今度はそうはいかない」と大きな独り言を呟いた。