欺く 06-06 欺く者は誰でも欺く
リッツとルルはコダールからクリスト共和国へと続く道を歩いていた。
「ニィニィ、疲れた」
「休むか」
「うん」
二人は近くにあった木の下に座る。
リッツは水筒を手にし、中に入っている水をルルに渡した。
「これからどこにいくの」
「エトセラへ帰るんだ」
「あそこに?」
「ちょっと報告しないといけないことがあってね」
「それって絶対しないといけないことなの」
「勿論、それがボクの仕事だから」
「お金いっぱいあるのに」
「ボクがしているのはお金じゃない。皇帝の命令だからしているんだよ」
「命令のためならなんでもできるの?」
「なんでもはできないな」
「でも、ニィニィは命令があるから笑顔になっている」
「笑っていた方が敵を作らないからね」
「命令があるからウソをつける」
「ウソってワケじゃない。選択を増やしている」
「ウソは選択を増やしているんじゃない。ホントに選びたいモノを選びたくないように、選択を増やしているだけ」
「けっこう鋭いんだね、ルルは」
「ニィニィだって、あの村に帰りたいんでしょう?」
リッツは表情を変えず、黙った。
「ニィニィ、今ならまだ帰れるよ」
「帰る理由はない。それよりも引き返しの森の向こうに魔導石があることを皇帝に教えないと」
「それを教えたら、ラドル村はどうなるの?」
「占拠されるんじゃないかな? エトセラ帝国に」
「ラドル村の人たちがかわいそう!!」
「戦うことから逃げた人間だよ。それをエトセラが捕まえに来ただけ、何も悪くないよ」
「悪いことだよ!! それ!! 違う国のヒトなのに」
「それが負けた国のあり方なんだよ。勝った国に従うんだよ」
「じゃあ、ニィニィは自分の心に負けているから命令を聞くんだね」
リッツは言葉を奪われ、何も言い返せない。
「ニィニィがみんなから嘘つきだと知っている。そういう人間だからって放って置かれている。だけど、わたしはもう耐えられない!」
ルルは立ち上がり、何も言わないリッツを見つめる。
「帰ろうよ! あの村ならわたしたちを迎えてくれるよ」
ルルはそう語りかけるが、リッツは応えなかった。
ルルは何を言っても耳にしないリッツを見捨てようと思い、コダールの町へと向かう。
その後ろ姿を見ていたリッツは静かに口を開いた。
「ボクは欺く者だって、村長に言われた」
ルルの歩が止まる。
「あざむくもの?」
「自分でも欺いているつもりはないってわかっているのに、なぜか、そんな風に受け止められている」
リッツは村長の言葉を今でも理解できず、悩んでいた。
「ルルはウソをついた時、目線をずらすよね」
「え?」
「ボクはそういうのができないんだ。ウソつく時もホントのことを言う時も同じように話すことができる。だから密偵なんていう仕事をもらうことができた」
リッツは素直に笑いかけ、偽りのない笑みをルルに向けた。
「ボクが地図を書いていたのはそこにウソをつく必要がないと思えたからなんだ。貴族の家の見取り図や、戦場図とか書くのがボクに似合っていた。色んな選択肢を増やす必要もなくて、ただ見た物を見たまんまに書けばそれでいいんだ。余計なウソをつかないで相手に信頼を得ようとしてなくても、これを見てもらえば信じてもらえる」
「ニィニィ」
「それと同じように命令も聞いたことをやれば信じてもらえるんだ。どんな命令でもきちんとやれば、それが正しいことだって理解されるんだ。ボクはそれを知っているから命令を聞いていた」
リッツの視線が下に落ちた。
「だけど、命令も正しいものなのかわからなくなった。あの村長もボクと同じ欺く者だった。命令のためならどんな手を使うことができる人間だった。ボクもああなるのかわからない」
「ニィニィは勝手に結晶化したって言ってなかった?」
「そうだよ。村長は、今はもうない国のために魔法を掛けて、村の人のために魔法を解いて結晶化した。そんなことをしなくても良かったと思う」
「ニィニィはやっぱりかわいそう」
「そう?」
「ウソを付いていないのにウソだと思われる。代わりにウソをついたらホントだと思われる」
「今、ボクはホントのことを話したんだけど」
「そうだよ。でも、ウソに聞こえるんだよ。おかしいけど、ウソだと思うの」
「ルル」
「これ以上、ニィニィはエトセラから命令を聞いたらホントのこともウソだと思われる人間になっちゃうよ!! そんなのわたしはイヤだよ!!」
ルルの言葉に、リッツは力なくうつむく。
「ボクももう誰も欺きたくないよ」
リッツの視線の先にあったのはエトセラであった。
高い山脈地の向こうに、彼の故郷があった。
故郷のある方へと何度か目をまばたきすると、リッツはルルに話しかけた。
「ルルはどんなモノでも欺くことができると思う?」
「……思わない。好きなヒトには、素直に話すと思う」
「多分、ボクはどんな人間でも欺けることができると思うよ」
ルルは肩を落とし、口を横一線にした。
「それでルル、聞きたいことあるんだけど」
「なに」
「あの高い山の向こうにある国に対して、ボクのウソは欺く通せると思う?」
リッツは晴れやかに笑った。
「ニィニィ!」
ルルもその笑みにつられて、笑顔になる。
「欺こうか。エトセラを」
立ち止まっていた二人はエトセラへと続く道を回れ右し、ラドル村に続く道へと足を向けた。
二人がその場から歩き出そうとすると、後ろから来た馬車から声を掛けられる。
「あの、すいませんが」
若い女性が馬車からカオを覗かせる。
「なんでしょうか?」
「乗って行きませんか? 野盗が出ると大変ですから」




