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ギルコさんは欺けない  作者: 羽根 守
06 拓かれる新世界
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戦略 06-03 上策の交渉策


 エテンシュラはコーヒーを手にし、ズズッと口にする。

「コクがあっていいね。コーヒーとはかくあるべきだ」

 一人納得しながら飲んでいく。

「あっちちち」

 猫舌なのか、エテンシュラは舌を出しながら、ゆっくりとコーヒーを味わっていた。


 コーヒーを半分飲み終えた所で、エテンシュラは口を開けた。

「さてと、ギルコさん。本題に入るんだが」

「本題?」

「この前、話したことがあっただろう」

「ああ、あれね。この村をどうするとか」

「そうだ。それだ。オレは色々と考えたんだが……」

「エテン、早く話してよ」

 ラムネは急かすように言う。

「いや、その前に、ギルコ、尋ねたいことがある」

 エテンシュラはコーヒーを受け皿に戻し、ギルコに尋ねる。

「ギルコさんはこの村をどうしたい?」

 ギルコを首を傾げ、エテンシュラの意図が読めずにいる。

「どうしたいって、具体的じゃないわね」

「悪い悪い。ギルコさんの率直な感想を聞きたいんだ。」

「感想ね。正直、実感がわからない。どうやればいいのかよくわからない。ただ、わたしはわたしのできることだけをやればいいかなって」

「そうだな、そうできればよかったな」

 エテンシュラは感慨深そうにコーヒーをちょびっと味わった。

「エテン、また、意地悪言ってるの?」

 たいそうなことを話すと思っていたラムネは、期待はずれとばかりに言う。

「そんなことはない。ただ、それができないって言うのはギルコにもわかっている」

「また、そういって意地悪言ってる」

「ラムネ、それは違う」

「ギルコ?」

「エテンシュラの言うとおり、もうそれができないのよ」

 ギルコの一言に、ラムネは困惑する。

「そうか。やっぱりギルコもわかっていたんだな。それがわかっただけでも安心したよ」

「だからエテン! 何を言ってるの?」

「いいか、ラムネ。これから先、この村は各国の思惑に動かされる村となる」

「思惑って?」

「引き返しの森の封印が解けたことでこの村は異世界へ通じた。異世界へ行くために、この村を拠点として使わせてもらおうと、各国の兵士がこの村に集結する。その際、協力を求められるのがこの村の代表者、ギルコなんだよ」

「え? え?」

「わかってないみたいだな、ラムネ。いい機会だ。これからこのラドル村のあり方について、オマエも考えてもらうぞ」 

 エテンシュラは立ち上がり、ギルコ達のいるテーブルへとつく。

「そこにいるライア、その他おまけの野郎も聞いとけ。――損はないぞ」

 ライアとフォルスは黙って、近くの椅子へと座った。


 エテンシュラがカウンターからみんなが集まっているテーブルへと座ると、話を始めた。

「引き返しの森の封印が解けたことで、あらゆる国と団体がこの村にやってくる。異世界を調べに来る者、または異世界にある秘宝を手に入れるために、この村へ足を運ぶだろう。しかし、異世界は何があるかわかっていない未開の地だ。そんな未開の地へ大勢の軍を連れて行く国は存在しない。おそらく多くの国は冒険者と偽って、気鋭の兵を送り込むことになるだろう。彼らは戦力としては心強いが、冒険者として未熟な存在だ。冒険者としてよりよく行動ができるようにするためには、拠点作りをしなければならない」

「エテン、拠点作りってしないといけないの?」

「当たり前だ。拠点で大切なのは寝床、食料、アイテム、そして仕事だ」

「寝床、食料はわかるけど、仕事って」

「ラムネ、わかっていないな。仕事は大切だ。残念だが人間は一人で動くことができない。多くの人間と力を貸してもらわなければならない。冒険者のできない仕事を他の誰かにしてもらうように依頼する。その際、中継局となるのがギルドになるんだ」

「それくらいわかっているわ。だから、どうして、仕事が拠点作りに必要なの?」

「仕事を真っ先に依頼できる窓口があれば、その分だけ早く未開の地を調べあげることができる」

「つまり、冒険者に化けた兵士が異世界を調べるために、ギルコと仲良くしたいの?」

「そういうことだ。拠点作りに必要なのはこの村にいる長との信頼関係だ。今、この村の長はギルコだ。ギルコの機嫌一つで仕事がたらい回しにされる可能性があるってことだ」

「なるほどね」

「他にも、ギルコと信頼関係を結ばないといけない理由がある。それはこの村の設備に問題がある」

「設備?」

「例えば、寝床。この村にある宿屋は一握りしかない。すべての人間に宿を提供することは不可能になる。どの国に宿を提供するか、これが交渉のカードの一つとなる」

「なるほど」

「また食料の問題もある。この村が食糧があるとはいえ、各国の冒険者に食料を提供するだけの貯蓄はない。食料の補給をするために、近くの街まで出かける必要がある。どの国も優先的に食料を提供できるように、ギルコと交渉したいだろう」

「ふむふむ」

「あと、アイテム。これは異世界から持ち帰ってきたアイテムの鑑定だ。アイテム鑑定士は他の国にもいるが、基本、その土地にいる鑑定士に任せるのが風習となっている。特に、審美眼を持つギルコはどんなアイテムでも鑑定ができる。どの国の人間もギルコと仲良くしておきたいはずだ」

「そう言われたら、けっこう、大変な仕事をするのね。ギルコ」

「だから村長はギルコに全権を委ねたわけだ。ギルコが動きやすいように」

「村長が遺書として変なことを書いたと思ったけど、そういうことだったのね」

「そうそう。この村を使う権利を誰に優先的に提供するか。この村を守ってくれるために誰と協力するか。ギルコはそれを考えなければならないんだ」


 エテンシュラは話を区切ると、フォルスがライアに耳打ちした。

「なあ、ライア。コイツ、遊び人だよな?」

「たまたま覚醒する」

「覚醒?」

「そう覚醒。修羅みたいに覚醒したら、アイツは誰にもかなわないよ」

 ライアはそういうと、エテンシュラは再び話を始めた。


「さて、ここで問題となってくるのはラドル村に誰がやってくるのか? それを確認していこう」

 エテンシュラは手帳の用紙を破き、その紙に“ギルド協会”と書きだした。


「まずはギルド協会。ギルド協会はオルエイザ大陸を影で支配していると言われているギルドの総本山だ。ギルド協会と協力すれば、村の安全は確保される。ただ、異世界から持ち帰ってきたアイテムは独占的に奪われ、国同士のケンカに仲裁することはないだろう」


 エテンシュラは“クリスト共和国”と書く。


「クリスト共和国。ギルドで成長してきたオルエイザ大陸一の経済大国で魔法使いが多い国だ。彼らと協力すれば、悪魔がこの村へ襲われても、生き延びる可能性が高くなる。ただ、この国は少し大きすぎる。クリスト共和国のひいきは、国同士の軋轢あつれきが生まれる可能性がある」


 エテンシュラは“旧ユセラ王国”と書く。


「旧ユセラ王国。ラドル村の村人たちの故郷であり、現在、西エトセラ自治領となっている場所だ。彼らは国の復興のために、異世界へ行くだろう。この村がユセラ王国の人間だと知れば、全面的に協力してくれる。彼らの剣技は強力だ。ぜひとも協力を求めたい。しかし、問題は、この村にエトセラ帝国に反抗するレジスタンスがいると言われて、エトセラ帝国がこの村を占領する大義名分を与えることになるだろう」


 エテンシュラは“冒険者”と書く。


「冒険者。国という枠はなく、ただ冒険を求める者だ。彼らと協力すれば欲しいものが手に入る。また、冒険者を優先的に支援することは一番、ストレスのない行動だ。ただ、問題なのは他の国がギルコに圧力を加えてくること、どの国もこの村を拠点として利用したいからな」

 

 エテンシュラは“エトセラ帝国”と書く。


「そして、最大の問題なのはエトセラ帝国。ヤツらに一番に知られたら終わり。軍を率いて、ラドル村を占領してから、異世界を捜索するだろう」


 エテンシュラはペンを置き、それらをギルコ達に見せた。


「他にも近隣諸国の国と交渉するのも一つの策だ。いち早く彼らを呼び寄せて、この村の安全を確保してもらうのも手だろう。うまくパワーバランスを利用すれば、この村の安全は保たれる。だが、少しでもズレたら、この村はオルエイザ大陸の戦争を引き起こす火種を与えることになる」

「そんな危険なことが起こるというの?」

 ラムネは尋ねる。

「そんなことが起こらないように、冒険者と偽って来ると言っているだろう? 国同士の対立を避けるために」

「ああ、そういうことだったのね」

「おいおい」

 エテンシュラはラムネの脳天気さに驚きを隠せなかった。

「冒険者として来るのなら問題ないんじゃないの。国同士が喧嘩するってことは」

「いや、事態はそんな簡単なことじゃない。ギルコと拠点に関する交渉をする際、自分の身分を明かして、国の代表者として交渉するはずだ。美味しいメシを食わせろ、温かい布団で眠らせろ、仕事を優先的に受けさせろ、と言ってきて、異世界調査を有利にしようと脅迫的な交渉をするだろう」

「……ギルコが一番、難しい立場にいるのね」

「そういうこと、オレらはただ見ている立場でしかない。何もないこの村を守るために、ギルコが矢面に立つしかないんだ」

 ラムネはギルコのカオを見る。

 深刻な表情というよりも何か割り切っている女性のカオ、それは仕方ないことだと受け入れている力のないものであった。


 ラムネはそんなギルコを救おうと、エテンシュラに相談する。

「何か手はないの? エテン」

「あるといえばあるんだが……」

「教えてよ! エテン!」

 エテンシュラはゆっくりとカオを上げる。

「異世界に関する情報を売ることだ」

 その場にいた女性達は目を見開く。

 自分の頭の中にはなかった奇抜なアイデアに、身体を震わせた。

「アイツらになくて、オレらにあるものといえば、引き返しの森の封印が解けたという知っているアドバンテージだ。そのアドバンテージを活かして、今から異世界の探索を始める」

「ムチャよ! それは!! だって、悪魔と戦わないといけないんでしょう!?」

「戦う必要はない。黒き山林が異世界へ探索できたのはどうしてだと思う? 悪運だけで生き延びて帰れたのか?」

「それは……」

「悪魔はいる。だが、ヤツらは悪魔とやりあえる交渉術を見つけていた。だから異世界へと行くことができた! オレらもその異世界への交渉術を見つければ、異世界の探索も可能となる」

「可能性はあるってことね」

「このギルドが未開の地の情報を多く持っていれば、何処の国もその情報を優先的に欲しがるはずだ。勿論、それは冒険者にとってもな」

「拠点を提供する以外に、情報も提供する場になれば、この村の利用価値が上がるってこと?」

「ああ。お金がないギルドでも情報さえあれば、交渉のカードができあがるわけだ。相手が脅迫的な交渉をしてこようが情報というカードを持っていれば、相手は黙るしかない」

「情報がこの村を守るカードなの?」

「守ってくれるが守りきれるわけじゃない。切り方を間違えたら一瞬にして無効化されるカードだ。ただ、一番有用なカードだということはわかってほしい」

「わかった」

「情報を集めるのなら、できる限り、早い方がいい。このことが大陸に知れ渡るのは少なくても一ヶ月以内、それまでに多くの情報を手に入れることだ。情報があればあるほど、この村は安全になり、各国との交渉がやりあえるようになる。そして、ギルコはその交渉の中で各国の情報を引き出し、他の国に売買しつつ、村の安全を取り付けていく」

「だから探索は一ヶ月で十分ってこと?」

「そうだ。この村を情報戦の戦場にする!」

 エテンシュラの狙いはわかると、一同は理解した。


「ギルコ。これがオレの考えた上策、交渉策だ。下策は引き返しの森の封印をギルド協会に知らせること、中策は近隣諸国との代表者とコンタクトすること、そして、無策はエトセラ帝国に知られてしまうこと。これだけはなんとしても避けないといけない」

 エテンシュラはギルコに視線を合わす。

「ギルコ。他に策があったら話せ、オレが評価する」

「多分、あなたの交渉策が一番いいと思う。少しばかりリスキーな気がするけど」

「それをわかった上でこうやって話している」

「わかりました。それでは今から冒険者を集めます」

「それも下策だ。この村にいる人間でパーティーを組むべきだ。それから冒険者を集めろ」

「この村にいる人間って、まさか」

「だから居残ってもらったんだよ。しかばねの二人に」

 エテンシュラはライアとフォルスを指さした。


「アタイ?」

「そうだ」

「アタイはイヤだよ。パーティーを組むなんて」

 ライアは両手と首を使い、しゃかりきに横を振った。

「行けよ」

 フォルスは嫌がるライアに言葉をかける。

「アニキ」

「どうせ、オマエは一人で行くつもりだっただろう」

「そうだけど」

「やめとけ。オマエ一人じゃ無理だ。仲間と一緒に行った方がいい。ルードとやりあえたのなら、一人で行っても良かったがな」

「……わかった」

 エテンシュラはニヤリと頷くと、フォルスにも声をかける。

「そちらのお兄さんは?」

「俺は傭兵団の根城に戻る」

「ありゃりゃ」

 エテンシュラはとぼけたことを言う。最初から彼には期待していなかったようだ。

「エテンシュラだっけ? キミの名前は何処かで聞いた気がするけど、キミの知略はスゴイものがある。世が世ならキミはこの大陸に名を残す智将になっていたかもしれない」

「買いかぶりすぎだ。もしそれができていたら、こんな田舎村で遊んでいない」

「そうか。それは残念だ」

 フォルスは席を立った。

「アニキ、何処へ?」

「帰るよ」

「もう?」

「これ以上、話を聞いていたらパーティに入らないといけない空気になっちまうからな」

 フォルスはエテンシュラの方に視線を向けると、彼はニカッと笑った。

「ギルコ。報酬の方は?」

「厳し目に査定している。後日、連絡するわ」

「わかった」

「フォルスさん、ありがとう」

「今度はきちんと助ける」

 フォルスはスクランブルハートを後にした。


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