休息 06-02 違う目的
数日後、ギルコはカフェテリア『スクランブルハート』にいた。
スクランブルハート特製のサンドイッチとガスパチョスープをいただいていた。
向かい側の席にはラムネがおり、ラムネもギルコと同じ料理を食べていた。
「ホント、色んなことがあったわね」
「そうね」
ラムネの話に、ギルコは頷く。
「ルードは実は生きていて、それがバレたから尸傭兵団と戦うことになって、意外とルードが強くて、黒き山林と休戦協定を結ぶことになった」
「うん」
「でも、その結果、村長は結晶化することになって、引き返しの森の封印を解くことになっちゃった」
「そうね。異世界とつながったね」
「ギルコ、聞いてる?」
「聞いてる聞いてる」
「なんか、やる気ないわね。疲れているの」
「うん、ギルド、休みにしてるから。建物の方も修理屋さんに直してもらっている」
「カウンターが壊れていたから気になっていたけど、やっと修理するのね」
「そうそう」
「なんか張り合いがないわね。ギルコ。いつものギルコなら、アイツはこう考えていて! こうしていたの! と、説明してくれるのに」
「わたしだって、何もしたくないアンニュイな時があるの」
「なんかギルコって、恋とかしたら重く考えるタイプっぽい」
「なんか言った?」
「べつに、なんでもな~い」
ギルコとラムネが話をしていると、パティが特製サンドイッチを運んできた。
「まだまだあるから食べて行きなよ。村を救った英雄様だからね」
パティはギルコにやさしく笑いかける。
「わたしは英雄なんて柄じゃない」
「ルードの仕掛けたトリックを見破ったんだろう? しかも、やり手の尸傭兵団を呼んできたのだからギルコさんの手腕は大したものだよ」
「あのトリックは検視した人間なら誰でもわかります。尸傭兵団はライアさんがいたから呼べたようなもんです。それに、わたしは彼らと交渉した時、自分の感情を優先にして、この村を危ない目に合わしていました。彼らの思うがままに、流されていました」
「ヒトとヒトと話し合うってそういうもんだよ。どちらかの意見を押し通すことが交渉ってもんだ。けれど、ギルコはそれをうまくまとめたんだ。もっと胸を張るがいいよ」
「すいません、それをしたのはリッツさんですよ」
「リッツって? あの童顔の?」
「ええ」
「ふーん。何かあると思っていたけど、交渉なんかできたんだね。じゃあ、スクランブルハート特製のスクランブルエッグベーコンサンドイッチを、彼にもごちそうしないとね」
「それなんですが、実はリッツさん、もうこの村にいないんですよ」
「え? いないの?」
ギルコの言葉に、ラムネは驚く。
「ギルドのテーブルで金貨と置き手紙を置いて、この村から出て行きました」
「それは残念だ。せっかくわたしが腕を振るってあげようと思ったのに」
パティは残念そうなカオをし、特製サンドイッチを口にする。
白いパンズに挟まれた半熟のたまご焼きと塩気のあるベーコンが一つとなり、口の中で甘みと旨味が広がっていた。
「さすが、わたし。いい味してる」
「姉さん! それ、わたし達に持ってきたものでしょう!!」
「いいじゃない。パティ姉さんが作ったものだよ。おいしいものはみんなで分けあいましょうよ」
パティとラムネの姉妹げんかを見て、ギルコはちょっとだけ微笑んだ。
「お、ギルコさん、ここにいたんだ」
ライアがスクランブルハートに入ってくる。
「邪魔するよ」
フォルスもライアに続いて、スクランブルハートに入る。
「フォルスさん」
ギルコはサンドイッチを置き、頭を下げた。
「すいません。わたしのふがいないばかりに、あなたの仲間を失うことになってしまって」
「いいや、ギルコさんは悪くない。俺達の力不足だ。ルードが魔法使いを超えた魔法を使うことを念頭に置けば、こんなにならなかった」
「そうですか」
「話が変わるんだが、ギルコさん。その黒き山林の件で話があるんだが」
「やはり、彼らはムチャな要求を押し付けてきたのですか?」
「いいや、それがな。こういう話を信じてくれるかわからないのだが」
「何でしょうか?」
フォルスが言葉を詰まっていると、ライアが口を開ける。
「壊滅していたんだ。ヤツらのアジトが」
「壊滅?」
「そうだ。俺らは傭兵団のメンバーと話し合って、黒き山林と怨恨を残さないようにしようと決めたんだ。それで、俺とライアが黒き山林と話をしようと、ヤツらが暮らしている廃坑まで来たんだが、落盤事故でもあったのか、入口が岩石で通せんぼされていて、中に入れなかったんだ」
「え? ホントですか?」
「こんなことでウソをついてどうする。で、現在俺らの仲間が黒き山林のメンバーを探しているんだが、一人も見つかっていない」
「何かの事件に巻き込まれたのでしょうか?」
「あるかもしれないな。やることやったからヤツらのクライアントが利用価値を失ったヤツらを殺したというのが俺の見方なんだが」
「それはないわ。あの純粋なる魔導石を持っているルードに利用価値がないなんて」
「そこなんだよ。ギルコ、何か、わかっていることはないか?」
「残念だけど、わたしには――」
ギルコがそういうと、カウベルの音が鳴り響いた。
スクランブルハートへ誰かが入ってくる。
カウベルの音を鳴らした者を知るために、一同は視線を入口へと向ける。
その視線の先にはあくびをした遊び人、エテンシュラの姿があった。
「ああ、眠い。眠い」
エテンシュラはそう言いながらカウンターへと目指す。
カウンターの席に座ると、エテンシュラはパティに注文する。
「パティ。コーヒー。苦いの」
「ホット? アイス?」
「熱いのしてくれ」
エテンシュラはそういって、椅子にもたれかかる。
彼は胸ポケットにしまった手帳を開け、何かを確認していた。
「エテンシュラ」
「なんだよ、ギルコさん。今、忙しいんだけど」
「エテンシュラ、正直に応えて」
「エテンシュラさんはいつも正直ですよ」
「あなたが黒き山林のアジトを潰したの?」
「この前から言っているだろう。ルードをぶっ潰しったって」
「じゃあ、あなたが言っていたことは」
「全部ホントだよ」
ホントのことを言ったエテンシュラに、ギルコは怒り出す。
「なんで、あなたはホントと言わなかったの!!」
「いちいち話に、ウソかホントかと付ける必要があるかい?」
「……まあ、そうだけど」
「だろう。ギルコさんはなぜかそういうホント話を疑うことはないからな。作り話とかはけっこう敏感なのにさ」
「それでエテ公」
「ギルコさん、怒っているのなら謝ります」
「あなた、どうやって、あのルードを倒したの?」
「……運だな」
「運?」
「運だ。運、運。すべては俺と会ってくれたヒト達がもたらしてくれた幸運が、俺を助けてくれた。ギルコ、ザックス、マカサド、リッツ、ラムネ、パティ、ライア、その他大勢。感謝しても感謝しきれねえ、そんな幸運が俺を助けてくれたんだよ」
「エテンシュラ、気持ち悪い」
ラムネは苦虫を噛み潰しような表情でエテンシュラを非難する。
「どう思ってくれてもいい。ただ、最後は運が勝つ。そんなことを思った戦いだった」
エテンシュラはしみじみに口にした。
「エテン、コーヒー。この前、飲み忘れた物を再度、温め直したヤツ」
パティはカウンターの上に、コーヒーを置く。
「ありがとう。いーや、飲みたかったんだよ。それ」
「冗談よ。新しく淹れたモノよ」
「それは残念だ。コーヒーは寝かすとけっこうコクが出るんだがな」
「ウソばかり」
ラムネはエテンシュラの冗談をウソだと指摘する。
「ウソじゃないぞ。調べてみ。中には20年物の間寝かしたコーヒーがあってな。それを飲むために、家を手放した貴族がいるぐらいだ」
「ギルコさん、どうなの?」
「残念だけど、半分ホントで半分ウソよ」
「半分でも、エテンシュラがホントのことを言うなんて」
「ラムネ、そういうヒトをバカにする発言はやめろよ。婚期が遅れる」
「ギルコ……、コイツ、殴っていい?」
「女の敵だからどうぞどうぞ」
「ギルコさん、それはヒドくない?」
「いつもあなたは遊んでばかりだからいいの」
「遊びは遊び人の義務ですよ。仕事ですよ。労働ですよ」
「そんなことばかりいって、あなたになんか生きる目的なんかないでしょう?」
「エテンシュラ様には崇高なる目的があって生きてます。ギルコさんにはそいつはわかんねえだろうが」
「わたしだって、立派な目的を持ってガンバっています!!」
「ほぅ、それはなんだよ」
「あなたには教えません!!」
「じゃあ、オレも教えない」
「ギルコ! エテン!!」
パティが怒声を放つと、ギルコとエテンシュラはたじろぎ、そちらを見る。
鬼のカオをしていたパティを見て、ギルコとエテンシュラはシュンと静かになった。
「二人、仲良く」
パティがやさしい声で言い、ギルコとエテンシュラはゆっくりと頷く。
「ゴメン」
「悪い」
ギルコとエテンシュラはそういい、その場は丸く収まった。
「わたしとあなたの目的が一緒になることはないでしょうね」
「当たり前だ。俺の目的がギルコと同じになるワケがない。絶対にな」
二人はそういって、元の席へと戻った。




