夢 06-01 名前も家族も奪われた少女
火は赤かった。夕日に熔けた炎は熱かった。
屋敷は炎に包まれ、白い屋根から黒煙が上がる。
その煙を背にして馬車が走る。館から遠ざかり、業火から逃げる。
馬車の窓から身を乗り出した一人の少女が声を上げる。
「父さま!! 母さま!!」
シンシア・リフォードは屋敷にいる両親に呼びかける。
「いけません! お嬢様!!」
メイドがシンシアの肩をつかみ、カノジョを止める。
「離して! 離して!」
「旦那様の約束を忘れましたか?」
「わかってる! だけど!」
「今、ユセラ王国はエトセラ帝国に襲われています。私達はエトセラ帝国から逃げるために、クリスト共和国へ逃げるのです」
「でも、助けないと!」
「旦那様はユセラ王国の大商人、ロバート・リフォード伯爵。クリスト共和国と強いパイプを持っているヒトです。帝国に捕まることがあっても、命を奪われることはありません」
「それなら母さまも一緒に逃げてもいいでしょう!?」
「サリアさまも覚悟を決め、旦那様と一緒にいます。すべてはリフォード家の一人娘、シンシア様を助けるためにです」
「わたしも一緒にいく」
「贅沢は言わないでください」
「でも!」
「思い出してください。あなたはこれから私と一緒にクリスト共和国へ向かいます。この馬車には金貨があり、それを元手に商売を始める段取りになっています」
シンシアは馬車に置いてある金貨の入った袋を見る。屋敷に火を付けられた時に、家の中にあったもののだ。本来ならば屋敷にある金銀を全て入れる手はずだったが、持てるだけの金貨しか運べなかった。
それでも、商いをするには十分な量の金貨である。大商人ロバート・リフォード伯爵の娘、シンシア・リフォードならばこれで商売ができるはずである。
「これからどんなことをするのかはあなたの自由です。シンシア様が望んでいたカフェテラスのお店を開くか、そのお金で一生遊ぶか、考えてください」
シンシアは袋を手にし、ジャラジャラと揺らす。メイドの言うとおり、一生遊べるだけのお金が入っている。しかし、それだけのお金があるにも関わらず、シンシアは喜ぶ表情を見せず、むしろ、悲しみの色が広がっていた。
シンシアが袋から屋敷へ目を移すと、二人の姿が見えた。
屋敷から出て行く二人の姿、ロバート・リフォードとサリア・リフォードの姿が見える。金貨を手にしても笑わなかった少女は喜んだ。しかし、二人が帝国軍に捕まったことを知ると悲哀の表情を見せた。
「帰ります! 帰ってきます!」
シンシアは重たい金貨の袋を持ち上げる。
「このお金で二人の自由を買い取ります!!」
シンシアの声は届いたのか、二人は去り行く馬車を目にし、そして、そらした。
いつまでも目にしていたらあの馬車に愛する娘がいることをさとされる。だから、目をそらした。本当ならここにいるはずだが、残念ながらそれはできない。一緒にいたら、エトセラ帝国へ連れて行かれ、娘の自由は奪われてしまう。それだけはなんとしても阻止しなければならない。
シンシアもそれを理解したのか。唇を噛み締め、エトセラ帝国に連行される二人の後ろ姿を見送っていた。
※※※
夜が燃える。ユセラ王国が燃える。
ユセラ王国から逃げた住民達は炎に包まれる故郷を見る。泣く者もいれば、怒りに狂う者もいる。
「力が欲しい! 力が欲しい!!」
誰もがそれを思う。しかし、それを望めなかった。故郷から逃げた理由は力がないことを知っていたからである。
怒りの声がかすれ、次に湧き上がるのは飢えだ。
飢えはヒトを醜くさせる。
渇きはヒトの輪郭を歪ませる。
それを理解していたユセラ王国のヒトビトは家から持ってきた食料を分け合うことにした。
ユセラ王国のヒトビトはキャンプを開き、食事をする。その場には両親が帝国に奪われたシンシアの姿もあった。
「お嬢ちゃんも逃げてきたのかい?」
コワモテな男性がシンシアに話しかける。
「はい」
「あんたみたいな子どもまで難民になってしまうとはな、困ったものだよ」
男性は手にしていたパンをシンシアに渡す。
「わたしは貴族なのに、こんなのもらっても」
「ユセラ王国の貴族には借りがあるんだ。ほら、こんなカオだろう。このカオでなかなか普通の仕事ができなくてな。けどな、貴族がどうしようもないオレに話しかけてきて、運良く仕事をもらうことができた。貴族のおかげでメシにありつけたんだ」
「どんな仕事をしていたのですか?」
「ギルドマスター。あらゆる仕事を請け負って、冒険者に依頼をお願いする仲介者。貴族にとってやりたくない仕事もギルドを通してならやることができた」
「どんな仕事をしたのですか?」
「アイテム鑑定、地図の売買、賞金首などなど、中には暗殺や賄賂なんてものもあったな」
「人殺しですか」
「おっと、嬢ちゃんには刺激が強かったかな」
「いいえ、そういうあることのは知っていました」
「そうか」
「もっと話してくれませんか?」
「おいおい。こっちはこれからどうするか考えたいんだ。しばらく一人にしてくれよ」
「お金ならあります」
シンシアは金貨の入った袋を差し出す。しかし、男性はその手をシンシアの元へと戻す。
「お金はいらない」
「けれど」
「問題はカネで解決しない。カネは最後まで取っておけ」
「でも、あなたの話を聞きたい」
深窓の令嬢であるシンシアにはギルドは未知な世界であった。彼の刺激的な話は両親と離れた悲しみを和らげるものでもあった。
「わかった。これも付き合いだ。趣味で話すわ」
それから男はギルドマスターをしていた頃の話をする。シンシアはその話を興味深く傾聴する。今までに聞いたことのなかった世界に戸惑い、中には耳にしたくない話もあったが、それでもシンシアは話を聞き、それを知識として受け取っていた。
夜は朝ぼらけの空となり、すっかり水色になった。
「お、もう朝か。うっかり話し込んでしまったな」
「いいえ、面白かったです」
「そうか、そいつはありがたい。憶えていた限りのことを話せてよかった」
「ありがとうございます」
「これで心置きなく引退ができそうだ」
「引退ですか?」
「故郷もなくなってしまったし、これから新しい故郷でも作ろうかなと思う。アドセラ地方にでも行こうかね」
「あそこは未開拓地方ですよ。山賊とかならず者ばかりがいる場所です」
「それでも行くだろうな。ここにいる奴らは新しい天地を求めて、アドセラ地方に行くはずだ。嬢ちゃんは行き先考えているのかい?」
「クリスト共和国へ」
「あそこは税金が高い以外良いところだからな。商人達が牛耳っている以外、嬢ちゃんにはお似合いの場所だ」
「だったら行きましょうよ、あなたから教わりたいことがいっぱいある」
「悪いがいけない」
「どうして?」
「お金がないんだよ、ギルドにすべて置いてしまった」
男は頭をかく。
「お金がない。シンプルな話だ。クリスト共和国は移民の人間からボッタクリ紛いの税金を求める。それは自分の国を守るために移民を制限しているからだ。でも、納得できる。自由に移民を受け入れたら、移民のヤツから仕事を奪われるからな。それに、クリスト共和国は民主制だ。移民の都合で国の政治を変えられちゃたまったもんじゃない」
「高い税金もそれが理由ですか」
「そうだ。だから、みんな、お金のかからない場所へ移民せざるを得ない」
「だからアドセラへ行くのですか」
「そういうことだ。俺らは未開拓地方の開拓者になる。村を作り、そこを故郷にする。長い時間かかるかもしれないけどな」
「……ギルドを開いたらどうですか?」
「ギルド?」
「そうです。ギルドを村の仕事斡旋場にしたら短い時間で村が開拓できます」
「確かに、ギルドにはそういう仕事をまとめあげる役割もあるのか。それは考えつかなかったな」
「だから、もう一度、あなたがギルドマスターになれば」
「それはもういいよ」
「え?」
「ギルドなんてやるもんじゃないぞ。カネで問題を解決しようとする人間がするところだ。さっきのあんたみたいに」
シンシアは手にしていた金貨を後ろに隠し、きつく握りしめた。
「依頼者には俺を騙そうとした人間もいた。ウソのアイテムを売りつけたり、冒険者をハメる依頼をしたり、ギルドからカネをふんだくろうとしていた。ギルドに群がるのはカネ目的の人間ばかり、そんな奴らと相手にする毎日だったから、ここらでゆっくりしたいんだ」
「穏やかに暮らしたいのですね……」
「それが悪いのか?」
その一言が彼の逆鱗に触れたのか、男は声を荒げる。
「それとも何か? お嬢ちゃんがやるのかい? 海千山千の詐欺師がウソの依頼をして、あんたのお金を狙ってやってくるぞ。そいつらと話すことで段々と疑心暗鬼となっていて、最後にはヒトを信じることができなくなる」
「それはないと思います」
「そんなことない。実際、俺は脅迫まがいなことを言ったり、ウソをついたヤツに焼きを入れたり――」
「でも、わたしにはやさしくしてくれた」
「それは――」
「あなたはやさしいヒトです。そんなあなただからこそ、貴族のヒトはこの仕事を任せたのでしょう」
男は穏やかに笑う。
「ハハハ」
やさしく微笑んだ。
「なんだか、ギルドやっていて始めて良かったと思ったよ。このカオも好きになれそうだ」
自分のカオを恥ずかしそうにさする。なんだかコワモテのカオも可愛く見えた。
男はゆっくりと立ち上がり、大きく両手を広げた。
「さて、もう行かないとな。新たな故郷、フロンティアへ」
荷物を手にして、シンシアから離れていく。
「最後に! 最後に聞かせてください!」
男は振り返る。
「あなたにギルドをお願いしたヒトは誰ですか?」
「リフォード」
少女は父の名前を耳にする。
「ロバート・リフォード伯爵。ユセラ王国の貴族。嬢ちゃんも貴族なら名前ぐらい知ってるはずだ」
まぶたの裏に涙を溜める少女を背にして、男は朝ぼらけの空へ向かって歩き出した。
※※※
難民キャンプから分かれ、馬車は東へ200キロ走った。
シンシアは何度もユセラ王国の方を振り向き、囚えられた両親のことを思っていた。
「見えてきました」
シンシアは前を見る。クリスト共和国へと続く関所を目にする。
「クリスト共和国にはリフォード家に親交の深い者がいます。その方の力を借りて、この国で暮らしていきましょう」
「そうね」
「運が良ければ、旦那様にも会えるかもしれません」
シンシアはメイドの言葉に目をパッと輝かせた。
「父様に会えるの!?」
「会えると思います。おそらく、エトセラ帝国の外交役として、ここへ度々やってくることでしょう。旦那様がここへ逃げるように指示したのもそれが理由です」
「じゃあ、いつでも会える――」
「それはありません」
メイドは悲痛の言葉を告げる。
「もし会えたとしても旦那様はエトセラ帝国の監視がつくことになるでしょう」
「どうして帝国はお父様を?」
「エトセラ帝国はユセラ王国とクリスト共和国のパイプ役となっているリフォード伯爵を手球に取りたかったのでしょう。エトセラ帝国の皇帝は戦争を仕掛ける最中でも次の戦争を考える人間なのです」
「じゃあ、クリスト共和国も戦火に焼かれるってこと?」
「それはわかりません。もし戦争になっても旦那様はそれを教えてくれるはずです」
「逃げ場はないのですね、帝国に行った方が幸せかも」
「それはありません。シンシア様の自由が奪われます」
「わたしの自由で家族一緒になれるのなら!」
「わかってください、旦那様の気持ちを。旦那様があなたを逃がすために、その身を犠牲にして、時間を稼いでくれた理由をわかってください」
「……お父様、お母様はもう助けられないの」
「残念ながら」
「今持っているお金で解決はできないの?」
「エトセラ帝国に楯突くローグも冒険者もいませんよ。もし依頼を引き受けても、前金目的であることは間違いないでしょう」
「それでも、お金があれば、誰かがエトセラ帝国を倒してくれるはず。クリスト共和国は商人の町だと聞いているわ。どんな依頼でも応えてくれるヒトはきっといるはず」
「もし、そのためにお金を使うのであれば、屋敷で集めたお金はここで捨てます」
メイドは強い口調でシンシアの考えを否定する。
「このお金はあなたの自由に使われるもの、けして、復讐のために使うものではないのです」
「わたしはシンシア・リフォードです。わたしの命令を聞いてください」
「それはできません」
「リフォード家の命令です」
「リフォード家はすでに消えました」
「わたしがいる限り、リフォード家は続きます。白詰草の勲章に誓って」
「いい加減気づいてください! シンシア様!? あなたを守るモノは何もないのです!」
メイドは怒気を放ち、シンシアは視線を下にする。
「あなたはすでにシンシア・リフォードではありません。シンシア・リフォードはユセラ王国と共に、屋敷と一緒に燃えて消えました。今のあなたは一人の女のコ、普通の少女なのです。何も力を持たない少女がリフォード家を継ぐことなんてできません」
「あなたはわたしの言うことをきかないの」
「私が誓ったのはユセラ王国から貰い受けた白詰草の勲章を持ったリフォード家であり、国も何もなくなったシンシア・リフォードに誓ったわけではありません」
シンシアは何も言い返せず、口を閉じた。
「リフォード家の命令はあなたを守ること、ただそれだけです。あなたを阻害するモノはすべて排除いたします」
メイドの誓いは声からでもわかるように、頑ななものであった。その誓いを破ることはシンシアでもできるはずがない。
「……わかりました」
シンシアは静かに言った。
「怒ってしまい、申し訳ございません」
「別にいいって。偽名考えないとね」
「シンシア様」
「もういないわ、シンシアなんて」
馬車の窓から外を見る。
「シンシア・リフォードはもういないから」
これから向かう関所は高く見えた。
※※※
馬車は関所まで来ると、メイドは馬車から降りた。
「さあ、この門をくぐればクリスト共和国です。入国許可証を門番に渡しますので、しばらくここでお待ち下さい」
「待って!」
シンシアは門番の所へ行こうとするメアリーを呼び止める。
「なんですか?」
「このお金でなんでもしていいと言ったよね」
「勿論です。あなたの自由を尊重するものであれば、どんなことでも」
メイドの言葉を確認し、シンシアは口を開く。
「ギルドを開くわ」
「クリスト共和国には山のようにギルドがあります。そこでギルドを開くよりもカフェテリアの方が」
シンシアは首を左右に振った。
「違う。そんなの望んでいない」
シンシアは馬車の中で考えていたことをメイドに告げる。
「アドセラへ行ってギルドを開くわ」
※※※
ギルコはベッドからバッと起き上がり、深呼吸した。
窓から差し込む朝日を見て、見慣れた寝室を見て、ほっとと一安心した。
夢は悪夢だった。
最近、その夢を見ることが少なかった。
しかし、昨夜のラドル村の一戦で気が抜けたのか、悪夢が再びよみがえってしまった。
ギルコは何度か深呼吸し、ベッドから降りる。
仕事着へと着替え、ギルドの受付口へと向かった。
ギルコはテーブルの上においてあった金貨を目にする。
テーブルまで駆け寄ると金貨の下には置き手紙があった。
『今日までありがとうございます。リッツ』
『今までありがとう。ギルコさん。ルル』
金貨を数える。
150ゴールド、三日分の宿代が置いてあった。
金貨を手に取るギルコは二階へと上がった。
そして、リッツ達がいる部屋をノックする。
返事はない。
ギルコはその部屋のドアを開け、部屋の中を確認する。
キレイに整えられた布団、この部屋を使用していた生活の痕跡がない。
窓は開けられ、レースのカーテンが風に流される。
その窓から外を見る。
たわいない会話をする村人、羊飼いは羊を連れて歩いている。
見慣れた光景、取り留めのない毎日にあった景色がそこにあった。
しかし、それはギルコ達が勝ち取った、かけがえのない今日だった。
「ギルコさん。おはよう」
羊飼いのおじさんがギルコに挨拶する。
「おはようございます」
「今日も早いね。昨日、遅くまで起きていたのに」
「しばらくはギルドを休みにしようと思います。ギルドがめちゃくちゃになっちゃったから」
「それがいい。ギルコさんはガンバったから休んでもいいよ」
「ありがとうございます」
ギルコは丁寧にお辞儀をした。
「それでギルコさん」
「なんですか?」
「ヒマがある時でいいんだが、依頼を頼んで欲しいんだ。ちょっとした人探しをな」
「わかりました。承ります」
「ありがとう」
羊飼いのおじさんは羊を連れ、ギルドから去っていた。




