遺書 05-11 災禍の村へ
現象は終わった。
引き返しの森の解呪は村長の結晶化をもって終わりを迎えた。
リッツはその様子をずっと眺めていた。
好奇心ではない、興味でもない。
ただ、村長の言う罰を理解するために、その現象を見ていた。
しかし、彼はその罰を理解していない。
欺いた罪にも気づいていない。
それが欺く者の欠けた価値観であった。
二人の少女が村長の家に入ってきた。
「何があったの!! 村長!!」
引き返しの森から村長の家へと続く紫の粒子を見たギルコとラムネは村長の家へと来た。
「リッツさん!!」
ギルコは村長の家にいたリッツを呼ぶ。
「リッツさん! 何が何が!!」
ラムネも同じようにリッツを呼ぶと、リッツは静かに返事した。
「村長に休戦協定を伝えたら、こうなりました」
「そんな!!」
ラムネは慌てふためいて叫ぶ。
一方、ギルコは結晶化した村長の姿を見て、何が起こったのか一瞬で理解した。
「永続魔法の解呪」
「ギルコさん、なに、それ」
ラムネはギルコに尋ねる。
「永続魔法は一度使うと二度と魔法が使えなくなるのは、魔法を掛けた対象から魔法を解くために、魔導粒子を回収しないといけない。解呪なんかすればこんなことぐらいわかっていたのに」
「引き返しの森の向こう側に行くってことは、村長が永続魔法を解呪しないといけなかった。それを知らないで、ぬか喜びしていたの」
「ええ、わたしはそれを見落としていた」
ギルコの返事に、ラムネはうなだれる。
ギルコもラムネと同じように、地面に伏せた。
「一体! 何のために、戦ってきたの!! わたしたちは!!」
ギルコは経験したことのない悲しみに叫んだ。
「村のために戦ってきた! 村長のために戦ってきた!! だけど、休戦協定を結んだせいで、村長は自分の役割を理解して、魔法を解呪した!!」
ギルコは木板の床を叩く。
「わたしは欺かれていた! 村長に! 気づくべきことに気づけなかった!!」
リッツはギルコへ向けていた視線をそらす。
「この村は黒き山林にいいようにされる。これからも! これからも!!」
「――いや、それはない」
ギルコの叫び声に反論する男の声、それはエテンシュラだった。
エテンシュラは足をふらつきながらも、村長の家に入ってきた。
「黒き山林は壊滅した」
「え?」
あまりの驚きに、ギルコは首を傾げる。
「エテンシュラ、誰が倒したの?」
ラムネはエテンシュラに尋ねる。
「俺が倒した。ルードをぶっ潰した」
「そういう冗談はやめてよ。今はそんなの雰囲気じゃない」
「冗談じゃねえよ」
エテンシュラは手にしていたボウガンを見せる。
「俺がこの手でルードを潰した。廃坑の坑木を潰して、下敷きにしてな」
ギルコ達はエテンシュラの言葉をただのホラだと思っていた。
悲しみに暮れていた自分達を元気づけるために、そんなウソをついたと思った。
彼らはそれ以上、ホラ吹きエテンシュラのウソを追及することはなかった。
村長が結晶化した理由について知ることの方が、彼らにとって知るべき理由であった。
「それで……、なんだこれは。どうして、村長が結晶化してるんだ」
「休戦協定を話したら、村長は結晶化したって、リッツさんが」
ギルコはエテンシュラの質問にそう応えた。
「休戦協定ってことは、黒き山林がギルド協会と交渉するためのヤツか?」
「ええ、引き返しの森の向こう側に行くために」
「なんとなく、わかってきた。村長は引き返しの森の魔法を解呪したワケを」
エテンシュラは得心したのか、今ひとつわからなかった休戦協定の意味を納得した。
だからこそ、こんなことを言ったのだろう。
「――で、リッツ。それはホントか?」
エテンシュラは誰も思わなかったことを口にしたのだ。
「なに、その質問は?」
ラムネは尋ねる。
「リッツはそこまでバカじゃない。村長に休戦協定を伝えたら、何か問題があることぐらいわかっていたはずだ」
エテンシュラはリッツの下へと近づき、交渉の真相を知ろうとする。
「ボクはあの交渉を取り締まる役になっていましたから、村長に伝える役目としての責任はありました」
「そうなのか?」
「ええ」
ラムネが頷くと、エテンシュラは納得した。
「それなら、ここへ来た理由もわかる。だがな、予想はできたはずだ。森の番人である村長にそれを言ったら、何か問題があるってことをな」
「エテンシュラさん、何かボクに落ち度がありましたら謝ります」
「落ち度ってもんじゃない。確信的な何かを持って動いていた」
「つまり、村長の結晶化はボクがしたことだと?」
「それはちょっと違うな。どちらかというと、森の封印を解くことが目的だったと思うんだ」
エテンシュラは頭を働かせ、リッツの考えを読み明かそうとする。
「俺はあの交渉の場を居たからわからねえけど、この交渉をまとめたのはリッツなんだろう。なら、リッツがこういうことを想定して動いたと言ってもいいだろう」
「あの時はみんな必死だった。みんな、ルードの手のひらに命を弄ばれていた」
「しかし、オマエさんは交渉役という一番安全な場所にいた。余計なストレスもなく、考えることができただろう?」
リッツは口を閉じ、エテンシュラを見る。
「オマエさんには2つの交渉カードがあった。村の全員を好きにできるカードと、ルードの持つ魔導石のカードだ。そのカードをうまく利用して、森の封印を解くためのカードを引き出すことができた。それが、黒き山林とラドル村が協力しあうという奇妙なカードだ。盗賊と村人が運命共同体みたいなことができるはずがないが、リッツは様々なトラブルを利用して、そんなことができた。つまり、この男はすべての黒幕の立場にいたってことだ」
エテンシュラはそういうと壁にもたれる。
先ほどの戦いの疲労がここできたのだろう。
本来なら泥のように眠りたかったのだが、村長が結晶化した事実をつきとめるために、ボロボロになった身体を動かさなければならなかった。
リッツは静かに口を開けた。
「エテンシュラさん、あなたにはできましたか? この村にいる人全員を助けるための交渉ができましたか?」
エテンシュラは口を閉じ、黙り出す。
エテンシュラはあの交渉の場にいなかったため、具体的にどんな話を交わされたのは知らない。
「できないことをできるように言うのは卑怯じゃありませんか?」
エテンシュラは反論できず、視線を隠す。
「たとえ、ボクが黒幕だとしても、無職の冒険者で過ぎないボクが何の利益があるのでしょうか? 異世界に行っても殺されるのがオチってものですよ」
「オマエさんはそういうタマじゃないだろう。何か裏を考えて」
「エテンシュラさんがルードを倒したのなら、悪魔という存在がどんなものかわかっているはずです。彼らと交渉なんかしようとする前にやられてしまいますよ」
リッツの言うとおり、エテンシュラはルードと戦った時、悪魔と戦った感覚を味わっていた。
敵味方の分別もなく相手を殺すために動く生物兵器、エテンシュラはそんな化け物と戦っていた。
エテンシュラは何も言わなかったのはそういうことだろう。
悪魔と戦った彼だからこそわかる。無職の冒険者であるリッツが異世界に行ってもムダ死にするしかないのだ。
エテンシュラが沈黙を守っていると、ギルコが彼を呼びかける。
「エテンシュラ」
「なんだよギルコ」
「リッツさんはこの村のために全力に尽くしてくれた。それに比べてあなたは何をしたの」
「オレは黒き山林を倒してな」
「そんなホラ信じますか。あなたは逃げていたのでしょうか?」
「感情にとらわれるなギルコさん。オレはこの男を敵か味方か見定めている。味方なら大きな存在だ。だが、敵なら……」
「味方に決まっているでしょう!!」
ギルコは大声を張り上げて、リッツを味方だとかばった。
「事件が起きた時、彼はこの村から逃げられることができた。でも彼は残った。自分の無実を証明するために、彼は残ってくれた!! この村にいるみんなのために、見返りを求めずにやってくれた!! なのに、あなたはそんな彼を疑うようなマネをするなんて!!」
「ギルコさん。違うんだ。これはそういう話じゃない。もっと別の次元の話なんだ」
「じゃあ、あなたはリッツさんがこの問題を呼んできたというの!! 問題を起こしたのは盗賊の方でしょう!!」
「それはそうだが……」
「リッツさんは問題に巻き込まれたただの冒険者。なのに、わたしたちは強引にも彼を引き止めた! 本来なら、わたしたちは彼に謝らなきゃいけない立場にいるの」
エテンシュラは辟易し、黙った。
どんなことを言っても言葉が届かないと自分の中で諦めを感じていた。
ギルコはリッツへと視線を向ける。
「リッツさん、ありがとう。ホントにありがとうございます」
ギルコは何度も頭を下げ、感謝を述べる。
「いいえ、でも、ボクは村長を――」
「村長のことは残念だと思います。わたしもこういう事態を読みきれなかったことがとても悔しいです。でも、あなたがいたことでこの村は救われました。あなたの正直な行動がこの村を平和にしたのです」
ギルコの忌憚ない感謝の気持ちに、リッツはまいったような表情を浮かべる。
「……ありがとうございます」
リッツは小さくそう言った。
リッツがギルコに感謝の言葉を述べると、エテンシュラはカノジョに尋ねる。
「ギルコ、コイツを信じていいんだな」
「ええ。この村のためにやってきた彼を裏切るマネはしません」
「わかった、オレも信じるよ」
「エテンシュラさん」
リッツはエテンシュラの名前を言う。
「疑って悪かったな。虫の居所が悪くてな」
「いいえ、気にしてませんよ」
「そうか、助かる。今度、酒をおごってやるよ」
「飲めない酒を飲んでも楽しくありませんよ」
「ガンバって飲んでやるよ」
「ありがとうございます」
二人はたわいない話を交わした。
「ギルコ! エテン! 村長の遺書を見つけたわ!!」
村長の机にあった本棚で遺書を見つけたラムネがギルコ達を呼びかける。
ギルコ達はその遺書を開き、一字一句読み上げていった。
※※※
親愛なる者たちへ。ワシはもう疲れた。
この村はユセラ王国の者で作り上げた第二の故郷であり、ワシはこの村を守るために様々なことをしてきた。
中でもギルコを欺き続けることに関して心を痛めていた。
この村を開拓するためには冒険者が必要じゃった。未開の地を行き、地図を作り、金脈を発見する。だが、ワシはその基本をギルコに隠して、ウソの仕事を教え続けていた。冒険者に村の仕事を手伝わせても、冒険者は喜ぶはずがない。彼らが望む物は冒険だ。心が湧き踊る冒険なのだ。
なのに、ギルコにはその真実を伝えず、村の仕事が大切だとウソを教えておった。
無論、それは村人にも同様のことを教えて続けていた。冒険者はローグであり、カネに汚い者だと言い続けていた。村人はそれを信じて、彼らにまともな仕事を与えてこなかった。
冒険者に仕事を与えないことで、今日の今日まで平和のラドル村を作り続けてきた。この事実はワシの世話をしてくれたエテンにも知らないことだ。ずっとワシの胸の内に隠していた。
すべてを語ろう。ワシが村の皆を裏切っていたのは、すべてはこの村が異世界へとつながる森が存在していたからだ。
この森はユセラ王国が代々守り続けてた森であり、異世界から来たる悪魔から守り、また、異世界へと行く冒険者を排斥するために、引き返しの魔法を掛けていた。しかし、ユセラ王国が崩壊した時、森の封印が解除されてしまった。
その時、黒き山林と名乗る盗賊が異世界へと行き、強力な魔導石を見つけたのだろう。彼らが見つけた魔導石によって、この村は争いに巻き込まれてしまった。
だが、そこにいるリッツという冒険者によって、強力な魔導石を持つ黒き山林と休戦協定を結ぶことができた。
しかし、その休戦協定を結ぶにあたり、ある問題があった。それは引き返しの森の封印を解くことだった。
皆には黙っていたが、引き返しの森の封印は永続魔法を掛けていた。この魔法は術者が解呪しない限り、継続し続ける特殊な魔法だ。ワシがこの魔法を使用したのは、ユセラ王国がこの森の向こう側に行くことがないと考えたからだ。エトセラ帝国が異世界へと行くのであれば、永続魔法を掛けたほうが得策だと思い、引き返しの森は誰も向こう側に行けないように魔法を掛けた。
ところが、黒き山林の休戦協定を知ったワシは魔法を解くしかなかった。これは皆が決めたことだ。ワシは村の意志を尊重し、引き返しの魔法を解呪しなければならない。
永続魔法を解呪することは使用者が結晶化し、もう二度とこの世で動くことができないことだ。そこにいるワシはワシではない。ただの像だ。村人を欺き続けた哀れな者の最期なのだ。
もしも、この村が冒険者と協力していれば、こんな事態は逃れていたのかもしれない。異世界へと続く村として開拓すれば、すべては変わっていたのかもしれない。しかしそれは夢物語、もう遅い。ワシがウソをついたことでこんなことになってしまったのじゃ。
欺く者となったワシの一生は孤独な毎日だった。真実を伝えることもできず、来る日も来る日も何者かに怯える日々であった。森の封印はけして解けないはずなのに、ワシの中で悪魔が巣食っていた。生きた心地がしなかった。
ギルコ達が黒き山林と休戦協定を結んだことを知ったワシはやっと安心できた。
もうこの胸で動きまわる悪魔とおさらばできると喜んだ。
ワシは弱い人間だ。誰かの命令によってやっと動くことができる人間だ。
森の番人であるアシモフ家という宿命、王の命令を聞く宰相という立場、ワシがワシであり続けたのは命令のためだった。命令のためならなんでもできたのだ。
ギルコよ、そして村人たちよ。
森の封印を解いたワシを許せ。
命令で動き続けたワシを許せ。
そして、この村の行末を村人だけで決めさせたワシを憎め。
ワシは欺く者だ。
裏切りの交渉術で皆を騙していた。
欺く者は罰を受けなければならない。
ギルコの笑顔を見て、その罪を理解した。
ワシはこの世界にいてはいけない人間だ。
ワシがこの世界から消えても、けしてワシのことを気にするでない。
村のことは村人全員で考えよ。選挙でも何でも良い。
代表者を決めるまでの間、代理としてギルコ・ギルミーを推薦する。
理由はこの村に多くの冒険者が来るからだ。
この村は災禍の村となり、その災禍と対抗するために、ギルドが必要となる。
それならば、ギルドマスターギルコに任せた方が色々とやりやすくなるだろう。
異世界へとつながったこの村に近隣諸国から代表者が来るだろう。
その交渉役としてそこにいるリッツにも参加してもらいたい。
しかし、それは本人が望むこと、ワシには無理強いはできない。
だが、彼には黒き山林と交渉した実績がある。
この村の交渉役として彼以上に心強い者はいないだろう。
ワシはそう思い、彼を推薦する。彼にはこの村に残ってもらう。
最後に、エテンよ。
何があっても貴公の考えていることは外道が行く道だ。
今なら引き返せる。それを考えるではないぞ。
さて、名残惜しいがワシはそろそろ行く。
欺く者が行く罰を受けに。
裏切りの代償は高くつきそうだ。
ラドル村村長 ゲーニック・アシモフ
※※※
ラムネが遺書を読み終わる。
誰も言葉を発しなかった。
場は静かな空間に支配されていた。
エテンシュラが棚にあったオルゴールを開ける。
それは村長がいつも聞いていた音楽であった。
オルゴールの音色が場に包まれていた静寂を失わせていく。
その音色に紛れるように、エテンシュラはギルコに話しかける。
「ギルコ。考えてくれ」
「何を」
「この村のあり方を」
エテンシュラは言葉を足す。
「村長の遺言どおり、この村は災禍の村となる。異世界に行くために、多くの冒険者が詰めかける。しかし、それだけじゃない。近隣諸国の国々が異世界の調査をする。その際、この村は尖兵達を留める駐在所となるはずだ。そして、何よりも問題なのはあの森から悪魔が来る。ルードよりも巨大な魔力を持った悪魔がオルエイザ大陸を侵略する可能性がある」
エテンシュラの言うとおり、問題は山のようにある。
残された彼らはその問題を片付けなければらない。
「冒険者のためのギルドか。特定の国のためのギルドか。それとも、この大陸に来る悪魔を利用するか。それを決めるのはギルコ、オマエだ」
ギルコはエテンシュラをにらみつける。
ギルコにもわかっている。彼には責任がない。
しかし、彼はこの中では一番の年長者だ。
誰も言いたくないが、言わなくてはいけない立場にあった。
「俺らはもう引き返せない。森は開かれた」
オルゴールの演奏は音をなくし、また音楽を奏で始めた。




