依頼 01-03 閉じた世界を開くために
昼、ギルコはギルドで本を読んでいると村長がやってきた。
「ギルコさん、依頼を請け負って欲しいんだけど」
「はい」
ギルコはカウンターに本を置き、村長に返事をする。
「クリスト共和国の首都、ファービンまで運んでほしいものがあるのじゃ」
「何を運んで欲しいのでしょうか?」
「ラドル村の特産品じゃ。ミルク、チーズ、ベーコン、羊毛などなど」
村長は外へ指をさす。そこには特産品を乗せた荷車が見えた。
「特産品ですね。いつまでに?」
「そうじゃな、できれば早いうちがええ」
「わかりました。料金については特産品が売れてから決めることにします」
「それでええよ」
ギルコは荷車にある荷物を見て、パッパッとメモを取っていく。荷車にはどんな品物があるのか、把握していく。
ギルコは荷車から離れる。
村長は仕事が終えたのだと思い、ギルコに話しかける。
「こういう仕事を任せるギルドがあってよかったわ」
「ありがとうございます」
「だが、冒険者には厳しいな」
村長の言葉に、ギルコは表情を暗くなる。
「そんなに冒険者が嫌いか?」
「冒険者は嫌いではありません。ウソをつく人間が嫌いなだけです」
「ウソか」
「冒険者はわたしを騙そうとします。何も知らない小娘だと思っています」
「この村のギルドはここしかない。冒険者にとってギルドは生活のタネじゃ。ギルドがなければ、冒険をすることができない。それなのに、おぬしを騙しても何の得もない」
「それはわかっていると思うのですが」
ギルコは村長に悩みを告げると、村長は微笑む。
「まあ確かに、腹が立つだろうな。何も知らなそうなお嬢さんがギルドマスターをしていること自体納得出来ないことじゃ」
「村長、わたしはギルドマスターの器じゃないと言ってるのですか?」
「いやいや、そうじゃない。ただギルコさんは厳しい。アイテム鑑定の査定を安くしたりするじゃろう」
「キズとか付いていたらイヤじゃないですか」
「この村が今ひとつ発展しないのもそれが理由じゃ。ギルコさんは冒険者に厳しい。厳しいと思われるから冒険者はギルドを利用しない。冒険者がギルドを利用するためにはこっちの依頼料もあげないといけない。何もいいことない」
「それはわかっています。だけど……」
「信じられるヒトがいないからか?」
村長に本心をつかれ、ギルコは黙った。
「ヒトを信じるってことは難しいことじゃ。悪魔と契約を結ぶようなものじゃ。中には人間よりも悪魔と契約を結んだギルドマスターまでいるぐらいじゃからな」
「ギルドマスターが悪魔と契約するだなんて、そんなの契約なんて守るはずが」
「いや、悪魔との契約は誓いが存在する。誓いを破った物は罰を下される。人間でも悪魔でもな。お互い結んだ罰を受けないために、人間も悪魔もしっかり、仕事をこなすものじゃ」
「人間世界の契約でも裏切りは厳禁ですよ」
「ギルコさんは純粋じゃな。じゃが、人間世界の契約は守れない方が多い。しっかりと判を押さないと約束は破られる。約束を守れる人間はそう多くないものじゃ。ギルコさんもそうじゃろう?」
「ええ、依頼放棄した冒険者もいましたし、中にはカネをせびる冒険者もいました」
「ギルコが構えてしまうのも無理はない。冒険者は基本、ウソつきじゃからな。ヤツらはその土地の人間に迷惑を掛けても、逃げればいいと思っているからな」
「ええ。だから、わたしは冒険者に厳しくしています。そうしないと村に迷惑がかかります。慎重にヒトを選んでいます」
「ホントにギルコさんは素直で良い子じゃ。だからこそ、冒険者を信じることが大事なのじゃ」
「冒険者を信じる?」
「ギルコが冒険者を信じる心さえあれば、この村は町となり、町が国を作り、国は平和をもたらす。クリスト共和国はギルドによって育った国、かの国を学べば、この村ももっとよくなるはずじゃ」
「でも、ここを離れるワケにはいかない。約束があるから」
「そうか、約束か」
村長はギルコの言葉を噛み締め、頷いていた。
「村長、どうやったらわたしを変えることができるのですか?」
ギルコの質問、村長は答える。
「簡単じゃ、スキを見せればいい」
「スキですか」
エテンシュラと同じことを言われて、だらりと肩を落とす。
「そうじゃ。スキと言っても、だらしないとは違うものじゃ。いつも無表情じゃが、時折笑顔を見せるとヒトはそれに惹きつけられる」
「わたしは笑顔のヒトが好きですね」
「そうじゃな。たとえば、性格が完璧な冒険者と、何処か抜けている冒険者がいたら、両方共、同じ実力を持っているのじゃが、どちらをパーティーに入れたい?」
「完璧な冒険者ですね」
「やっぱりギルコさんはいいギルドマスターじゃな。不安がない」
「いいえ、わたしだって、不安の一つや二つありますよ」
「ハハハ、そうじゃな。でも、ワシは何処か抜けている冒険者に声をかける」
「どうしてですか? そんなに依頼を任せられますか?」
「依頼よりもまずソイツが仲間にできるかどうか確認する。完璧な冒険者は多くのヒトが求めるから、雇う側も高く雇わないといけなくなる。また、自分の実力がなくて置いて行かれる不安というのもある。冒険者にとってイヤなことのは、自分と相手の意見が一致しないことじゃ。だから、自分よりも優れた人間とパーティーを組むときはリーダーシップが取れるように考えないといけないのじゃ」
「そうなんですか……」
「裏切りの交渉術を仕掛けられないためには、裏切られないための交渉から始まる。自分より上の人間を雇わないことで、それができる。冒険者がパーティーを組むことで大事なのはチームで動くことができるかどうかにあるからの」
「冒険者が減っている理由がわかった気がします」
「じゃが、そういう理屈はギルドには合わない。ギルドにはギルドに合う理屈というものが存在する」
「それはなんでしょうか?」
「隗より始めよ」
「カイ? イカイ?」
「東の書にあることわざじゃが、この言葉が今のお前さんに必要な言葉じゃ」
「どんな意味ですか」
「優秀な人材を集めるにはすぐ近くにいる人間でも大切にすること、つまらない人間でもな。つまらない人間にカネを出せば、自分こそ優秀な人間だと言い張る者がやってきて、自然と優れた人材が集まるということじゃ」
「そういうヒトにお金を渡してもヒトが集まるとは限りません」
「そんなことを言っているウチはまだまだじゃな。高いカネをもらった人間は自分を褒めて欲しいもので、高い報酬をもらったことに得意げになって話すものじゃ。ギルコさんは態度でも報酬でもそういうスキを作れば、多くの冒険者がやってくるはずじゃ」
「……勉強になります」
「この村には冒険者が必要じゃ。ウソをつく冒険者も正直者の冒険者も大切にしないといけない。この村に旨みがなければ誰もやってこない。ヒトもモノもカネもな」
「はい」
「ギルコさんは頭の良いコじゃから信じるぞ。ユセラ王国より大きな村になれることをな」
村長はやさしい眼差しでギルコを見つめた。
「村長、冒険者を大切にするにはどうすれば良いのでしょうか」
「まず、この村についてわかってもらうことじゃな。どんな場所にあるのかどんなものがあるのか知ってもらった方がいいじゃろうな。場所がわかれば旅の準備もできるし、それに見合うアイテムも用意できるはずじゃ」
「つまり、この村を宣伝することですか?」
「そういうことじゃな。手っ取り早いのは地図を作ることじゃ。地図があれば、その村に行こうと思うはずじゃ」
アドセラ地方は未開拓地方であり、この地方に何があるのか不明だ。
村町で出回っている地図もラドル村と近くのコダール町が記されている以外、何があるかはわかっていない。
ただ冒険者の間にはこのラドル村には異世界へ続く森があり、その森の向こう側には高度な魔導技術が眠る遺跡があると噂されている。
冒険者にとって未知の異世界地域、それがアドセラ地方である。
「村長、地図の依頼はなんてありません」
「それならお前さんが依頼すれば早いじゃろう。ギルコさんはギルドマスターなんじゃから」
「はい、そうですね。見落としていました」
村長はハハハと笑った。
「ギルドマスターは地元の人間と冒険者のことを考えないといけない難しい仕事じゃが、ギルコさんならできるはずじゃ」
「ありがとうございます。村長」
「それじゃ荷物よろしくな。きちんと運んでくれよ」
村長はそういうと、ギルドから去っていた。
「この荷物、誰に運んでもらおうかしら」
村長の残した荷物を眺めて、依頼を請けてもらう人材を誰にするか考える。
「……メアリーでいいか」
ギルコはそう呟くと、荷物をギルドの奥にある倉庫へ運ぶのであった。