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ギルコさんは欺けない  作者: 羽根 守
05 瞳の在処
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知恵比べ 05-10 欺く者

 ラドル村の村長の家には隠し部屋となっている場所がある。

 その場所は長年、ユセラ王国が使っていた地下室であり、村長はそこで身を隠していた。


 ……ゴゴゴ


 地下室の開く音がする。

 ふて寝していた村長は起き上がり、ランプをつけた。

「誰じゃ?」

 村長は不穏を覚えていた。

 ――ギルコやエテンシュラなら村長と呼びかけてくれる。

 ――盗賊がやってきたとしても「村長、村長」と呼ぶだろう。

 しかし、村長と呼びかける声がない。


 ――これはおかしい。誰がドアを開けたのか。


 村長はおそるおそる上へと上がっていた。


 静かな夜を彩るセレナーデ、快く眠り付けることができそうな音の調べか。

 しかし、その音の調べが大切な場所に来るといつも音を失う。

 そんな音楽を耳にしながら村長は隠し階段を上っていた。


 オルゴールの演奏に混じり、男の声が聞こえる。

「このオルゴールはいいものですね。少し櫛歯くしはが欠けていますが」

「誰じゃおぬしは」

「ボクは命の恩人ですよ。そんなことを言っちゃ失礼だと思います」

 隠し階段を上がり切ると、待ち伏せしていた正体をつきとめる。

「おぬしはリッツ!!」

 リッツは棚にあったオルゴールを閉め、笑顔で振り返った。

「そんなに驚かなくてもいいじゃないですか」

 村長は後ろに下がりながら、無邪気な笑みを見せるリッツに恐怖を感じていた。

「ラドル村は黒き山林と休戦協定が結ばれ、彼らと仲良くやっていくことになりました。彼らと仲良くするためには、引き返しの森の向こう側に行かないといけません」

 リッツは不敵に笑った。

「村長、この村を救うために、魔法を解いてくれませんか?」

 村長は喉を鳴らし、思っていたことを言った。

「おぬし、ワシを救うために、ギルコと協力したのではないのか?」

「ご冗談を! ボクはボクの目的のために、ギルコさんと一緒に動いただけですよ。同じ利益を持つ者が協力することは間違っていないでしょう?」

「目的じゃと?」

「そうです。ボクの目的はアドセラ地方の未開拓地の探索、つまり、あなた達が異世界と呼んでいるあの場所の地図を書くのがボクの仕事なんです」

「おぬしは妹の記憶のために動いていたのではないか?」

「ギルコさん、お喋りですね。それとも村長の情報の引き出し方がうまいのでしょうか」

 村長は黙る。

 リッツはその沈黙を肯定こうていと受け取った。

「妹のために動いていますよ。ただ優先順位がありまして、そっちの方が上なんですよ」

「誰の命令じゃ!! 誰の!!」

「ギルド協会」

「ギルド協会はムダ金を支払わない。あの向こう側には何もないと見ておる」

「さすが、ご老公。なんでも知っていますね。イヤイヤ失礼失礼」

 リッツは頬を上げて笑みを浮かべる。

 しばらくして、その不気味な笑みをやめ、口を開けた。

「ボクに命令を下したのはエトセラ帝国の皇帝です」

「皇帝!」

「ユセラ王国が守っていた異世界について調べろと言われました。なんでもあの向こう側にはどんなに魔法を使ってもなくならない魔導石があるとかどうとかで、それがホントかどうか調査するために、ボクが来たわけです」

「あの向こう側には何もない、何もない!」

「ありましたよ」

 村長はリッツの言葉を耳にすると、喉から声が出なくなる。

「ルードは純粋なる魔導石を持ち、尸傭兵団を圧倒していました。あの姿はぜひ、あなたにも見て欲しかった。歴戦の力自慢達が為す術もなく、たった一人の盗っ人によって全てが蹂躙じゅうりんされる光景は見ていて感動的でしたよ!!」

 リッツは両手をバンバンと叩き、思い出し笑いをする。

 その姿はまさしく狂気だった。

 リッツの吐く言葉はまともではなかった。

「休戦協定を結んだというのは事実なのか?」

「ボクにこんなウソを作れるはずがない。作り話をするよりも事実を言った方がラクです」

「そうか……、ホントか」

「だから村長、早い所、村のために魔法を解いてくれませんか? 魔法を解かないと村人たちの命が危ないですよ。黒き山林がラドル村で詰め寄る前に、多くの冒険者を呼んだ方が安全ですよ」

「やっとわかった。おぬしの狙いが」

 安穏あんのんしていた村長のカオが崩れた。

「引き返しの森の封印を解かすために! ワシらをハメたんじゃな!!」

「最初から言ってるじゃないですか。魔法を解いてくれませんか? と」

「封印を解除するのなら、ワシを殺せばいいじゃろう!!」

「殺す前に、確認したかったことがありまして」

 リッツは一度カオを歪ませて、にこやかにさわやかに、不気味に尋ねかける。

「――村長、あの引き返しの森の魔法、永続魔法に変えていませんか?」

 永続魔法、一度、その魔法を使用した場合、使用者が死亡した場合でも効力は発揮し続ける。永続魔法を使用した者はもう二度と魔法を使うことができなくなる。

「ボクがあなたの家に来た時、あなたはエテンシュラを呼び、自分の身を守ろうとしました。けれど、あなたは高度な魔法使い、自分の身を守れるぐらいの造作ぞうさも無い。しかし、あなたはそれにもかかわらず、あのからっきしな遊び人を呼んだわけです。そこでボクは思い出しました。世の中には永続魔法と呼ばれる存在があることを。あなたは引き返しの森に掛けた魔法を永続魔法にしたのではありませんか?」

 リッツの質問に村長は笑い出す。

「ハハハ。ハハハ!!」

 人間、隠し切れない事実を暴かされると、笑ってごまかす習性を持つ。

 長い年月を重ねた村長も例外ではなく、彼もまた人間であった。

「おぬし。腹の底が見えない男じゃな」

「あなたほどではありません」

「そうじゃ、ワシはあの森に永続魔法を掛けた」

「どうしてそんなことを」

「それはな、もうユセラ王国があの向こう側に行くことがないからじゃ」

 村長は永続魔法を掛けた理由について話し始める。

「あの森に永続魔法を掛けなかったのは、我々がいつか引き返しの森の向こう側に行くことを願っていたからじゃ。あの向こう側は異世界であり、悪魔が生息しておる。それと同時にそこにはたくさんの秘宝が眠っていると言われておる。アシモフ家はユセラ王国が森の向こう側にある秘宝を手に入れることを夢見て、森の番人になることを決めたのじゃ。この場所は他の国の者にはけして入らせないと誓ったのじゃ」

 村長は一度、息をつき、また、話を続ける。

「じゃが、それは叶わなかった。エトセラ帝国がユセラ王国を襲い、国は崩壊した。我々が守っていたものは消えてしまったのじゃ」

 口調が弱くなり、目を閉ざす。

「そして、ワシは最後の森の番人として魔法を掛けた。永遠に続く引き返す魔法をな。我々が守ってきた未開の地を取られることだけは、なんとしてでも阻止しかった。エトセラの者達にこれ以上の力を与えることだけは防ぎたかった。そして、ワシが死ねば、魔法は完成される。そのはずじゃった」

 弱々しく話す村長はカオを見上げると、力なく笑った。

「しかし、オマエさんの話を聞けば、それができなそうじゃ。ホント、やっかいごとを持ってきてくれた」

「ええ」

「――この村を守るために、森の封印を解こう」

「村長、話が早いですね」

「もし、盗賊たちが魔導石のようなものがなかったらどうするつもりじゃったんだじゃ?」

「その後、あなたにペテンを掛けて、魔法を解かそうとしていました」

「どちらにしろ、ワシはオマエの術中にハマるわけか」

 村長は視線を伏せ、エトセラとの知恵比べに負けを認めるのであった。


 村長はリッツに近づく。

「なあ、リッツ、おぬしに頼み事がある」

「できることなら」

「ギルコを守ってくれないか?」

「ギルコを? どうしてですか?」

「カノジョはかわいそうな少女でな、エトセラ帝国に捕まっているカノジョの父親はクリスト共和国との外交カードにされておる。母親もそうじゃ。おぬしならカノジョの両親を救うことができるはずじゃ」

「幾らボクでも親に対して逆らうことは」

「密偵じゃろう? おぬしは。エトセラ帝国の。ならできない仕事ではない」

 リッツは黙る。村長はその沈黙を事実だと理解した。

「おぬしは何を考えているかわからないが悪いヤツではない。ただ、ギルコの前で欺き続けるのはやめてくれ。ギルコは相手のウソを見破ることが得じゃが、息を吐くようにウソをつき続ける者のウソを見破るのは不得手なのじゃ」

「誰も欺いたつもりはありませんよ。ボクは元からこういう人間なのですから」

「ホント、残念じゃ。ウソを自覚できない人間は欺いていることを知らない。だから欺く者と思われる」

「欺く者?」

「人間、心では言わないが、自然とウソをつく者とウソをつかない者を無意識にわかることがある。無意識の感覚っていうのは不思議でな、日が経てば、ウソをつく人間とつかない人間だとわかるものなんじゃ。おぬしは前者、自然とウソをつく人間、欺く者じゃ」

「みなさんは気づいているのですか」

「そうじゃ。ウソをついているがそのウソをあばこうとしても、事実と交えるのだから、タチが悪い。そんな徒労もないことをしてもムダだとわかっているから、そういう話をしないのじゃ」

 リッツは言葉を失う。

 先ほどの沈黙よりも重い表情を浮かばせていた。

「おぬしのウソに気づいていないのはたった一人、ギルコだけじゃ」

「……いいえ、それはないです。第一、ルルは」

「ルルという少女はすでに知っておるよ。おぬしが欺く者だと知りながらも、おぬしを愛しておる」

「そんなこと思われても困ります」

「意地を張るな。人間、打算だけじゃ生きられない。全く別の金勘定ではない何かで身を委ねたくなるものじゃ。じゃが、おぬしはその何かがわからない。おぬしはその勘定でわからないものを怖がっている。しかし、おぬしはそれを求めている。カノジョと一緒にいるのはそういう感情を知りたいからじゃ」

「ボクは気にしませんよ。そんなのを」

「欺く者よ。おぬしはそれでいいかもしれない。じゃが、おぬしを信じた者を欺くことは許されない」

 村長はリッツの目を見て、話す。

「ギルコはおぬしを信じておる。欺く者のウソを気づかずに、おぬしを信じておる。それはどんなに重い罪か、理解するのじゃな」

 そういうと、村長はリッツの傍から離れ、机に座る。

 机の引き出しから洋紙を手にし、何かを書き始める。

 リッツは村長が何かを書いていることのか観察すべきであったが、村長から投げかけられた言葉を意識してから、彼を自由にしていた。

 

 村長は筆を置くと、用紙を封に入れた。

「これは遺書じゃ。この村がこれからするべきことは村のみんなで決めるようにするためのものじゃ。そして、引き返しの森の魔法を解いたことを皆に教えるものでもある。もちろん、この遺書にはおぬしにそそのか)されて魔法を解呪したとは書いておらん」

 村長は机にある本棚の中へ遺書を隠した、

「ボクはあなたの命を求めていませんよ」

「永続魔法を使った者が二度と魔法を使えないという意味を知らないからそういえるのじゃな。まあいい。それなら、見るがいい。これが一度掛けた魔法を解くという罰をな」

 村長は部屋の中央に立ち、呪文を唱え始める。

「引き返しの森よ。おぬし達に掛けた永続魔法を解呪する!! 代価としてワシの命を捧げよう!!」

 村長は手をかざす。

 その手から紫の粒子が引き返しの森からやってくる。

 紫の粒子は村長の全身を駆け抜け、やがてその粒子は結晶化する。

「いいか!! リッツ!! ワシは欺いていた!! この村の者! 冒険者! 未来ある若者を! 欺き、偽りの平和を作った!! おぬしも欺く者なら理解せよ!! これが欺く者の罰じゃ!!」

 村長の手が結晶へと変わる。紫で透明で鮮やかな光を放つ結晶へと変わっていく。

 その現象は手だけでなく、足、腹、胸、首、そしてカオも紫の結晶となる。

 村長は痛みを堪え、満面の笑みでその現象を受け入れる。

 しかし、その笑みも紫の結晶が奪い去り、表情筋が動くことはなかった。


 輝きも終わりを告げ、一人の老人は紫の結晶へと遂げた。

 リッツはその様子を静かに見ていた。

 村長の言う罰を理解するために、彼を見ていた。


 しかし、リッツにはわからない。


 ――村長がなぜこんな満足そうに結晶化したのか。


 ――理解できない。


 残された笑みの謎が、無表情の心をそっと触れるのであった。


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