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ギルコさんは欺けない  作者: 羽根 守
05 瞳の在処
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交渉戦 05-06 たたかう休戦協定

 ギルドにあるテーブルでリッツは高らかに声を上げた。

「それでは、はじめましょう。休戦協定を」

 ラドル村の代表者ギルコと、黒き山林の代表者ルードが、軽く会釈する。

「休戦協定を結ぶにあたって、戦争結果について確認しましょう。盗賊団、黒き山林。参加者は60名。死者12名、負傷者32名。ラドル村の用心棒、尸傭兵団。参加者は25名。死者3名、負傷者11名。なお、冒険者はこの戦いに参加せず、避難していました」

 リッツはレポートを読むのをやめる。

「数だけ見れば、尸傭兵団の優勢です。被害の数から見ても、黒き山林の負けのように思います。ところが、そこにいるルードさんは純粋なる魔導石を所持しており、尸傭兵団の力を持っても倒すことができませんでした」

 ルードはニヤリと笑いながら、足を組み直す。

「けれど、ルードさんは休戦の提案をこころよく受け入れ、こうして休戦協定を結ぶことができました」

 リッツは淡々と司会進行していく。

「さて、ルードさん、休戦協定を結びにあたって、何か要求はありますか?」

「そうだな。部下の命とか、そういうのは今のところ、置いておこう。それでだな、まずはこちらが要求することは、この村にあるカネをすべて出してもらおうか?」

「ルードさん、それでよろしいのですか?」

「ああ」

「わかりました。ギルコさんはこの要求を受け入れますか?」

 ギルコは視線を伏せる。

「……その要求を受け入れることはできません」

 この場にいる誰もが気づいていた。


 ――カネなんてどうでもいい。

 ――ただ、ルードはこの要求に対するギルコの反応が見たいだけだ。


 そして、衆人の予想通り、ギルコはルードの要求を拒否した。

「そうかいそうかい、ギルコさんは! 交渉なんかしたくないのか!!」

「あなたがしているのは交渉じゃない。タカリよ!!」

「タカリでも何でもいい! だがな、こっちは死人が出ているんだ!! 10人以上の同胞どうほうが、オマエ達に殺されたんだぞ!!」

「尸傭兵団の方々も死人が出ています。お互い納得できない事態かもしれません。しかしながら、わたし達はこうして手を取り合って、話し合いをしようとしています」

「そうだ。だから、お金で解決しようと話をしているんじゃないか? 安いもんだろう?」

「わたしは村の皆さんからお金を巻き上げることはしたくありません」

 ギルコはそういうと、視線を下にした。


 ギルコは考えていた。

 ――これはフェイク。わたしの出方を確認したかっただけ、この要求を受け入れたら、みんなの命も担ぎ出すことになる。

 ――この村全てが1つのパイ。村にあるお金、資源、そして、村人の命を奪おうと考えている。

 ――相手はわたしにパイを切り続けるように脅迫し、相手はそのパイを取り続ける。

 ――平等なんて考えていない。相手にあるのは1つのパイをどのように奪えば、わたしがヒドく泣き崩れてくれるのかと見たがっていることだけだ。


 ギルコは自分の無力さを恨みつつ、相手の出方をうかがっていた。

「ギルコさん、そういう正義じみたことはやめにしないか? 俺達の要求を受け入れるってだけで、ギルコさんは動けるだろう? 戦いに負けた賠償金を支払うから村にあるお金をすべて差し出してくださいと言えばいいだろう? きっと、納得してくれる」

「いいえ、そういうことじゃない。わたし達は負けたかもしれないけど!」

「俺の言うことを聞けよ」

「わたし達は!!」

「交渉やめて、戦争をおっぱじめるぞ」

 ルードは右目を開き、いつでも戦いを始める準備をする。

 ギルコの後ろにいる尸傭兵団に二人も武器を手にする。


 ――やっぱり、盗賊との交渉なんてできない。

 ――すべてを奪われることがわかっていて、落ち着いていられるはずがない。


 ギルコはギルドに置いてあるアイテムを思い出し、彼らと対抗できる武器がないかと探していた。

「ギルコさん、ルードさん。交渉は始まったばかりです。お互いの要求を聞くのがセオリーじゃないのでしょうか?」

「ああ、そうだな」

 ルードは右目を閉じ、椅子にもたれかかった。

「ギルコさん、黒き山林に対する要求をお願いします」

「わたし達の要求は……」

 ギルコは意を決する。

「もう、この村に来ないでくれませんか?」

 ギルコは目に力を入れて、ハッキリと声を出す。

「この村にいるみんなはユセラ王国から逃げてきた人間が作ってきた村です。この村がなくなれば、みんなの居場所が失ってしまいます。あなた達はわたし達の居場所を奪おうとするのでしょうか?」

「奪うつもりはない。――が、この村をすべて焼きつくしてから作り変えるっていうのもいいな」

「……やめてください」

 ギルコは頭を下げる。

「もうこれ以上、わたしたちを苦しめないでください!!」

 今まで弱音を見せたことのなかった少女が声を上げて、泣きだした。


 考えてみれば、仕方がない。

 16歳の子どもに村の命運を任せる立場にいる。

 そんな未熟さと背中合わせにいる少女に重たい選択を選ばさせていたのだ。

 

 小さな身体が震える。完全に怯えている。

 弱り果てた少女の姿、声をかけるのも躊躇ちゅうちょする。

 町中にいたら声を掛けて助けてあげたいと誰もが思うだろう。


 しかし、そこにいる大人は違っていた。

「そんな気持ちで立つなよ」

 ルードは椅子の肘掛けに肘をのせ、目の前の少女に侮蔑の言葉を送る。

「ギルコさん。最後までシャキッと話せ」

 無慈悲にも精神が衰弱していたカノジョを叱咤しったした。

「ルード!! オマエは!!」

 ライアは前に出るが、フォルスはそれを止める。

「アニキ!」

「この交渉に、口を挟んだらダメだ」

 フォルスは怒り狂うライアをなだめる中、ルードは二人の方へと振り向く。

「だって、そうだろう。ギルコさんは泣くことで自分の意見を通そうとしている。それってズルいだろう?」

「ギルコさんは女のコだよ。まだ年端もいかない女のコなんだ」

 ライアの言葉を耳にしたフォルスは怒号を放つ!

「戦いに女も男も関係ねえ!! 傭兵団の嬢ちゃんならそれぐらい知ってるだろう!!」

 ルードは殺気立ち、耳鳴りするぐらいの声を出した。

「休戦協定だってそうだ!! 戦いのケジメの付け方もまた戦いなんだよ!!」

 ライアは歯ぎしりするが、反論できない。

「泣いて謝って救われるか!! 戦いで散った俺とオマエ達の仲間の命がさ!!」

 ルードが言っていることは本当のことだ。

 幾ら盗賊団といえども、彼らは人間であり、仲間であった。

 その生命を奪ったのはそこにいる尸傭兵団であり、責任の所在は彼らにあった。

 しかし、その責任を依頼主であるギルコが引き受けた。

 だが、盗賊団の12名の命を背負う立場にいるにも関わらず、ギルコは自分の感情を押し出して、相手を怒らせてしまった。

 

 ルードが激怒し、尸傭兵団の二人が沈黙する中、ギルコは口を小さく動かした。

「正当化していた」

 それは小さな物音がすれば消えてしまいそうな、かすんだ声だった。

「自分のしたことじゃないと思っていた。勝手にしたことだと思っていた。泣くことで正当化しようと思っていた。それでわたしの意見が通れるかなと甘く思っていた」

「ギルコさん」

「でも、ホントに泣きたいのは後ろのいる二人の方。わたしが呼んだから傭兵団にいる3人の命が失ってしまった」

「きちんと指揮を取れなかった俺の責任だ」

「それでも、わたしの判断が甘すぎた。すべてをわかっていて盗賊だからって見下した結果が、こんな事態を引き起こした。欺かれていたワケじゃない。だいじょうぶだろうとたかをくくっていた結果、不利な休戦協定を結ぶことになってしまった」

 ギルコさんは両手を前に出し、その手をいきなり頬に叩きつけた。


 パッチーン!!


 痛い音だった。

 頬を叩かれた音だった。

 しかし、その頬を叩いたのは自分自身であり、ギルコは自らぷくっと膨らんだその頬を叩いた。

「さあ、続けましょう。納得できる交渉をしましょう」

 気合を入れたギルコの目は涙で溢れていたが、誰もそれを指摘する者はいなかった。


 交渉協定は仕切り直しとなった。

「双方の要求が出されました。ここからは建設的な話し合いをすることにしましょう」

 交渉役のリッツから話が再開する。

「ギルコさん側の要求は黒き山林がラドル村に来ないで欲しいと言うものですが、この要求を変える気はありませんか?」

「変える気はあります」

「つまり、軟化する考えはあるっていうことですか」

「はい。黒き山林は村のヒトに危害を加えなければ、彼らの駐在を認めます」

「わかりました。それではルードさん、あなた方の要求はラドル村のあるお金をすべて欲しいというものですね」

「ああ、そうだ」

「ホントにそれだけですか?」

 リッツはルードの腹積もりを見定めるように言及する。

「どういうことだ?」

「どうも、あなた方の出している要求はまだあるように思えます。そういう場合、交渉は難航する恐れがありますので、全て出してもらえると助かりますが」

 リッツのいうことにも一理ある。

 話が頓挫するよりも、ここは彼の言葉を従ったほうがいいと、ルードは考えた。

「わかったわかった。村長を出して欲しい。もっと言えば、この村を引き返しの森の向こう側に行く拠点にしたい」

「まだ、あるはずです」

「まだって。……ああ、そうだそうだ。尸傭兵団との休戦協定だったな。コイツらとはもう戦いたく――」

「違いますよ」

 リッツの意図の掴めない発言に、ルードは困惑する。

「何かおかしいことを言っているか?」

「ルードさん。こういうことを言うのもなんですが、尸傭兵団との休戦協定を結んでも、あなた達はまだ追われる立場になるのですよ」

「え?」

 寝耳に水と言わんばかりに驚く。

「あなた達はすでにギルド認定は抹消済み、更に言えば、賞金首になっています」

「まだギルコはギルド協会に伝えていない」

「ギルド公認の剥奪はその土地にいるギルドマスターの権限で決めることができます。それをなかったことにするためには、その土地にいるギルドマスターに主張するか、ギルド協会に訴えなければなりません。つまり、あなた達、黒き山林はギルコの権限によって、賞金首になっています」

 リッツは黒き山林の立ち位置をルードに伝え、冒険者の獲物となっている現状を自覚させる。

「もう一度、要求を確認します。この休戦協定に関して、あなた方が要求するのはなんでしょうか」

 ルードもバカではない。

 物事の優劣は決めることができる。

「……ギルド認定と賞金首の解除」

 だが、彼は少々よこしまな心も持ち合わしている。

「それと、この村のカネをすべてもらう」

 リッツは何も指摘することなく、ギルコの方を向く。

「ラドル村側はその要求に応えますか?」

「ギルド認定と賞金首の解除は受け入れます」

「ほぅ」

「ただし、この出来事はギルド協会に伝えます」

「ギルド協会だと!!」

 ルードはバッと立ち上がる。

 彼の座っていた椅子が二、三回転し、やがて止まった。


 ――ギルコさん! それは悪手!!


 ライアは心の中で呟く。


 ――まずいな。ギルド協会まで出したら、事態は大事になる。


 フォルスは交渉の風向きが悪くなると感じていく。

 事実、そのとおり。ルードの表情は穏やかなものではなかった。 

「ギルド協会に伝えたら、俺らの公認が勝手に解除されるじゃないか!!」

 大声を荒らげるルード、そんな彼にリッツは話しかける。

「ルードさん、落ち着いてください」

「ギルコがのっぴきならないことを言っているんだ。怒るのが当然――」

「――いえ、むしろ、これはチャンスですよ」

 リッツはこの場にいる者を驚かせる一言を放った。

「チャンスだと?」

「そうです。チャンスです」

 この場にいる者はリッツの言葉に首を傾げる。

 誰も彼の発言を理解できずにいた。


 今回のことをギルド協会に伝えれば、黒き山林は間違いなくギルド協会から直々に、彼らのギルド公認を剥奪され、賞金首を掛けられる立場となる。

 しかし、リッツがギルド協会にこの一件を話すことがチャンスだと言い張った。

 そんなことを言われたルードは怒るところが、逆に彼の発言に興味を持っていた。


 ――否が応でも期待が高まる。

 ――彼の言うチャンスを是が非でも聞いてみたい。


 リッツに関心を示したルードが椅子に座ろうと腰を下ろす。

 ユウロはすかさず、ルードの椅子を元の位置へと戻した。

「オマエが言うチャンスって、何を根拠に?」

「魔導石です」

「魔導石?」

「純粋なる魔導石を森の向こう側で見つけた。これは今世紀最大の発見かもしれませんよ」

 リッツの提案を聞いたルードはハハハと笑う。

「行ってくれるな、リッツさん。ギルド協会が協力するはずが――」

「あなた達がギルド協会の支援を受ければ、引き返しの森へ行くことが可能かもしれませんよ」

「……リッツさん、そういうのを甘言というんだ。甘くトロける言葉にはワナがある」

「いいえ、ボクはあなた達がこだわっているものから離れて、あなた方が抱えている問題を解決しようと提案しているのです」

「提案だと?」

「そうです。あなた達が望んでいるのは引き返しの森へ行き、純粋なる魔導石を採掘することです。しかし、あなた達はそれができないから、この村にあるお金を巻き上げようとしています。これでは、ホントの問題は解決することはできません」

「できることをする。そういう考え方、大事だろう?」

「逆の立場になってください。あなた達の行動がこの村を不安させています」

「それは俺らに歯向かったそっちの問題だろう?」

「元々、この事件は、あなたがザックスを殺したことから始まったモノです。あなた達が生み出した火種がこちらに降りかかってきた話なのです」

「それを言われたら、何も言えないが」

「あなた達は引き返しの森の向こう側に行った生存者だ。あなたの持つ情報はとても貴重なモノだ。それがあれば、森の向こう側に行った時、多くの人間が助かる地図となる。あなた達はこの世界にはなくてはならない、とても大きな存在なのです」

「言ってくれるな、リッツさん」

「気に障ることを言いましたが?」

「その逆だよ」

 ルードはニンマリと笑みを浮かべる。

「今、俺は感動している。俺達の価値を理解してくれている人間で出会えてすごく嬉しい」

 ルードはテーブルに身を乗り出して、リッツの手を取る。

「俺の下に来ないか? オマエならどんな交渉でもうまくやっていける気がする!!」

「そういう誘いはとても嬉しいのですが、ボクはある目的を果たすために、冒険を続けています」

「そういえば、そうだったな。残念だ」

 ルードは素直にもリッツの言葉を受け入れ、椅子に座り直る。

 一方、その様子をギルコはつまらそうにずっと眺める。

 できすぎた寸劇茶番を見せられている気分であった。

 

 ※※※


 長丁場になるはずの交渉が意外にもスムーズと進んだ。

 誰もが交渉が決裂し、ここら一帯は血の海となると思われていた。

 しかし、フタを開けてみれば、意外なことに交渉はうまくいったのであった。

 

「双方の要求を調整し、以下のことが決まりました」

 リッツは休戦協定で決まったことを読み上げていく。


 一.黒き山林と尸傭兵団との間では一切の戦闘行為を禁じる。

 

 一.ラドル村は黒き山林の拠点となり、お互いよりよい関係を築いていく。


 一.黒き山林はラドル村を守護し、侵略者が来た場合でも彼らを守ることを誓う。


 一.ラドル村はギルド協会から黒き山林について尋問された場合、不利益な発言をせず、彼らを支援する。


「以上の条件で休戦協定を結ぶことになります。双方の代表者は握手を」

 ルードが手を伸ばす。

 ギルコはその手を取ると、ルードはニヤリとする。

 しかし、ギルコは彼のカオを見ず、強く握りしめるその手に、弱々しい力で握り返した。


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