交渉準備 05-05 1つのパイの分け方
戦いは終わった。
ラドル村の村長をめぐる盗賊団と傭兵団との戦いは休戦へと入った。
盗賊団、黒き山林。参加者60名。死者12名、負傷者32名。
傭兵団、尸傭兵団。参加者25名。死者3名、負傷者11名。
数だけ見れば傭兵団の勝ちであるが、盗賊団には切り札があった。
純粋なる魔導石、黒き山林の団長ルードがそれを所有していた。
無尽蔵に火の魔法が使うことができる彼が戦いに参加したことで、盗賊団が一気に優勢へとなった。
そこで、ルードを倒そうと、尸傭兵団の隊長、フォルスが出てきた。
総大将同士の戦いは熾烈を極めた。
一進一退の攻防、どちらが討たれてもおかしくない死闘であった。
しかし、卑劣にもルードがギルドマスターのギルコに手を掛け、盗賊団の勝ちは確実のものになった。
ギルコを失うことで、このまま、村が蹂躙されるとおもいきや、仲裁が入った。
無職の冒険者、リッツ。彼が交渉役を引き受けたことで、ラドル村の一戦は休戦に向かうことになった。
戦いが終えても、休む間もなく、別の戦いが待っていた。
“ 休戦協定の交渉会議 ”
――黒き山林と休戦を結ぶためには、何をしなければならないのか?
オルエイザ大陸は勝者があらゆる権利を選択することができる世界だ。
敗者は勝者の言葉に従わなければならない。
想像を絶するようなホントの戦いが始まろうとしていた。
※※※
ギルドにテーブルが用意された。
中央にリッツ、右側にはギルコ、左側にはルードが座る。
右の壁際にはライアとフォルス、左の壁際にはユウロが立つ。
尸傭兵団の依頼主と盗賊団黒き山林との交渉が始まろうとしている。
ギルコは視線を落とし、交渉会議の前でリッツと話したことを思い出していた。
※※※
「ギルコさんいいですか? 何があっても相手を出し抜こうとしないでください」
「出し抜こうって?」
「目の前に置かれたピザをいち早く食べようとすることです」
「そんなことしないってば」
「ギルコさんは相手の思考を読み解くことには長けていますが、それを交渉に使うことに関してはとても下手です」
「どうして? わたしが下手だっていうの?」
「ギルコさんは相手の立場になって平等を考える。でも、その平等をネタに、自分だけはもっと儲かってもいいじゃないかアザトさがあります」
「そんなことないんだけど」
「それじゃあ、ギルコさん、一つ問題を出します」
「なになに?」
「1つのパイを2人が食べたがっている。ギルコさんはどうしますか?」
「う~ん、半分こにするかな」
「半分こにするためにも方法がありますよね」
「わたしが切って、きちんと分ける」
「それじゃあ、ダメなんですよ」
「え?」
「9割9分、パイを切った方が有利になりますよね」
「じゃあ、相手が切って、わたしが選ぶ」
「それが平等ですね」
「そうそう」
「それが3人、4人と増えていったらどうしますか?」
「そりゃ、3等分、4等分って」
「ギルコさん、パイを切る人間が大変ですよね。しっかり、切らないとケンカになりますから」
「ええ、そうね」
「他に解決策はありますか?」
「それは……」
「ボクにはあります」
「どんな解決策!?」
「もう1つ、2つ、パイを用意するのです」
「……あなたねぇ、問題の前提を覆すこと言って」
「そもそも1つのパイだけを分けるなんておかしくありませんか。2つ3つも用意してもバチはアタリませんよ」
「だって、あなた、1つしかないパイを2人で分けるって……」
「1つしかないパイを分けると考えたのは、あなたの思考が生み出した妄想の産物です。ボクは1つのパイを2人が食べたがっていると言いました」
「そんなこと言ったの?」
「パイを増やすっていう考えぐらい持ってもいいじゃないのですか?」
「それは卑怯よ。そんなの問題として成り立たない!!」
「欲しいパイがわかったのだからそれを買いに行く。もしくは一人にパイをあげて、もう一人は別のパイをあげる」
「そんなの納得できない。そこにパイがあるのだから、それをどうやって平等に分け合うのが――」
「それです」
「え?」
「あなたは自分の考えになかったことを言われたら、自分の考えたものが正しいと正当化する。出された問題を限定的に考えるその思考が悲劇を生みます」
「……」
「それは目の前にあるモノばかり見て、どうやって相手を出し抜いて総取りしようとする考えに似ています。交渉ではその正当化する行動が命取りです」
「……でも、それが平等だって」
「あなたの言う平等は目の前に出された1つのパイを真っ二つにすることがなんですか?」
「……」
「違うでしょう。ホントの平等は皆が欲しがっているものを不満なく与えることです。みんなは同じモノを欲しがっているとは限らない。だから同じパイである必要はなく、違うパイを与えることが、平等と言えることができるはずです」
「そんなのできるはずがない。ただの夢物語よ!」
「そうですね。資源は有限です。だけど、その資源は目に見えるものじゃなくても、目に見えない何かで増やすことが出来ます」
「それが交渉というの?」
「そうです」
「あなたね、交渉というのは駆け引きなの! 安く買って高く売ろうとするのが駆け引きなの!!」
「それは交渉ではありません。ただの邪ですよ」
「そうしないと商売ができない!」
「当たり前ですよ。そんな意地悪をする人間にもう一度交渉をするはずなんてありませんよ」
「だけど!」
「交渉は駆け引きではありません。お互いの合意を重ね合うものです。相手を出し抜こうとしたら、それ相応の罰を受けると思ってください」
「罰? あなたがするの?」
「違いますよ。交渉の場にいる全員があなた自身を取引材料にしようと担ぎ上げます」
「そんな横暴が――」
「資源は有限です。有限だから幾らでも上乗せできます。相手の機嫌を伺って、満足させるまで。たとえ、それがギルドマスターという一番安全な場所にいるあなただとしても」
「そんな、そんなの――」
「負けた側の交渉は何が起きてもおかしくないのです――」
※※※
交渉会議前にリッツから言われた交渉の心構え。
ギルコは今もそれを納得できずにいる。
――交渉というのは1つのパイを取り合い。
――アイテム売買するとき、どれだけ安く買うのが買い手の心、どれだけ高く売るのが売り手の心。
――そこではお金が1つのパイになって、1つのパイを分け合うために、パイの切り方を決めないといけない。
――その切り方をめぐって、相手同士で駆け引きが起きて、相手をどれだけ出し抜くことが必要となっていく。
――話を何度も重ねて、やっとパイを切ることができる。
――パイの切り方はけして平等じゃない。力関係によって大きさは変わる。下手したら、目の前にあるパイはすべて取られることだっておかしくない。
――それが交渉、そこにあるのは交渉者達の腹黒さしかない。
ギルコは今までの経験を振り返り、これからの交渉のテーブルで必要なモノを考える。
――この交渉会議で1つのパイとなるモノはなんだろう。
ギルコは交渉の場に立ちながらも、どんな交渉をすればいいのかイメージが湧かずにいた。




