心理戦 05-04 絶望からの交渉
一瞬のことだった。
久方ぶりに会う仲間のカオが見れて、ライアは喜びを感じていた。
だが、その喜びもすぐさま悲しみへと変わる。
腹から火が放たれた傭兵は白目をむき、苦悶の表情を見せた。
ライアにとって、そのカオは戦場で見慣れたものだった。
――絶命。ヒトが戦いで命を失った時に見せる無念の表情だ。
ゴォォォォオオゥゥォォ!!
傭兵の腹から炎の渦が巻き起こる。
その渦がライアを食らおうとする。
「ライアさん!!」
リッツは体当りし、呆然と立っていたライアを動かす。
ライアとリッツは地面に倒れ、炎の渦から逃れる。
「大丈夫ですか!! ライアさん!!」
リッツがライアに呼びかけるが、返答がなかった。
カノジョは横たわり、じっと止まっていた。
「……アイツ、いつも挨拶してくれた」
ライアは瞳に浮かぶものを見られたくないのか、視線を下げた。
「おはようとか言わないヤツで傭兵団の中でも影の薄いヤツだった。アイツがやる仕事といえば、サポートか伝令役ぐらいで、戦いには向いていないヤツだった」
そして、カノジョは胎児のようにうずくまり、目を閉じた。
両目から何かあふれていた。
短い沈黙の後、ライアは横たわるのをやめる。
「起きようか」
リッツの手を借りて、ライアは起き上がる。
「彼がいたから救われたのだろう。なら、大切にしようか」
「ああ」
ライアは口の中に言葉が残っていたが、それを飲み込んでそう返事した。
ライアが立ち上がると、傭兵の方を向く。
「――ヒトの影に隠れるのやめろ」
「ライアサン、タスケテ。ライアサン、タスケテ」
男の裏声が助けを求める。
「尸傭兵団はその名のとおり、死を覚悟した連中が集まった傭兵だ。助けを求める声なんて出しはしない。手助けしたヤツも地獄に連れて行かれるからな」
先ほどまで瞳に寂しげなカオをしたライアも剣士の顔つきへと戻った。
「チィッ」
男は舌打ちをすると、傭兵をゴミのようにポイっと捨てた。
傭兵の後ろからルードが現れた。
「けっこうムシャクシャ来てるよ、ルード」
「ただの賞金稼ぎも人間らしいことを思うんだな」
「アタイがカネを稼いでいるのは更なる高みを望むためだよ。カネなんて興味がない」
「俺は興味あるな。富を動かし、ヒトを動かす」
「それじゃあ、アタイは動かせない。今のアタイを動かすのはアタイ自身だからな!!」
大剣の柄を手に取った。
「そうそう、カネ以外でもヒトは動かせるな」
ルードは素早く動き、手を横に伸ばす。
その手の先にいるのは、ギルコだった。
「ギルコ!」
ライアは振り向き、叫ぶ。
「動くなよ」
ルードは目の前にいる者に向けて、宣告する。
「ぶっ放す。骨も残らねえぐれぇにぶっ放す」
ルードの手はギルコを捉える。
「すすもカスもジブンもいたことすらもわからねえぐれぇにブッパすぞ」
ライアは大剣の柄を掴んでいた手を放した。
「そうだ。それでいい」
ルードはすでに勝ちを得たような表情をし、当惑するライアの様子に喜悦していた。
「……やりなさいよ」
「なに?」
ギルコの挑発に、ルードは驚く。
「わたしを殺しなさいな」
「なんだと!」
「わたしを生かしてもいいことはないわよ」
「ハハハ、利用価値がある物を簡単に殺すわけ――」
「あなたの弱点は知っている」
「なに?」
ルードはギルコのハッタリめいたセリフに耳を傾ける。
「火の魔法を使う時、あなたは魔法石のある右目だけを開けている。おそらく右目だけを開けた状態じゃないと、魔法は使えない」
「いい加減なことを言っていると――」
「ほら、今は左目、わたしの表情を確認しようとしている」
ギルコが喋ると、辺りを包んでいた炎が消える。
「マグマの魔法まで解けちゃった」
ギルコの言うとおり、フォルスが追いかけていたマグマがいつの間に消えていた。
「ギルコ、何処で俺の弱点なんか――」
「あなたが言ったじゃない? “義眼だが、不思議なことに目が見えている。モノの温度って言う奴が見えるみたいでな”これって、目で体温を判断してるじゃないの」
ルードは黙る。
「あとは盗賊団が見当たらないことも一つ。彼らが逃げるとしても、ボスを置き去りにしてことができるかしら。おそらく、敵か味方か判別できないから、逃げてもらった方が戦いやすいと思ったからそう命令した。そうじゃないの」
ルードは何も言い返さない。
「最後に、あの傭兵は完全に闇夜に隠れていた。でも、あなたは彼を見つけ出した。その純粋なる魔導石の目で探し当てた――」
「ちょっとお遊びが過ぎたみたいだな」
「――それは違うわね。カオを確認できなかったあなたがライアさんに気づけたのは、あの傭兵がいたから。あの傭兵がいなかったら、わたしかライアさんを判断する材料がなかった。ライアは殺したい、でも、わたしは生かしておきたい。そういう算段の中、あなたはライアさんが過去に尸傭兵団に所属していたことを思い出した。そこであの傭兵を使って、ライアさんを識別することに成功した」
「さすが、ギルコ。ギルコさんは――」
「ギルコさんは欺けない」
「そうそう、欺けない」
「火の魔法は右目が開いている時にしか使えない。けれど、右目が開いている時は誰が誰なのか判断付かない。相手のカオを確認しようとしたら、魔法が解けてしまう」
「けど、一瞬だけだ。一回のまばたきはリスキーじゃない」
ルードは左目を閉じ、右目を開ける。
オレンジの魔導石が赤く濁った。
ギルコはルードが戦い続けると確認すると、手を大きくかざした。
「ギルドマスターギルコが命じます。黒き山林はギルド公認が解除、並びに賞金首にします。生死は問いません。なお、賞金首にかける懸賞金は要相談です」
「それがオマエの覚悟か」
「ええ。ギルドマスターとしてのわたしの意地」
「取り消せよ」
「できない」
「かわいいおカオに焼きごては似合わないと思うがな」
ルードはギルコのカオを撫でようと手を近づける。
手は焼きごてのごとく、ジュウジュウと蒸気を発する。
手のひらでできる焼印が見たくて、ルードは喜悦に満ちた表情をする。
「キズ物になりやがれ!!」
ルードの手がギルコに襲いかかる。
「待った」
煙を放つ手が止まった。
ルードの楽しみが男の声でそがれた。
「それじゃあ、人質になりませんよ」
その声を出したのはリッツだった。
リッツはゆっくりとルードの下へと寄る。
「人質っていうのは何も手を出していないからこそ価値があるのでしょう? それを忘れて人質を傷つけるなんてバカのやる行為です」
「近づくなよ。ぶっ放すぞ」
ルードはリッツに焼きごての手を向ける。
「やってみてくださいよ。その代わり、ただじゃすみませんよ」
「ただじゃすまない?」
「ボクの身体にはいたるところに爆薬が仕込んでいます。すべての火薬を合計すれば、ここら一体は吹き飛びますよ」
ルードは右目を使い、リッツの体温を確認する。
体温の低い箇所が幾つかある。
――これがヤツの言う爆薬のある所か。
ルードは左目を使い、リッツのカオを見る。
――穏やかな表情しながらこんなハッタリをするか?
しかし、それがウソとは言えない。
リッツの底の知れない不気味さは何回か感じたことがある。
そのときの不気味さを、また、感じている。
「何が望みだ? リッツ」
「交渉です」
「交渉だと?」
「この事態を丸く収める交渉をしましょう」
命の奪い合いの事態まで来たというのに、なぜかリッツは交渉を提案する。
「交渉って、オマエは交渉屋とでも言うのか?」
「ええ、そのとおり、ボクは交渉屋です」
交渉屋。
オルエイザ大陸において、交渉屋という存在はとても大きい。
どんな問題も交渉屋を通じることで解決できる。
夫婦の痴話喧嘩、商人同士の縄張り争い、均衡状態に陥った戦争などなど。
彼らが出てくることで水掛け論的問題もスムーズに片付けることができる。
そんな交渉屋を名乗るリッツ、若すぎる男が交渉屋のような仕事が勤まるはずがない。
ルードは思いながら、リッツの腹を探っていく。
「オマエ、冒険者だろう? どう考えてもギルド側につくんじゃ?」
「恥ずかしいながら、ボクは無職の冒険者です。自分で冒険者と名乗っているだけです」
「そうだったそうだった――で、ホントに交渉を買って出るのか?」
「ええ、あなた方がよろしければ」
「そりゃ助かるな。命あっての物種、こういう所で死にたきゃねえからな」
ルードはかすかに笑い、リッツの考えに賛同する。
――これ以上、戦っても埒が明かない。
――ギルコが面倒なことを言わなきゃ、交渉なんてするつもりはなかった。
――そもそも俺らの目的は引き返しの森の封印の解除、それを間違えちゃいけない。メンドくさいことはゴメンだ。
考えを割り切れたルードは右目を閉じる。
彼にはもう戦う意欲はなかった。
一方、ライアは不満気であった。
――ムゴッたく横になった仲間の遺体があった。
――それを見て気持ちがおさまるはずがない!
ライアはどんな手を使ってでも、ルードを討ちたかった。
ライアはリッツに近寄り、襟元を掴んだ。
「リッツ、オマエ!!」
「ライアさん、相手が交渉をしてくれている。ここは乗らないと」
リッツは首をしめられているのか、あまり声が出ない。
「だけど、だけどな!!」
「ライアさん!!」
「戦いはすべての敵を駆逐することが目的ですか?」
「え?」
「あなたの言う仕事はすべての敵と呼べるものを倒すことが仕事なんですか?」
ライアの手がリッツの襟元から離れていく。
「俺も彼の意見に賛成だな」
先ほどまで熔岩流に追われていたフォルスがこの場に現れた。
右肩の鎧が燃え焦げ、軽いヤケドを負っているが、命に危険はないようだ。
「アニキ!!」
「アイツが殺されたのは俺の指揮が悪かったからだ。闇夜に隠れるアイツの能力を買いかぶりすぎた俺の責任だ」
「アニキのせいじゃない!!」
「ライア。オマエ独り立ちしただろう。なら、責任の取り方もわかっているはずだ」
フォルスはライアの肩をポンポンと叩く。
ライアは肩をビクンと震わせ、ゆっくりと頷く。
「……うん」
悲しげに寂しげに、ライアはそう応えた。




