動機 05-02 純粋なる魔導石
ルードはギルドにいた。
盗賊団の中に紛れていたルードが出てきた。
今まで死んだと言われていたルードを見て驚く者もいれば、最後まで騙せなかったと悔しがる者もいる。
ルードは盗賊団の間をかきわけて、ギルコと目が合った。
「このオレをおびき寄せるために一芝居打ったなんて」
「シッポを出してもらわないと話ができない。雲隠れされたらたまったものじゃないし」
「ハハハ、そうだな。それが狙いだよな」
ルードは千鳥足で歩くようにふらふらとユウロの座る椅子へと向かう。
対して、ユウロのカオは真っ青な表情であった。
それもそのはず、団長の期待に応えられず、ギルコにすべてを見破られたのだからだ。
「おかしら」
「三文芝居が!」
ルードは怒号を飛ばす。
「まったく余計なことを喋るなと、とやかく言いたいことがあるが、一言だけ言う」
ルードはユウロの胸元を掴みあげ、壁へと押しこむ。
「用件だけを言え! 村長を出せ! と、その一点だけ言え!!」
「おかしら! それだと話に応じてくれない可能性が!」
「話はするもんじゃない。主導権を持つものだ。オマエは徹頭徹尾、ギルコに主導権を握られていたぞ」
ルードはユウロの胸元から手を外す。
ユウロは脱力し、静かにうつむいた。
「ここから俺がやるからな」
「はい」
すっかりユウロは意気消沈していた。
「すまなかったな、ギルコさん、部下が勝手なことをしてな」
ルードは何も悪気も感じず、軽く頭を下げた。
「何を言っているの? あなた。まさかザックスを殺したのは部下が勝手にやったことだというの?」
「オレもそこまで、いい加減な男じゃない。ザックスはオレがやったよ」
「自信持って言われても困るんだけど――」
「元々、ザックスは俺ら、黒き山林の部下の一人だった。けっこう役に立つヤツでな、狩猟をしてもらうときはヤツの力を貸してもらった。しかしな、隻眼の誓いを立てた際にな、自分の目を失うのがイヤと怖気づきやがってな、俺の下からいなくなりやがった」
「そんなことを言われたら、誰でも逃げます」
「まあ、俺もそこまで悪魔じゃない。隻眼の誓いを立てた際、盗賊団から去ってもいいと言ったからな。去る者は追わずだ」
「じゃあ、どうしてあなたは彼を殺したの」
「それはアイツがやっちゃいけないことをやったからだ」
ルードは近くにあった椅子に座った。
「ザックスに会った時、冒険者になったことを知った。どうやって盗賊から足を洗って、冒険者になったのかは興味がない。アイツは大熊を倒したとかホラを吹いて、黒き山林のメンバーに入れてくれと言ってきた。去る者は追わず、されど来る者は拒ぶのが俺らの信条だ。一度、脱退したヤツをメンバー再加入なんか言ってたら、盗賊団なんてやっていけないからな。で、アイツにメンバー加入はさせないと言ったらな、こんなことを言いやがった」
ルードの表情がとてつもなく不満そうなカオをする。
「――俺がオマエの目になる。俺ならなんでもできるからな」
ルードは苛立ち、奇声を放つ。
言葉にならないことを言った後、スカッとした表情を見せた。
「さすがの俺もキレたよ。脳にある線がプチッとキレた。でもな、アイツは俺のことなんて知らず、また続けてこんなことまで言いやがった。――団長にさせてくれ、なんなら副団長にでも」
ルードは手を握りしめ、心臓をこの手で握りつぶしたかのような仕草を表す。
「こんな虫の良いこと言われたら、手が出ちまった」
「ザックスに非があると言いたいの」
「俺らの触れちゃいけないところを簡単に触れた」
「そんな話で――」
「そんな話じゃない」
「だって、あなたが隻眼の近いなんて立てなければ――」
「ギルコ、勘違いするな。隻眼の誓いはな、黒き山林をまとめあげる儀式じゃない。これはな、反骨なんだよ」
椅子に座ったルードは前のめり気味に話をする。
「ユセラ王国は食糧自給率の高くとても豊かな国と言われていたが、なんてことはない飢えていたやつもいた。その中の一人に俺が入っていた。ジジイがいなかった俺はババアが近くの町まで働きに行っていたが、貧乏で満足に飯が食えなかった。ヒョロヒョロの身体で、周りのガキからバカにされて、いつもイジメられていた。よくある話だ。腹が減った腹が減ったと飢えながらもイジメていたヤツラを見返したいと思った。そんな賤しい目が、そいつらに腹を立たせたのだろうな。俺の目を見たイジメっ子は本気で殺しにかかった。その目を潰す。その目を潰す! って、俺の右目に砂や石を入れられた。ザラザラなんて痛みじゃない。熱いんだ。熱いんだ。涙が止まらなかった。ちょうど、大人が止めに入ったからそこでケンカは終わったが、俺の目はもうすでに使えるものじゃなかった」
「あなたの目に対するこだわりはそういうことだったのね」
「いや、片目が使えないならいいやと思った。下賎な目がケンカをするのならいらない」
ルードはカオを上げて、天井を見た。
「だがな、ババアはな、俺の目を治す医者を探していた。泣いていた、俺のために泣いていた。もうこの目がいらないとか思うのをやめようとか思ったもんだ」
片目をぐっと閉じて、見上げたカオを正面に戻した。
「運良く医者が見つかって、診断してもらったらこれがまた治ると言われた。その時ばかり喜んだ。これでババアの泣き顔を見なくてもすむってな。だがな、ここで大きな問題とぶつかった。お金がなかったんだ。ババアはゴメンと言った。必死に必死に謝った。声をガラガラさせて、そんなに必死こくことはねえと思った。でも、強く抱きしめられた時、俺は思ったんだ。そんなにお金がないのなら、お金のあるところからもらえばいいってね」
「あなたが盗賊になったきっかけはそれ?」
「きっかけといえばきっかけだな」
「他に方法はなかったの?」
「寄付を募るなんてできなかったな。夜遅くまで帰ってこないババアの仕事を考えたら、そんなことできるはずがないだろう。ヤマシいことをしている人間は家族にも迷惑かかるんだよ」
ギルコは口を閉じる。それ以上の質問はできなかった。
「でも、ババアがいなかったおかげで俺は夜中、出歩くことができた。真っ暗な夜だけが俺の味方だった。その夜に乗じて、俺は俺をイジメヤツラの家に入り込んで、金を盗んだ。バレないように火で燃やしてな。村は放火魔が出てきた大騒ぎだった。で、ある程度、カネが貯まって、ババアにそのカネを見せて、医者に行こうと言った。すると、ババアは怒ってな、俺のカオを叩いた。「何処から取ったの!!」と言われた。俺は拾ったとか言ったが、ババアは信じてもらえなかった。しかたなく、ホントのことを言ったら、ババアは肩を揺らして泣きだした。俺は「俺の目を奪ったヤツらの仕返しだ!」と言ったが、ババアは「仕返しなら命も金も奪っていいのか!!」と言われた。後日知ったんだが、俺が放火した家で逃げ遅れたヤツがいて、そのまま、焼き死んでしまった。別段、命を奪うつもりはなかったんだがな。でも、死んだ奴がいることを知っていたババアはな、「村のみんなに謝るんだよ! 罪を償うなんだよ!」と言うばかりで、俺の話を聞いてくれなかった!!」
激しく話し続けるルードが一度、言葉を区切る。
「そこで思ったんだ。俺はどうしてこんなことになっているんだろうなって。――生まれのせいなのか、――周りのせいなのか、――家族のせいなのか、――俺自身のせいなのか。考えて考えて、わかったことが一つあった。俺が叱られているのは、まだ治る可能性のある目のせいだと思ったんだ」
「まさか、その目を奪ったのって……」
ルードは唇の端を右上に歪める。
「だれでもない、俺自身だ」
言葉を失っていた。
ギルドのいる誰もが言葉を出せずにいた。
「不思議な感触だった。目ン玉を繰り取る感覚って奴は、最初は痛く、熱く、そして、すぅ~と痛みが引いて、風を感じるんだ。喪失感ってヤツかな。見る者をいらつかせるものがなくなって、スゴく楽になれたんだ。ババアにそれをポンと渡したら、涙が出てこなくなった。悲しみが終わった瞬間だった」
ルードはそれを言うと高らかに笑ったが、気がやむと一気に声が低くなった。
「それからババアは家に帰ってこなくなった。何処かで男を作ったとか噂で聞いたが、調べる気はなかった。誰も帰ってこない家にいても意味ないから、俺は村から出て行った。盗んだお金で遊んで、なくなったら誰かの家の中で盗みを働く日々が続いた。そんな中、俺と同じような境遇のヤツらが増えてさ、だんだんと大所帯になって、黒き山林という盗賊団を作ることにした」
ルードは一度言葉を区切り、ニヤッと笑いかけた。
「何も知らないユセラ王国の貴族から飢えを知ってもらう。これが反骨だ。飢えや差別があるから俺らが存在している。それを多くのヤツらに自覚してもらうために黒き山林が生まれた。――が、それもすぐ終わった。ユセラ王国が落とされて、終わってしまった。俺らは何をすればいいのか、路頭に迷った。しかしな、ユセラ王国の陥落と一緒に、運良く引き返しの森の封印が解けていてな、興味が湧いた俺らはそこに行くことにした」
「オマエ達、引き返しの森へ行けたのか?」
ライアが話に割り込むように声を出す。
「ああ、そうだ」
「何があった?」
「金銀財宝なんて目じゃない。あの向こう側は遺跡や俺の世界にはない違う文明が存在していた。この俺の右目に代わりになってくれた純粋なる魔導石もあった」
ルードはそういうと、右目をパチリと開ける。
轟々と渦巻く火炎、瞳の中で漂っている。
「その目は義眼じゃないの?」
ギルコの質問に、ルードはニヤリと笑う。
「義眼だが、不思議なことに目が見えている。モノの温度って言う奴が見えるみたいでな」
「わたしたちの他にギルドに誰も居ないってわかったのはそれなの?」
「さあ、それは知らないな」
ルードは素知らぬ顔をし、ギルコの質問に応えない。
「――だが、この魔導石を見つけたおかげで、俺の右目は生き返り、気が沈んでいた黒き山林のすることが決まった」
「決まったことってなんだ?」
ライアは尋ねる。
「森の向こう側に行って、富を得ること! その富で旧ユセラ王国にいるヤツらを支配する!!」
「どうやって支配するんだ?」
「俺たちが冒険者になったのは何のためだと思う?」
「大方、クライアントを探すためじゃないかな」
リッツの発言に、ルードは噤む。
「ギルド公認ばかりこだわっていたけど、シンプルに考えてみればこれしかない。君たちを支援するクライアントが見つかったからこんなことができたのだろう」
「よくわかったな、リッツ」
「わかるの何も、森の向こう側に行った人間なら誰もが考えることだろう」
リッツはつまらなそうに言うが、ルードは気にもとめなかった。
「さて、ギルコさん、話はわかってくれたかな。村長と会いたい。村長に引き返しの森の封印を解いてもらいたい」
「どうして村長が引き返しの森の魔法を使ったことがわかったの?」
「ザックスを遺体に使ったのは魔法使いをあぶり出すためだ」
「そんな周りくどいやり方なんてしなくても直接教えてもらえば」
「ここの村人はいつ聞いてもだんまりだったからな。こういう事態じゃないと教えてもらえなかった」
ルードは深く呼吸をすると、椅子から立ち上がった。
「話はここまで、村長を出してもらうぞ」
「それはできない。魔法が止まれば悪魔が!!」
「悪魔なんかいなかった」
「え?」
「悪魔は伝承の存在だった」
「ウソ」
「ホントだ」
ルードは両目を一度閉じる。
魔導石の右目を開け、その場で手をかざすと、そこから火が生まれる。
「もっとも、俺が強すぎたからかもしれないが」
手を握り締めると、火はシュンと消えた。
「あなた、その力は」
「純粋な魔導石の力だ。手をかざして、火をイメージすると勝手に生まれる。けっこう便利なモノだ」
ルードは自分の手を見ながら、不敵に笑う。
「遺跡でこれを発見したとき、大勢の悪魔が来た。しかし、この魔導石を手にして、俺の手から火炎を出せば、ヤツらは焼き殺されていった」
「なんてことを……」
「悪魔なんていない。悪魔を殺せる冒険者がここにいるからな!!」
ルードはギルコ達の方へとそろりそろりと近づく。
「ギルコさんは傷つけたくないな。ギルコさんには黒き山林に従うギルドマスターとして働いてもらわないと」
「……気持ち悪い」
「おいおいそんな生娘な発言を」
「あなた、自分の右目が災いを生むっていたわよね」
「ああ」
「あなたの右目が災いをもたらしている。あなたが嫌ったその目!!」
「エテンシュラの言うとおり、ギルコさんはギルドマスターとしてふさわしくないな」
ルードは静かに言う。
「……やっぱり消し炭になってもらおうかな」
ルードはクククと口角を上げていた。
ライアは大剣に触れるが、ギルコはそれを止める。
ライアはギルコの目と交わし、後ろに下がった。
「助けてもらえよ」
「それより、聞こえない?」
「聞こえない?」
ルードは耳を傾けて、外の様子を確認する。
ギンギン、ガン!
剣と剣が弾ける。
ギンギン、ガン!
大きな剣が短剣を潰れるような音が聞こえる。
グガァァ! アガアアァア!!
それに混じって、うめき声も混じる。
「剣撃の音だと! まさかギルコ!!」
ルードはギルコの意図に気づく。
「リッツがギルドの中に入って、私たちがギルドから出てこない時、奇襲をかけてもらうことにしたの」
「普通の冒険者じゃ、こんなスムーズにいかねえ。誰だ、誰を呼んだんだ!!」
ギルコはイヤらしい笑みを浮かべた。
「尸傭兵団」
尸傭兵団、旧ユセラ王国の王族から絶大なる信頼を寄せられていた傭兵団だ。
剣士たちを中心に組織された傭兵団でもある。
ユセラ王国にいた者なら一度はその名を耳にしたことがある。
「ヤツらが来るなんて約束が違うじゃねえか」
「あなた達の約束は反故されたと言ったわよ。冒険者規則に抵触していない」
「――旧ユセラ王国の死に損ない共が!!」
「尸傭兵団はアタイがいた傭兵団だ。戦争に参加できなかっただけで死に損ないなんかじゃない」
大剣を手にしたライアは、剣先をルードに向ける。
「行きなよ。待ってやるよ」
ライアは微笑みかけ、ルードを挑発する。
「待ってろよ、尸を屠ったら決着付けてやるからな」
ルードは表に戦っている盗賊団の連中を救うために、急いでギルドの外へ行こうとする。
ライアはそのスキを狙い、大剣を振り下ろす。
ガギッ!!
しかし、ユウロは素早くその大剣を短剣で防いだ。
「さかしいな、ライア」
「狙える首は落とすのがバウンティの心得だ」
ユウロはライアの大剣を弾くと、バックステップを踏んだ。
「おかしら、先に行ってください!!」
ユウロと残り二人の盗賊が目を配らせる。
ルードはその目を合わせ、ギルドの外へと出て行った。




