解明 05-01 汚れた眼裂
険しい山道から降りてくる盗賊団、彼らは松明を手にしながら進む。
山谷風が追い風となり、彼らの歩みを早める。
ユウロは盗賊団の先頭で盗賊たちを取り仕切る。
「いいか! 相手はギルコだ! 小娘だからって油断するなよ!!」
ユウロが手を上げると、盗賊団も手を上げる。
士気を高めた彼らはラドル村へと向かうのであった。
※※※
ラドル村の入り口を通りぬけ、ギルドへと着く。
「俺らに何かあったら、予定どおりの行動をしろよ」
ユウロの言葉に、盗賊たちは頷く。
「行きますか」
数人の盗賊と一緒に、ユウロはギルドの中に入った。
※※※
盗賊達がギルドへと入ると、そこには椅子に座ったギルコがいた。
「出迎えに来ないのか?」
ユウロはギルコに皮肉を言う。
「その必要はない。それより、こっちに来て座らない?」
ギルコは真向かいの空席の椅子に座るように誘う。
「イヤだね。第一、ライアがそこにいるじゃないか?」
ユウロの言葉通り、空席の後ろにはライアが壁にもたれて待っている。
おかしなマネをすれば、すぐ後ろからバサッと叩き殺される距離に、カノジョはいた。
「用心棒だ。こういう場合はバウンサーと呼ぶんだっけ」
「勝手に言っとけ」
「座らないの? 座らないと交渉できないわよ」
ユウロは後ろにいた四人の盗賊と目配せする。布生地で片目を隠していた男が頷くと、ユウロはギルコ達の方へと視線を向けた。
「わかったわかった、座る座る。ただし、ライアはあっち側へ行かせろ」
ユウロはギルコのいる方へと指をさす。
「ライアさん、すいませんけど、動いてくれませんか?」
「いいのかい?」
「いいの。相手に不愉快なことをしたわたしが悪いからね」
ライアはギルコの言うとおりに、ギルコのいる側の壁に立ち、盗賊たちの様子を観察した。
ユウロはギルコの真向かいの席に座る。
二人の視線がからみ合う。
一人は田舎村のギルドマスター、もう一人は盗賊団を仕切る副団長。
お互いお互い、腹の探り合い、ウソをつくのも容易ではない。
ギルドはピリピリとした緊張感に包まれていた。
ユウロは手を組むと、話を切り出した。
「で、誰が犯人だった?」
ユウロは質問するが、ギルコは無表情を突き通す。
「その分だと誰もわからなかったみたいだな」
ギルドの窓口にはライアとギルコ以外、誰もいない。
物音も何一つ聞こえはしない。
ユウロはそう判断し、そのように語りかけた。
「あなた達は誰だと思うの?」
ユウロは待ってましたと言わんばかりに、口を釣り上げる。
「村長だ」
無知な少女に物事をしつけを教えるように、ユウロは説明を始めた。
「村長は旧ユセラ王国の宰相、ゲーニック・アシモフ。アシモフ家と言えば、ユセラ王国の名を知られた魔法使いの一族。火炎の魔法ぐらいならラクラクに使えるだろう」
「なるほど、焼かれた遺体から村長が犯人だと思ったのね」
「そういうことだ。早い所、村長を出してくれか?」
「残念だけど、それはできないわ」
「ギルコさん? 約束を反故する気か!?」
「あなたたちこそ、約束を破ろうとしたじゃない?」
「約束を破る?」
「そうよ」
「ギルコさん、約束を破っているのはアンタの方だ。犯人を庇い立てするのは、あまりよくない」
「そういうあなた達こそ、よく平然とここまで来たわね。まさか、ギルコさんを欺くことができていたと思っていたの?」
二人の発した嫌味が場の空気を重くさせる。
鈍い。身動き一つ取ることができないぐらいに重い空間が二人の間にできていた。
「わかった」
場の空気に耐えられなくなったのか、ギルコは首を縦に振る。
「ギルコさんは話が早い」
ユウロは手を叩き、ギルコの決断をほめる。
「さあ、村長の家へ案内してもらおうか、ギルコさん」
「なに、勘違いしてるの?」
「勘違い?」
「わたしがわかったと言ったのは、あなた達が村長を犯人に仕立てあげようとしたことよ」
更に空気は重くなる。
底なし沼に身を委ね、ずるずると吸われていく感覚がする。
ギルコが感じたのはそのような不安だ。
それを知った上で、カノジョはそう発言した。
「ギルコさん。世の中には言っちゃいけない冗談がある。今、ギルコさんはそれを言っちゃった」
「それはわたしの言葉よ。わたしもあなたも冗談ですまない場所まで来ているの」
「じゃあ、ギルコさんは殺されたおかしらの命をどうやって落とし前をつけてもらうんだよ!!」
ユウロは床を蹴りつける。
しかし、ギルコは彼の挑発的な態度に心を動かされることはない。
「失ってもいない命をどうやって落とし前を付ければいいのか、わからないわ」
「なんだと!?」
ユウロは立ち上がり、ギルコに近づく。
しかし、ユウロはライアが大剣の柄を手にするのを見ると慌てふためき、椅子へと座り直した。
「良かったじゃない。生きていたことがわかって。むしろ、喜ぶべきじゃないの?」
「喜べるか!! 第一の遺体はルード……」
「大前提がおかしい。あの遺体はルードじゃない」
「眼帯があっただろう! 焦げていただろう!」
「少し焦げていたわね。“裏側にもすすがベッタリしていた”し」
「だろう? あの死体がルードじゃない証拠は他にあるのか?」
ギルコは下を向く。
自信なく俯いているのではなく、不敵に笑っているようにも見えた。
「ないだろう!! ないだろう!! 真っ黒に燃えたあの死体から証拠なんて!!」
「――約束できる?」
「約束?」
「遺体はまだある?」
「すでに土葬した。墓も作った」
「じゃあ、墓起こしもお願いできる」
ユウロは黙る。
「できないでしょう?」
ギルコはユウロの沈黙するその意味を理解する。
「あの遺体にはルードじゃない証拠があるからね」
ギルコはポケットから小瓶を取り出し、ユウロに渡した。
「ルードでない証拠は一つ目、それは土の汚れ。遺体の革靴には黒い粘土のような汚れがついていた。このドロは滝つぼの洞くつにあるドロでかなりネチャネチャしていて、そう簡単には取れない」
「それと、おかしらと何の関係が……」
「死体の人物が殺される数時間前、滝つぼの洞窟まで行っていた。滝つぼに入った時にでも、土の汚れがついたのでしょう」
「だから、それがおかしらと……」
「その時間帯に、滝つぼの洞窟へ行った冒険者がいるの。その冒険者はエテンシュラ、マハラド、ザックスの三名よ。今、その三名のうち、二名は生存を確認している。エテンシュラは村の中でワイワイと遊んでいたし、マハラドは滝つぼの洞くつにあったほら穴で隠れていた」
一度、ギルコは言葉を区切る。
「――でも、ザックスは見つからない。コダールのギルドに連絡しても、この村までやってきた冒険者と話を聞いてもザックスの話は聞かない。いったい、何処にいるのかしら」
ギルコは視線をそらすユウロに語りかける。
「殺したでしょう? あなた達が――」
「それは違うな」
ユウロはギルコの発言を否定するように、声を出した。
「滝つぼの洞窟で水浴びをしてから行ったんだろう。おかしらは好きな女を口説くために」
「そういう汚れを洗うよりも、盗賊から足を洗った方がいいわよ」
ライアはくすすと笑い、壁にもたれかかる。
「まあ、そういうことにしておきましょう。わたしも納得できた。それでも、あなた達があの死体を殺したことになる」
ギルコはユウロの説明に納得していない。
「しっかりと説明しているのにどういうことだよ。納得しろよ」
「それはムリよ。だって、あの死体は誰かの手によって偽装工作された後があったからよ、それが二つ目の理由よ」
ギルコはゆびを二本立てながらそう言った。
「眼帯の向こう側に両目があったわ。焼かれていたけど」
ギルコの発言に、ユウロは笑う。
「人間両目ぐらいあるだろう? ハハハ、ハハハ」
ユウロは笑うが、誰も笑わない。
「なんだよ、みんな、笑おうぜ。笑おうぜ」
笑うこと自体がおかしいと、盗賊たちはユウロを見る。
「誰も笑うわけないじゃない。だって、彼ら隻眼なんだから」
ユウロは盗賊たちを見る。
彼らは髪や布生地で片目を隠している。
「あなた達、黒き山林の噂は知ってる。なんでもギルドと隻眼の誓いを立てて、ギルド公認をもらったそうね。その際に、片目を繰り抜いたとかで」
「俺は両目あるぞ」
「義眼でしょう? その目は」
「そうだ。宝石を入れている。おかしらもそうだ。石を入れている」
「残念だけど、それはなかったわ。検視した時に、眼帯の向こうにあった肌は真っ黒焦げで目があったわよ」
ギルコは目を鋭くして、ユウロをにらみつける。
「土の汚れに気づいたわたしは、盗賊の一員ではないことを確認するために、彼の目を調べることにした。隻眼があれば盗賊の部下の誰か、義眼があれば盗賊のトップの誰か、そういう目星をつけた上でね。眼帯を取って、両目を触ってみた。その時、義眼のような人工的な物質でできた固い感触のようなものはなかった」
「ちょっと待て」
これ以上話が進むとまずいと思ったのか、ユウロは口をはさんだ。
「両目はきちんと調べたのか?」
「両目はあったわよ」
「ホントか? 目の水分が吹き飛んでないのか?」
「それなら石残らない?」
「眼球をきちんと調べたのか?」
「ええ、あの死体は自分の眼球を守るために目を強く閉じていた。人間、焼死体になる時は目だけはどうにかして守ろうと強く目を閉じるものよ」
「だから、ホントに目はあったのか?」
「しつこいな。眼裂……って、知ってるかな」
ギルコは目を閉じて、そこに指をさす。
「眼裂は目の裂け目のことを言うの。その裂け目に火の焼け跡に出る“すす”があった。これはとても小さなゴミだから、どんなに強く目を閉じても眼裂にも溜まる」
「へぇ、そうなんだ」
他人事のいうユウロ、しかし、ギルコは苛立たず、話を続ける。
「でも、眼球がないとこのすすは眼裂に溜まらず、眼球のあった場所に溜まる。眼球がないと目を閉じることもうまくできないわ」
ユウロは口数次第と減る。
「それに、火から目を守ろうとしても、義眼の方の目を“強く”閉じようなんてしない。隻眼のあなたならわかるでしょう?」
「それは……」
「片目だけ、すすがついていた目ならまだしも、両目ともすすがついていた。眼帯についていた目も一緒に“強く”閉じていたわ。この違和感、あなたにもわかるでしょう?」
ユウロはムムッと頬を歪ませていると、ライアがパンと手を叩いた。
「それって、焼死体が燃やされた後に眼帯を付けられたってこと?」
ギルコは大きく頭を振る。
「そうよ、ライアさん! あの死体は火の魔法で燃やされた後、眼帯を付けられたのよ!」
ギルド内にいたすべての者が驚きの表情を見せた。
「眼帯を少し焦がしてアリバイ工作をしていた。火の魔法で、焼き殺されたルードの死体を作ろうとしていたのかな。でも、幾ら眼帯を焦がしても“眼帯の裏側にすすがつくはずがない”。だって、幾ら火の魔法で身体中、燃やされたと言っても、眼帯によって守られた目の裏側まで燃やせるはずがない! 眼帯の形状がなくなるまで燃やされたのなら仕方ないけど、眼帯はカタチを残していたから眼帯の裏側は無事じゃないとおかしい。でも、眼帯の向こう側も焼かれていて、すすが溜まった眼裂の上に眼帯を付けられていた。これは誰かによって眼帯を付けられたことを意味している。ユウロさん、この事実を反論できる?」
それを覆す答えなど、ユウロに持合しているはずがない。
「死体には両目があった。そして、眼帯は後から付けられた。これは間違いないわ」
ユウロはギルコの言葉に反論できず、そのまま、押しのけられた。
「さて、誰が偽装工作したのか気になるところだけど、死体が誰なのか考えてみようかしら。彼の目に両目があったことから、あの死体は滝つぼの洞窟に行った冒険者のものだと思った。エテンシュラ、マハラドの生息を確認したけど、ザックスは見つからない。そうなると、あの遺体はザックスの可能性が高くなる」
「ギルコさん。だから、それはあんたの思い違いだよ。両目のあるなしで判断できるはずが」
ユウロはこれ以上、話を進ませないと弁明を続ける。
何処からどう見ても見苦しい姿だ。
「普通ならできないけどあなた達ならできる。少なくともあの遺体が黒き山林のものではないことは、片目がないことで主張できる」
「しかし、証拠はない。証拠は――」
「さっき言ったわよね」
「え?」
「土葬したって」
ギルコはカオを上げ、ニンマリと笑った。
「墓起こししてもいいよね」
ギルコの笑みは不気味であった。
この事件の真実を知ることよりも、相手のウソを見破ったことに嬉しがる少女の笑みをしていた。
「ダメだ。幾らギルコさんでも、墓を荒らすことなんてしてはいけない」
「墓荒しの常習犯がそんなことを言えるの」
「呪われるぞ! 呪われるぞ!」
「霊の存在まで騙る始末、――見苦しいわよ」
ギルコはユウロのそばに立ち、肌に触れない距離で語りかける。
「墓荒しされたくないのなら吐いてよ。ルードは生きているって」
艶かしい声の裏側には少女の期待するウソのカタチを見たがっている気持ちがある。
ユウロはギルコの中にある薄気味悪い何かを感じ、背中に服が貼り付くほどの冷や汗をかいていた。
※※※
ギルドが静まり、誰も言葉を発せない中、一人の若者がギルドへと入ってきた。リッツだ。
「ギルコさん!! 調べてきたよ!」
「どうだった?」
「ギルドの外にはいなかったよ」
「ありがとう」
ギルコの言葉を耳にすると、リッツはライアと同じように、壁の前に立った。
「一体、何の話だ?」
「ルードが何処にいるか調べてもらっていたの」
「おかしらを?」
「そう。ルードを見たヒトはエテンシュラとリッツの二人だけ。その二人に面通ししてもらうことにしたの」
「そんなことしてもおかしらはいないぞ」
「いいえ、いるわよ。アジトの方にはすでにエテンシュラに行ってもらった。ルードがいたら、花火で知らせてもらう段取りになっている。でも、その合図がないから、ルードはこのギルドの何処かにいることになる」
「いるわけがないだろう。おかしらはすでに」
「ギルドの外にいなかったってことはギルドの中にいるってことだよね」
ギルコはそっとリッツに耳打ちする。
「リッツさん。この中にルードがいるか調べてくれない。きっと、ルードってヒトは――」
「そんなことしなくてもいい」
布生地で片目を隠していた男は布を脱ぐ。
「まったく、ギルコさんは欺けないな」
オレンジとブラウンのオッドアイ、汚らしい長髪の男、ルードが現れた。




