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ギルコさんは欺けない  作者: 羽根 守
01 ギルコさんの日常
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交渉 01-02 ギルコさん対没落貴族の遊び人 “ エテンシュラ・フィールド ”


 ギルドで漂う空気が不穏になる。

 ギルコはエテンシュラがいきなりニヤケ笑いをしたことに驚き、口をつぐんだ。


 ――エテンシュラが何を考えるのか掴めない。


 ギルコはエテンシュラを観察しながら、彼の意図を探っていた。

「今まで思っていたんだけど、ギルコさんマジメなんだ。ギルド、いや村がもう一つ大きくならないのは、アンタのその生真面目な性格にあるんだよ」

「ギルドはマジメじゃないとやっていけない」

「むしろ、ズボラなヤツの方がやっていける。盗品を正規品として認めるぐらいの度量の大きさじゃないとな」

「わたしにはギルドのいう器じゃないというの?」

「ああ、そうだ。そういうことだ」

「何が足りないっていうの。

「そうだな。ギルコさんは――」

 無精ヒゲを撫で上げ、ゆっくり微笑む。

「――ギルコさんは遊びが足りないんだ」

 エテンシュラはギルコを値踏みするように全身をジロジロと見る。

「朝から夜まで酒場にいりびたりしているあなたが言うこと?」

「俺は遊びが仕事だ。色んな冒険者と話をして、気の合う冒険者同士を結び合わせる、いわば旅のキューピットの役だよ。これは俺にしかできない仕事なんだよ」

「わたしが依頼を出せば、冒険者はすぐチームとか作れるでしょう?」

「ギルコさん。ホントに何も知らないんだな? お嬢さま気分抜けてないのか?」

「その言い方はよしてよ」

「ごめんごめん。たださ、モノ知らずのお嬢さまに言いたいことがあるんだ」

「なに、その言いたいことって」

「つまらないこと。つまらないことだ」

 エテンシュラはギルコの傍にいよる。

 ギルコは足音を立てずに忍び寄る彼を異型のマモノに思えた。


 エテンシュラはイヤらしく歯茎を見せる。

「――人間、そんなにカンタンにまとまるか?」

 遊び人はギルドマスターにそんな疑問を投げかける。

「ギルドマスターのギルコさんなら知ってると思うが、依頼トラブルのほとんどは冒険者の対立だ。それが元で仕事を失敗するケースが多い」

 事実、エテンシュラの言うとおり、依頼トラブルの大半は冒険者の対立にある。ギルドから任された依頼をクリアし、報酬を手にできる時点で突然、仲間割れが始まることなど、日常茶飯である。

「冒険者は始めて会う同士、それで意気投合するなんて絶対にありえない。どの冒険者も依頼の報酬を独占したくて、互いをワナにハメたがっている」

「それは……」

 ギルコは言い返したかったが、エテンシュラの言葉には間違いはない。

「もはや世界は閉じている。それと同じように、冒険者も心を閉じている。冒険者の閉じた心を開くには遊びがいる。心をかよわせるそんな遊びがな。戦士が武器を持つように、遊び人には酒代が必要だ」

「それが遊び人の言い訳ね」

「そうとってもいい。だがなギルコさん、ギルコさんがしているのは冒険者にとってマイナスなんだ。盗品でも拾い物でもアイテムはアイテムだ。アイテムを使わない人間がギルドを通して、アイテムを売ることは何も間違っていない」

「でも拾ったものでしょう? そんなものをギルドに売るなんて」

「冒険者が手に入れたものはなんでも売りつける。冒険者にとってこれはふつうのコトだ」

「そこまでしてアイテムが欲しいの?」

「冒険のためだ。快適で安全な旅をするためにはなんだって利用する。洞くつを攻略するために、遺跡を調べあげるためにも」

「納得できない」

「オレは納得してるけどな。どんな優れた冒険者でも事故死することがある。その時、持っていたアイテムを誰かに使って欲しいと思うだろう。オレだってそう思う。冒険者は自分の使い慣れた武具をまた別のヤツが使って欲しいものだ」

「それをあなたは売ろうとしているけどね」

「店頭に並べば誰かが買う。町の中古屋さんと同じ。いや、金銭を出してモノを買ったからこそ、大切に使おうとするはずだ」

「ヘリクツはそこまでにしてよ」

「ヘリクツじゃない。オレが言いたいのは小さなことにこだわらず、もっと大きな視野でモノを見ろと言うんだ。冒険者のアイテムを盗品でもなんでも流通させろ。それだけで多くのヒトがそのアイテムを使ってくれる」

「買い取るかどうかはこっちで決める」

「でも、どうせ買い取るだろう? ギルドなんだからな」

 エテンシュラはカウンターから身を乗り出すように、ギルコに近寄る。

「ギルドを通じたモノはそれが盗品であろうとも正規ルートで仕入れたものになる。冒険者はそれを知った上で、手に入れたアイテムをギルドに売りつける。ギルドに通じたらもうそのアイテムはそいつの所有物じゃなくなる。それがこの世界の慣習だ。ギルドマスターならそれを知っているはずだ」


 ギルドではギルドならではの商慣習というのは存在する。

 盗んだアイテムを盗品かどうか判別する方法は熟練のギルドマスターでもわからないものだ。

 仮に、ギルドが盗品を他のお店へと流通させた場合、その店の信用が失う可能性がある。

 なぜならば、盗品を商品として売りつけているのだから、誰もその店を利用したくないものだ。


 かといって、ギルドマスターが盗品を判別するには時間や費用もかかる。

 その間にも依頼がやってくるため、アイテム鑑定を必要以上に査定するのはムダな労力となる。

 そのため、ギルドを通じたモノはたとえそれが盗品であろうとも、正規ルートで仕入れたものになるのだ。


 また、ギルドマスターはアイテムを買い取るかどうかを決める裁量権、自分の判断で決める権利を所有している。

 言うまでもなく、盗んだアイテムを買い取った方が冒険者にとってプラスとなる。

 買い取らないのであれば、冒険者はそのギルドに通うことがなくなってしまう。

 ギルドマスターは冒険者の利益になる方が好かれるのだ。

 したがって、ギルドマスターは盗んだアイテムを買い取るのが至極自然な行為なのである。


 先ほどまでオドオドしていたエテンシュラのカオが精気にあふれ出した。

「ギルコさんはその慣習を破る気か? そんなんじゃ、ギルド、やっていけねえよ!!」

 もし、遊び人のエテンシュラに、アイテムを買い取らないなんてことを言いふらされたら、ギルドに来る冒険者がホントに来なくなる。

「ギルコさん、わかっているだろう。今、ギルドに求められているのはアドセラ地方の開拓だ。アドセラを開拓するためには冒険者を多く集める必要がある。盗品でもなんでも売ってくれるギルドなら、どんな奴でもやってくる! 盗品でも高く買い取るギルドがあれば、冒険者は来たくなるものだ」

 エテンシュラの話術は巧みであった。

 どんな女も聞き惚れる美声とリクツでギルコの心を打ち砕こうとする。

「ギルコさんは悪いことしていない。ギルコさんは何も見ていない。冒険者から何も知らずにアイテムを買い取っただけ。やさしいギルコさんならそれができるはずだ」

 エテンシュラは畳み掛けるようにささやく。

「約束しよう。ここでお互い言ったことは忘れよう。クローバーの花言葉は「約束」、シロツメクサに誓って、それを守ろう」

 『クローバーエース』のギルドマーク、黒いシロツメクサの紋章をゆびさし、エテンシュラはゆっくりとうなずいた。

「……わかった」

 ギルコは折れた。

「わかったから、買取るわ」

 エテンシュラの言うことにしたがった。

「300ゴールド」

 ギルコはあざとく、市場価格の半分以下の金額で取引を開始する。

「600ゴールド」

 エテンシュラは値を上げる。

「500ゴールド、これ以上は無理」

「よし売った!」

 ギルコは少しでも安く買い取る。それはカノジョの最後の意地であった。


 安く買い取ることができたが、事実上、ギルコのプライドは傷つけられた。

 遊び人のエテンシュラにとって、それは実に気分のいい出来事であった。

 身の堅い女を口だけでおとしたような高揚感が彼にはあった。

「500ゴールド、頂きました!」

 エテンシュラは声高らかに喜ぶ。一方、ギルコは疲れた表情で俯いていた。

「帰って」

「まだ終わってないよ。ギルコさん」

「どのようなご用でしょうか?」

 ギルコはマニュアル通りの言葉を口にする。

「オレに向いている依頼ない? あの女を落として欲しいとか、冒険者を募集してるとか」

「早く帰ってよ!!」

 つまらないことを言われたギルコは激昂する。

「わかった、わかったよ!」

 エテンシュラはギルコから渡されたお金をポケットの中に入れる。

「バイバイ。ギルコさん、また来るよ」

 今度はどんなアイテムを売りに来るのか、ギルコは気が気でなかった。

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