仕掛 04-15 何も書いていない地図
リッツとルルはマハラドをギルドへと連れて帰る。
ギルドにはギルコ、ラムネ、ライアが居て、マハラドの姿を見た一同はビックリした。
「滝つぼのほら穴にマハラドを見つけてきました。心身共に衰弱していています」
リッツの言うとおり、マハラドは何かに怯え、話せる状態ではなかった。
「ありがとうございます。それでは報酬の方を」
「それよりも、ギルコさん。お願いがあります」
「いったいなんでしょうか?」
「村長の家に案内してください」
※※※
オルゴールを開けると音が広がる。
その音に意識を委ねると、景色が浮かぶ。
緑の草原、華やかな街路、豪華絢爛な王宮、めくるめく鮮やかな記憶がそこによみがえる。
しかし、オルゴールの櫛歯が足りないのか、音が止む瞬間がある。
その音に触れると、今まで思い浮かばせていた記憶達が一瞬にして消えてしまう。
――まただ。また止まった。
もう一度オルゴールを最初の音へと戻して、音楽を再生させる。
だが、また同じ所につまずいて、音が違う。
そして、もう一度、そしてまたもう一度と、繰り返す。
しかしながら、オルゴールは音楽を求める者の望む音を立てない。
そのオルゴールは壊れているのだ。
バタッ!
とびらを開く音を耳にすると、そちらへと振り返る。
「村長!」
ギルコの声を聞いた村長はいつものどおりの平温なカオへと戻っていた。
「何がありましたかね? ギルコさん」
村長は笑いながら、ギルコの下へと向かう。
「村長さん、お伺いしたいことがあります」
ギルコの後ろからリッツが出てくる。
「……なんでおぬしがいる?」
「ギルコさんありがとう、後はボクがします」
「わかった。盗賊の件もあるからギルドに戻るね」
「ありがとう」
ギルコの後ろ姿を見送り、リッツは村長の家のとびらをしめた。
「一体、なんの用があって、ここへ来た?」
「あなたにちょっと尋ねたいことがあります」
そういうとリッツは村長の前へと向かい、マハラドが持っていた地図を見せた。
「なんじゃ? この地図は?」
「これはボクが書いた滝つぼの地図です」
「マハラド本人から聞きました。滝つぼの地図はあなたからもらったと」
「ほぅ」
「どうして、この地図があなたの手にあったのですか?」
「たまたま持っていた時、マハラドを助けるために渡したんじゃ。あやつ、盗賊団の団長を殺した参考人として追われていたからのぅ」
「残念ですが、マハラドから、三日前にあなたと会った証言をもらっています。ギルコさんが、マハラドの捜索を開始したのは二日前ですから、日にちがあいません」
村長の表情が止まる。
穏やかな表情が奇妙に見えた。
「いったい、何のために、マハラドを隠そうとしたのですか?」
村長は唇の端を上げた。
「あやつが英雄じゃからじゃよ」
「英雄?」
「そうじゃ、村の英雄じゃ。あの盗賊の団長を殺したのじゃぞ。そんな英雄を救わないと――」
「――無理がありますよ」
リッツは哀れみの視線で村長を見る。
「多分、あなたはこう考えたと思います。アイツを犯人にすれば、村は救われる。しかし、犯人にするには理由がないといけない。そこで、不穏に村から逃亡した彼を犯人にすれば、冒険者も村人も彼を犯人と思われると考えたのです」
「それなら、コダールの方へ逃がした方が良いじゃろう」
「あなたは滝つぼの地図を手にして、ここに来れば逃げられるとマハラドに言ったのでしょう。それで、最終日の昼ごろにでも滝つぼの洞くつに捜索隊を派遣する手はずとなっていたはずです」
「村の人間は、あそこには化け物が出るから行かない。ワシがそんなムチャをするはずなかろう」
「化け物、いえ、クマがいないことぐらいすでに知っていると思いますよ。毎日、情報収集をしていたあなたならね。大方、羊飼いのおじさんにでも聞いたのでしょう。――もし、クマがまだ生きているのなら、クマのいる場所まで行くようにけしかけるなんてことはしません」
「そうかいそうかい」
「村長、どんなことであれ、無実の人間を犯人に仕立てあげるのは悪いことだと思います。話してくれませんか? あなたが彼を犯人にしたワケを……」
リッツが村長を説得すると――、
「ホホホ――!!」
村長は高らかに笑い出した。
「なあ、おぬし。この村は好きか?」
「どちらかと言えば、好きですね」
「ワシも好きじゃ。それでおぬし、この村に何がある?」
「何もありません」
「そうじゃ、何もない。あるのは異世界へと続く森だけで、誰も来ようとはしない。それがこの村の欠点であり、魅力なのじゃ」
村長は窓の方へ振り向き、カーテンを閉めた。
「地図には何も書いていない、書かれてはいけない。この村には誰にも興味をもってほしくないのじゃ」
「だからボクの地図を捨てようとしたのですか?」
「有効利用と言ってほしいの。余計な情報が書いている地図ほど役に立たないからな」
「クマがいることや鉱脈があることが役に立たないことですか!」
「少なくともワシにとってはな。だから、有効的に使わせてもらったよ」
「有効的?」
「犯人を仕立てあげるには一番いい方法とは何かしっとるか?」
村長の表情がやわらかく歪む。
「犯人にしたい奴を逃がすことじゃ」
リッツは村長の態度に背筋が凍る。
「あなたは――いったい、何を考えて」
「ワシはこの村のために動いた。それだけじゃ」
「ホントのことを言ってください」
「か弱い年寄りを襲うつもりかの」
挑発的な態度を取る村長、こちらへ来いこちらへ来いと誘いかける。
リッツはワナが仕掛けられているのか探したが、ワナと呼べるものは存在していない。
――ただ、なぜ、カーテンを閉めたのか。
その一点だけが妙な胸さわぎを感じていた。
リッツは一歩踏み込み、村長の傍まで詰め寄る。
誰の目にも見えない速さで走り抜ける。
「何が仕掛けられている不安がる心が仇となる!」
バッととびらが開き、リッツの方へと影が向かう。
その影はすばやくリッツの身体を掴んだ。
「……やめてくれないか?」
聞き慣れた男の声、エテンシュラの声。
「村長を追い詰めないでくれ」
いつもホラを吹いていた男が今は謝っていた。
「エテン、遅かったぞ」
村長はエテンシュラの方を見る。
「私も万能ではございません。それに、彼の者はとんでもないものを所持している危険性がありました」
「とんでもないものじゃと?」
エテンシュラはリッツの腰のあたりにあったモノを手に取る。鼻でそれを嗅ぐと、訝しげな表情を浮かばせた。
「爆薬か」
「取られたか」
リッツは小さく笑う。
「その分じゃ、まだあるみたいだな」
「ハハハ」
「脅し用だろう? こいつは」
「脅し用と言ってもこの家を吹き飛ばす程度のものがある。丁重に扱ってくれ」
「おっとと」
エテンシュラは爆薬に振動を与えないように、棚の上に置いた。
「欲しいのならもっと渡すけど」
「何がお望みだ? リッツ」
「村長の過去。正確にはユセラ王国に居た時の職を知りたい」
「なんだと?」
「ユセラ王国の過去と黒き山林の団長の死が深く関わっていると考えている」
「そんなことはない。この事件はただの殺人事件だ」
「村長が普通の冒険者を犯人に仕立てあげようとしているんだ! ただの殺人事件なわけがない! エテンシュラさん、そのことはあなたがよく知っているはずだ」
「ううう」
「村長。爆薬はまだありますよ。話してくれませんか?」
リッツは怪しげな笑みで村長に尋ねかける。
死ぬことを畏れていない無邪気な笑みだった。
「……わかった」
リッツの笑みに村長は折れた。
「よろしいのでしょうか?」
「ええよ。これ以上隠しても意味がないじゃろう」
「わかりました」
エテンシュラはリッツを捕まえるのをやめ、彼を自由にする。
両手が自由になったリッツは村長のそばへと近寄る。
彼の後方にはエテンシュラがつきまとう。
「さて、何処から話そうかのぅ」
村長は部屋にあった安楽椅子に座り、ホホを撫でる。
「そうじゃな。まず、おぬしが望んでおるワシらの出生について話すか」
村長は話を決めると、リッツの方へと向いた。
「ワシはユセラ王国の宰相、ゲーニック・アシモフ。ユセラ王国の大司祭じゃ。エテンシュラ・フィールドはユセラ王国の軍師、エテン・デイブレッドじゃ」
「軍師?」
「疑問に思うな」
エテンシュラは言う。
「エテン、そんなに嫌がることはない。王から領地を任せれ、公爵の爵位、“ フィールド ”をもらったのじゃから自信を持つが良い。もっとも、そのせいかギルコからエテ公と呼ばれておるがのぅ」
「村長、やめてください」
困るエテンシュラの姿を見て、村長は笑い出す。
「本題に戻るか」
村長は満足したのか、笑うことをやめ、本題を切り出すことにした。
「ワシは王の命を受けて、この村で森の門番をしておる」
「門番?」
「そうじゃ。引き返しの森の魔法を掛けておるのはワシじゃ」
「あなたがなぜ引き返しの森の魔法を?」
「あの向こう側は異世界と言われておってな、人間では立ち向かうことができない悪魔と呼ばれる存在が多数目撃されておる。ワシらアシモフ家はその引き返しの森の番人をしている家系でな、あの森を守るためにここにいるのじゃ」
「どうして、そんな魔法を掛ける必要が……」
「一体の悪魔と戦うために、魔法使いが10人必要じゃ。しかも、あちらは強力な魔法が使い放題、こちらはそんな魔法を使えば副作用が出てくる。そんなのが一体どころか、10体、100体もいるのじゃから、戦うだけジリ貧じゃよ。そこで、ユセラ王国の王はあることを決めた。アドセラ地方を封印せよという命を下し、その役をワシらアシモフ家が引き受けたワケじゃ」
「けれど、あなたは宰相なのでは?」
「本来なら引き返しの森の封印はワシがするはずではなかった。宰相の道を選んだワシの代わりに、弟たちがその役をすることになった。しかし、弟たちはエトセラ帝国との一戦で倒れてしまい、ワシがやることになってしまったんじゃ」
「そうだったのですか」
「そうじゃ。国王はアドセラが未開拓地であり続けることを望んだのもそれじゃ。この村は何もない。何もなければならない。誰にも興味を持ってほしくないのじゃ」
「ボクの地図を盗んだ理由はそういうことだったのですね」
「この地図を元にワシが別の地図を発行し、あの洞窟には何もないことを証明するつもりじゃった」
「冒険者にこれという仕事を与えなかったのも」
「ギルコさんには悪いと思ったが、いい仕事を与えれば、ヒトが来るからのぅ。ギルコさんの協力があったからこそ、この村は平和であり続けた」
村長は椅子からそっと立ち上がり、カーテンを開ける。
「――じゃが、これで終わりじゃな。今宵、この村に災いが降りかかる」
「ルードを殺した犯人を引き渡せば解決しますよ」
「いや、そういうことではないことをおぬしはよくわかっておるじゃろう」
リッツは口を閉ざし、村長の言葉を素知らぬふりをする。
「まあよい。よく考えてから答えを出すんじゃ、……いいな」
それでもリッツは答えることはなかった。
「もういいだろう? ギルドへ帰れ」
リッツが口を閉ざしたことを受け、エテンシュラはそう言った。
「最後に質問があります」
「オマエな!」
「あなたがルードを殺したのでしょうか?」
リッツは質問すると、村長は静かに応える。
「……何と言えば良い?」
「正直に話してくれますか?」
「ワシは殺めておらん。ルードという盗賊を殺したところで何の解決にもならん。――じゃが、この村で人間を焼け殺せる業火の魔法を使えるのはワシしかおらん」
「あなたは犯人と認めるのですね」
「いや、認めておらん。しかし――」
村長はカオを伏せ、諦めた表情を見せる。
「ワシしか魔法は使えない」
「村長? 何を?」
エテンシュラは村長に尋ねる。
「ギルドへ行く」
「ギルド?」
「ワシがマハラドの代わりになろう」
「村長!! 犯人じゃないのに、どうしてそんなことを」
「未来のある若者を見捨てるなんてできるはずがない」
「いやいや、あなたがいなければ、ラドル村、いや、アドセラ地方がどうなりますか!!」
「大丈夫じゃ、手はすでに打ってある」
「それでも! あなたがいなくなれば、異世界からやってきた悪魔たちがこの大陸にやってきます!! それまでに何か手を打たなければ!!」
「この大陸にいる魔法使いは減りつつある。引き返しの森の魔法を使える魔法使いなんて者はわずかしかいない」
「村長!!」
「エテンよ! 貴公が自身の名前に修羅と付けたように、ワシも悪鬼羅刹となり、彼の若者を貶めた。これは罪なのじゃ」
「村長……」
「未来ある若者を犯人に仕立てあげたワシが悪いのじゃ」
村長は小さく頷き、自分のした間違いを認めたのであった。




