諍い 04-14 山と、月と、
翌日、リッツとルルは滝つぼの洞くつの山頂にいた。
ルルは真っ裸で滝つぼの中を泳いでいた。
一方、リッツはバタ足で泳ぐルルの姿を見ながら、ぼっ~としていた。
――あれから事件は何の進展もない。
――犯人はマハラドに固まってきている。
冒険者でも村人でもマハラドが犯人だという声が上がっている。
対して、ギルコは、「マハラドはあくまで重要参考人であり、犯人ではない」と主張していた。
――どうして、ギルコさんはマハラドを保護するように依頼をしたのか?
ギルコの意図がわからず、リッツは悩みに暮れていた。
リッツが頭を働かしていると、ルルから水を掛けられる。
「ニィニィ! 泳ごう!!」
リッツは首を左右に振る。
「イヤだよ」
「そんな嫌がらないで早く早く!」
リッツはルルの手に取られて、滝つぼの中へと入る。
浅瀬の土が妙にぬかるむ。
「気持ち悪ぅ。真っ黒だ」
靴底についた黒い粘土状の土を見ると、リッツはそれを剥がそうと地面に擦り付けた。
……ぅぅぅぅうううう
うめき声、地獄の底で蠢く悪魔のような声が聞こえてくる。
「ニィニィ?」
「ああ」
リッツはルルに服を着させると、クマのいたほら穴へと向かった。
※※※
ほら穴の中から声が聞こえる。
「され……た……く……な……い……」
ヒトの言葉を喋っているとリッツは気づく。
二人はほら穴の中へ入る。
そろりそろりと音を立てずに、中にいる化け物に気付かれないように進んでいた。
※※※
滝つぼにあったほら穴に入ると、また声が聞こえた。
「……殺されたくない」
男の声だ。
「殺されたくない、殺されたくない」
ほら穴に進むにつれて、声は大きくなる。
「殺されたくない!!」
誰かに懇願するように、何度もそれを繰り返す。
その声を発していたのは魔法剣士のマハラドだった。
「なんで、キミが!! ここにいる!!」
マハラドを見つけたリッツの第一声はそれだった。
マハラドはリッツが来たことに気づくと咳をついた。
「貴様か。なんだ? 我に何かようか?」
先ほどまで取り乱していたマハラドは平然を取り繕うとする。
だが、如何せん、先ほど嘆いていた姿を思い返すと、それはあまりに滑稽に見えた。
「ギルコさんが探していたぞ」
「ギルコさんが?」
「ああ、何日前からいたんだ?」
「三日前。盗賊がやってきた時から」
「盗賊は帰ったから戻るぞ、マハラド」
リッツはマハラドの手を掴むが、マハラドは動こうとしない。
「なんで動かないんだ」
「知っておるぞ。……貴様は我を犯人に仕立てあげようとしてるのだな」
――メンドクサイ相手に出会ったな。
と、リッツは心の中で呟いた。
「犯人って言うことは事件のことを知っているんだな」
「……知らぬ」
「とぼけるな。キミは何かを知っている」
「我は知らん。何も知らん」
「とにかく、帰るぞ。キミはこの事件の重要参考人だ」
「我は知らんぞ!!」
マハラドはリッツの顔めがけて石を投げつける。
リッツはその石を払いのけようとする。
その石から何かクサいニオイが鼻の中へとふわっと漂ってきた。
――石から焼けた匂い?
石から匂うはずのないニオイがし、すかさず、リッツはその石をかわした。
すると、石から煙が立ちのぼり、そこから火が燃え上がった。
「マハラド! 何を!!」
「剣はなくとも、物体があれば火を付けることができる。魔法のイロハだろう」
「魔法の物体化だったけ?」
「知っておったか」
マハラドは地面にあった石を、自身の魔力で燃えあがる石へと変えていく。
「貴様の身体にも火を付けてやろうか?」
マハラドはリッツに向かって、燃える石を投げつける。
リッツはステップを踏むように、左右に動くだけでその石を避けた。
――コイツ? 戦う気か? その力量で?
鼻息を荒くするマハラドに対して、リッツは気だるくなっていた。
「ニィニィ」
後方にいたルルの声が聞こえる。
「だいじょうぶだ。後ろに下がれ」
「殺すの?」
「殺しはしないさ。おいたしたコを叱るだけさ」
「そっちの方が怖いよ」
ルルはそういうと、リッツを見守るように離れていた。
「さて、戦いますか」
リッツは一歩前に出て、マハラドと対峙する。
マハラドとの距離を確認する。
――ヤツの首を締めるには一瞬の踏み込みで終わるだろう。
――問題なのはあの石つぶてぐらいか。
現状をまとめあげ、戦略を組み上げる。
――すぐ片付ける。
リッツはマハラドとの距離を詰めるように踏み込んだ。
石を集めていたマハラドはリッツが近づくのが知るとその場から離れる。
距離は三歩、二歩、そして一歩。
――手を伸ばせば、首を掴める。
そんな距離まで踏み込んだ時、リッツは足を滑らせた。
頬にあたる冷たい感触、つるりと地面が滑ったのは土が氷漬けになっていたからだ。
「何も我の魔法は火だけではないぞ!!」
「地面を凍らせたわけか」
リッツは素早く立ち上がる。
氷漬けになったと言っても、霜が降った程度のものだった。
「それで勝ち得たつもりか?」
「そうだ! 貴様など我に触れることは!!」
マハラドの言葉、それ以上、続かなかった。
マハラドの首元にはリッツの手が捕まっていたからだ。
「やっぱり、なんちゃって魔法剣士だ。後先考えず、勝ちにこだわって、負けることを嫌がっている」
「我は魔法剣士だ。魔法剣士なのだぞ!!」
「魔法剣士ね」
リッツはかすかに笑う。
「何を笑っているんだ!!」
リッツは答える。
「剣のない魔法剣士に何の意味がある!?」
その言葉に触発されたマハラドはリッツの服に触れようとする。
――燃やしてやる、燃やしてやる!!
マハラドはそれだけを考えて、リッツの衣服へと手を伸ばす。
しかし、マハラドの狙いがわかったのか、リッツはすかさず、マハラドの首を締め上げる。
「離せ!! 離せ!!」
「そこは殺せ! だ。二流が」
「クッ!」
「でも、殺しはしない。キミには聞きたいことがあるからな」
マハラドは首に力を入れる。
――その程度の力で絞殺しようとは片腹痛い!!
しかし、リッツが軽く力を入れると、マハラドの首元がキュッと締まった。
――苦しい苦しい苦しい。
首が締め上がったことに気づくと、マハラドは抵抗するのをやめた。
勝敗は決まった。
マハラドはリッツに完敗したのだ。
リッツはマハラドを手放す。
マハラドはほら穴の壁にもたれかかり、両まゆを狭めた。
今の彼の表情はすぐにでも泣きそうなカオをしていた。
「我は! 我は!!」
むなしく叫び上がる声がほら穴にこだまするのであった。
※※※
リッツとマハラドはほら穴から出てくる。
マハラドは鼻をすすりながら悔しがっていた。
「話を聞かせてもらうぞ。どうして、ここへ逃げたんだ」
「……地図だ」
「地図?」
リッツはマハラドの道具袋にあった地図を手にし、それを広げる。
「これは!!」
その地図を目にしたリッツはそれを唖然とした。
「これはわたしが書いたクマ!!」と、ルルが叫ぶ。
「この地図はボクが書いた地図じゃないか」
リッツは混乱し、額に手を置いた。
――なぜ、彼はボクの地図を持っていたのだろう。
――第一、あれはギルドにあって。
リッツが頭を働かしていると、マハラドが口を開ける。
「クマがあるだろう。このクマのある所まで逃げれば、絶対に捕まらないと言っていた」
「誰がクマのある所まで逃げろって……」
マハラドはリッツの質問に答える。
「……村長だ」




