情報 04-13 隻眼の誓い
残酷描写あり。
夜、リッツは酒場『スクランブルハート』へと入る。
昼の間、自分の部屋で引きこもっていたこともあり、夜ぐらいは何か気晴らしになれるようなことをしたいと思い、外出していた。
リッツはカウンターに座ると、後ろから声を掛けられる。
「リッツさん!!」
エテンシュラの声だとわかると、リッツは“しまった”というカオを見せる。
「リッツさん!!」
あの男の声を無視するのはできないと思い、エテンシュラの下へと向かった。
リッツはエテンシュラのいるテーブルに座る。
「いやいや、リッツさん。来てくれてありがとうね。ルルちゃんは?」
「ルルはギルコと一緒に何か仕事をしてもらっていていた。あなたこそ今日は何をしていたのですか?」
「ちょっと調べ物をしていた。そっちは?」
「部屋の中でひきこもっていた」
「ルルちゃんはギルコと一緒にいたってことは、部屋は一人か」
ヘラヘラと笑うエテンシュラに、リッツは嫌気を差す。
「エテンシュラさん、話は変わりますが、マハラドは――」
「この村周辺にはいなかったという話だろう」
「知っていましたか?」
「パティから聞いた」
「そうですか」
「それともう一つ、オマエさん、バターからパウダーをもらったそうだな」
「何か問題でも?」
「オマエさんの火薬玉って、自家製なのか?」
「それが何の問題が?」
「パウダーの取り扱いには注意が必要だ。下手したら片手がふっとぶ」
「だから一人で作業していたんですよ」
「ああ、なるほどね。おじさんの読みまた外れたよ」
「そうですか。じゃあ、その読みでこの村はどうなりますか?」
「多分、外れるから言わない」
「話してくださいよ」
「いやいや、余計な期待を持たすだけだ」
「――ってことは、この村は救われるんですか?」
「救われるが、大きなものが失われる」
「大きなもの?」
「別になんでもない。つまらないことだ」
エテンシュラはそういうとグラスの入った透明な液体を口にする。
高濃度のアルコールなんて飲めやしないから水だと、リッツはそう思った。
「エテンシュラさん。これはボクの読みなんですが」
「なんだ? ボーイ」
「このまま時間を稼げば、盗賊団は自然消滅するんじゃないでしょうか?」
「自然消滅だと?」
「ルードって強いカリスマを持った団長だったんでしょう? そんな団長を殺されたら、統率が取れなくなって、自然消滅します」
「オマエさんは犯人を探すための時間を引き延ばせというのか?」
「建前的には。ホントのところは、時間で自滅させるのが目的ですが」
「確かに、それはいいアイデアだと思うが、残念だができないな」
「どうしてですか? 時間を引き伸ばす交渉ぐらい」
「考えてみろ。この村の誰かが殺したんだぞ。これ以上、時間を増やしたら、この村から逃亡者を増やすことになる。そうなると、犯人を探す手がかりもなくなってしまう」
「だから手がかりを見つけるのじゃなくて、相手を潰す方法を――」
「ひょっとしてオマエさん、盗賊ナメているんだろう?」
怒気のこもった声に、リッツはたじろぐ。
「普通の盗賊ならここまで話題になることはねえ。ただの負け犬の遠吠えだと片付けて、村の保安員にでも任せる。だがな、話が黒き山林となるとそうもいかねえ」
「ギルド公認だからってそんな実力が」
「黒き山林は実力よりも覚悟が違うんだ」
「覚悟?」
「こんな話を知っているか? 黒き山林がギルド公認をもらった話を」
「いえ」
「なら、いい機会だ。話してやるよ」
エテンシュラはグラスの入った氷を溶かすように、グラスを回しながら話し始めた。
「コダールのギルドマスターもギルコではないがかなり頭でっかちでな、事あることに冒険者に意地悪するとんでもないヤツだった。
アイテム鑑定でわざと安く査定してたり、依頼の仕事はできていないと言って冒険者の評価を下げたりと、ギルドマスターとして最悪な野郎だった。
そんなコダールのギルドに、盗賊団を従えてきたヤツがいた。
そいつの名はルード、黒き山林の盗賊団の団長だ。
当時、黒き山林はユセラ王国で名を知られた盗賊で多くの村が彼らに襲われていた。
ユセラ王国の王はその黒き山林を退治するように傭兵団を送り出した。
ところが、その傭兵団が返り討ちされた。
なんでもな、傭兵団が根城にしている山のアジトから岩石が降り注いで、退却せざる状況になったそうだ。
この一件で、黒き山林の名が多くの国々に知られたわけだ。
これでカンカンになった王は国を動かし、黒き山林を討つことにした。
さすがに、ルードもやりすぎたと思ったのか、コダールのギルドに駆け込んで、ギルド公認の盗賊にしてもらうように催促したんだ。
ところが、コダールのギルドマスターはどんなにカネをつまれても首を振ることはなかった。
ギルドマスターがそいつにふさわしいと思った課題を出して、盗賊がその課題をクリアすることで、ギルド公認の盗賊になれるんだ。
ある者には崖の上にあるツバメの巣を持ってこい、ある者にはサメの牙を取ってこいとか、無茶ぶりにも程があるそんな課題を与えていた。
コダールのギルドマスターはホントに意地の悪い男だった。
悪辣の激しかった黒き山林を冒険者と認めることはなかった。
しかし、ヤツは彼らの困り果てたカオを見たがっていた。
どうやったら、アイツらに泣き面が拝めるかと考えていた。
そんな思惑を企てたコダールのギルドマスターは黒き山林にこんな課題を出した。
――盗賊にとって最も大事なものを渡せ。ただし、自分の命以外で。
ギルドマスターが想定していた答えはプライドだろうな。
そのプライドが崩れる姿を見せてもらうのかが、コダールのギルドマスターにとっての悦びだったのだろう。ホントに意地の悪い男だ。
しかし、ルードは違った。
ルードは試練を受けた瞬間、こう言いやがった。
欲しいものは盗賊にとって最も大事なものだよな。なら、その大事なものをやるよ!
って言いやがったよ」
グラスの音が止まる。氷はすでに溶けていた。
「リッツさん。アイツの考えた大事なものってなんだったと思う」
リッツは考える。
「盗賊にとって大事なものって、プライドじゃないんでしょうか?」
「それ、さっきオレが言った」
「いや、そうですけど。他に答えが――」
「プライドってモノは、物で渡すことができるのか?」
「それは難しいですね。プライドをカタチにすることは」
「そうだ。ルードが出したものはプライドじゃない」
「じゃあ、何ですか? 盗賊にとって大事なものって」
エテンシュラは人差し指を右目に寄せる。
「眼だ」
リッツもエテンシュラと同じように目を触る。
「眼って? 眼ですか?」
「そうだ。眼だ」
エテンシュラの回答に、リッツは苦笑する。
「幾らなんでもそれはありませんよ」
「現に見たろう? ルードの眼帯を」
「ええ、見ましたよ。あれが?」
「あれは自分の目がないからなんだ」
「どうして、知っているんですか?」
「ルードが酔いつぶれた時に眼帯が取れてな。アイツの目を見てやろうと見たら、奴の眼を見たんだ。オレンジの眼をな。なんかジロジロしていて怖かったわ」
「彼のもう一つの目はブラウンでしたからそれは義眼ですね」
「考えてみれば、盗賊にとって大事なのは眼だ。夜目、遠目、鷹の目、と、盗賊は便利な目があるからあらゆる状況下で適切な判断を下せると、ルードはわざとそう言ったんだ」
「イカれている。常人の考えじゃない」
「そこで済んだら、まだ常人だ。アイツはさらにイカれている人間だよ」
「イカれているって、まさか、その目はルードだけでしょう? そこまでの考えは――」
「全員だ」
「……はい?」
「ルード以外の全員だ。――60コ以上の目ン玉が、ギルドのカウンターの上に置かれたんだ」
盗賊団が髪の毛で自分の目を隠していた姿を思い出した。
「ルードは盗賊のメンバーをギルドに並ばせて、こう言った。
――これからお前達に試練をやる。
――目を差し出せ! オレと同じ隻眼になれ!
――オレも悪魔じゃねぇ。
――黒き山林に残りたくないヤツはここから出て行け!
――どうしても残りたいヤツは地獄の業火に焼かれる覚悟でいろよ。
部下の二、三人が逃げたが、それでも多くの部下は残った。
部下が覚悟を決めると、ルードは一人一人の部下の目をえぐり取った。
部下は泣いていた。
でも、その涙は痛みじゃなかった。
歓喜だ! 自分が団長のために、役に立てたと喜悦した痛みだった!
ギルドは阿鼻叫喚の地獄だった。
だが、叫び声を上げていたのは盗賊団じゃない。
たまたま居合わせた冒険者だった。
一人の目を抜き取ると、ルードはそれをカウンターにのせる。
ギルドマスターは「やめろやめろ!」と叫んだが、ルードは何も言わなかった。
全員分の目がカウンターの上に並ぶと、ルードは口を開いた。
――数えろ。足りなきゃもう一つの目をくり抜いてやる。
――なんなら確認のために、面通しするかい?
ルードはギルドマスターに、片目をなくした盗賊の傷跡を見るように催促した。
幾ら海千山千の猛者とやりやったギルドマスターでもそんな度胸はなく、地に伏せて謝った。
黒き山林はこの一件で無事、ギルド公認をもらい受けたわけだ」
エテンシュラは喋りすぎて喉が渇いたのか、グラスの水を口にした。
「どうだ? こんなヤツらと交渉するんだ。並大抵の交渉しゃ納得しねえ」
「ええ」
「アイツらと交渉には並外れた胆力、ヒトの感情が切り離れた化け物のような頭を持たねぇとヤツらとは戦えない」
「理性的な獣ということですか」
「古来から山には猛獣が住むと言われる。獣達は腹を空かすと村町へとやってきて、田畑を荒らし、家畜をくらう。獣は腹を満たせばそれでいいのだが、人間は違う。欲の底を知らない獣だ。家畜をくらった後は人間をくらい、人間をくらった後はそいつらの着ていた衣服や装飾品を身に付ける。あとは村へとやってくる冒険者を食らうために、村人へとなりすます」
エテンシュラは手を伸ばす。
「こういう具合にな!!」
突如、エテンシュラはリッツの首根っこを掴もうとする。
しかし、リッツは軽く上半身を動かすと、エテンシュラの手を交わす。
伸びた手は無様に空に漂っていた。
「おじさんの冗談を見破るなんてヒドくない?」
「よくある民族話でしょう? それって」
リッツはエテンシュラの狙いがわかっていたのか、彼の冗談に呆れていた。
「それなら古代から林にはトラが行き交い――」
「実は人間だったというオチはやめてくださいよ」
「オチ言うのは禁句だよ」
「まったく、エテンシュラさんは――」
リッツはテーブルに肘をつき、その腕にもたれかかる。
「そういえば、ユウロってヒトは両目ありませんでしたか?」
「アイツも義眼だよ。黒き山林では、勲章として義眼に宝石を入れるんだ」
「ルードにも失った目にも宝石があるということですか?」
「そういうことだな。勲章持ちは一味ちがうぞ」
「確かに、勲章持ちは違っていましたね。ライアさんとユウロが戦いましたが、ほんの一瞬でしたが、ライアさんの大剣を避けました。紙一重でした」
「あいつらの本能を舐めるな。こちらの手を読んだ上で手を出してくる。読めない手とわかった瞬間、戦いをやめるように仕向ける。交渉に頷いたのは、ヤツラはギルドの屋内にいたからで、もし、ギルドの屋外ならやられた」
「頭がいいってことですね」
「そういうことだ。これでわかっただろう。勲章持ちはバウンティーのライアともやりやえる。だから、オレは頭を下げた。アイツらには覚悟があるんだよ。一人一人がカラスみたいな狡猾さを持ってやがる。剣の試し切り、魔法の試し打ちのつもりで戦ったらこっちがやられちまう。自分を偉ぶっていたら、プライドと一緒に首をも落とされる。失った片目が勲章を求めている。勲章の義眼を埋めたがっている」
「聞けば聞くほどイヤな相手ですね」
「だからヤツと戦いたくねえなんだ」
「黒き山林、名前と違って怖いヤツらです」
「――やっぱり、兄ちゃん」
「なんでしょうか?」
「まだ余裕あるね。必死こいて脅かしているのに」
エテンシュラの軽口に、リッツは口を閉ざす。
「まあ、いいや。とかく、ヤツらと相手をするということは骨が折れるということだ。それは覚えとけ」
「はい」
「最悪の場合、この村にいる誰かを犯人に仕立てることも考えとけよ。ルルちゃんもその一人に数えられるぞ」
リッツは無粋なカオで席を立つ。
「エテンシュラさん、最後のはいりませんよ。――ボクの機嫌が損なわれました」
エテンシュラはリッツの後ろ姿に言葉を投げかける。
「悪かったよ、リッツさん」
リッツはエテンシュラに返事をすることもなく、酒場を後にした。




