買物 04-12 黒いロープの武器屋少女“バター・シロップ”
盗賊に犯人を明け渡すまで残り1日、冒険者達はマハラドの捜索を続けていた。
しかし、これといった成果は見つからずにいた。
滝つぼの洞くつにいるのではないかという声が上がったが、村の者が化け物が出ると唱えた。村人の不安を煽るのも悪いと思い、ギルコは彼らの声を受け入れることにした。
そして、マハラドはすでに隣町のコダールにいるという結論となり、捜索隊の派遣を打ち切ることになった。
リッツはマハラドがコダールにいると考えていた。
――マハラドの行方をつかめないかぎり、次のことはできない。
――いったい、彼はどんな情報を持っているのだろうか。
リッツはギルコの考えを探るが、これといったものが掴めずにいた。
何もすることもなくなったリッツはラドル村の周囲を回ることにした。少しでも、情報を集めておきたかった。
※※※
リッツが村の入り口まで行くと、村長を見つけた。
村長は誰かを待っているのか、ぼ~っとしていた。
――いつも村中を歩いている村長が、ぼ~っとしてるなんて珍しいな。
そんなことを思ったリッツは村長に話しかけることにした。
「村長?」
「おっと、おぬしか」
村長はたるんでいた表情を引き締める。
「一体、誰を待っているのですか?」
「誰も待っておらんよ。もし、待っている物があるとしたら、この村の特産物がクリスト共和国に届いているかどうかぐらいかの」
「ハァ」
のんべんだらりとゴマカされている。
「村長、少しは危機感を持った方がよろしいかと思います」
「危機感か。――あの盗賊共にそんな力があるのかのう」
「ライアさんもエテンシュラもあの盗賊どもには気をつけろと言ってましたよ」
「そうかそうか。あの二人がな。それはけっこう気張らないといけないことじゃな」
「そうですよ。だから」
「おぬしはどうなんじゃ?」
「え?」
「おぬしの考えはどうなんじゃ? あの盗賊どもはどんな相手なのか」
「……正直、わかりません。強いか弱いかわかりません」
「そういう強い弱いではかるのではなく、あの盗賊どもはどんな意志で動いているのか考えているかということじゃ」
「村長はわかっているのですか?」
「さてな。あの盗賊どもはワシが思うよりも狡猾であることぐらいかのぅ」
「ずる賢い?」
「そうじゃ。アイツらは間違いなく、ワシかギルコを殺す気じゃ」
「それはどういうことですか?」
リッツは尋ねるが、村長は口を閉ざす。
「そういえば、この村は元々、ユセラ王国の民でできた村と聞きます。ということはあなたは――」
「詮索する気かね、おぬしは――」
「しかし、それしか考えられることは――」
「ワシらとユセラ王国とは何も関係ない!」
リッツは村長を追及するが、村長は相手にしない。
強情を張る年寄りに、リッツは閉口していた。
「この村は平和じゃ」
「はぁ?」
いきなり話題を変える村長にリッツは思わずそんな声が出た。
「平和というものはこうかくあるべきだ」
「ええ、まあ」
「もし、戦いになった時、できることをしとかないとな」
「できることって?」
「戦う武器ぐらい確認しとく。装備しない武器は意味がないからのぅ。戦いの基本じゃよ」
村長はゆっくりと立ち上がる。
「犯人はすでに決まってとる。後は盗賊どもに備えるだけの武具を用意しとけば、それでいいんじゃ」
村長はそう言いながら、この場を後にした。
※※※
リッツは武器屋『木の葉のスペード』へやってきた。
――村長の言うことも一理ある。
――もしもの事態に備えておくことはある。
村長の言葉どおり、武器を揃えることにした。
リッツは店内へと入る。
武器屋の至る所に剣、槍、斧が飾ってある。
リッツは近くにあった剣を取る。
剣の柄が手に馴染むように吸い付いてきた。
握りやすく、コントロールしやすい。
この店の店長は、よほどいい武器を仕入れる人物なんだとリッツは想像した。
ガタッ!
武器屋の奥から物音がし、リッツはそちらへと振り返る。
「どーも」
紺色のロープを着た少女が挨拶する。
――シロップ三姉妹のバター・シロップがこの店を仕切っていると言っていたな。
ラムネの言葉を思い出しながら、リッツはバターに話しかけようとする。
「あの――」
「アタシのことを気にせずに、武器を見てください」
バターはカウンターで椅子に座り、一人本を読む。あまりヒトと関わりたくないようだ。
リッツは仕方なく目的のモノを探して見渡す。
しかし、彼にとって欲しい逸品は置いていない。
しかたなく、リッツはバターに欲しい武器を尋ねる。
「すいません。パウダーありませんか?」
パウダー。オルエイザ大陸で一般的に普及している火薬である。
「パウダーでしたら、奥の方に置いてありますから取りに行きます」
バターは読んでいた本を置き、店の奥へと向かう。のよりのよりと進むバターの足取りに、一抹の不安を覚えるのであった。
※※※
予感は的中した。
ドッカーン!
武器屋の奥で爆発音がした。
「取り扱い危険なのにな!」
そう言うとリッツは武器屋の奥へと向かう。
武器屋の奥は火薬の匂いに充満していた。武器の入っていた木箱が崩れ、中に入っている商品が散らばっていた。
リッツは周囲を見渡すと、バターの姿を見つける。
カノジョは身体を丸くして、爆破から身を守ろうとしていた。
「だいじょうぶですか?」
バターはコクンと頷く。
「パウダーは取り扱うには注意が必要な武器ですからね。こういう失敗もありますよ」
リッツはやさしく声をかけるが、バターはただただコクンと頷くだけだ。
「とりあえず、このめちゃくちゃになった部屋を片付けましょうか。早く立ち上がって――」
リッツはバターの手を掴むと、ロープのすそが落ちて、腕がまくれる。
「あ」
腕がなかった。
いや、腕といえる部位はあったのだが、腕とは言うには名状しがたいものがあった。
そこは肌色ではなく、透明感のある紫の結晶体がカノジョの腕として存在していた。
「見た?」
まくれた袖を直し、バターはリッツの傍から離れる。
「紫の結晶が、その結晶の中に、血液みたいなのが流れていて」
「やっぱり見た」
「いや、その」
「無理しなくていい。あなたが思っているように、アタシの身体はすでに結晶化している」
「結晶化しているのに、どうして武器屋のようなキツイ仕事を」
「武器を持つのは平気なの」
そういうとバターは地面に落ちた斧をひょいひょいと持ち上げる。目を疑う光景だ。
「魔法か」
「そう魔法。武器を身体の一部のようにする魔法、“あやつり”をかけてあるの」
――あやつり、その名の通り、どんなものでも自由自在に操ることができるようにする魔法である。
「剣を持った時、とても使いやすいなと思ったわけだ」
「あたしが整理していた時、その名残が残ったかもしれないわね」
バターは立ち上がると、ロープについたホコリをパッパッと落とした。
「横着せずにきちんと魔法を使えば、爆発しなかったのに」
バターは辺りに横たわる武器を見て、自分の失敗を嘆く。
「横着って、魔法を使いたくなかったのですか?」
「……ええ」
「魔法を使わなくても済む仕事を見つければ。道具屋あたりとか?」
「田舎の道具屋は冒険者がけっこう利用する。それに比べて、武器屋は利用されない。お姉さんからあまり動かなくてもいい仕事として武器屋を勧めてくれた」
「それはヒドいことした。知らなかったとはいえ、ゴメン」
「いい。アタシの失敗だから」
「ヒドいことを言うかもしれないけど――とてもキレイでした。紫の結晶」
心の琴線に触れたのか、バターは無表情に斧をぶん投げる。
斧はリッツの横を通り過ぎ、壁につきささる。
「やめてください! あなたは自分の身体が紫の結晶に覆い尽くされる恐怖をわかるのですか?」
バターは自分の身体を隠しながら、リッツに言う。
「魔法が使えることは幸せでした。魔法が使えることで特別を感じていました。けれど、魔法を使いすぎたことで、その代償がやってきました。紫の結晶があたしの身体を蝕んで、あたしと一つになろうとしています」
バターは何かに怯え、ぶるぶると震える。
リッツは怖がるバターの傍へと近づく。
そっと手を取り、その手を包み込む。
「魔法が怖いんですか?」
リッツの質問に、バターは口を閉ざす。
「おそらく、あなたは姉さんや妹さんを助けるために、自分の限界を超えた魔法を使ったと思います。この結晶化した身体が何よりも証拠です」
「わかるの?」
「ギルコさんから教えてもらいました」
「ギルコが?」
「ええ、魔法を使う人間だからどんなことでもできる。だから、ホントに身体が結晶化するなんて夢にも思いませんでした。結晶化してもいつかは治ると夢を思って、でも、一度結晶化すると治らないんですね」
「……あたしも魔法の先生から結晶化について教えてもらいましたけど、自分自身がこうなるなんて思いませんでした。いつ身体がバラバラになるのか、怖くて怖くて……」
「そういう恐怖と戦っていたんですね。この村の魔法使いは――」
「魔法は幸せの前借り、好きな時に使うことができて、幾らでも思いどおりになる。それが魔法。でも魔法が解ければ、使った分だけ代償を支払うことになる。アタシの場合は左腕、これでも代償としては軽い方です」
バターは左腕を見せる。
手首から下から輝く紫の結晶、赤の血液が流れていく。
「気持ち悪いでしょう?」
「いいや、人間の皮一枚剥ぐだけで同じような景色が見える」
「気持ち悪くないの? この身体?」
「人間を透明化したものだろう? 別にどうもしない」
「どうしてあなたはそんなふうに見れるの? この腕を」
「なんていうか、よく調べたい」
「調べたい?」
「魔法っていつか解ける。旧来からそれがルール。なのに、キミの魔法はこうやってカタチとして残っている」
「何が言いたいの?」
「いつまでも解けない魔法はあるのだろうか?」
「……解けない魔法?」
「そうだ。魔法はいつか解ける。おそらくこの紫の結晶は何か意味があるはずなんだ。魔力を失った人間の何かを守るために、結晶となって保護していると思うんだ」
「一体何を保護しているの?」
「わからない」
「わからないって」
「ボクは魔法の探求家じゃない。専門家に聞くべきだよ」
「なんかそれズルい」
「ズルくないよ」
「ズルい。ズルい」
バターはリッツを見つめる。
その目には何かうらみつらみと言ったものよりも、様々な考え方ができるリッツの考えを羨ましそうに見ている目であった。
「でも、いいや」
バターは気が止んだのか、リッツを見るのをやめる。
「なんかスッキリした」
バターは!マークが書かれた木箱をゆびさす。
「そこにパウダーがある。持ち運びに注意してね」
「お金は?」
「お客さんに迷惑を掛けたからいらない。それに、今日は休みにしたい」
「わかった」
リッツはパウダーの入った木箱を手にする。
「キミは?」
「店の後片付けをしないと」
「でも、一人じゃ」
バターは指を軽く回すと散らかっていた武具が元にあった場所へと戻っていた。
「ね」
「魔法使いすぎじゃないか?」
「便利な魔法に大きな魔力は必要ない。ちょっとしたテクニックの応用をすればいいだけ」
「魔法使いしかわからない会話はやめてくれ」
リッツが苦笑いすると、バターはにこやかに笑った。




