探検 04-10 亡国の民は田舎に暮らす
リッツとライアはラドル村から北西にある引き返しの森へ向かっていた。
「まったくなんだよ。そのマハラドって言うヤツは」
「何度も説明しているとおり、マハラドというのはギルコさんに鉄の剣を魔法剣とか言って、高く剣を売りつけようとしたスチャラカ魔法剣士です」
「だからそんなヤツをギルコが必死になって見つけろと依頼してるんだぞ。一体、何のために……」
さきほどからライアはぶつくさと独り言を言い、リッツを困らしていた。
「それでなんでボクを連れているんですが? 別の冒険者と一緒になれば良かったのに」
「マハラドってヤツを見たことないから、オマエとパーティーを組んでいるんだよ」
ライアはリッツの肩を抱くように、自分の下へと近寄せらせる。
カノジョの身体からは荒々しいフェロモンのようなものを放つ。しかしその匂いを嗅いだリッツの表情から嫌悪する表情を見せた。
「そうやって身体をくっつかえせるのはやめてくださいよ」
「ただのコミュニケーションだよ。イヤになるな」
「そういうことじゃなくて。なんていうか、野生の臭いがするっていうか」
「失礼な。昨夜はちゃんと風呂入ったし、朝っぱらから湯浴みしたぞ」
「いや、そういうことじゃなくて……なんていうか。そうそう、戦士としての力強さを感じるんですよ」
「やっぱりそう見えるか、……残念だ」
「残念?」
「残念だけど、アタイは戦士じゃなくて、剣士なんだ」
「剣士って剣使い?」
「そうだ。アタイはユセラ王国の剣士だったんだよ」
ライアは大剣の握りを触りながら、リッツに自分の生まれた故郷について話しだした。
「ユセラ王国は草原の国と言われていた小さな国だ。魔導石が取れない代わりに豊かな作物が取れる肥沃な土地として知られていた。温暖な気候と安心して住める国として多くの移民がやってきた」
「魔法の代わりに、剣士の育成を進んでいた国としても有名ですよね」
「なんだ、知っているのか」
「ええ、ある程度は」
「そうだ。魔導石がない土地というのは魔法を持たない人間が多いことだ。他国との戦争から逃れるためには、魔法とは違った軍力を持つしかない。ユセラ王国は剣士を増やすことで、エトセラやクリストとの戦いに備えていた」
「けれど、ユセラ王国はエトセラ帝国に負けてしまった」
「そうだね、負けたよ。力じゃなくて策で負けたよ。アタイ達、傭兵団が来るよりも早く、押さえられたよ」
「エトセラ帝国はユセラ王国を支配して何の得があったのでしょう?」
「ユセラを潰しておくことで安心をしたかったのだろうね」
「エトセラ帝国は魔法主義国家、ユセラ王国と違って、軍備が強いはずじゃ……」
「そうだ。エトセラ帝国は魔法主義国家だ。魔法が使える者を重宝され、使えない者は軽蔑されるそんな国だ」
「ええっと、魔法貴族制でしたっけ?」
「そうそう。魔法が使える者と使えない者を分ける魔法貴族制が存在していた。しかし、魔法が失われている今、魔法貴族制は事実上、壊されている。魔法が使えた一族は次の世代で魔法が使えなくなっている。そんな時代になっている」
「それが問題でしょうか?」
「問題だよ。魔法が使えないということは平民になるってことだ。今まで利権を貪っていた魔法貴族にとって、それは大きな問題だよ」
「けっこう一大事ですね」
「それだけだとまだ良かったんだけどね」
「まだ何があるんですか?」
「魔法貴族制の崩壊によるエトセラ帝国の終わりだよ」
「魔法貴族制の終わり……」
リッツは消え入りそうな声で呟く。
「エトセラの国民は、帝国にいる大臣達が魔法を使えないと思われている。現に、帝国にいる大臣達のこどもは魔法が使えない者ばかりだ。なのに、彼らは変に気取っていて、自分は魔法が使えるぞとウソをついている。そんな彼らが国を任せることができるはずがない」
「確かにそうですね」
「特に、問題なのはそれを国民たちに知られることだ。今まで圧制に苦しんできたエトセラの平民は魔法が使えないと知れば、クーデターを起こされて帝国は終わりを迎えるだろう」
「クーデターですか」
「エトセラ皇帝は魔法貴族制度を維持するために、魔法がどれだけの力を持つのかアピールしたかった。そのための策として、皇帝は戦争という手段を講じた」
「その犠牲になったのが? ユセラ王国ですか?」
「そうだよ。エトセラの諜報員がユセラ王国の移民に化けた。諜報員はユセラ王国の首都でテロ行為をし、国全体がパニックになっているうちに、王宮の中枢部を抑えた。あまりにも手際の良い電撃戦に多くの国は驚いていたよ」
「そうですか」
「エトセラの国民は策略による侵略が、魔法による力の統治だと思い込んだ。――魔法が使える人間は帝国にはまだ存在する。彼らに逆らったら、どんな目にあうかわからない。そんな恐怖と尊敬が交じり合った感情で、帝国は維持されている」
「なるほど」
「エトセラの庇護下に入ったユセラ王国は西アドセラ自治領となっている。けれど、多くの冒険者は旧ユセラ王国と呼んでいる。今、旧ユセラ王国の国民達はエトセラの平民扱いより下になっている。ユセラの国民はエトセラの人間から差別されて、口に言うにもはばかられるおぞましい行為が行われているとの話だ」
「エトセラから逃げてきたんですね、ここにいる村人たちは――」
「そうだよ。必死に逃げてね」
ライアは今まで歩いてきた道を振り返り、ラドル村を見る。木とワラでできた建物も今では豆粒サイズの大きさになっていた。
「ライアさんはこの話を何処で知ったんですか?」
「傭兵稼業していたら、これぐらいの情報はやってくるよ。バウンティーになっても噂として聞くよ」
「そうなんですか」
「この村へ逃げてきたユセラの人間達はユセラにいた時の身分を隠して生きている。例えば、シロップ三姉妹は貴族の娘で大変かわいがられたみたいだ。国を失った時、右も左もわからずに逃げてきたそうだ」
「父親と母親は」
「父親はいたが、母親は――」
「亡くなったのですか」
「いや、母親はすでに亡くなってみたい。エトセラとの戦争で命を失ったわけじゃないよ」
「そうですか……」
「父親は戦争の時の傷で今も療養中。医療の整ったクリスト共和国にいる。少し身体が結晶化しているみたいだけど、生活に支障はない」
「ラムネさんも魔法が使えるのですか?」
「ラムネやパティは素質がない。でも、バターは魔法が使える」
「そうですか、バターさんに会ってみたいですね」
「一度、会ってみるといいよ。魔法についてよくわかるからな」
ライアはそこで話を一度区切る。
リッツはカノジョがそれ以上、シロップ家の話をしたくないと察した。
「ライアさんは、この村にはユセラ王国の人間がいると言いましたが、他のヒトはどんな身分なんですか?」
「さあ、わからないね。平民や貴族が入り交じっている。でも、もうみんなココの村人だから、身分差別とかないよ」
「ギルコは?」
「知らない」
「エテンシュラは?」
「尻尾を出さない」
「やっぱり、気になる?」
「気になるな」
「本人に聞いたら?」
「世界はオレに夢中とか言って、調子に乗ってはぐらかされる」
「言いそう言いそう」
「でもああいうヤツって、できるできると言って、意外とできない男だからな。ああいう男に騙されたくないね」
「なんとなくわかります。ああいう男は何か裏がありますからね」
「ところで、リッツさん」
「なんでしょうか?」
「くだらないことを聞くんだが」
ライアのカオから微笑みが消えた。
「――アタイを試している?」
湿り気を含む風が吹く。
気持ちの悪い空気が肌に貼りつく。
「ライアさん、その質問はどういう真意があって聞いているのですか?」
リッツは無表情に尋ねる。
「なんていうか、遠回しにユセラ王国の情報を集めている感じがする。特に、ギルコ辺りを調べている」
「気になりませんか? ギルコさんの過去を」
「否定はしないんだ」
「否定も何もただの興味です」
「興味があるのなら、情報集めるの?」
「ギルドマスターの素養があるかないかを調べるにはそういう経歴は必要だと思います」
「なるほど、そういう意味ね。てっきり、遊び半分で調べているのかと思ったよ」
「遊び半分ならエテンシュラの方が面白いと思いますよ」
「それもそうだね」
ライアは大剣の柄に触れるのをやめる。
「――リッツさん、ギルコはちゃんとギルドマスターやってるよ。私情を挟んで判断することが多いけど、いい加減さはない。真面目だ。役人特有のいい加減さがないから、報酬面とか仕事面では信用していい」
「ボクもそれはわかっています」
「けれど、ギルコはちょっと脆い所がある。それをつかれるとバタバタと倒れちゃうそんな所がある」
「あのギルコの脆い所ってあるんですか?」
「あるよ。ヒトを信じて裏切られること、そんな脆さがカノジョにはあるよ」
「……ギルコさんにもそんなところが」
「ギルコは誰からも裏切られたくないから、心を鬼にしてギルドマスターやってる。もう一度それを知ったら倒れるよ、あのコ」
「ライアさんはそれを知っているから、ギルコからの依頼を一番に受けているんですか?」
「そうかもしれないね。見過ごせないんだよ。ああいうコはね」
ライアはそういうと、リッツの肩を叩いた。
「ゴメン」
「いきなりなんですか?」
「疑うマネをして」
「別に気にしてませんよ」
「なんかこういうタチだからさ。色々と考えてしまうんだ。コイツは裏切るとか信じられないとかさ」
「けっこう多感なんですね」
「そうそう、脳みその一部がおっぱいに詰まっているとか言われているからさ」
「それは幾らなんでも多感過ぎます」
「でも、脳みそがおっぱいになっているのなら、アタイは三つも脳が詰まっているワケだ」
「それだけ頭いいってことですか?」
「逆だ。脳みそがあるってことはアレコレ考えるんだよ。煩悩とか欲望とか野望とかな」
「見た目通りってことですね」
「ああ! そうだ。乳デカ脳みそはそのまま、って、何言わせているんだ!!」
「ホント、ノッてくれますね。ライアさんは」
「こういうノリ嫌い?」
「好きな方です」
「それは良かった」
リッツの肩を握りつぶすように、体重をかけてくる。
カノジョの肉付きのいい質感が、服越しからでもわかってきた。
「オマエはアタイが好きだ。アタイはオマエが好きだ。だからアタイ達を騙そうとするなよ」
「女剣士のラブメッセージはかなり激烈ですね」
ライアはリッツの目線を合わす。
「いつまでもスカしたカオができると思うなよ」
「ライアさんはボクから何を感じているんですか?」
「何、考えるかどうかわからない。でも、何かイヤなものがオマエの方から匂ってくる」
「脳みそ三つもあるのに野性的ですね」
「脳みそは理性だけじゃなくて、本能も備わっている。嫌な予感がビンビンに感じるんだよ」
ライアはそういうと、リッツの肩から手を放した。
「でも、今のところ、それがアタイ達を襲いかかることはない。オマエの殺意には方向性がない」
「バウンティーってけっこう意識過剰なんですね」
「おもいっきり殺気を飛ばしているヤツが何を言っている」
「出来の悪い冗談はやめてくださいよ。今の目的は何なのか、知っているでしょう?」
「ああ、そうだな」
「今のところ、目的は一緒ですから、あなたの敵になることはありません」
「オマエはすぐ相手を安心させようとするな」
「ただ敵を作りたくない。それだけですよ」
ライアはウソつけと言いたそうなカオをすると、リッツに視線を送るのをやめる。
リッツは温厚な表情へと戻り、足を動かしはじめる。先ほどの口げんかはあまり気にしていないようだった。
※※※
霧が濃い。
視界が緑葉の森から白のモヤへと移り変わる。
ドロのような空気が辺りを漂い、身動きがしにくい。
――呼吸をするだけで、質量の持った重いモノが肺の中へと入ってきそうだ。
リッツは引き返しの森を気持ち悪さを身体で覚え、森に掛けられた魔法の力を知るのであった。
ライアとリッツは引き返しの森の前へと辿りつく。
「ここが引き返しの森だ」
「森の葉っぱが見えない白い霧があるぐらいで、あとはいたって普通の森林ですね」
「中には入ればわかる」
「えっと、森にですか?」
「話すよりも行った方が早い。行って来い」
リッツは木にもたれているライアに何かを言いたげだった。
しかし、ライアの性格を考えるとそれを言ったところでムダだと思った。
カノジョに見つからないところで、一度ため息をする。
身体にためた空気を吐き出した後、リッツはカノジョの言うとおりに、引き返しの森を進んでいた。
……
…………
………………
数分後、白い霧から黒影が出てきた。
その影は先ほど、森に入ったはずのリッツの姿だった。
「どうだ?」
リッツは首を左右に振る。
「なんていうか、回っている。まっすぐ進んでいるのに、足の着地点がズレて、知らない間に森の中を回っているようになっている」
「勘が鋭いね、そのとおりさ」
ライアはリッツの推察力を褒める。
「この森は入って進むとまっすぐ歩いているのに、いつの間にか入り口へと進んでいる。まるで回転扉のとびらを追うように。この森自体が、360度、回転する空間になっているんだ」
「向こう側にはいけない回転扉というところですか」
「それいいネーミングだね。もらうよ」
ライアはメモを取るジェスチャーを見せる。
「勝手に言ってくださいよ」
ライアの軽口を無視し、リッツは引き返しの森を観察する。
――これ以上、先へ行くことができないのにわざわざ行くだろうか。
――霧の中に隠れることができても、この中で隠れ続けることはストレスがたまることだ。
――それに、この森はいわば袋小路。ラドル村からここまで一本道になっている。マハラドが土地勘のない冒険者だとしても、このルールに気づけば、この森から出ていこうとするはずだ。
リッツは考えに考えを重ね、一つの答えに辿りつく。
「マハラドがこの森にいることはないと思います」
リッツの出した答えはそれだった。
「何を言っている? 当たり前だろう」
リッツの回答にライアは呆れた。
「この森を調べるだけムダさ。アタイが調べているのは向こう側じゃなくて、マハラドがこの森の手前に隠れているかどうか調べている」
「ああ、そうですか」
恥ずかしいことを言ったと、リッツは後悔した。
※※※
リッツとライアは引き返しの森から離れていく。
「マハラドはいませんでしたね」
「そうだね」
「何処にいるんでしょうね」
「考えられるのはコダールだな。もし、コダールに行ったのなら、伝書鳩とかで連絡を取った方が早い」
「ギルコさん頼みですか」
「そういうことだね」
リッツとライアは無駄足だったとガックリしながらトボトボと歩いて行く。
「でも、まあ、久しぶりの引き返しの森に行けて良かったよ」
「ライアさんは引き返しの森へ行ったことがあったのですか?」
「そうだよ。色んな手を使って、向こう側に行きたかったよ」
「森の向こう側に何があるんですか?」
「知らない!」
「知らないって……」
「知らないヤツと会える。力のあるヤツと出会える。胸がワクワクしないか?」
「なんだか、ライアさんは少年のような心を持っていますね」
「よく言われる。ボーイッシュってヤツ?」
「それはノーコメント」
「つれないな」
ライアは後頭部に両手を置いて、空を見上げる。
「でも、絶対何かあるんだ、あの向こうには。あの向こうには」
ライアの瞳に映る青空は透きとおっていた。




