依頼 04-09 満足できる仕事
リッツがギルド『クローバー・エース』に戻ると、ギルコはギルドの外で伝書鳩を撫でていた。
「何処に連絡をするの?」
「その逆、連絡が来たの」
ギルコは伝書鳩の足に付いていた手紙を開く。
「何処から来たの?」
「ギルド協会よ」
ギルド協会。
冒険者の育成を理念に置き、村町の経済発展及びオルエイザ大陸の開拓を寄与する非営利組織である。この大陸においてギルドとは冒険者ギルドを意味し、多くの冒険者がギルドに在籍している。
ギルド協会はクリスト共和国、首都ファーランに本拠地を置いている。オルエイザ大陸の村町には支部が設置されている。
ギルド協会は支部へ連絡する時、伝書鳩で手紙送る。手紙の中身はオルエイザ大陸の出来事、賞金首の情報、ギルド協会からの直接の依頼等が入ってくる。しかしながら、冒険者が冒険をしなくなった現在において、連絡といえるものはなくなっている。
「何かありましたか?」
「特になし。ギルド協会の会長や、議員を決めるギルド総会があるってぐらい」
「それって、カオを出さないといけないものじゃないんでしょうか?」
「通常の総会だから別に行かなくていいわ。手紙にある議決権の行使書や委任状を書いとくから」
「それでも、人脈を作りで行った方がよろしいのでは?」
「そういうギルドマスターもいるわね。でも、わたしはそういうの興味ないから」
「興味ですか……」
ギルコはギルド協会から送られた手紙を書くと、それを封筒に入れる。
伝書鳩の足にそれを付けるとリッツに話しかける。
「知ってるかしら」
「何をですか?」
「今のギルド協会の目的を……」
「ギルド協会の目的? それって冒険者が安心して冒険ができるようにすることですよね?」
「それは建前の話。今はそんな話じゃない」
「じゃあ、なんでしょうか? それは」
「ギルド協会の目的はギルドによる世界の統治よ」
「ギルドによる世界統治?」
「元々は、世界のすべてを把握するために作られた組織だったのだけど、いつしか腐敗して、自分たちの利益優先で動く組織になった。世界のほとんどを知り尽くした今でもギルドがあるのは、強い冒険者に仕事を依頼できる窓口が必要だからよ。そんな彼らが望んでいる次の目的は自分達の言うことを聞いてくれる冒険者を集める組織改革よ」
「そんなことないでしょう? ギルドは――」
「ローグがはびこるようになったのもギルド協会のせい、盗賊を冒険者にしようとしたのもギルド協会のせい……」
「その言い方だとまるでギルド協会に絶対なる信頼を置いていたみたいですね」
ギルコは口を閉ざす。
「図星でしょうか?」
ギルコはリッツからの質問を振り切るように、話を続ける。
「今のギルド協会は腐った組織だから、どんな用件を持ち込んでもでもカネ、カネと言われる」
「お金は大事ですからね、ハハハ」
「ギルドは冒険者のために存在している。村人のためにあるわけじゃない。どんなにギルド協会に駆け寄っても、村を捨てろという令状が来るわ」
「ギルコさん、もしかして、この伝書鳩は……」
リッツの質問に耳を傾けず、ギルコは話し続ける。
「この村には何もない。3年前にできたばかりの小さな村。どんなことを言っても助けに来ない」
「ヒトがいるのに……」
「ヒトがいるからって何よ。あなたも言ったとおり、大事なのはお金なのよ」
ギルコは視線を落とす。
リッツもギルコが目線を下にした理由は薄々気づいていた。
――このギルドにはお金がない。
それもそうだ。カネになる仕事がない。
農作業で幾らになる?
果物の採取で経営できるか?
そんなことをするよりも狩猟を解禁した方がお金になる。
しかしながら、ギルコはそれができなかった。カノジョのやさしさによって、お金になる仕事を失ってしまったのだ。
リッツは地図を高く買い取ってくれたギルコを見て、仕事のできる人物だと評価していた。
だが、ギルドマスターとして、村人の仕事を優先にしたがる行動にはいささか納得できずにいた。
幾らユセラ王国の生き残りだとしても、その温情をいつまでも引きずっているのは問題だ。
エテンシュラがギルコをギルドマスターにふさわしくないという理由がよくわかる。
――ヒトとしての感情がヒトを動かすビジネスに結びついている。
これは問題だ。ギルコの生真面目さが悪循環を生み出している。
仕事は仕事、自分は自分、なのにそういう場面場面で使い分ける仮面をいつも一つの仮面として身につけている。カノジョにはそういう常識的なモノが欠如している。
そして、もっと問題なのは、それをカノジョが気づいていないことだ。
リッツはギルコの性格を一つ一つ分析し、その問題点を理解していた。
俯っていたギルコはカオを上げる。
「この大陸は金貨で動いている世界。ヒトの命よりもカネの動きの方を大切にされている」
「それはそうですが――」
「カネを動かすことはヒトを動かすことと同じ。ヒトを動かすことで世界が動く。お金さえあれば、この村を守るために、ヒトを動かすことだってできる」
「ギルコさん」
「世界を動かせるぐらいのお金があれば!!」
ギルコの高ぶる感情に、リッツは口をはさむ。
「残念ですがギルコさん」
リッツは言う。
「――世界は動いていません。すでに閉じています」
「……閉じている?」
「はい」
「お金が動いていたら、それはヒトが動いているのと同じことでしょう? だって、みんなお金とモノを交換して生きているのだから」
「モノはいずれ失います。土からは作物ができますが、いずれ土は枯れて作物も取れなくなります。モノがなくなれば、カネと交換することができず、ヒトはそこで終わります。ボクらがしていることは、静かな死を待っているのと同じことです」
「モノを手に入れられないとヒトは生きられない。それぐらいわかるでしょう?」
「そういうことを言っているのではありません。お金は同じ所でグルグルすることは、ヒトも同じ所でグルグルしているのと同じことです」
「ヒトもお金も町同士できちんと行き来しているわ。グルグル回っていることはない」
「ボクが言っているのは貴族とローグにしかお金が回っていない現状について話しています。自分たちの欲しがるもののために、お金が動いているだけです」
「ゴメンゴメン、わたしが悪かった」
ギルコは謝り、話を切り上げようとする。
「ギルコさん」
しかし、リッツは話すのをやめない。
「果たして、同じヒト同士の手垢にまみれたお金が、ヒトを動かしていると言えるのでしょうか?」
ギルコは何も言わない。
「冒険者は冒険者をしなくなったのはギルド協会の責任だと思います。ギルドは冒険者に報酬を与えないと世界は閉じていきます」
「でもお金は……」
「お金だけでヒトを動かせと言ってるわけじゃありません」
「でも」
「――お金は手段です。ヒトを動かすふしぎなマテリアルです」
リッツはギルコの目を見る。
ギルコは視線を泳ぎながらも、こちらの目を見ている。
リッツは安心して、言葉を足す。
「ギルドの目的は冒険者を動かして世界を開拓すること。ギルドマスターはお金を手段として使うことで、冒険者を動かしています。冒険者はそのお金を元手に、未知の世界を切り開いていきます。それを忘れたギルドは潰れてもしかたないと思います。オルエイザ大陸は静かに死滅してもおかしくありません」
「今のわたしは静かに死滅するギルド協会と同じだと言うの?」
「そこまでは言いません。ただ、このままだと、この村は盗賊から何もかも奪われて終わりを迎えるでしょう」
「でも、お金が――」
「だから、報酬をお金以外のモノにすればいいのではありませんか?」
「どんな報酬を?」
「この村が平和になる。安心して暮らせるための仕事を優先的に受けられるという報酬にしましょう」
「そんなので冒険者は納得できるの?」
「仕事を受けるのは冒険者じゃなくてもいい。村人が請け負いましょうよ」
「この村には何もないのに?」
「これから作ればいい。見ましたよ、畑を」
「畑って?」
「クローバーの畑です」
リッツはちょっとした笑みを浮かばせ、ギルドのそばに芽生えるシロツメクサに指をさした。
「クローバーには不思議な力があります。動物を呼ぶ力と未来に元気を与える力です。クローバーがあるからこそ、動物がやってくる。動物達が田畑を耕作させることで、その土地は元気になります」
「……クローバーにはそんな力が」
「その間、これといった作物は取れませんが、4年後には多くの作物が取れます。これが未来に元気を与える力となります」
「あなたはこのギルドを休ませろと言うの?」
「違います。このギルドはこれから大きくなりますからそのための手助けをお願いします、と、冒険者と村人に申し出るのです」
「そんなので、協力してくれるはずが――!!」
「人間にとって大切な仕事はなんだと思いますか? お金以外に」
ギルコは口を閉じる。
16年の月日しか生きて来なかったカノジョにとって、実に答えにくい質問だった。
――カタチが見えてこない。
――適切な言葉がわからない。
何度も何度も逡巡し、言葉の糸口を探っていく。
――こんなこと、一度もなかったのに。
リッツはギルコの悩んでいる姿に、ニカッと笑う。
「自分自身が役に立てたと思える充足感溢れる仕事です」
弁舌なカノジョでも答えられないことがあったのだと、彼はニンマリした。
「誰もが満足できる仕事を与える。そういうギルドもいいものですよ」
「満足する仕事」
「はい。自分の力がホントに役に立てる仕事です」
「そういう仕事を見つけるのは難しい」
「それを探すのがギルドの仕事ですよ」
「ホント、難しい」
ギルコは苦々しい表情をし、おもいっきりまぶたを閉じる。しかし、そんな陰りのある表情の裏側にもかすかな笑みがそこにはあった。
リッツから話を聞いたギルコは、手にしていた伝書鳩を撫でる。
「もし、今、ギルド協会に伝えることが一つあるとしたら」
「あるとしたら?」
「わたしからの連絡がなくなった時、黒き山林からギルド公認を取り消してくださいというぐらいかしら」
「ギルド協会に助けを言わなくてもいいのですか?」
「他にやり方を見つけた」
ギルコは伝書鳩の足に付けた手紙を外す。
「こんなどうしようもない組織に自分を預ける必要はない!」
ギルコはその手紙を一瞬のうちにバラバラに破いた。
ギルドに戻ったギルコは戸棚にあった便箋を取り出し、スラスラと何かを書き出した。
ペンがよく走る。今、ホントに書きたいことがあるんだな。
カノジョの心の中にあった何かがふっきれたと、リッツは理解した。
便箋を書き終えたギルコは伝書鳩にそれを取り付ける。
ギルコはギルドから出てくると伝書鳩をやさしく抱きしめ、西南の方を向く。
「早く飛んでね!」
伝書鳩を手放すと、ギルコは手を振りながら伝書鳩の後ろ姿を眺めていた。
「なんだか楽になれたみたい、ありがとう」
ギルコはギルドから出てきたリッツにそう語りかける。
リッツはただ頷くだけで、特別な返事はなかった。
「ギルコさん! ガンバリますか!」
ギルコは晴れたやかな笑顔で、両手を思いっきり上げるのであった。
※※※
ギルコはギルドの掲示板に依頼状を貼り付ける。
『盗賊団、黒き山林の団長、ルードを殺した犯人を探しています。冒険者の皆さんも、村人の皆さんもご協力をお願いします』
リッツとギルコはその依頼状を目にすると、二人はお互いを見つめる。
「これでオーケーね」
「そうですね」
「これからわたしはギルドの仕事をするから、何か変わったことがあったら言ってちょうだいね」
「そうですね。変わったことかもしれませんが――」
「何かあったの?」
「マハラドが行方不明なんです」
ギルコのカオが急変する。
「マハラドって、あのスチャラカ魔法剣士の?」
「そこまで言いますか」
「――リッツさん」
ギルコの声色が変わる。
「ギルドマスターとして依頼します。マハラド・カシードを見つけてください」
その声は命令を下すギルドマスターのものだった。




