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ギルコさんは欺けない  作者: 羽根 守
01 ギルコさんの日常
3/57

交渉 01-01 ギルコさん対没落貴族の遊び人 “ エテンシュラ・フィールド ”

 

 男は嬉しそうにステップする。

 手にしていたぬののふくろも同じように跳ねる。

 緑の草原を心晴れやかに、男はウキウキと駆け抜けていた。


 男はラドル村へとつくと、黒いクローバーのマークが目立つ建物へと入る。

 男がやってきたのはラドル村の唯一のギルド『クローバーエース』、彼はこのギルドに用事があった。


「ギルコさん!」

 『クローバーエース』のギルドマスターの名前を呼ぶ。

「はい、いらっしゃい!!」

 ほがらかな声を出しながら奥の部屋から出てきた少女、カノジョがギルコである。

 

 ギルコ。16歳。マジメがウリの元気な少女。

 ラドル村唯一のギルド『クローバーエース』のギルドマスターである。

 周りからギルコさんと呼ばれており、本人もその呼び名を嬉しく思っている。

 

 ギルコは自分を呼びかけた客のカオを見ると、一気に力が抜けた。

「ああぁ、エテンシュラか」

 ギルコは真面目に応対するのをやめる。

 それもそのはず、ギルコを呼びかけていたのは遊び人のエテンシュラだったからだ。

「ギルコさん、アイテム鑑定してくれない?」

「エテ公の言うことだから、ろくなモンじゃないと思うけど」

「エテ公言うな!」

「とりあえず、持ってきたアイテムを見せてよ」

 エテンシュラはカウンターの上にぬののふくろを開ける。

「ほらほら、いいアイテムだろう?」

「見たところ、回復アイテムが揃っているわね」

「でしょう! 冒険者必須のアイテムが勢揃い! どんな攻撃を受けてもすぐに体力が元通り!」

「はいはい」

「ギルコさん。もう少し興味持ってよ!」

「本気で話を聞いていたら、こっちの精神が持たない。アンタが考えているのはこのアイテムを高く売ろうとしているだけ」

「じゃあ、とっておきの商品もいらないんだ」

「とっておき?」

「ジャジャジャジャーン!」

 オーケストラが奏でるような音色を口にしながら、隠し持っていたアイテムを提示する。

「万能薬! 万能薬だよ! 道具屋じゃまず目にできないアイテムだよ」

「ふーん」

 エテンシュラからひょうたんのカタチをしたアイテムを手にする。

「これは万能薬ね」

 ギルコは珍しいアイテムにやる気が出る。

「査定お願いします」

「手短にするね」

 ギルコはエテンシュラからアイテムを受け取ると、鑑定に入った。 

 

 アイテム鑑定、ギルドマスターや商人にとって必須スキルの能力である。

 アイテムの鑑定は今まで身につけた知識や経験からアイテムを判別する。

 アイテムの使い方を確認したら、冒険者にそれを教える。

 冒険者は一般的にお店で流通しているアイテムは使えるが、宝箱などで手に入れた未知のアイテムは使用できない。

 間違えて使用し、ロスト(アイテム破損)してしまえばもったいない。

 したがって、冒険者はアイテムを見つけても使い方を説明してもらわなければ使えないのである。


 もっとも、お金の欲しいエテンシュラにとって、アイテムの使い道など興味はない。

 彼にとって、アイテムを高く買い取ってもらうことが何よりも大切なことなのだ。


 ギルコもアイテム鑑定のスキルを所有しており、ギルドマスターの中でも高い能力を持つ。

 彼女の持つ審美眼はどんなアイテムも一発で鑑定できるのである。

「やくそう8コ」

 やくそう、シンプルな回復アイテム。止血剤と使用し、キズを癒やす。野草から採れるため、現地調達する冒険者も少なくない。定価は10ゴールド。

「どくけしそう5コ」

 どくけしそう。体内の毒を解毒する回復アイテム。定価は8ゴールド。

「火薬玉、10コ」

 火薬玉。火薬が込められた玉。何かにぶつけると爆発し、大きな音を出す。敵を倒すアイテムではなく、敵を追い払うアイテムである。定価は12個ワンセットで20ゴールド。

「万能薬、1コ」

 万能薬。形状はひょうたんに似ており、中に入っている粉状のクスリを傷口につけることで状態異常を治す。水を入れて口から直接摂取することで風邪や呪いを打ち消すこともできる。

 どんな症状でも治すことができるので、万能薬は高価なアイテムとして扱われている。定価は1000ゴールドが相場である。

「万能薬の中身は確認させてもらうね」

 ギルコは万能薬のフタを開ける。フタは思ったよりも軽く開けられた。

 小さな包み紙の上に万能薬の中身を注ぐ。

 白い粉がさらさらと流れるようにこぼれていく。

 ギルコは白い粉を触り、感触を確かめる。

「これ中身、確認した?」

「クスリ入っていなかったのか?」

「粉末状のクスリがあった」

「それならいいだろう。何もおかしい所はない」

「そう」

 ギルコは小さな包み紙のある粉を万能薬の中へと返す。

 ひょうたんのフタをきつく閉じて、未使用状態に戻した。


 ギルコはエテンシュラが持ってきたアイテムの鑑定を終えると、くちびるを右手の親指で触りながら、腕組みする。カノジョがいつも考え事をする時のクセである。

「合わせて幾ら?」

 ギルコは腕組みをやめ、首を横に振った。

「買い取れない」

「え?」

 エテンシュラはあっけにとられる。

「買い取れないわ」

「おかしいだろう!? ギルドならどんなものでも売れるはずだ!」

 エテンシュラが声高々に文句を口にした。


 ラドル村での一日の生活費は25ゴールドである。

 500ゴールドではおよそ三週間しか生活することができない。

 食費を切り詰めれば二ヶ月は暮らせるかもしれない。

 だが、遊び人のエテンシュラにはそれができるはずがない。


 彼の中では700ゴールド、良くても600ゴールドが手元に残るはずだと想像していた。

 そのためか、予定とは違った査定に苛立っていた。


 だからこそ、エテンシュラが声を荒らげるのも無理がなかった。

「エテ公」

「エテンシュラだ!」

「どうして焦るの?」

「何がだよ?」

「どうして、そこまで焦るの?」

「焦ってねえよ」

「わたしにはわかる。アンタは早い所、アイテムを換金したがっている」

 ギルコの瞳が鈍く光る。

 欺く者の心をあばこうとするエメラルド色の目が輝く。

「アイテム鑑定なんて嘘っぱち。早く売りたい。早く売りたい。早く売らないと誰かに見つかると焦っている。大きな声を出しているのはそういう不安を打ち消すために」

「だからなんでそう決めつけているんだよ!!」

「決めつけているわけじゃない。確かな証拠がココにある」

 ギルコはぬののふくろを手にして、エテンシュラに見せる。

「これ、冒険者の盗品でしょう?」

 

 ギルコの持つ審美眼はアイテム勘定だけでなく、相手のウソを見破る能力を持つ。

 それは相手の声色や表情を読み解くものではなく、相手が持っているアイテムからそれを読み解く能力である。

 アイテム勘定を極めたものだけが辿りつくアイテムの声を聞くことができる力、それがギルコが持つ審美眼の力だ。


 盗品と言われて、エテンシュラは焦る。

「なんだよ……、そんなわけないだろう」

「この冒険者はけっこう旅に慣れているわね。ムダにアイテムを使わないで冒険をしている感じがするわ」

「アイテムを使って冒険するのが普通だろう」

「あなた、旅したことあるの?」

「……ある。これでも冒険者のはしくれだからな」


 遊び人は遊ぶことを主体とした冒険者の職である。

 冒険者同士でパーティーを組ませる役目を持ち、冒険者や村人から情報を収集することを目的としている。

 普通の冒険者なら隠し事をしている情報も遊び人であれば、その情報を聞き出すことができる。

 冒険者にとって情報収集は肝であり、その情報のありなしで仕事が変わってくる。

 困難な冒険も遊び人の情報によって、楽になるケースも多々ある。

 遊び人は下に見られがちな職ではあるが、遊び人のいるかいないかで冒険は大きく変化する。


「旅慣れしている冒険者と、このぬののふくろの中身と関係が?」

「回復アイテムが入ったふくろと言ったわね」

「ああ、言ったよ」

「それは違うわ」

「どういうことだよ? やくそうとかどくけしそうとかあるし」

「これは旅行用にまとめられたアイテム。敵に会ってもすぐ逃げられるようにしている。身軽な旅ができるようにした冒険者の戦闘用アイテムというところね」

「おかしいだろう? すぐ逃げることができるなんて。そんな戦い方ができるはずが」

「火薬玉があるの」

 ギルコは火薬玉をエテンシュラに見せる。

「この黒いまんまるの玉みたいのが?」

「この火薬玉は何かにぶつかると大きな音を出す。火薬玉の音で身がすくんで、動きが止まる」

「スタン効果を持つアイテムだろう? 知恵のないヤツなら一瞬、たじろぐな」

「そう、その隙を狙って逃げて、ムダな戦いを避ける」

「敵の動きが止まっても逃げ切れるのか?」

「重いアイテムがなければ、走って逃げ切れるわ」

「でもな、旅をしているのなら、もう少し多くのアイテムを持った方が」

「もし、この村へやってくるのが目的なら必要最低限のものしか持たないでしょう。ダンジョンや洞窟へ行くのならこの村で調達するはずよ」

「なるほど、そういうことね。さすがギルコさん、アイテム鑑定が素晴らしいよ」

 遊び人は拍手しギルコを褒める。ギルコはその拍手に満足する様子はなく、白々しい目線でエテンシュラを見ていた。


「それでエテ公」

「エテンシュラだ」

「誰から盗んだ?」

「落ちてた」

「拾い物なの?」

「ああ。この村、ラドル村の近くに滝つぼの洞窟があるだろう? パンって音が聞こえたからそっちに行ったら、洞窟の入り口でコイツが落ちていた。多分、冒険者が間違えて落としたものだと思う」

 これ以上ウソを塗り重ねるわけにもいかず、エテンシュラは正直に話す。

「あそこはラドル村に行く前に立ち寄る所でもあるからな。滝つぼもあることだし、けっこう目立つから一度は行ってみたくなる。でも、あそこの洞窟を恐ろしいバケモノが出る噂だからな。村の人間は絶対行かないけどな」

「エテ公」

「だからエテ公言うなって」

「その冒険者、どうでもいいと思ったの?」

「だいじょうぶだろう。旅慣れしてるのならこういう事態も想定しているはず、バケモノとやりあうことなんてしないだろう」

「拾ったアイテムを届けようとしなかったの?」

「中身は回復アイテムだ。ケガしたら村に帰るだろう」

「もし、冒険者が帰ってこなかったら」

「それはそいつの自己責任」

「あなた、最低ね」

「最低でも別にいいだろう。俺には俺の仕事がある」

「暇つぶしに滝つぼの洞窟へ言ったあなたが何を言うの」

「村でやることはないからな。ちょっくら見学に」

「あなたもきちんと仕事をしてよ!! まだ村の開拓は終わっていない!」

 ラドル村は現在も開拓が進んでおり、人手が足りていないのが現状である。

「俺の仕事じゃねえだろう。クワを持って田畑を耕すのは俺に合っていない」

「理屈ばかりこねるのはやめて」

「それよりも冒険者のために遊ぶのが一番俺にあっている。遊び人がシックリ来るんだ」

「冒険者を言い訳の道具にするのなら、遊んでばかりいないでよ!!」

 エテンシュラの眉がピクリと動く。

「なら、ギルコさん」

 エテンシュラは一歩前に出た。

「冒険者のことを思うのなら、この盗品、買い取ってくれよ」

 無精ヒゲの男が突然、ニヤけ、不敵に笑い出した。


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