尋問 04-04 無職への問い
ギルドの空気に亀裂が入る。
――オマエさんが犯人かい?
その一言で、ギルドは一気に静まり返った。
「エテン! あなた、何を言っているのかわかっているの?」
ラムネの言葉に、エテンシュラは頷く。
「理解しているわ。オレだって、自然にも人間にも害のなさそうな童顔が、犯人なんて決めつけたくない」
「じゃあ、どうして? リッツさんが犯人なんて」
「偶然の一致が多すぎるんだよ」
「偶然だけで、犯人として疑うなんて!」
「in dubio pro reo」
ギルコは聞き慣れない言葉を発す。
「ギルコ、それはなに?」
ラムネはその言葉を尋ねる。
「疑わしきは罰せず。昔の人が言っていたことわざよ。遊び人のエテンシュラでも、この村に来たばかりのリッツを疑っていない」
「そうだ。疑ってはいけない」
「けれど、エテンシュラ。リッツさんには疑いに値する理由があるってことよね」
「その逆だ。疑いがありすぎて、コイツが犯人じゃねえの? と思ってしまう。そういう偶然の一致を外すために、こうして質問しているんだ」
「それはあなたとして? 村長代理として?」
「後者だ」
「わかった」
ギルコはリッツの前へと行くと、深々しく頭を下げる。
「リッツさん。あなたは村長から、ルードを殺した犯人だと疑われてします。あなたの答えられる範囲でいいので答えてください」
リッツは静かに頷く。
「ああ、わかった」
リッツはエテンシュラの尋問を受けることを了承した。
※※※
リッツとエテンシュラは真向かいに座り、尋問が始まった。
「ボクが犯人だという根拠は?」
「この事件で考えられるのは三つの線がある」
「三つの線?」
「動機、時間、凶器の三つだ。リッツさんは見事に、この三つの線が交差している」
「犯人を捕まえるために必要な要素ですね。それじゃあ、ボクの動機から聞かせてください」
「わかった。聞かせてやるよ」
エテンシュラは姿勢を前のめりになり、リッツがルードを殺した動機を説明する。
「そもそも、ルードがこの村を襲う話を聞いたのはオレとリッツ、パティの三人だ」
「この村を襲うということが、ボクがルードを殺した動機と一致するの?」
「責任感が強そうなオマエは、この村を救おうと盗賊団の団長を殺そうとしていた」
「見た目で判断されては困りますよ」
「そうだな。動機としてもけっこう適当なものだと思う」
「ボクはルードが来るまで村の入り口に待ち伏せしていたというのですか?」
「ああ、パティを口説き落とすために、酒場に必ず来ると言ったオレの言葉を信じてな」
「それはありません。第一、あなたとはギルドで会ったでしょう?」
「それから村の入り口へ行けば、時間は間に合う。そこで偶然殺した可能性もある」
「ボクはそんなことしていない!」
「話は最後まで聞けよ」
エテンシュラは上半身をのらりくらりと動かしながら、焦るリッツを落ち着かせる。
「あくまで、これは可能性の話だ。盗賊団のおかしらが堂々と村の入り口から入ってくるのだろうか? と、疑問符が浮かびそうだ」
「ええ、偶然が重なりすぎています」
「しかし、盗賊団のアジトとギルドまで行く最短距離はあの入り口から行った方が近い。オレもちょくちょく村の入り口でアイツと会うことが多いわ」
「ルードの習慣なんかボクは知らない」
「習慣性を知らなくても、たまたま会って殺したのなら、リッツさんが殺した可能性が大きい。犯行時間も一致する」
「それが第二の線ですか……」
「大体、オマエさん、死体の第一発見者なんだろう? 最初に死体を発見したヤツが犯人になんてよくある話だよ」
「死体を発見したらすぐギルドに連絡するのが基本でしょう?」
「そうだな。もしそのままにしていたら、今の時間、ルードの遺体を探していたのかもしれないな。盗賊団から難くせをつけられてな」
「もし、ボクが死体を発見せずにそのまま、出て行っていたら――」
「ライアにでも狙われていたんじゃないか?」
リッツはバウンティー、賞金稼ぎのライアをちらりと見る。
ライアはその視線を意識したのか、ギルドの外へと出て行く。
賞金首に掛けられた以上、どんな人間でも狩ると語っているようだった。
「疑わしきは罰せずの精神は何処へやら」
「この村だから軽い尋問で済んでいる。もし、他の都市なら今頃、絞首台の上にでも立っているぞ」
エテンシュラは軽い冗談のつもりで言ったが、リッツは答えられずにいた。
ギルドにある柱時計が鳴り響く。
ゴーンゴーンと鳴る音が皆の心に重くのしかかってくる。
「エテンシュラさん。ボクは村を守るために、偶然立ち会ったルードを殺したというのが、あなたの推理なんですね」
「あくまで確認だ。オレだって信じていない。ただ、ルードを殺すためには動機、凶器、そして時間のすべてが成立しなくちゃいけない。それで、リッツさん。魔法は使えるのか?」
「使えませんよ」
「それはホントか?」
「使えると言って信じますか?」
「正直、オマエさんが魔法を使えるかどうか疑っているところがあるんだ。今のところ、冒険者は誰も魔法を使えない。となると、職業を言わない冒険者が、魔法を使えるかどうか怪しい」
「それが第三の線ですか?」
「ああ、そうだ。魔法が使えることが、第三の線だ。冒険者でありながらホントの職業を明かさない。無職のオマエが犯人だと疑われてもおかしくない」
エテンシュラはカオを伏せ、視線を上向く。
「オマエは魔法使いか?」
「違います」
「そうか」
エテンシュラは背を伸ばし、左右の肩を動かす。
「まあ、いいや」
リッツに対する興味をなくし、椅子から立ち上がった。
「尋問は終わりだ、好きにしろ」
エテンシュラの尋問は淡々としたものだった。
リッツはぶつくさと何かを言いたそうだったが、エテンシュラは何も言わず、ギルドの外へと出て行った。
※※※
エテンシュラがギルドの外に行くと、そこにはライアがいた。
「アンタも気晴らし?」
「おう」
エテンシュラはライアと一緒に空を見ていた。
今宵は星がよく見える日、二人は少しだけその空を見ていた。
「エテン、どうして尋問をやめた?」
ライアはあっさりと引き下がった理由について、エテンシュラに尋ねる。
「単純に、アイツが犯人だと思わなかった」
「心証で決めるのか?」
「もし、村にやっかいごとがあって、殺人事件なんか起こったりなんかしたらオマエはどうする?」
「逃げる。冒険者にとってやっかいごとはカネにもならない」
「オレもだ。オレならギルドに伝えず、そのまま逃げる。やっかいごとはゴメンだからな」
「賞金首になると言ったくせに」
「あれはカマかけに決まっているだろう。フェイクフェイク。」
「ヒドい冗談だな」
「とかく、アイツはこの村に戻ってきた。自分が疑われることを知っていて、帰ってきたんだ。信じてやろうぜ」
「……ああ」
「それに犯人が見つからない場合、一番のイケニエ候補はヤツだからな」
「始めっからそれが狙いだったのか?」
「そうだ」
「食えない男だね」
ライアは口の端をあげて、この男と相手にしたくないと、心の中で思うのであった。
※※※
二人はギルドへと戻ると、リッツは渋い顔をしていた。
「エテンシュラさん、魔法が使える冒険者が疑わしいと言いましたね」
「ああ、そうだが」
「村人は? 村人はいるでしょう?」
リッツの質問にエテンシュラの声がか細くなる。
「……いると言えば、いるのだが」
「エテンシュラさん、この村を守るために、村人を隠すのはなしですよ」
「隠しているわけじゃない」
「こっちも命がかかっています。魔法を使える村人を調査してください」
リッツの依頼に、エテンシュラは頭を下げる。
「……悪いができない」
エテンシュラの行動に、リッツは声を張り裂けた。
「エテンシュラさん! 村人をかばうなんてズルいですよ!!」
「違うんだ違うんだ! この村にいる魔法使いは――」
エテンシュラが声を荒げながら弁解すると――、
「ここから先はわたしが話すわ」
ギルコがその声を遮るように、話の中へと入ってきた。
「リッツさん、魔法についてどれくらい知っている?」
「かじった程度には」
「話してみて」
リッツは視線をずらし、何かを思い出すように、言葉を足していく。
「魔法は生まれ持った資質で、誰でも使えるワケじゃない」
「他には?」
「魔法使いにとって魔法は悪魔の取引と言われている。使いすぎると、魂を受け渡す禁忌の存在だと言われている」
「それぐらい?」
「それ以上、知らないな」
「わかった。ありがとう」
ギルコは頭を小さく下げ、エテンシュラの方へと向いた。
「エテンシュラ、リッツさんは魔法についてあまり詳しくないみたい」
「そうだな」
「魔法について詳しく話してもいい?」
「話すな、と言っても話すんだろう」
「ええ」
「じゃあ、話してやってくれ。魔法を知らないヤツに問い詰めたオレの責任でもあるからな」
ギルコは近くにあった机を運び、掲示板の近くに立つ。まるで教卓で教鞭をとる賢者のような姿だ。
「あぁ~、ギルコさんスイッチ入っちゃった」
「どうしたんですが。ラムネさん」
「ギルコは説明好きなの。どんなことでも詳しく話さないと納得しない。特に、魔法という分野に関しては頭が痛くなるほど聞かされる」
「ホントですが? それ」
「みんなのカオを見てごらん。もう眠たそうなカオをしているわ」
リッツはラムネの言うとおりに、周囲を見渡す。
すでにあくびをしている者が何人かいた。
「ギルコさんの説明会。つまらなくなったら、寝ていいからね」




