裏切り 03-08 情報を売った村人
エテンシュラと別れたリッツは考えていた。
――馬か。この田舎の村に馬なんてあるのだろうか?
ギルドの馬小屋は空の状態であり、ギルコから馬を借りることができない。
何処か適当な所から借りることができないだろうか。
リッツはそんなことを考えていると、ルルの声が聞こえた。
「ニィニィ!」
リッツはルルの声のする方へと振り向く。そこにはルルと羊飼いのおじさんがいた。
「ニィニィって、彼のことかい」
「うん」
ルルはそういうと駆け足でリッツの傍へと近づく。
リッツはルルの頭をなでなでし、羊飼いのおじさんに軽く会釈した。
「すいません、妹の子守りをして」
「いやいや、私も見ていて楽しかったよ」
「あの、どうして、妹を連れて」
「ギルドへ行こうと思ってな。そういえば、キミは冒険者かい?」
「はい」
「あの、頼みがあるのだが」
「何でしょうか?」
「娘を見つけて欲しい。娘はユセラとエトセラの戦争の最中で別れてしまって。遺体でもいいから、娘が何処にいるのか調べて欲しい」
「すいませんが、そういうことはギルドに――」
「500ゴールド、いや、800ゴールド」
「今はそんな気分ではありません」
「1000ゴールド。これ以上は無理」
「だからギルドを通じて依頼してください」
リッツが困り果てた表情を見て、羊飼いのおじさんは気がつく。
「ああ、ゴメンゴメン。悪いな、どうも娘のことになるとどうもね。好き勝手話してしまうんだよ」
「そうですか。お金ないとか言ってたのに、いきなり、依頼の話をするなんて」
「実はな、儲け話があってな」
「儲け話ですか?」
「朝方な、カネになりそうな話はないかって、遊び人のエテンシュラに言われてな」
エテンシュラと言う名前を聞いて、リッツの意識が目覚める。
「どんな話をしたのですか」
「キミの地図にあったクマのマークがあったからそれを話したんだよ」
「クマのマーク?」
「始めは冗談のつもりだった。あの男に儲け話を言っても、利益を独占されると思ったからな。適当なことを言った。でもな、アイツの機嫌が良かったのか悪かったのかわからんが、先ほどアイツと会ったらお金をくれたんじゃ。1000ゴールドもくれたわ」
ルルは自分の頭から離れていくリッツの手を見つめる。
その手はやさしさよりもかなしみを握りしめた手に見えた。
「私が思うより、アイツはお金の使い方をよくわかっておる。あの男、ただの遊び人だと思ったが、けっこう良いヤツだったわ」
羊飼いのおじさんはガハハと笑う中、リッツは声を出した。
「……もし」
「うん?」
「もしあのクマに家族がいたら、あなたはそれを狩ろうと思いましたか」
羊飼いのおじさんは笑うのをやめ、地図のマークを思い出す。
――かわいらしいクマの絵の下、子グマがいた。
――その子グマは笑いながら両手をあげていた。
不意にめまいを覚える。
「……まさか」
リッツは静かに語りだす。
「はい、殺されました。エテンシュラに狩猟されました」
「なんだと? あの遊び人がそんな芸当じみたことを」
「あの男はそれができました」
「ホントなのか」
「はい」
「……私がクマの家族を殺したのか?」
「エテンシュラが狩ったのは親の方です。子グマは逃げました」
「そうか」
羊飼いのおじさんは黙ると、ポケットから何かを取り出す。
大金貨10枚、1000ゴールドに相当するお金をリッツの手の中に隠すように渡した。
「これで気がすむとは思わないが」
「仕事はしませんよ」
「わかっている」
羊飼いのおじさんはリッツの傍から離れ、ポツンと立ち尽くす。
「……ワシは悪いことをしたか」
「わかりません」
「お前の名前はなんていう?」
「リッツ」
「……リッツか。今度、お前の妹が来た時、大切にする」
「――おじさん」
「だから、そんな目で私を見ないでくれ」
羊飼いのおじさんはリッツから逃げ出すように走りだす。
何も考えず、ただただ逃げたい。
その想いにかられて、足を動かした。
※※※
羊飼いのおじさんは息切れしていた。
あの場から全速力で走っていた。
歳の割には足腰が鍛えられたその脚力はかなりものだ。
ユセラ王国にいた頃は、その足を活かして、飛脚となっていた。
亡国の民となり、ラドル村で羊飼いをするようになっても、足の速さは健在だった。
今でも彼は羊と同じくらいのスピードで追いかけっこができていた。
羊飼いのおじさんはあの暗い瞳をする青年から逃げられたと思っていた。
不気味な目、すべてを見通すようなそんな双眸だ。
心にこびりついた闇の部分さえをも見つけるようなあの目から逃げ出した。
――走りきったはずだ。
――もう私の姿など見えもしないだろう。
安心し切った表情をし、あごを上げた。
ふぅと深呼吸、重たい空気を吐き出した。
ポン
不意に羊飼いのおじさんの肩が叩かれる。
「待ってくれませんか?」
リッツの声が聞こえる。
「お金よりも馬を貸してくださいよ」
おじさんの肩を叩いたのは先ほどまで話していたリッツだった。
※※※
リッツは羊飼いのおじさんから馬を借りた。
リッツは羊飼いのおじさんに「この馬、幾らになりますか」と聞くと、「いらない。キミが満足するだけ乗ってくれる助かる」と応えた。
二人は馬にまたがると、ルルは言った。
「かわいそうなヒトだね」
「ルルもそう思う」
「うん」
「でも、ボクは嬉しいよ」
「嬉しい?」
「馬を借りることができて嬉しいよ」
リッツは馬を動かすと、二人はギルドへと戻っていた。
※※※
夕暮れ、二人はギルドに辿り着くと、リッツは馬から降りた。
ギルドの受付口には誰もいないことを確認すると、リッツはギルドの二階の寝床へ急いだ。
自室にある荷物を手にし、二階へと出ると、ギルコと出会った。
「ギルコさ――」
リッツが尋ねかけると、ギルコは首を左右に振った。
「わたしは何も教えていない。エテンシュラなんか教えていない」
「ああ、知っている。キミがやったじゃない。羊飼いのおじさんがやったんだ」
「羊飼いのおじさんが……」
「そうだよ。キミは約束を破っていないよ」
「そう……」
ギルコはギルドの壁にもたれかかり、ホッと安心した。
ギルコはリッツが荷物をまとめていることに気づく。
「これから何処に行く?」
「コダールのギルドまで冒険者を求めて」
「どうして?」
「盗賊団がやってくる。そいつらを追い払うための戦力が必要だ」
「エテンシュラの言ったことはホントなの?」
「ホント」
「傭兵いるの?」
「ああ」
「わかった。傭兵呼ぶわ。田舎の村だから時間かかるかもしれないけど」
「ありがとう」
「この村にいる村人達に、盗賊がやってくることを教えます。いち早く逃げられるように、今から準備します」
「酒場には今、エテンシュラが大盗賊団のかしらと交渉している。エテンシュラはボクが冒険者を呼ぶために時間を稼いでいる。キミは、盗賊団に気づかれないように、村人を逃がしてくれ」
「わかりました」
「それと、ギルコさん」
「何かしら」
「――やっぱり、ギルコさんはギルドマスターにふさわしいよ」
「ありがとう」
「それじゃあ、バイバイ」
リッツは手を左右に振ると、ギルコも手を左右に振った。
「バイバイ」
ギルコにとって、そのバイバイはもう二度と彼に会えないような気がしたさようならの合図だった。




