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ギルコさんは欺けない  作者: 羽根 守
03 ナマイキギルドの潰し方
19/57

交渉 03-07 約束が崩れる時

ギルドの外からエテンシュラの声が聞こえる。

「ギルコ!! ギルコさん!!」

 あまりにも自信のある声に不思議がり、二人はギルドの外へと出て行った。


 ギルドに出た二人は衝撃的な光景を目にする。

「やったぞ! やったぞ!」

 それを見たギルコはガクリと身を崩す。

「ギルコ! 獲物を持ってきたぞ!!」

 リッツも言葉を失っていた。

「どうだ! ギルコ、スゲェだろう! なぁなぁ」

 怒りよりも悲しみが、慟哭どうこくよりも嗚咽おえつが出てくる。

「滝つぼの洞くつに出てくるバケモンを倒してやったぞ!!」

 エテンシュラの背後には、二本の矢が刺された大熊が吊るされていた。


 リッツはそのクマには見覚えがあった。

 ルルが付けたカオのキズ顔に記憶があった。

 しかし、それが重なるとは夢にも思わなかった。

 リッツが救ったはずの命が、目の前の遊び人の手によって奪われたと、想像できずにいた。

 だが、事実はそのとおり、エテンシュラは獲物を手にしている。

 ザックスとマハラドが獲物を運んでいるが、エテンシュラが中心となってそいつを狩ったのだろう。


 リッツはギルドの下へとやってくるエテンシュラに話しかける。

「エテンシュラ」

 エテンシュラはリッツに気づくと、手を大きく振る。

「リッツか! どうだ、これ、スゲェだろう」

「それ、なんだ?」

「酒場で話していただろう? 儲け話のアレだよ」

「狩猟の話か」

「そうよ! デケえクマだろう! コイツをとっちめるために、スゲェ体力使ったぞ」

 エテンシュラは笑いながら自慢した。

「まず、オレがクマを引きつけたんだ。アイツスゲェ獰猛どうもうでな。マジでオレ、死ぬかと思ったわ。しかーし、そこのザックスが滝つぼの方から出てきて、ボウガンでクマを狙ってくれたんだ。一度目はブスッと背中をさ。クマは痛さでそちらに振り返った所で、二度目の矢を放った。心臓を貫いて、コイツは倒れた。やっぱり、ザックスについていって正解だったわ」

「エテンシュラのプラン通りにしたがっただけだ」

 ザックスはそう言った。

「いいっていって、本来なら引きつけ役はマハラドがやる仕事だったのにさ、急にヘタレやがって。代わりにオレが行ったわけよ」

「我はヘタレではない!」

 マハラドが言う。

「まあ、何も使い物にならなかったからマハラドにはクマを運んでもらうことにした。ザックスはオレとジャンケンで負けて、運んでいるけどな」

 エテンシュラは話し続ける中、やっとギルコが口を開く。

「狩猟の依頼はしていない」

「へ?」

「狩猟の依頼はしていない」

 ギルコの反抗的な言い方に、エテンシュラはしゃくに障った。

「ギルコ、その言い方は失礼じゃないか? 本来なら、冒険者のクエストとして、『求む冒険者! 滝つぼの洞くつに出てくるあらくれぐまを討って欲しい』って、依頼を書くのが筋だろう?」

「誰かが傷ついていたらそうしていた」

「起こってからじゃ遅い。あそこは旅人がけっこう出入りする観光スポットでもあるんだぞ。村人は知っているから行かないが、旅人が傷ついたらどうするんだ?」

 エテンシュラの正論に、ギルコは何も言い返せない。

「予防線は張った方がいい、二重に三重に。当事者が安全と言わなくなるぐらいがちょうどいい」

「狩猟は解禁していない」

「ほぅ、ギルコさんはあくまでこれは狩猟の依頼として見ているのか。旅人や村人を守るための依頼とは考えていないようだな。まあ、そっちの方が安くになるからな。ドケチな精神、万々歳だ」

「わたしはそういうことじゃ――」

「じゃあ、どういうことだよ、ギルコさん。冒険者を悪く言うつもりか? ボランティアでやってくれたと値切りにちぎるつもりかい」

「……そういうことじゃない、ただ」

「ただ」

「このクマ、悪いことした? あそこで寝ていただけでしょう?」

「ギルコさん、今は春だからそういうことが言える。だが、夏になって、村里へ降りたらどうするつもりだったんだ? 田畑が荒れて、牧場の羊が殺されたかもしれねえんだぞ。冒険者がまだいる内に狩って良かっただろう?」

 激しく叱責するエテンシュラの言葉に負けて、ギルコは感情を露わにする。

「エテンシュラ、あなたなんなの? 何が目的なの?」

 エテンシュラは応える。

「カネだよ」

「どうしてそんなにおカネが必要なの? 酒でも飲みたいの?」

「ああ、そうだよ。安心して酒が飲みたいからな」

「それなら、そのクマを下ろして。お金ならすぐに渡す」

「幾らで?」

「10000ゴールド」

 エテンシュラのニヤけ顔が止まらない。

「ほぅ、ギルコなら2000ゴールドから値を始めるかと思ったら」

「下げるわよ」

「ギルコさんはカワイイ。キュートで愛らしくて、ステキだ」

「ふざけてるの!?」

「いいや、本気でそう思っているよ」

 ギルコはエテンシュラの軽口を聞き流し、ギルドの奥の部屋へと入った。

 

 ギルコは取っ手付きの鉄の金庫を持ってきた。

 鉄の金庫を開けると、中から大量の金貨が出てきた。

 ギルコは金貨を一つ一つ数えながら、カウンターの上へと置く。

「子グマは?」

「子グマ、ああ、そういえばいたな。逃げられた。カマドウマのドジのせいで」

「マハラドだ」

 マハラドは訂正する。

「剣が合わなかった。貴様からもらった銅の剣では思うように火がつかなかった」

「悪い悪い。カネがなくてな。でも、このカネで鉄の剣ぐらい買えるだろう」

「かたづけない」

 エテンシュラとマハラドが話しあうと、ギルコの勘定が終わる。

「はい、10000ゴールドよ」

 大金貨100枚がカウンターの上に並ぶ。

 金ピカに輝く金貨の山に、三人は圧倒的な迫力を覚えていた。


 エテンシュラは大金貨を手にすると、ザックスとマハラドの下へと駆け寄った。

「さて、分けるか。マハラドは1000ゴールド」

「我の仕事はこれだけか!?」

「モノを運んだだけだろう。ザックスは3000ゴールド、それでいいか?」

「あんたのプランと情報からできた仕事だ。それでけっこうだ」

「恩に着る。残りは5000ゴールド、オレの分だ」

 報酬の話はスムーズに進んだ。


 ギルコはカウンターでふてくされると、エテンシュラは口を開く。

「ギルコさん、これがギルドの仕事だ」

 ギルコは応えない。

「オマエが大事にしたいものは冒険者が守るかもしれない。しかし、オマエが大事にしたいものも冒険者から奪われる。オマエがそのつもりがなくても、仕事というヤツは冒険者の価値観で決まってしまう。その覚悟、ずっと、もっておけよ」

 厳しいカオをしていたエテンシュラはそういうと、元のニヤケ顔へと戻っていた。


「それで、ギルコさん、仕事の依頼だ」

「イヤよ」

 ギルコは断る。

「この村に盗賊がやってくる。その数、60人近く」

「イヤよ」

「ギルコにはこのカネで盗賊団を倒せる傭兵を貸して欲しい。しかばね傭兵団のヤツらに連絡を取ってくれ」

「イヤだって言ってるでしょう!」

「イヤイヤ言うんじゃない、ダダッコが」

「エテ公の依頼なんて受けたくない」

「5000ゴールドは少ないかもしれない。だが、今はそれしか用意できない」

「お金の問題じゃない!」

「いや、カネの問題だ!!」

 エテンシュラの怒鳴り声に、ギルコの目が見開く。

「オレが今、この村で一番儲かる仕事をしたワケをわかってくれ」

 エテンシュラは一度頭を下げ、ギルドから去っていた。


 ※※※


 しょんぼりとするギルコを尻目に、リッツはエテンシュラの後を追っていた。

 リッツが急いでいたのはエテンシュラの真意を問うためだった。

 

 エテンシュラがあのクマを狩った理由、それはお金だった。

 クマの生薬はカネになる。あの男はそれを知った上で狩猟していた。

 ――やり方は間違っている。しかし、彼のやったことは間違っていない。

 事実、この村には盗賊に対抗する力がない。

 武器も持ったことのない老人とこどもばかり、盗賊とやり合おうとしても返り討ちに合うだろう。

 そこで、エテンシュラの考えたプランは傭兵を雇うことだった。

 ギルドに所属する傭兵は信用できる傭兵であり、ギルドマスターが伝書鳩で依頼すれば、一、二日で駆けつける。

 力のない村にとって傭兵はまさしく切り札、エテンシュラはそれを期待していた。

 

 しかし、ギルドマスターギルコはエテンシュラの申し出を断った。

 これで傭兵の力を借りることができなくなった。

 ――傭兵を雇うことができなくなったエテンシュラはどうするのか?

 リッツはそれをエテンシュラに確認するつもりだった。


 ※※※


 エテンシュラはザックスとマハラドと別れ、トボトボと歩いていた。

 そんな後ろ姿にリッツは話しかけた。

「これからどうするエテンシュラ」

 エテンシュラはリッツに気づくと、力なく笑う。

「とりあえず、交渉をするつもりだ」

 エテンシュラはぬののふくろに入れた金貨を見せる。

「5000ゴールドだと難しいかもしれない。20000ゴールドなら話になるかもしれない」

「エテンシュラ」

「相手は盗賊団のかしら、交渉は難航するだろう」

「どうして、ギルコにやさしくしなかった? 協力を求めなかった?」

「リッツさん、オレが普通に頭を下げたら、ギルコは傭兵を貸してくれたか?」

「ギルコさんならやってくれる」

「ギルコは疑問に持つだろうな。下手したら、オレがこの村を潰すと思って、傭兵を貸してくれないだろう」

「ギルコさんは信じてくれる」

「信じてくれるね」

「ギルコなら、村のために自分から傭兵を雇うだろう」

「オレの言葉を信じてくれたらな」

「ボクが言うよ、盗賊団が来るって。だから、謝ろう。ギルコの前でに」

「悪いが、アイツの前に謝る気はない。間違ったことは言っていない」

 あくまで自分の感情を貫き続けるエテンシュラに、リッツは感情をぶつける。

「エテンシュラさん! 強情を張りすぎですよ!?」

「言いたくなるんだよ、ギルコには! ホントのことについて話したくなるんだ」

「ホントのこと?」

「アイツはやさしい。だけど、そのやさしい性格が仕事に出ている。農作業、運搬、牧場の仕事といった村の仕事を優先的にやっている。ギルコはそれが一番いいことだと思っている。オレもそれには賛成したいが、ギルドは冒険者のために働いて欲しい」

「この村には引き返しの森がある。冒険者はそれ以上、冒険ができないから村の仕事をするしかない」

「引き返しの森があるから、この村は発展しないというのか?」

「ああ」

「それは言い訳だ」

「言い訳じゃない!! 現にあの森があるから、それ以上旅することができない」

「それでも、ギルドは冒険者にカネになる仕事を依頼すればいいだろう? 狩猟の仕事を出すのが手っ取り早い方法だ」

「過度な狩猟は自然を壊すことになります」

「逆にしないと肉食獣がのさばる。クマが洞くつで生活していたのもそれだろう。ギルドマスターが狩猟を抑えていたからあんな所に巣を作った」

「あなたがクマを殺したのはギルコのせいだと言うのですか?」

「反論はしない」

 エテンシュラははっきりと言った。

「狩猟もしないギルドだから、この村はずっと小さいままだ。村の開拓のために働いているようで、実は何もしていない」

「だけど、地図を高く買い取ってくれましたよ。ギルコの中で何が村のためになるのかわかったのでしょう」

「しかし、それも盗賊のせいでパーだ」

「エテンシュラさん!!」

「何もしないからいつもいつも後手に回って、村に何かがあった時にやっと動き出す。それじゃあ、遅すぎる。ユセラ王国の二の舞いになってしまう」

「エトセラ帝国がユセラ王国と襲ったときと同じように」

「そうだ。帝国は宣言もなく、いきなりユセラ王国を襲ってきたあのやり方とな」

「でも、あの団長は口を滑らせてボクらに教えてくれました」

「わざと滑らしたのだろう」


 リッツは吐き出そうとした言葉が言い淀んだ。

「わざと?」

「ルードがオレたちに教えたのはこういう自体を楽しんでいるからだろう。ギルドの信用のない人間がギルドに依頼をすることができるのか? 遊び人のオレと無職のオマエがギルドから信じてもらえるか? そんな実験まがいなことを楽しんでいた。で、結果、オレらは負けた。ルードの遊びに負けたんだよ」

「……遊びだった?」

「遊びだよ」

「村を襲うことが遊びなんですか?」

「遊びじゃないならすぐに襲っている。わざと時間を置いているのはそれなんだろう」

「なら、いつ盗賊が来ると思いますか?」

「明日の深夜」

「もう、今日は夕方ですよ。傭兵に依頼を頼んでも、ギリギリ間に合うかどうか」

「今日は、オレのカオは見たくないだろうな、ギルコ」

「ボクが代わりに依頼します」

「リッツさん」

「なんですか?」

「5000ゴールドは傭兵の頭金だぞ。傭兵を雇うカネは最低でも20000、30000ゴールドが相場だ。青年? そいつを払えるか?」

 リッツは口を閉じる。 

「オレにはあてがある。カネを稼げる方法は幾らでもある。だけど、オマエさんにはお金を工面する場所があるか?」

 やはり、リッツは返事できない。

「そういうことだ。残念だったな」

 エテンシュラはハハハと笑うが、心から笑っていなかった。


「リッツさん、この村を守りたいか?」

「守りたい」

「この村で戦える冒険者は数人。ローグは頭に入れていない。できれば、あと10人は欲しい」

「……どうするつもりですか?」

「ルードと交渉する」

「どんな交渉?」

「時間を稼ぐだけの内容のないものだ」

「エテンシュラさんが交渉する間、ボクは戦える冒険者を見つけてこいということですか?」

「そうだ。できれば、魔法使いを誘ってくれ。この村には魔法を使える冒険者がいない」

「どれだけ時間を稼ぐつもりですか?」

「オマエさんが近くのコダール町で、冒険者を数人雇うぐらいの時間だ」

「コダール町に行くまで早くて三日はかかる。行き帰りを合わしたら、合計、一週間はかかるな」

「一週間か。厳しいな」

「馬を借りる。往復で三日になるだろう」

「三日か、それでも厳しい」

 リッツは腰に合った金貨袋をエテンシュラに渡す。

「5000ゴールドだ。それで時間を稼いでくれ」

「オマエさん」

「のってみたくなった、あなたの話に」

「ダメだ」

 エテンシュラはその金貨袋をリッツに戻す。

「そのカネで頑張ってこい」

 エテンシュラが檄を飛ばされ、リッツは強く頷いた。

「ルードは今夜辺りに、酒場娘のパティと駆け落ちを迫るはずだろう。狙った獲物は手にするタイプだからな」

「つまり、ルードはもう一度酒場に来ると」

「ああ、そこで交渉をするつもりだ。――三日は粘るわ」

 エテンシュラはそういうと酒場の方へと向かって歩き出した。


「エテンシュラさん」

 リッツはエテンシュラを呼び止める。

「あなたは何者なんですか?」

「それをオマエさんが言うか?」

 リッツは黙る。

「オレは遊び人、オマエは無職の冒険者、そういうことでいいだろう」

「そういうことにしておきましょう」

「オマエとは美味しい酒が飲みたかったな」

「それはウソでしょう」

「ウソ?」

「あなたは下戸だ。それもヒドい下戸」

「何処でそう思った?」

「酒場で飲んでいるあなたの姿を見たら誰だってそう思う」

「酒をちびちび味わうのも乙なものよ」

「そういうことにしとくよ」

 リッツとエテンシュラは別れ、お互いの持ち場へと行くのであった。


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