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ギルコさんは欺けない  作者: 羽根 守
03 ナマイキギルドの潰し方
17/57

依頼 03-05 記憶喪失の少女


 朝、リッツは手すりをつかみながら階段から降りていると、ギルコと会った。

「ギルコさん、おはようございます」

「おはよう、よく眠れた?」

「はい、二階の空き部屋を貸して頂いてありがとうございます」

 

 昨晩、リッツとルルはギルドに辿り着くと、ちょうど、ギルドは営業を終える時だった。

 ギルドにいたギルコに「宿屋ありませんか?」と聞いた所、眠たそうなルルを見たギルコは「ここで泊まりませんか?」と尋ねられた。リッツは宿屋に泊まる予定だったが、腕に寄りかかったルルのことを考えて、「ありがとうございます。この恩は忘れません」と、言った。

「それじゃあ、二人50ゴールド」

 リッツはギルコがあざといと言われる所以ゆえんを垣間見た瞬間であった。


「おはよう、ニィニィ」

 二階からルルが降りてくる。

「おはよう、おねえちゃん」

「おはよう、ルルちゃん」

 ルルとギルコは挨拶を交わす。

「すいませんね。寝床、貸してもらって」

「いいのいいの。こんなカワイイコを野宿させるのはしのびないので」

「しのびないぞ」

「意味わかって言ってるのか?」

「わからない」

「こらこら」

 リッツとルルの話を耳にしたギルコは静かに笑った。


 三人はギルドの奥にある台所で食事を取っていた。

「ニィニィ、これ、中途半端なスクランブルエッグだけど」

「ルル、これひっくり返すタイミングを間違えた玉子焼きだ。安心して食っていい」

「聞こえてますよ」

 三人は食事中でも楽しい会話を交わしていた。

「そういえば、リッツさんはどうしてこの村に来たのですか?」

「実は、妹の記憶を探しに来たのです」

「妹の記憶ですか」

「ええ、ボクら二人は妹の大切な記憶を思い出す旅をしていまして」

「えっと、ルルちゃんの記憶に関係ある場所に行くことで、自分の記憶を思い出そうとしているのですか?」

「はい、そういうことです」

 ギルコは、彼らの冒険は記憶を求める旅だと理解した。

「ルルちゃんは今、何歳ですか?」

「14歳です」

「記憶をなくしたのは?」

「今から4、5年前です」

「4、5年前……」

 ギルコはルルの身体を見て、言葉を重ねず静かに頷く。

 それもそのはず、ルルの身体は12歳の少女のような姿をしていたからだ。

「記憶をなくしたストレスか、身体の成長も止まっています。14歳なのに2、3歳若くに見えるのはそれが原因で」

「そうですか」

 ギルコはそれ以上、ルルについて詮索せんさくするのをやめにした。

 晴れやかな表情をする少女の悲しい経緯いきさつなど知りたくなかった。

「記憶を取り戻す目星というのは掴んでいますか?」

「妹の記憶頼みのところがありますのでわかりません」

「それならアドセラにまで来る必要はないかと思うのですが?」

 リッツは口を隠しながらルルの質問に応える。

「ここだけの話、ボクとルルは血がつながっていません」

「血が繋がっていない?」 

「はい。ボクが旅をしていた時に、ルルを見つけまして」

「じゃあ、ルルちゃんは孤児?」

「はい。ルルという名前もボクがつけたものです」

「そうですか……」

「ルルを助けてから、しばらくはラグアで安静に暮らしていました」

「ラグアって確か、ここから東にある砂漠の国ですよね」

「ええ。――ルルの容態が良くなりましたので、記憶を取り戻す旅に出ることにしました。エトセラ、クリスト、そしてユセラへと足を運び、最後の地、アドセラまで来ました。ルルが何処で生まれたのかわかりませんが、この土地でルルの記憶がなければ、ラグアへ戻るつもりです」

「そうでしたか。アドセラは元々ユセラ王国が統治し、フィールド公が治めていた領地、しかし、ユセラがエトセラに滅ぼされてからは手付かずの土地になっています。もしかすると、この地方にルルちゃんの記憶があるかもしれませんね」

「ボクが地図を作っているのもそのためです。地図を見れば妹の記憶が戻ると思います」

「ルルちゃん、記憶が戻ればいいね」

 ギルコはルルにやさしく話しかける。

「……そうかな?」

 ところが、ルルは疑問を投げかける。

「記憶が戻ると、ニィニィの旅も終わる気がする」

「こらこら」

「旅が終わったら旅が終わったら」

「大丈夫、ボクはいなくならないよ」

 リッツはルルの肩に触れ、カノジョの不安を逃がそうとする。

「……わかった」

 リッツはルルに笑いかけ、ポンと肩を叩いた。


「それで、この料理のレシピ、教えてもらえませんか? 野宿の時でも試したいので――」

 リッツとギルコは雑談をする中、ルルはスープをグルグルとかき回す。

 コンソメスープに浮かぶアクをすくっては戻し、すくっては戻す。

 雑に切られたニンジンと玉ねぎをすり潰して、小さくしていく。

 チラッとリッツの目を盗むが、視線はギルコを向いている。

 スープをかき混ぜるのも退屈となり、スプーンにすくって口にする。

 チリチリと塩辛い味を舌先で味わう中、ルルはポツリと言葉をこぼす。

「ニィニィ、また、ウソついた」

 誰にも聞こえることなく、少女の声は二人の会話にかき消されるのであった。


 三人は食事を終え、休憩を取っていた。

「これから何処に行かれますか?」

 ギルコはリッツに尋ねる。

「これから北西の地、異世界と呼ばれる場所へ行こうと思います」

「異世界ですか?」

「はい。ルルの記憶に関係するものがあるかもしれません」

「そうですか、それは残念ですね」

「残念?」

「北西へと続く森は“引き返しの森”となっています」

「引き返しの森? 入ったら出れないアレですか?」

「どちらかというと入ったら、すぐに出て行く森となっています」

「それって、妖精のイタズラとかじゃないですか?」

「どちらかというと魔法ですね」

「魔法?」

「ええ、北西の森には引き返しの魔法が掛かっています」


 引き返しの魔法。その名の通り、侵入者を出口へと追い返す空間魔法である。 

 この魔法は王宮で使われている魔法で、侵入者が建物の中に入ってこれないようにするための魔法である。

 空間魔法の一種であり、大変高度な魔法である。


「“引き返し”の魔法が使用されているということは、引き返しの森に迷わないように誰かが仕掛けたのか?」

「いえ、元から引き返しの森は存在していました。ただ、これはユセラ王国が仕掛けた魔法のようで」

「引き返しの森の向こう側に何かあるのでしょうか?」

「それはわかりません。ただ、冒険者を森の向こう側に行かせないために、そんな魔法を仕掛けたのだと思います」

「冒険者を守るためのトラップか……、他のヒトはこの事実を知っているのか?」

「この村の住民なら誰もが知っています」

「冒険者にもそれを教えている?」

「はい。冒険者は引き返しの森のことを知ると、異世界へと行くことを諦めて、この村から去ります。冒険者を引き止めるために、村の仕事を頼んでいるのですが」

「誰もそれをしない」

「ええ、困っています」

 ギルコはラドル村に冒険者が来ない理由を述べると、肩を落とす。

 よほど、引き返しの森には頭を抱えているようだ。

「ギルコさん、質問いいでしょうか?」

「なんでしょうか?」

「ギルドマスターのあなたなら、引き返しの森の解呪方法、知っているでしょう?」


 リッツの質問には根拠がある。

 ギルドは冒険者のため、村町のために存在している。

 それなのに、引き返しの森を放置する理由がない。

 掲示板に貼り付けておくべき大きな案件でもある。


「答えてくれないか? 引き返しの森の解呪方法を」

 ギルコは少し悩んでから、口を開ける。

「基本的には魔法をかけた魔法使いを倒すか、もしくはその魔法使いに解呪してもらうかの二択となります」

「引き返しの森に魔法をかけた魔法使いは何処に?」

「わかりません。基本、魔法は術者が死ねば消えるものなので、おそらく、まだ生きていると思います」

「魔術師が死んだら解呪してしまいますね」

「ええ、できれば生きていて欲しいです。もし、この森の向こう側に悪魔がいれば、今のわたしたちでは太刀打ちできませんから」

「異世界へと続く封印はあった方がいいと言うのですか?」

「はい、リッツさんのおっしゃるとおり、あの封印があるから、私達は不安なく生活することができます」

「けれど、ギルコさん。ギルドとして、それを調査するのもまた仕事ではありませんか? もし、引き返しの森の向こう側に、発掘されていない遺跡が見つければ、この村に冒険者が帰ってくるかもしれません」

「でも……」

「ギルドは冒険者のためにあるではないのでしょうか?」

 

 ギルドの目的は世界を開拓することであり、世界を開拓するためには冒険者の力が必要である。

 しかし、ギルコは何もせずにただただ指をくわえて待っている。

 もし、明日にでも引き返しの森の封印が解けた時、ギルドはどうするのか?

 いきなり森の封印が解け、悪魔が一気にやってきたら、この村は壊滅する。

 それよりも、十分な準備を整えてから引き返しの森を解呪させた方が良いとリッツは考えていた。


「やり方はわかっている。そして、キミはそのやり方を実行できる力がある。――なのに、どうしてギルドの力を使わない? 近隣諸国には高レベルの大賢者が存在する。彼らの力を借りれば、迷いの森の解呪方法ぐらい見つかるはずだ」

 沈黙を守っていたギルコはゆっくりと口を開く。

「あなたの言うとおり、もう一つ方法はあります」

「やはり」

「しかし、それは現実的に不可能に近い方法なのです」

「不可能?」

「はい。クリスト共和国にいる大賢者の協力を求めた所、巨額の報酬金を申し出されました」

「幾ら?」

「この村が100年やっていけるぐらいのお金です」

「ローグだな、その大賢者。地域社会に力を貸してもバチは当たらないものを」

「ええ」

「投資話として売りに出すこともできないのか? 未開拓地方にある遺跡の探索権を独占的に売り出すとか?」

「異世界に古代遺跡があるかどうかのわかれば、投資話として売り込みができるのですが……」

 ギルコは言葉がそこで途切れる。


 アドセラ地方は異世界の存在する未開拓地方である。この地方には何があるのかわかっていない。

 冒険者が遺跡の一つでも見つけてくれればいいのだが、引き返しの森によって見つけらない状態になっている。

 儲け話として売り込むことは不可能に近いだろう。 

「それじゃあ、エトセラ帝国は?」

 ギルコの目つきが鋭く変わる。

「エトセラ帝国からの協力は辞退します」

 リッツはカノジョの逆鱗に触れたかと思った。

「エトセラ帝国は自国の利益になると思えば、やると思います。けれど、それはこの村が帝国領として支配されることになります。もし、この村が支配されるのであれば、わたしは断固反対します!!」

 ギルコはそういうとテーブルにあった食器を洗い場まで持っていく。

 カンカンに怒っているようだった。


「どうして怒ったの?」

 ルルは不思議がってリッツに聞く。

「ギルコさんは旧ユセラ王国のヒトなんだろう。自分が滅ぼされた国に協力を求めたくない」

「なるほど」

「ギルコがギルドマスターにふさわしくない。その理由がわかった気がする」

「なに、その理由って」

「勘定的で感情的」

「なにそれ?」

「カネにうるさくて、カネに泣いているんだよ」

 リッツは洗い場で皿を洗っているギルコの後ろ姿を見ながら、そんなことを言うのであった。

 

 ※※※


 リッツとルルは二階へと戻り、身支度を始める。

「これからどうするの?」

「しばらくは情報収集かな」

「情報収集?」

「引き返しの森を抜ける方法を探す」

「ギルコさんも言ってたけど、方法はないって」

「情報を集めてからでも遅くはない」

「ニィニィ」

「それに、この村は直になくなる」

「え?」

「襲われるんだ、この村は盗賊の手に落ちる」

 ルルはリッツの言葉に視線を落とす。

「ニィニィは助けないの?」

「ボク?」

「うん」

「ルルは助けたい?」

「……どっちでもいい」

「ルルなら助けると言うと思ったんだけどね」

「ニィニィ、そうやって、他人の言葉を自分の言葉にするクセ、やめた方がいいよ」

「ルル」

「ニィニィはギルドを助けたい。そうでしょう?」

 リッツはルルの頭に手を置き、髪の毛をかきむしるように頭を撫でる。

「ああ、勿論だよ」

 ルルは頭を撫でられて嬉しそうにくすぐったがる。

「あんな騙されやすいギルドマスターは放って置けないよ」


 ※※※


 リッツはルルを連れてギルドの受付口へと向かう。

 そこにはギルコが受付のテーブルを雑巾がけしていた。

「さっきはゴメン」

 リッツはギルコに頭を下げて殺める。

「ゴメンなさい」

 ルルもリッツと同じように謝る。

「いいですよ。わたしはだいじょうぶです!」

 ギルコは胸を張って、気にしていないとアピールした。


「ギルコさん、実はこの村で情報収集したいから、部屋借りていい?」

「延滞料金一泊50ゴールドになるけど」

「それでいいよ」

 リッツはカウンターに50枚の金貨を置くと、ギルコはニッコリと笑いかけた。


「それで情報収集って何? わたしの依頼?」

 ギルドでは情報に関する依頼を頼むことができる。

「いや、個人的なことだから」

 リッツはルルの方に視線を送る。

「ああ」

 ギルコはルルの記憶関連のものだと察し、それ以上、言葉を重ねなかった。

「それに、情報収集するのもなんだから仕事とかしたいと思って」

「仕事ね」

 ギルコはこれからサインを書く予定の依頼状を手にする。

「農作業の仕事があるけど……」

「それでいいです」

「え?」

 ギルコは驚く。

「なに、驚いていますか?」

「いや、冒険者なら断ると思ったけど」

「ギルコさんがふさわしいと思った仕事なら受けるしかありません」

 ギルコは胸がキュンと高鳴った。


 冒険者と言えば、報酬金を上げろとタカる。

 仕事の選りすぐりをするような人物ばかりで、心労が溜まる一方であった。

 しかし、目の前にいる冒険者はそうではない。

 相手の話を傾けてくれる純粋な冒険者であった。

 ギルコにとって、それはカノジョの心が身震いするほどの感動であった。


「それに、わかっているでしょう? ボクに職が無いことを」

 ギルコの抱えていた疑問が氷解する。

「やっぱり、無職なんだ」

 ギルドマスターであるギルコもリッツの服装から無職であると感づいていた。

「無職である冒険者はワーカーと同じような仕事しか許されない」


 ワーカー。ギルドと契約した派遣労働者を言う。

 基本、定職のない労働者であり、ギルドにある村町内の仕事を主にこなす。

 もらえる報酬金は少ないが、誰でもできる仕事なので一定のニーズが存在している。

 

「やっぱり、こういうとき、無職ってつらいな。仕事のもらえる職に就いておきたかった」

「気休めになるかどうかわからないけど、今、冒険者の仕事はない」

「気休めだね」

 リッツは依頼状を手に取り、さらさらと依頼状にサインする。

「農作業の植え付け作業か、ボクにお似合いの仕事だ」

 ニカッと笑ったリッツはそのまま、ギルドの外へと出て行く。

「ニィニィ、待って」

 ルルもリッツの後を追い、ギルドの外へと出て行った。

 

 一人ギルドに残されたギルコは依頼状の写しを手にする。

「無職の冒険者、リッツ・クロフォード、20歳。ラグア国出身」

 ギルコはリッツの筆跡鑑定をし、字にウソがないか確認する。

 だが、リッツのサインにウソをついている筆跡はなかった。

「……彼のことについて詳しく調べてみる価値はありそうね」

 ギルコはリッツの正体が気になり、ギルドの情報網に頼ろうと考えていた。


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