交渉 03-03 遊び人対大盗賊
ルードはマントをひるがえし、カウンターへと進む。
ローグ達は雑談するのをやめ、ルードを見る。
「気になるかい?」
「いや」
「ルードはやり手のローグだからな。ローグでも冒険者でも注目の的だよ」
二人が話を交わしていると、ルードは店員から平手打ちをくらう。
「いったい、何をしたんだ」
「ルードはパティに気がある。大方、雑な口説き文句でも言ったのだろう」
ルードは頬をなでながら辺りを見渡していると、エテンシュラと目があった。
「大将!」
エテンシュラは手を振ると、ルードはリッツのいるテーブルまで向かった。
ルードはふてくされながら歩き、二人のいるテーブル席に立った。
「エテンか」
ルードは不機嫌そうなカオで、エテンシュラの名を呼んだ。
「よう、大将。今日の稼ぎはどうだい?」
「不作だ、……不作だ」
ルードはテーブルで寝ていたマハラドを蹴り飛ばし、そこに座った。
マハラドは起き上がることもなく、ぐぅぐぅと寝息を立てていた。
椅子にもたれかかったルードはカウンターに向かって叫んだ。
「ビール!」
「わかりました」
パティからの返事を確認すると、ルードは椅子にもたれた。
「エテンシュラさん、いいのですか? 盗賊の頭がココに来て」
「安心しろ、黒き山林はギルド公認の盗賊だ」
盗賊にはギルド公認と非公認の二つがある。
ギルド非公認の盗賊は村町や旅人を襲い、カネになるものならどんなことでもする悪漢である。
それに対してギルド公認の盗賊は遺跡や迷宮を探検する冒険者だ。
ギルドが盗賊を公認した訳は、増え続ける賞金首を減らすのが狙いであった。
ギルドに公認を受けた盗賊は村町や旅人を襲わないという約束を交わす代わりに、賞金首から外されるメリットがあった。
また、盗賊がギルド公認制となった理由は冒険者にもある。
冒険者が遺跡や迷宮を捜索するための人材を求めていた。
白羽の矢が立ったのが盗賊であった。
蛇の道は蛇というように、盗賊は鍵開け、罠解除といったスキルを所有している。
彼らがいることで、難攻不落のダンジョンを攻略することも可能となる。
冒険者のパーティーには、盗賊はぜひとも入れたい存在である。
「ギルド公認の盗賊ですか」
リッツはけだるそうに椅子にもたれているルードを観察する。
どう見てもギルド公認の盗賊とは思いがたい。
正義感に溢れる人間というよりも、ただの小悪党にしか見えない。
「そいつは?」
「リッツ、無職の冒険者」
「無職ね――無職!?」
ルードは遅れて驚く。
エテンシュラはそれがツボに入り、静かに笑い出した。
「はい、無職です」
「無職の冒険者ね」
ルードはジロジロとリッツを見つめる。
「なんですか? あなたも盗賊でしょう」
「黒き山林はギルドが認めている。公認証も発行されている」
エテンシュラはルードの素性についてフォローする。
「もっとも、ギルコは俺らのことを認めていないがな」
ルードはくちびるを広げ、皮肉るように応えた。
「コダール町のギルドで公認を受けたからいいだろう」
「あの小娘がここのギルドでも仕事を認めてくれたら色々とやりやすいがな。おかげでコダールでしか商売ができねえわ」
「商売人でも脅しているのか?」
「そんなことしてねえよ」
二人はハハハと笑いあった。
エテンシュラはルードが笑みを見せた所で、本題を切り出した。
「で、大将。どうして、仕事がうまく行ってないんだ?」
「邪魔された。女戦士に」
「ライアか?」
「ああ。アイツのおかげで獲物が横取りされた。せっかく山賊を追い込んだと思ったが」
「バウンティーだからな、アイツ」
バウンティー、賞金稼ぎを意味する。冒険者と同じように一つの呼び名で、バウンティハンターとも言われる。
バウンティーは実力も知識も兼ね備えた頼もしい存在であり、ギルドとしても優先的に仕事を任せたい。
しかし、彼らは冒険者と違って未知の世界を探索する気もなければ、ローグと違って金が欲しいワケではない。
ただただ難易度の高い仕事を請け負って、そつなくそれをこなす。とどのつまり、自己の力を誇示したい連中なのだ。
「ホント、最悪だ。せっかくの高額報酬が――」
「それはお気の毒様」
「なあ、なんかいい仕事はないか?」
「ギルコにでも頼め」
「俺はアイツに嫌われているからな」
「安心しろ、オレはとっくの昔に嫌われているわ」
二人が話をする中、パティがテーブルの上にビールが置かれる。
「ありがと」
ルードはパティの腰を触ろうとしたが、パティは瞬時にテーブルから離れる。
「ホント、今日は冴えない」
「そんだけ殺気が立っていたら、誰でも近づきたくないわ」
ルードはエテンシュラの話を聞き流し、ビールを口にするのであった。
二人の話が盛り上がる中、リッツはルルに視線を送る。
ルルはすでにすぅすぅと寝ていた。
リッツはルルを寝かせるために宿屋を探したかったが、横にいる二人を気にして、席から立ち上がることができずにいた。
ルードはビールを飲み干すと、エテンシュラに話しかける。
「なあ、エテン」
「なんだ?」
「今度、ギルコのギルドでも潰そうか?」
「お、そいつはいいな」
冗談ではすまされない話を耳にしたリッツは二人の話に割り込む。
「ホントにギルドを潰す気なんですか?」
「ああ、そうだ。ギルコはギルドマスターになんかなっちゃいけない」
エテンシュラは苦いカオで応える。
「どうしてですか? カノジョ、まだ幼いのにあれだけガンバっているのに」
「オマエさん、ギルドの仕事ってどんなことをしているのか知っているのか?」
「ええ、まあ、それなりには」
「なら、アイツがやっている仕事はどんなものか、わかっているのか?」
「それはあまり知らない」
「そうか、じゃあ、教えてやるよ」
エテンシュラは膝を組んで、生徒に物事を教えるように話しかける。
「アイツのやっているのはこの村を大きくすることばかりで、冒険者に旨みのない仕事なんて何一つやっていない。狩猟をすれば、村にもギルドにも利益になるというのに」
「それはわかりますが、今は村の発展が大事でしょう?」
「わかっていないな!! 狩猟を解禁すれば、それだけで冒険者がやってくる! 冒険者が来るだけで村が助かる! しかし、この村にはそれがない。ギルドはこの村の動物を狩るように依頼をすればいいものを、なぜかそれをしない。どうしてかわかるか?」
「それは……」
「ギルコと話したのならわかるはずだ」
「守銭奴だからですか?」
「それもあるな。余計なカネを使わないことがいいことだと考えているからな」
「商売をする上ならそれが普通じゃないのでしょうか?」
「ギルドはカネを動かさないと成り立たない商売だ。カネの動きが止まったギルドは、村の動きも止まってしまう」
「あなたの言うことはわかります。けれど、今は村のために働く方が大切だと思いませんか?」
「ギルドは冒険者のためにあって村のためのものじゃない。ギルドは職業案内所じゃねえんだよ」
「ハハハ」
今までの二人の会話を聞いていたエテンシュラが不気味に笑い出す。
「遊び人がそれを言うか!? ハハハ」
「悪いか」
「エテンはギルコがカワイイから怒っているんだろう」
「そんなんじゃねえよ」
「なるほどなるほど」
「納得するな」
「でも、良かったわ。オマエの話を聞いて、やっと、俺の中にあったものが動き出しそうだ」
ルードは眼帯を撫で、ふてきな笑みを浮かばせる。
その笑みに、よからぬことを企てていると感じたエテンシュラは、ルードに疑問を投げかける。
「なんだ? そのオマエの中にあるものって」
「そうだな、……お前達だけに教えてやるよ」
ルードは二人の耳元にささやくようにそれを言う。
「俺はなあ、この村を潰そうと思っているんだ」
酒場が一瞬、静まり返った。
――大盗賊の団長が村を潰したい。
それを知ったエテンシュラは目をまんまるに見開いた。
「おいおい、幾らなんでも驚きすぎだろうが?」
ルードは両手を叩き、彼の驚きに喜んだ。
「いやな、その、マジでか?」
「マジよ。大マジ」
「大マジってさ、……理由はそのなんだ?」
「単純に、冒険者から足を洗おうと思ってな」
ルードは椅子の肘掛けにもたれかかる。
「オマエみたいな力のある盗賊が冒険者をやめるのはもったいない」
「今、冒険しても旨みがないだろう」
「ローグとして活動してもいいだろうに」
「ローグはローグ。結局、ならず者。ギルドに守られているだけの弱虫さ」
「それならどうして冒険者になった」
「俺達、黒き山林は賞金首から追われていたから、ギルドから公認をもらっただけの話よ」
「ギルドをスケープゴートに使ったわけか」
「盗賊は使えるものなら子どもでも使えというのが信条だ」
「そんなこと言われたら何も言えねえな」
「知っているだろう、エテン。盗賊が名を馳せるのは村町を襲えるかどうかだと」
「そいつは知ってる」
「だろう?」
「だとしても、宣言もなしに襲うのは間違いだろう」
「だからさ、オマエたちにこうして教えているのだろう? もっとも遊び人のオマエを信じる奴はいねえと思うがな」
ルードはあざ笑いながら、エテンシュラを小馬鹿にする。
エテンシュラはルードの態度に苛立ちながらも、彼の真意を探る。
「で、ホントの理由はなんだ?」
あれだけ笑みをこぼしていたルードの表情から笑顔が消えた。
「冒険者がいないから手薄だと思っているのか?」
ルードは乾いた笑いを放つ。
「殺してんだよ。ライアをな。俺らから獲物を奪うあのいけ好かない野郎をさ」
「しかし、それはギルドのルールに反することじゃないのか」
「そうだ。アイツを殺すにはギルドのルールを破らないといけない。どうせ、破るのならドでかいことをしてやりたい」
「この村を潰す理由は、そんなはしたない目的のためか」
「盗賊にとっちゃ、プライドを傷つけられることが何よりもイヤなことなんだよ」
ルードはもたれていた椅子から起き上がる。
「オマエはギルドも潰したい。俺はギルドと一緒にこの村を潰したい。お互いがウィンウィン、一石二鳥だろう? ぁん?」
ルードは二人をにらみつける。
どうやら、このルードという男は本気でラドル村を潰したいようだ。
エテンシュラはルードの前に立った。
「もしそうするのなら、この村でやるのはやめてくれ」
「エテンがオレに頼み事とはな。――オマエ、ギルドを潰したいのだろう?」
「オレはギルコをギルドマスターだと認めたくないだけだ」
「そいつがオマエの願いか?」
「どう受け取ってもいい。お前達が暴れるのなら何処でもいい。ただ」
「ただ?」
「――この村だけはやめてくれ」
エテンシュラは地面に膝を立て、額を床につける。
「頼む」
ふてぶてしい遊び人のエテンシュラが盗賊のかしらに対して土下座をした。
リッツは自分の目を疑った。
「エテンシュラさん?」
先ほど話を交わしたばかりのオトコとは言え、彼がこんなことで頭を下げるヒトとは思えなかった。
「いいから黙っていろ」
「でも」
「黒き山林の盗賊団は60人規模の大盗賊団だ。この村にいる村人は老人とこどもばかり、働ける若者は出稼ぎに出ている。戦える村人は少ない」
「ローグや冒険者はいるでしょう?」
「この村にいるローグはカネにならなきゃすぐに逃げる。冒険者に防衛の依頼を出してもすぐに来るかどうかわからない!!」
「エテンシュラさん……」
二人の様子を眺めていたルードは突然、笑い出した。
「コイツ、スゴいだろう。遊び人のクセになかなか頭が切れる。こうやって、頭を下げているのも何か考えのあってのことだ」
ルードは土下座をしているエテンシュラの傍に近づく。
「エテン、ホント、俺らと一緒に盗賊をしてくれたら幹部ぐらいにはさせてやるのに」
エテンシュラはルードの返事に応えるように、何かを言った。
「……この村を放っておいた方がカネになる」
「なに?」
「この村を無視した方がカネになると言ったんだよ!」
「ふーん」
エテンシュラの怒号も、ルードは鼻で笑う。
「この村はまだ開拓途中だ。これからもっと多くの移民が増えてくる」
「先ほど、オマエが言ったことと矛盾しているが」
「ギルコはこの村の発展を考えている」
「観光地もないのに、この村を成長させるというのか?」
「そうだ」
「そいつは無理だ。確実なチャンスのあるクリスト共和国へ行きたがるわ」
「だが、この村が成長すれば、アドセラ地方に入植したい移民が出てくるはずだ。そうやって、移民が増えれば村が増える。村が増えれば、仕事が増える。仕事が増えれば、冒険者の利益も膨らむ。盗賊にとってもいいことずくめだ」
「それだと利益が独占できねえな、冒険者が増えるわ」
「利益が独占できても、すべてをできねえだろう」
「第一、そんなチマチマしたことはやりたくねえし、待ってられるか。儲けるのならバッと村を襲った方が一番だ」
「盗賊のかしらがそんなこと言うのかね。それとも、ライアにつ付けられたプライドというキズは、その眼帯のキズよりももっと深いキズなのか?」
ルードの目つきに鋭さが増す。
「村を育ててから襲う。それが盗賊のやり方として最高じゃないか?」
エテンシュラがゆっくりと立ち上がり、ルードを挑発する。一方、ルードはエテンシュラの狙いがわかっていた。
――コイツは時間をかせいで、守衛の準備をするつもりだ。
――抜け目ないエテンシュラのことだ。
――すでに、この村を守るプランができているはずだ。
――だが、それを行うためにはいささか時間が足りない。
――誘惑的な言葉を投げかけていたのはそれだろう。
「残念だがエテン。オマエの考えていることはすでにわかっている」
エテンシュラは小さく舌打ちをする。
「盗賊はそういうことを考えない。好きな時に好きに盗む。やりたいようにやる」
「植物に水を与えろと同じことを言ってるんだ。今は普通に働いてもいいだろう?」
「目的の女豹を逃がすわけにはいかない。暴利を貪っているうちに狙わねえと」
「盗賊のかしらのくせに、待つこともできないとは」
「エテン。やっぱり、オマエとは気が合わない」
「そうだな」
「ギルコが嫌いなだけで、後は合わない」
「すべて合わないと思うがな」
「俺もオマエも掲げている目標は違う。だけど、目的は一緒じゃないのか?」
「違うな。オレは大将みたいに利益を独占するようなことを考えていない」
「冒険者のためとか言っているが、すべては自分のためだろう。今でも夢に出るんだろう? 嫁さんと娘さんのカオが――」
エテンシュラの飄々(ひょうひょう)としていた表情が崩れ、鬼面のようなカオへと豹変する。
「テメェー、いい気になりやがって!!」
エテンシュラとルードは向かあう。
「やるか?」
「やらねえ」
「じゃあ、なんで前に出る?」
「オマエを止めるためだ」
エテンシュラとルードは腰にあった短剣を手にし、その場から離れる。
二人の間は3メートル、踏み込むタイミングを読み合う距離、戦いの勝敗を決めるのはどちらかがその一歩を踏み込むかだ。
「剣の腕は鈍ってるのにさ」
エテンシュラはヘラヘラと笑いながらも相手のスキをうかがっている。
しかし、ルードにはスキがない。
ルードの目はただ一つ、エテンシュラの心臓を狙っている。
挑発に乗らない。軽口も交わされる。
しかも、感情に負けて、ケンカを買ってしまった。
――だから、酒は嫌いなんだよ。熱くなるから。
エテンシュラのまばたきをした時、そんなことを思った。
「余裕だな。エテン」
ルードがエテンシュラの懐へと入った。
気を許したわけではない。
酔っていたわけでもない。
ただ盗賊の長が速かっただけの話だ。
エテンシュラは覚悟を決め、短剣を前に出す。
それが彼にできた最後の抵抗だった。
パン!
渇いた音が広がる。
両者はそこで立ち止まった。
「誰だ!!」
ルードはエテンシュラから離れ、周囲を見渡す。
「誰だ! 今、音を出したのは!!」
誰も応えない。
「面倒くさいのは苦手なんだよ。誰がやったか言えよ」
ルードは苛立ちながら周りに声を掛ける。
どんとと構えている大盗賊のかしらがなんだか哀れに見えた。
「大将。ギルドにでも行ったらどうだ? 賞金首が掛け直されているかもよ」
エテンシュラは短剣を腰に戻しながら煽ると、ルードは頬を歪ませながら酒場から出て行く。
「勘定は!!」
パティがルードを呼び止めようとする。
「ツケておいてくれ!!」
「できませんよ!!」
店員はルードにお代金を求めるために追いかけていた。
エテンシュラはふぅとため息をつくと、リッツのいるテーブルへと戻る。
「やっぱ、あんた、スゴいね」
エテンシュラは静かに水を飲んでいたリッツに目線を向ける。
「あそこで火薬玉を踏むなんて、オレにはできねえよ」
エテンシュラはリッツの足下を注視する。
そこには何かが焼けたような黒いシミがあった。




