プロローグ:ギルドマスターギルコさん
If you want to make an apple pie from scratch, you must first create the universe.
ゼロからアップル・パイを作りたかったら、最初に宇宙を作らなければならない。
カール・セーガン
晴れ渡る青空の下、今日もラドル村のギルドは大賑わい。
ギルドの扉を開くと、ほがらかな笑顔が似合うギルドマスター、ギルコが元気いっぱいに挨拶した。
「いらっしゃいませ!! ギルドマスターのギルコです!!」
ギルコさんは太陽のような笑顔で冒険者を包み込む。
「ギルコさん!」
「ギルコさん!!」
ギルドはギルコと呼ぶ冒険者の声であふれる。
「ギルコさん、ガンバリますよ!」
冒険者の呼びかけに、ギルコは嬉しそうにこたえた。
「ギルコさん! このアイテム見てくれよ!」
冒険者の男性がギルコに剣を渡す。
「この剣は伝説の宝剣です」
「伝説の宝剣!?」
「大変価値のあるものでお店でも値をつけることができない貴重な品ですよ!!」
「やりい!」
男性は宝剣を持ち上げ、喜びの声を上げた。
「ギルコさん!」
青年がギルドの中へと駆け込み、ギルコを呼ぶ。
「古代遺跡を見つけたよ!」
「ホントですか!?」
「ホントホント。今度これからパーティーを組んで探検するんだ」
「うわぁ、すごい冒険になりそうですね」
「それでギルコさん、依頼として古代遺跡へ向かうパーティーを探して欲しいんだ。僧侶、魔法使い、賢者とスゴい魔法を使えるメンバーを集めてくれないか?」
「そうですね。村長と相談してみます」
青年は笑いながら、ギルドを後にした。
「ギルコさん!! 宝の地図を見つけたんだがどう思う!」
ヒゲヅラの男がギルコの目の前にその地図を渡す。
「これはホンモノですよ!」
「ホントか?」
「はい! 所々、傷んでいますが、宝の場所を示しています!」
「ギルコさんが言うのなら間違いねえ! さっそく、行ってみるわ!」
「気をつけて行ってください!!」
ヒゲヅラの男は親指をあげた。
「ギルコさん!! このアイテムを見てください!」
「ギルコさん!! 依頼をくれ! どんな仕事でもやってやる!」
「ギルコさん! ギルコさん!」
冒険者が集まるギルドは大忙し、ギルコは休むヒマもなく働く。
めまぐるしい時だが、大きなやりがいを覚える。
ギルドマスター、ギルコにとって、それは夢を見ていた瞬間であった。
※※※
閉じていたまぶたを開く。
「はぁ」
ギルコは苦笑いし、ため息をつく。
頭にあった妄想は眠気と共にゆっくりと消えていた。
ギルドのカウンターから見える景色はさびしげなものだ。
殺風景な田舎町、緑葉に彩られる自然の世界。
山脈が象牙のように白く、かすかに雲がかかっている。
かわりばえのない静かな村、北西の地にあるラドル村はそんなところだ。
ギルドを見渡してもさびしさはまぎらわせない。
ギルドの掲示板に依頼がなければ、賞金首のポスターもない。
依頼もない、冒険者もいない、この村はあまりにも平和すぎた。
「誰か来てよ……、このギルドに」
さびれたギルド『クローバーエース』へと冒険者が来るのなんて、夢もまた夢の話である。
ギルコは冒険者が来ない時間、幸せな妄想につかっていた。
メェ~ メェ~
羊の鳴き声がギルドに広がる。
「ギルコさん」
ギルドの玄関先から男の声が聞こえる。羊飼いのおじさんだ。
ギルコは寝ぼけまなこの目をこすり、ゆっくりと起き上がった。
「ハーイ、なんでしょうか?」
ギルコは小走りでギルドの外へと出て行った。
羊飼いのおじさんは依頼状をギルコに見せる。
「今、牧場は羊の毛をかりとる時期でな、人手を頼むよ」
「はい、わかりました」
羊飼いのおじさんは羊を連れて、ギルドから離れていった。
羊飼いのおじさんから依頼状を手にすると、ギルコはカウンターへと戻った。
ギルコは依頼状にサインを書き、それを掲示板に貼り付ける。
― 羊の毛をかってほしい ―
掲示板にある依頼状を見つめると、ギルコはパっと手を叩いた。
「ギルコさん! ガンバリますよ!」
ギルコは無理やり作り笑いをし、ギルドの掃除を始める。
ギルドの影に隠れたシロツメクサは、今はまだカオを隠していた。