モノローグ0
『???』編をお届けしますヽ(´o`;
世界観が此処だけ大きく一変しますが、ファンタジー突入の前振りではないのでご安心ください。
その男は『彼女たち』の運命の巡りを見てきた。
言ってしまえば、その因果に興味を抱いたからであり。
結果を見届けることは、この世界を選択した時点で決めていた。
運命の起因は、かつてに遡る。
*****
かつて男は、魔術師と呼ばれていた。
その世界には現世とは異なる因果律があり、結果その世界には魔術が存在していた。
だからこそ魔術師などという肩書も存在し得た。そしてそれは男にとっては都合が良かった。
男には、隠さねばならない秘樒があった。
それは彼の出自に関わる事柄であり、それを覆い隠す為には魔術師であることは良い目晦ましになる。
だからこそ、男は魔術を極めた。
その結果としてしがらみも必然生じたが、それはあくまで些事と言えた。
そのしがらみの一つとして、王宮に召し抱えられたことは男にとっては想定内であり、同時に想定外でもあった。
召し抱えられることは、魔術師として名を成した以上は必然の流れである。
はぐれの魔術師は、当局からの監視も厳しい。謂れのない名分で首をはねられることも珍しくない。
だからこそ、学院を出て雇用先の見つからなかった魔術師の多くが魔術を捨て、一般に紛れて暮らしていく選択をする。
男は、貴族の子飼いとして悠々自適な生活を送る予定でいた。
それが何の因果か、王の目に留まり寄りによって王宮から便りが来た。
この一通で、もはや当初からの希望は崩れ落ちた。
この要請を断れば、もはや魔術師としての道は絶たれたも同然になる。
やれやれ、と。
内心のため息を覆い隠して王宮で暮らし始めたのは言うまでも無い。
男は王宮内で、兼ねてから見続けてきた人間の欲と闇に退屈さと安寧を同時に覚えつつ、日々を暮らした。
王を巡る女たちの愛憎はどの世界、どの代でもさして代わり映えは無く。
次代の王位継承者同士の王位を巡る争いもまた、同様に。
いやはや、よくやる。
男のそんな呟きは今日も、誰にも拾われることはない。
どうせ、いずれは全てが喪われ忘却されていくこと。
栄華など人の身には余る欲望であるというのに。
さて、人というものは本当に……
「ああ、こんなところにいた。探したよペリド」
そよそよと穏やかな風だけが吹く王宮の東。蔓草に覆われた顧みられぬ東屋の屋根の上。
「……やや。これは王子自らこのような所まで? どうなさいましたか」
「ふ、相変わらずの自由人だなペリドール=レリム。筆頭魔術師がこんなところで寝転んで空を眺めて時間を潰していると知ったら、父王はどう思われるだろうか」
「……そうですね。恐らくあの方なら、その広き懐で笑ってすまされるでしょう」
男の発言に、七番目に生まれた王子は苦笑する。
「副官が探していた。探索魔術を王宮内で使用できないことは、貴方もお分かりでしょう。だからこそ王族の末端である自分でさえも、人探しの人員に割かれた次第です」
表情は笑ってはいても、その目にはこんなことに使われる自分への苛立ちが読み取れた。
第七王子。
それは現在、最も王位から遠い位置に立つ王子を指す。
しかし、と思う。
本来の資質を比較すれば、彼は上にいるどの王子よりも王の資質を持つであろう。
「それはそれは……大変申し訳ないことに巻き込んでしまいましたね」
「……ペリド。そう言いながら口元に笑みが残っているのは何故だ」
「いえいえ。気の所為かと、王子。私はいつもこんな顔です」
「…よく言う。お前の醒めた表情には背筋も冷えると宰相が零していた。あまりあれを脅かしてやるな。年齢も年齢だ。あれはか弱いのだ」
髭のもこもこ宰相の愛称で親しまれるこの王宮の宰相は、この王宮ではごく少数に当たるまっとうな人間性の老王佐だ。
ついつい癒しを求めて絡んでいたのが、どうやら当人にとっては心労になっていたらしい。
政務に影響が出ては自分にも負担が被さる。
無闇に顔を出すのは、今後は控えることにしよう。
「さてと、王子にも見つかってしまいましたし…息抜きはこれ位にしておきましょうかね」
「……ペリドール=レリム。この王宮でそんな安穏としていられるのはお前くらいだ」
王子の呆れた声に、男は僅かに笑む。
そして立ち上がりがてら、その労を労う意味も込めて意図的に零す。
「そうそう、聞いていますか。王子。明日から王宮で臨時の大掃除が行われる予定です」
「……お前、それを僕に零していいのか」
「今回の手間賃ですよ。…貴方はこれから比類なき苦悩を背負う。そんな貴方へのささやかなはなむけです」
心底嫌そうな顔になる十二歳の王子に、筆頭魔術師はそう言って微笑んだ。
翌日、王宮で大掛かりな粛清が行われた。
大臣の汚職から飛び火したそれは、王、側妃に留まらず繋がりのあった貴族の家々まで巻き込んで炎上。
王は王座から引き摺り下ろされ、王妃の首は飛んだ。
それは王宮が始まって以来のスキャンダルとなった。
結果、第七王子を除く全ての王子の廃嫡が決定された。
近隣諸国からの侵攻の危機も含め、なし崩し的に多くの問題を背負わされた嘗ての第七王子。
彼はその危機的な状況をぎりぎりで乗り切った。
老王佐の献身もあり、弱体化していた王家が徐々に安定を取り戻し始めたのはそれから二年後。
十四歳になった王子は、辛うじて残されていたような子供らしさも全て削ぎ落としていた。
『茨の王』と揶揄されるその冷徹さと同時に、この二年で証明されたその有能さ。
王の資質。
それを男もまた認めていた。
筆頭魔術師として王の身を守り、斜め後方から見続けてきた彼の横顔に痛々しさを覚えるほどには情も湧いた。
とはいえ、完璧な人間などいないこともまた知っている。
そしてさらに三年の後。
その年に、茨の王は隣国サフェリスを攻め落とした。
その起因となったのは前年に開かれた王宮主催のパーティでの毒殺未遂。
捕えられた実行犯は壮絶な拷問の末、死亡。
しかしその最期の言葉に、サフェリスの関与を匂わせる一言があった。
そこからは、泥沼だった。
隠密同士の殺し合いに留まらず、その余波で一般国民を巻き沿いにした結果の開戦。
戦火はサフェリスを包み込み、紅蓮に染まる王城を感情の無い目で見上げた王の傍らで、男は繰り返される血の歴史を感慨も無く受け止めていた。
当時のサフェリスは、女系であり魔女が代々治めてきた王家。
自害した女王には双子の娘がいた。
生き残った双子は、茨の王の元へ引き摺り出されることとなった。
流石に『珠玉』と称される双子の娘たちである。
全身を煤に塗れさせながらも、その美しさは僅かも損なわれるものではない。
特に、姉であるリズ=オーウェルの双眸に点る意思の強さには王の傍らにいた重鎮たちの心を揺さぶった。
それは、憎悪の色ではない。
そんなものは彼女は既に捨てていたのだろう。それよりも彼女が望んだもの。それは-----
「茨の王よ。現在の身の上は重々に承知しています。…その上でどうか、妹だけは助命を。私が望むのはそれだけです。その望みがかなうなら、私は貴方に自分が持つ全てを捧げます」
未だに紅蓮が揺れる後方を振り返ることなく、ただ一人。
その背に双子の妹を庇いながら、真っ直ぐに王だけを見詰める双眸に迷いはない。
しかしそれに対する冷淡な声は、対照的に何処までも歪んでいた。
「……いいだろう。その妹を助けよう。ただし、お前がこの場で自らその首を落としたならば」
息を呑み、流石にそれはと声を上げようとした王の周囲は、しかしその声を途絶えさせる。
それも全て、彼女が笑ったからだ。
「ありがとう、茨の王。貴方に感謝します」
王族が腰に常に持つ、守護の刃。
それを躊躇い無く抜き放ち、少女は微笑んでそう言った。
振り下ろされた銀の軌跡。
鮮血が飛び、双子の片割れが絶叫した。
滴り落ちた紅が、地面に血だまりを作る。
赤に汚れた刃の表面に、呆けた様な王の顔が映っていた。
茨の王の治世はそれからも続いた。
しかし、それも魔女が襲来するまでの十年間だった。
双子の姉を殺され、狂気に染まった妹。
それを約束通りに生かした王。
言うまでも無く自らの首を狩る復讐者を見逃した甘さの故の報復だ。
ただ、と男は思う。
あの約束を、茨の王として反故にすることは出来ないことではなかった。
それでも彼が妹を見逃した理由は、ごく僅かでも残されていた彼の良心と呼べるものの存在が『彼女』の死を前にして呼び覚まされた結果ではなかったかと。
因果は、巡る。
***
「本日からお世話になります、叶 水紀と申します」
白聞のメンバーを伴い、理事室へ乗り込んできた彼女を前に自分は苦笑を隠せなかった。
今世は、あの戦乱の日々とはかけ離れた学び舎を舞台にして彼等は集った。
繰り返される環の果てに、齎されるのは同じ結果かそれとも別の道筋であるのか。
それを見届ける為に『彼女』を学園に導き。
嘗ての『王子』はやはり彼女を見つけた。
一つ目の誤算は『彼』が『彼女』を愛したこと。
あの歪んだ心根は、嘗て自らが死なせた少女を前にドロ甘に溶けた。
寧ろ清々しいくらいに斜めの方向へ、恋情を育てた結果が少女の災難。
前世も今世も、彼女はどうしても報われないらしい。
そしてそれを嗅ぎつけて来たであろう『魔女』の再来。
かつての『魔術師』であった男は、『魔女』の微笑みを前にしてふと思い返す。
*
あの国の最後の日。
紅蓮を背に、王の遺骸を微笑んで見下ろした『魔女』と交わした短い言葉。
「望みは、果たせたかい」
「………あなたには、私の本当の望みは分からない」
微笑みながら、その頬を伝った涙は身を震わせるほどに美しかった。
「今度こそ、守ってみせるわ」
泣き笑いのまま火に包まれた王城を後にした魔女が、そのまま命を絶ったと聞いたのはそれから暫く後のこと。
きっと、彼女は本来の望みを果たしに行ったのだろう。
そこに思い至った自分は、やれやれと笑み零す。
目的が出来た。
この退屈で、安寧の日々に嫌気を覚えていた自分が見付けたささやかな期待。
その先を、見る為に。
その先があるのかを、知るために。
その世界の自らの生を、全て魔力変換し『彼ら』の生まれ変わった世界へ転移した。
そして男は知った。
『彼女』はここでもまた不運な役回りとして生きており。
『彼』は再びその心を閉ざしていた。
『彼女』の養い親として名乗りを上げ、彼女の傍で観察を続ける日々のなか。
やはり『魔女』は現れた。
それも、おそらく前世持ちとして。
中庭の攻防を学園の尖塔から見下ろし、その動向から今後を予想する。
果たして今回もまた、魔女によって彼は排斥されるのか。
もしくは、彼が魔女に打ち勝つか。
全てはまだ未定。
今世の『彼女』がその背に庇うのは、誰になるのか。
『魔術師』はそれを見極めるべく、この世界を自らの意思で選んだ。
役者は揃い、舞台の幕は上がる。
その時に傍観を選ぶのか、自ら動くのか――――――
選択を手に今日もまた学園の奥でひっそりと男は笑う。
今夜中にはもう一編投稿予定ですρ(・・、)
次回は白聞編です。
宜しければ、もう暫くお付き合いください(^-^ゞ




