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後篇


勢いで書き連ねたのは否めませんρ(・・、)

細かい部分で矛盾に気づかれた貴方、正しいです。

おおらかな気持ちで読んでいただければ幸いです。

瞠目したまま動けずにいる自分の背後から、紛れもない『彼』の声が響く。


榊 美鶴。

完璧な造形美を体現する学園のトップ。

白鴛清華大学附属学園の高等科在籍。

かの榊財閥の継嗣にして雲の上のひと。

生徒会長に就任後、数々の案件をその的確な采配で処理してきた手腕をして神の手と極一部より呼ばれているらしい。

以上、学園新聞より抜粋しました。


さて、問題は明らかだ。

その『彼』が、今現在周囲の関心を全て集めた状況で立っている。

その視線は、私と彼女に向けられている。

付け足せば、表情には紛れもない不快さが浮かんでいる。


詰んだ。

間違いない。

『彼』の不興を買った行く末など目に見えている。


やや斜めにずらした視界に映り混む『彼』。

顔を歪めても、美麗さは損なわれない不思議。

美形得だな…

そして恐ろしくて振り返れないのはどうしたらいい。

寧ろ今となっては、向い合わせで対峙する羽目に陥っている彼女に同情する自分がいる。

この位置のほうが幾らかはましである。

正面からあの美貌に嫌悪を向けられたら、流石に私も浮き上がれない気がする。

あれは、悪夢ものである。

せめて表情だけでも繕ってね、美形さん。

その影響力を自重すべきだよ。



さて、纏めに入ろう。

その理由は『彼』の不興を買ったからである。

それはつまり、この学園生活の幕切れと言い換えても過言でない。


Q 一生徒にそんな権限があるのか?

A ………。

沈黙が肯定になる場合が存在することは、皆さま察する通りです。



俄に震え始めた彼女が、可哀想過ぎて直視出来ない。

いや、自分も他人事ではいられないのは承知してますよ。勿論。

次はお前だ、という順序があるだけで立場は変わらない。

破滅のカウントダウンは目の前にある。


未来の自分を彼女に重ねると、走馬灯のごとく今までの平穏からかけ離れた学園生活が過る。



いえ、羅列はしないですよ。

きっと皆泣いてしまうこと請け合いだ。

作品ならともかく、自分の過去をお涙頂戴にする気は欠片もない。

灰色で、混沌として、罵詈雑言の嵐で、薄暗い。

あ、薄暗いのは呼び出しが大抵カーテンの閉まった特別教室か校舎裏だったからである。

回顧録も程ほどにしたい。

そうそう。

一つだけ未練を挙げておくとしたらあれだ。


白鴛清華大附属学食名物『三大珍味盛り合わせ丼』の制覇まで成し遂げてから去りたかった。

その為にここ数ヵ月の間ずっと切り詰めてきたのだけれど……

仕送り額と毎晩にらめっこしていたのは誰にも言えない秘密だ。

あと少しで手が届く予定だっただけに残念だ。




…うん、周囲の空気が冷たい気がする。

あからさまに表情に出すのは止めてください。

心の中は可。



しかし、泣いても笑ってもこれが最後。

『彼』を隠れ蓑に、なんとか過ごしてきた学園とも今日でお別れだ。

今年入学してきた弟のことも、出来れば卒業まで同じ学内で見守りたい気持ちでいたことは否めないが、こればかりはどうしようもない。

自分はこの学園の水に合わなかった。

それが学べただけ、良しとしたい。






密かな喧騒。

囁き合う周りを見渡してから、ようやく『彼』と向き合う決心をして振り返る。

そこで、目を瞠ったのは無理もない状況だったと言いたい。


そこに佇んでいたのは、正確には『彼』一人ではなかったのである。





「……澪?」




茫然とした自分の声を、発声した当人が現実に追い付いていないのだから酷い話だ。

そこに思いがけない人物がいた。

蒼井 澪。

正真正銘私の弟だ。


彼は名を呼んだきり閉口する姉を、どこか呆れた様子で見ながら口火を切った。



「だから言ったのに。姉さん親切も程ほどにね、って」



沈黙する周囲。

首を傾げる姉。

状況が掴めないと如実に語る顔を、幾分か離れた位置から苦笑して見詰める弟。

何だろうね、この構図。



そして固まる自分を置き去りにしたまま、状況は進んでいく。

気付いた時には、先程まで目の前にいた筈の令嬢が学園の警備員に誘導されて、若干引き摺られるように退場していった。

黒服の警備員たちは、この時も惚れ惚れするような手際で処理していく。

流石にプロだ。自分も着いていけばいいのか、と視線を送れば何故かそのまま去っていく。

去り際には、スマートな所作で手を降られた。

何故だ。

意味が分からないながらも、再び振り返れば『彼』が普段滅多に見せない晴々した笑顔で手を振り返していた。


なにこれ。怖い。

周囲の黄色い悲鳴には到底共感は出来ないな。



と、これで一件落着と言えたら苦労はしない。

やはり私も同じくパーティーを途中退場することになりました。

何故か傍について誘導しているのは『彼』ですが。

弟は、私の後ろを半歩ほど遅れてついてきた。

始終弟から向けられる視線に切迫した何かを感じるのはおそらく気のせいではない。

しかし、だからといってどうすることも出来ずに到着したのはある一室。




別室こと、談話室の名称で通るその部屋の使用許可は生徒会に在籍しているものに限られている。

つまり、特別室だ。

VIPルームと言い換えて差し支えないだろう。

何故ここにと明らかな不審を感じ取りながらも、迎え入れるように背を押されれば抵抗することも出来ない。

誘導されるまま足を踏み入れて、思わぬ光景に瞬く。




そこに居並ぶ人たちは、知り合いというほどではなくとも見知った面々だった。




「……あなた方は」

「私たちは皆、以前君に助けてもらった面々だ」


代表してか、口髭の立派な紳士が進み出て言う。

そのおじ様には、見覚えがある。

微笑みも、あの時と変わらないものだった。


しかし、疑問は隠せない。

迷いながらも、そのまま尋ねることにした。



「今日は、どうしてここにいらしたのですか?」

「君の近況を甥から聞いてね。出来ることは少ないが、我々は君の助けになりたいと思って集まったんだよ」


ゆったりとそう言って、口髭を綻ばせるおじ様に戸惑うのも無理はないと思ってほしい。


なにしろ、おじ様の言う助けたこと。

それが自分の思い当たることならば、それは一般にとても些細な事柄に当たるからだ。


そもそも事の始まりは、この学園が広すぎることに所以する。




広大な敷地に、数々の施設群。

その規模をして、白華ランド(国)と揶揄される学園内は所々が迷路のように入り組んでいるので、非常に厄介な構造になっている。

まず、初心者は歩かせられない。

そう言わしめられる程だ。

まさに初心者泣かせの学園である。


地図を片手に迷路のような道を進む苦労ときたら、自分自身音を上げそうになった経験は数回に留まらない。

だからこそ、初年度はまず校内施設の把握に努めたものだ。


『彼』を見るようになる前は、地図を片手に空いている時間を使って学園の隅々を歩き回って確認していたものである。

勿論見始めてからも、この時の経験は無駄にはならなかった。

それもこれも、平穏のため。

周囲の目の届かない範囲や、隠れられそうなスペースを見つける度に拳を握っていたのも今となっては懐かしい思い出だ。

とにかくこの時は、一心に、ひたすらに歩き回った。

因みにほんの僅かだが、体重が減ったのも良い副産物だった。

まあ、そうは言ってもその後も食べるので。

普通の体型には程遠いのだけれどね。

色々とスマートにはいかない自分だ。

校内でさ迷う彼らに遭遇したのは、その過程だった。

入学して二月も経つと、大まかな地形も施設群も把握するに至った。努力は実を結ぶのだ。

道なりに歩いていると、この学園では生徒や教師陣以外にも様々な人と遭遇する。

規模の大きさを再三伝えている通り、この学園は施設の充実度に関しては国内最高峰。

従って、外部からの研究者や教授といった面々が来校する頻度が高いのだ。

しかし、問題が一つ。

学園の広さである。

勿論、学園の守衛室には案内のための人員も確保されている。

しかし人手が足りない。

日によってはその日の来校数に手が回らないこともあっただろう。

結果、地図を片手に歩き回る人々も出てくる。

そうした人々も教師陣に遭遇出来れば運が良い。

不運な人は、結局のところは自力で地図を読み解くか、その周辺を歩いている生徒に声を掛けるしかない。

そこで問題になるのが、ずばり生徒の性質だ。

この学園における大部分の生徒の意識は一般に則さない場合も多い。

遠回りに言えば上のようになる。

では、端的に言えばどうなるのか。


気位が高いのだ。

分かりやすいね。

付け足しておこう。

メリットが見出だせなければ、動かない合理性。

言い換えてみようかな。

自分本意でしか動かない、幼さだ。

発展途上だよ。

それもそうだ。

彼らにそれを指摘する物好きはいない。

指摘すれば、潰されるからね。

怖い世界である。

曖昧な良識が根を張らずに蔓延しているのだから。

出来れば早々に関わりを絶ちたいものだ。

平穏からは程遠いからね。



話を戻そう。

案内を拒否されて途方に暮れていた彼らの話を聞く限りは一様に同じ流れだった。

さ迷った挙げ句に、最後に遭遇したのが自分だったという。

これには呆れた。

結果、自分は地図を片手に目的地まで案内した。

親切やそれ以前に、良識の問題だろうと思ったから。




そして現在。

その時々で私が案内した面々を前に、戸惑っている。

改めて見渡しても、上品な佇まいのおじ様、おば様たちである。

まさかこの学園に通う生徒の血縁ではないだろう。

いやはや、考えすぎるのが悪い癖である。


しかし、一つ引っ掛かった言葉がある。



「……甥、というのは?」

「俺のことだよ」



身を竦めたのも無理はない。

『彼』こと榊 美鶴は依りにも寄って耳元で返事をしてきたのだ。

出来れば、必要以上に近付いて来ないでほしい…


しかし、そんな願いも虚しく距離を詰められたまま後方に沿われる。

正面にはおじ様、おば様方。

彼らを前に、これ以上前にも逃げられない。

泣きそうだ。

どうしてこうなる。



そんな様子に気づいているのかいないのか、彼の叔父であるというおじ様が言葉を続ける。



「正直なところ、学園の生徒には失望した。いかに家が名高くとも、他者の心を酌めない器ならばたかが知れている。その場で引き返そうかとも考えていたが、その時に君が通りがかったんだ。君は覚えていないかも知れないね。その時に君は安心させるように微笑んでくれたんだよ。その笑顔で私は救われた気がした。なにしろ、引き返そうにも道を辿ろうとして帰れずに愕然としていたんだ。君は道中もずっと私の体調を気にかけてくれ、気を紛らわせるように声を掛けてくれた。お陰で、それまで曇っていた気持ちも晴れてとても楽しい時間が過ごせた。だから、君には感謝している。後ろの彼らもおそらく私と変わらない気持ちだろう」



物腰の柔らかなおじ様、もとい紳士から褒められれば途中で口を挟める筈もなく。

何だか物凄い美化されている…と、思いつつ返礼に留めた。


ここで大したことはないと言うのは簡単でも、それは彼らの気持ちを無下にするのと同じだ。

感謝に対しては、謙虚が過ぎれば相手を不快にさせる繊細さがある。

その辺りは斟酌して、自分なりの答えを返さなければならない。

そう思った。


ここで終われば、全て美談に終わる流れだったろう。

けれども、彼らの内の一人。

ここでとんでもない発言を落としてきたのだ。




「榊様? 貴方様もいずれは榊を継がれるのですから、沙紀様のように良識あるお嬢様を選ばれなければなりませんね」



……え?



いやいや、その発言は物議を醸すので出来たら撤回してほしいですよ。おば様。

どうかそれ以上は掘り下げないで下さい。

当人が痛々しいだけですから。




ところが、である。

そんな願いも虚しく集まった面々から発言が続くのは本当に偶然なのか。




「榊君、この学園でまともなお嬢さんを一から探すのも骨だろう。彼女を捕まえておくなら今の内だ」


煽らないで下さい……おじ様B。

冗談も過ぎれば笑えませんよ……



「それは良い話だ。それに、彼女は学園理事の娘さんだ。君は彼女以外探す必要もないだろう。なにしろ、他が酷すぎて話にならない。彼女は学園を出れば引く手数多だ。ここで彼女を学園から出せば君は見る目がないよ」


同意しないでおじ様C…!?

何故養父の素性が筒抜けなのか、本気で疑問だ。



思わず部屋の隅に立っている澪に視線で問う。

しかし弟は困惑した様子で首を振っている。

少なくとも、弟から聞き出した訳ではないようだ。


一体誰が、と意識をそちらに向けていたせいで後方への警戒が手薄になっていた。



「そうよー。榊君、こんなに素敵なお嬢さんには滅多に出逢えるものではないの。年長者の意見は大切にね」


まるで、そのおば様の発言を待っていたように。

首筋へ指を滑らせながら、『彼』が耳元へ囁く。





「…沙紀? 年長者の方々がこう言っているが、君はどう思う?」







ぞわっっ、と寒さではない悪寒が走り抜けた気がした。

何だ。

何が起こっているんだ、これは。

第六感とも呼べそうな部分が先程からしきりに警鐘を告げてくるのですが。



言わせてください。

何故唐突に、名前呼びなの…?

どう思うって、どう答えれば解放してもらえますか…?

誰か、助けてください…!?



真っ白になった思考に、被せるように甘い声が降ってくる。




「そう。もう遅いんだよ、沙紀? 君にはいずれ俺の隣に座ってもらうよ。学園を卒業するまでは手を出さないであげるけど、それを過ぎたら遠慮はしない。覚悟してて?」




うなじに押し付けられた唇の感触に、茫然としたまま思考を止めた私。


計画通り、彼女を彼の隣に据えた面々は高らかに二人のこの先を祝福しており。


放心している姉を、部屋の隅から弟がひっそり哀れむような視線で見詰めていた。




………誰ですか、あなた。

変わりすぎですから………


いや、息を吹き込んでこないで。

どさくさに紛れて腰に手を回さないで。

え、もう詰んだの?




甘いよ……?

なにこれ。逃げたい。

声も、言葉も容量オーバーしてますから……



甘過ぎです。

もう、お腹一杯です……






『彼女』の呟きは、誰にも届かない?





*****




中学三年生の春に『彼女』は大切な人たちを喪った。



弟と二人、葬儀から戻った彼女の元を訪れた。

彼女は覚えていないだろう。



「私が、私のままであることがきっと両親にとって嬉しいことだと思うんです。だから、私は私の我が儘でこれからも変わらない自分でありたい」



泣き疲れて、ぼんやりと紡がれる声。

それでも確実に彼女はそれを芯に据えたまま成長していく。

この先も、きっとそれは変わらない。




「しかし、依りにも寄って榊の継嗣に目を付けられるとは……相変わらず肝心なところは要領の悪いままですね。さて。とりあえずは様子を見ますか……」




学園でひっそりと紡がれるその声は、誰にも拾われることはない。





*****




『彼』は彼女のことを見てきた。

それは彼が彼女に恋をしたからであり。

それが、彼の望む幸福に繋がる手段であったからだ。



『彼』はようやく得た彼女に微笑んで告げる。



「私の愛しの令嬢? これからもずっと君だけだよ」
















































本篇は、ひとまずこれで完結です。

読んでいただいた方々へ感謝です。

『彼』視点と、『弟』視点…。

もしかすると、もう一人分の投稿も予定しています。

また、見掛けることがあれば宜しくお願い致しますヽ(´o`;

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