前篇
予定よりも長くなりそうだったので、短編を諦めましたヽ(´o`;
前後篇で、『彼女』視点を纏めるつもりです。
その後は様子を見て『彼』視点、『弟』視点を追加するか検討します。
彼女は『彼』のことを見てきた。
それは彼女が彼に恋をしているからではなく。
それが彼女の望みに繋がる手段であったから。
*****
「よくもまあ、そんな見苦しい姿で出席出来たわね。貴女」
うん。容赦ないな。
ガーデンパーティーの華やかさ、もといテーブルに並んだ料理の豊富さと質の良さに周囲への警戒がおざなりになっていたことは否めない。
自分の不注意だ。
明らかな嘲笑を前にして、反省しか浮かばない。
危機察知能力の低さは命取りになりかねないことは我が身をもって知った筈だったのに。
正確には、想定できなかったわけではない。
いや、想定はしていた。
しかし、思った以上に『彼』が今回のパーティーに乗り気ではなかった様子で。
誤算だ。
いやはや、降り掛かってきた結果が今目の前のこの状況。鬱だ。
ああ、願わくばもう少し頑張ってくれたまえ。君。
勿論内心の声である。
「ねぇ、折角の美しい景観も貴女がいるだけで違って見えるわよ?…自覚なさったらどうかしら」
しかしである。
この令嬢も『彼』の普通以上の素っ気なさに苛立っているとはいえ、こんな片隅で気配を殺していた自分に目をつけなくても良いのではないか。
Q 何故だ?
A 暇なのだろう。
……一人完結してしまった。虚しいものである。
自分なら。
たまたま視界に入ったと言っても、わざわざ足を運ぶ労力が惜しいな。
動きは最小限。
これが自分のモットーである。
ああ、だからこそ格好の餌食と言えばそうなのかな。
儘ならないな。
その辺りは今後の課題にしよう。
自分の見目は目の前でモデル立ちしている彼女に比べても天と地ほどに差があるのだ。
いや、驕らないよ。自分は。
現実はありのままに受け止める方です。
そう。
私は、周囲から見ればややぽっちゃりめに当たる体型をしている。
やや、は抜かないように。
その辺りは乙女的な繊細さで察してください。
それもこれも、私自身が食べることをこよなく愛しているからであり。
同時に運動は苦手だ。
この流れで、勘の良い方なら分かるだろう。
中学を半ばまで過ごす頃には、周囲からぽっちゃりさんとして認識されるに至った。
消費され切れない分が残るのが、現実であり。
これでも思春期の半分くらいを費やして悩んだ。
今思い返しても、時間の浪費だったな。
若いって、贅沢だ。
ともあれ、その過程で分かったのは二つ。
その内の一つが、美醜の問題に対しては周囲の目は厳しいということだ。
まぁ、人は見た目が九割と聞く。
人に生まれた以上はそこは諦めるしかないだろう。
今回の令嬢が言う通り、普段の視界に入ってくるものに醜いと感じるものが混ざっていたら、やはり嫌なのだろう。その心理は分からなくもない。
まして、ここが一般的に普通の学園に当たらないことも影響していると思われる。
風当たりは、必然的に強い。
『白鴛清華大附属学園』という、学校名だけでも身構えてしまうネーミングセンス。
初めて学園案内を渡された時も、まず読み仮名から詰まった。
実は未だに呼び間違えることがある。
この仰々しい名を持つ学園には、全国から名家と称される令嬢子息方が集ってくる。
その規模は言わずと知れたものである。
周囲は、学園都市と称することもあるようだ。
実際はちゃんとした地名もあるのだけれどね。
入学当初は、踏み入れるのも躊躇った建築美。
欧風なんだか、尖塔が高く聳えている時点で色々と思うところはあった。
うん。要るのかな、あれ。
それは結果から言うと序盤に過ぎなかった。
あるある。出る出る。
学校にいるのかな、この施設群の数々。
冷静になって考えれば、大学に附属している点から説明が付くものも無くはなかった。
それでも、このレパートリーは必要ないと思うよ。
温室だけでも、ドーム状の大規模なものが数個点在している。
林、森、山の順に視線を辿って滝の案内を見たときは目眩を覚えた。
競技場もやはり複数。もはやオリンピックレベルだ。
施設維持費だけでも、あの法外な学費の説明になりそうだ。
何を目指しているのだ、この学園。
いや、実際のところ案内板さえ改装すれば一大アミューズメントパークに見えないこともない。
一部では『白華ランド(国)』と呼ばれているらしい。
失礼。話が脱線したね。
それはともかく。
研究機関としては国内最高峰であろう。
現に、あらゆる分野の専門家たちが忙しなく行き交っている日常風景。
ああ、ここでもおじさんが息切れしている。
また、道に迷って途方に暮れているおじさんと目があってしまった。
そういった例に遭遇すること数回。
いますよね、旅先で写真撮ってとお願いしやすい人。
自分はそれに当たるらしい。
それで何度か授業に間に合わなかったこともある。
まぁ、仕方ない。こればかりは見過ごしたほうが良識に悖る。
何はともあれ、様式美へのギャップや敷地の広さも半年経てば見慣れてくる。
二年目に入れば言うまでもない。
慣れとは恐ろしいものだ。
ここまでで十分に伝わったとは思うが念のため。
私は、いわば外部組である。
高等科からの編入試験を経て入学した。
簡潔に言えば、両親との死別を境にこの学園との縁が生じた。
あの日から、もう三年近くが過ぎたのだ。
今になって振り返っても、不慮の事故としか言えない状況だった。
何もかも、現実味がない慌ただしい日々。
一つ下の弟と共に葬儀を終えて、まだ茫然としたまま動けずにいた自分の元に、その人はやって来た。
その人について語り始めると長いので、ここでは端的に親切なおじ様ということで聞いてほしい。
そのおじ様が希望され、今の自分は非常に場違いなことを自覚しつつも学園にいる。
ちなみにこのおじ様。
足長おじさんと言うほどに可愛らしい人ではない。
しかし、当人はいたくその呼び名を期待。
結果は言わずもがな。
直接会うときはその様に呼ぶことになっている。
長くなりましたが、もう少し。
私が今の学園で望むのは、自らの平穏につきる。
しかしながら、入学からそれほど経たずしてそれがとても難しいことを思い知らされた。
紆余曲折。
まず、現実を確認しよう。
もし外部組・文武両道・眉目秀麗ならば別の意味で注目されただろう。
しかし、自分は悪目立ちする要素を含んでいた。
外部組・学業優秀・ぽっちゃりさんの三拍子。
最後のは見過ごせないね。
自分で学業優秀と言うのも気が退けないではない…
ただ、勉強についてはそれなりに出来ると自負している。
要領は悪いのに、不思議だと前の中学の友人からは再三首を傾げられてはいたが。
そして、それが自分の首を絞める結果になったのがあの人生で最悪の日パート1である。
入学して初めて行われたテストで、依りにも寄って主席に躍り出た時に平穏は音を立てて崩れ落ちた。
あれー
無いな…、と。
十番台から二十番台付近に目を走らせていた自分は気付かなかった。
ふと、周囲からの視線を感じてまさかと端の方へ視線を上げたのが間違いだった。
1 蒼井 沙紀
青褪めました。
それはもう、血の気が引くとはこういうことかと。
心の底から実感しました。
何せ普段は血色も良いのでそういったものとは無縁で来た訳で。
え、出席番号ではと逃避しようとして無駄に終わりましたよ。
左端の試験結果発表の文字からは逃れられない。
これは、ない。
やってしまった……
しかし、後悔したところで後の祭り。
この時を境に平穏など遥か遠く、地平線の果てに遠ざかったのでした。
はい。昔語りでした。
戻ります。
実際のところは、今回の彼女は優しい部類。
景観を損ねる?
そう言われてしまえば、返す言葉もない。
事実、自分は見目の点で周囲に比べるまでもなく劣っているわけですから。
改善すればいい?
そうですね。考えたことはそれこそ数限りなくあります。
けれども、私が自分と向き合った時にこれがいいと選択した結果なのです。
このままでも、いい。
その決断を、少なくとも人からの嘲笑を受けて変える気は一欠片もありません。
その理由は限りなく自分本意なものとしか思えないので、今まで周囲に口にしたことはありません。
私は、あえて変えたくないと思い。
食べることを好きでいたいと思う。
運動は、自分の出来る範囲で頑張りたい。
この現状で、上のことを叶えるために選べる選択肢には限りがある。
普通でない学園のなかで、私が選んだ手段は本来あまり趣味の良いものとは言えないかもしれない。
けれども、笑って乗り越えられる現実ではなくなっていた。
犯罪紛いな範囲で、多岐にわたる嫌がらせが続いた日々の中では緊急避難措置と言い換えても良いのではないか、とさえ思っている。
私が選択した手段。
それが、『彼』を見ることだった。
この学園における『彼』の立ち位置は、常に主役級である。
常に日の当たる場所にいて。
上からのスポットライトが似合う。
まさに周囲からの視線を一身に浴びる存在。
それが『彼』である。
初めて間近にしたときには、内心同情した。
これが玄人なら、つまり芸能界などに席を連ねる存在であれば、間に立って抑えに回ってくれる人もいるところだろう。
しかし、彼はあくまで一般人であり。
ここはあくまで学園内だ。
必然的に、彼は周囲に独りで対応する羽目になる。
その孤軍奮闘ぶりには涙を禁じ得ない。
自分の身を守るため、彼は大変冷たい物言いをする。
良識こそ身に付いてはいるのだろうが、如何せん普段の冷徹さが目立って大部分が隠れてしまっている。
学内で披露されるその毒舌ぶりは、学園新聞の一面を飾るほどだ。
平和で何より。
しかし、配布されてくるそれを見る度に複雑な心境になるのは自分だけだろうか。
彼の特徴は、端から挙げていくと内定確実の履歴書みたいになりかねないので出来る限り省きたい。
真面目に美麗美句を並べていくのも精神的に辛い。
まず、文武両道。彼は言わずもがな成績上位者の常連である。同時に弓道部の主将として全国大会でも名を知られた一人。出来すぎ君である。
そして、内部組のトップ。名家の継嗣だ。
榊家といえば、こと国内においては名を広く知られた財閥の一つ。最近は海外へも主力製品を携えて進出している最中とのこと。情報源は学園新聞。
ここまででおよそ把握してもらえただろう。
『彼』はまさに棲む世界の違うひとである。
最後にもう一言。
この学園内で彼について回る役職名。
そのまま生徒会長である。
うん、そうだね。それ以外に何がある。
ここでようやく本題だ。
Q そんな『彼』の周りには常に何がある?
A 人人人。つまり人垣もしくは人波。
私は、それを利用してきた。
時に、その人垣の隅の隅で身を潜め。
時に、情報を積み重ねて纏めあげた『彼』の行動範囲から、死角と呼べる位置と時間帯を割り出してそれを基にして行動した。
取り巻きに見付かることは、実際少ない。
何故なら彼女たちの視線は彼一色だ。割り込む余地はない。
それでも見付かったときには、『彼』の名を出して一瞬注意を逸らすこともある。
それで逃げ切れたことも一度や二度ではない。
『彼』を見て、これは使えると思った。
その直感は外れていなかったと思う。
今まで大きな外傷もなく、精神を健全な範囲で保てているのは全て彼を見て、動いてきたからだ。
『彼』が私に僅かでも平穏を与えてくれた存在であることは間違いない。
最後に、言わずと知れたことを付け足しておこう。
「今回の主宰が美鶴様のガーデンパーティーと知った上での振る舞いなのかしら…? いい加減に、自覚して身の程を弁えたらどうなの!? 」
あ、先に彼女から言われてしまった。
そうなのだ。今回のパーティーも『彼』絡みだ。
彼を隠れ蓑にして、なんとか豪華な料理を拝みたいと欲を出したのが今回の敗因。
全ては自分の非に他ならない。
激昂する彼女を前に、頭を垂れてその場を去るほかに自分が取れる選択肢はない。
けれども、この時点で全て手遅れだった。
その声は庭の端まで響いたことだろう。
「煩い。貴女こそ弁えたらどうですか。相良の末姫」
茫然と立ち竦んだ彼女の様子は、まさか『彼』がこの場に介入してくることなどあり得ないと物語る。
これには、正面から同意したい。
この時の私の動揺は、今までの人生でも五指に入る。
何故、動いた。