ネズの木の、魔女
「ねぇ、おかあさん。おかあさんはどうしてお兄ちゃんがきらいなの?」
わたしがそうきくと、いつもおかあさんはこう答えた。
「お兄ちゃんがきらいなわけではないわ。ただ、お兄ちゃんのホントのお母さんは私じゃなくて、恐い魔女だったの。だから私は、いつも用心しているだけよ」
そう言うとお母さんは、にわの小さな木をゆびさす。
「お兄ちゃんのホントのお母さんはあの杜松の木の下にいるのよ。悪い魔女だから、木の下に埋められてるの」
おかあさんはわたしのかみをなでてくれる。
「だからね、マリア。お兄ちゃんと遊んじゃ、だめよ?」
うん、とわたしがいうと、おかあさんはえらいわ、とほめてくれる。
「おかあさんは、マリアのこと、すき?」
「えぇもちろん。お兄ちゃんなんかより、ずっと。だって、自慢の娘ですもの」
おかあさんはすぐに答えてくれた。
そうか、おかあさんはお兄ちゃんより、わたしのほうがすきなんだ。
だけどね、おかあさん。
どうしておかあさんは、わたしの目をみないの?
どうしてお兄ちゃんばっかり見るの?
いつも、おかあさんはわたしをほめるより、お兄ちゃんをおこっている。
いつも、おかあさんはお兄ちゃんのわるくちで、わたしのお話、ほとんどしない。
ねぇおかあさん。ほんとうに、わたしのこと、すき?
学校がおわって、それからお友だちとあそんでから、おうちにかえる。
おうちにかえったら、なにしてあそぼう?
おかあさんはあそんじゃダメ、って言ってたけど、今日もお兄ちゃんとあそぼう。
お兄ちゃんは、わたしのことを見てくれるから。
お父さんはいつも帰りがおそくてあそんでくれない。
わたしを見てくれるのはお兄ちゃんだけだから。
だから、おかあさんがおこったら、わたしがあやまるの。お兄ちゃんに「あそぼうよ」っていうのは、いつもわたしだから。お兄ちゃんは、わるくないんだ。
「ただいま!」
ドアをあけると、おかあさんはいそがしそうにおしごとをしていた。
「おかあさん、お兄ちゃんはどこ?」
おかあさんはいそがしそうにしていて、ふりむいてくれなかったけど、やさしそうに答えてくれた。
「物置におやつのリンゴを取りにいっているわ。あなたもお兄ちゃんにリンゴ、もらってらっしゃい」
「はーい!」
ものおきにいくと、なんだか鉄みたいなにおいがした。
へやのまんなかに、お兄ちゃんはイスにすわってリンゴをもっていた。
「お兄ちゃん、マリアにも、リンゴちょうだい」
お兄ちゃんはじっとすわったまま、うごかない。
「お兄ちゃん?」
いつも、わたしがよんだらへんじをしてくれるのに。
さびしそうな目で、だけど、えがおでわたしを見てくれるのに。
「おかあさん、お兄ちゃんがへんじをしてくれないの」
おかあさんのところにもどると、おかあさんはやっぱりいそがしそうにしていた。
「どうしたら、いい?」
おかあさんはふりむかなかったけど、こう答えた。
「そうなの、お兄ちゃんも困った子ね。もう一度呼んで返事がなかったら、お兄ちゃんのほっぺを叩いてみなさい」
「うん、わかった」
ものおきにもどって、お兄ちゃんをよぶ。やっぱり、へんじがない。おかあさんはたたいてって言ったけど、きっといたいから。わたしはお兄ちゃんのほっぺを、そっとつついた。
ごとん、と音をたてて、お兄ちゃんのあたまが落ちた。
「……お兄ちゃん?」
「あらあら大変。何をやっているのマリア」
いつの間にか、おかあさんが後ろに立っていた。
「お兄ちゃんが死んじゃったじゃない。お父さんにばれたら怒られるわよ」
お兄ちゃんが、しんじゃった?
「そうだわ。お父さんにばれないように、お兄ちゃんをスープにしてしまいましょう」
お兄ちゃんを、スープに?
「マリアがお兄ちゃんを殺してしまったこと、お父さんには秘密にしておくわ」
わたしが、お兄ちゃんを、ころした?
わたしが? どうして?
わたしはお兄ちゃんにきいたけど、お兄ちゃんは、やっぱり答えてくれなかった。
「よいしょ」
おかあさんはお兄ちゃんをだいどころにはこんで、ほうちょうでばらばらにした。
よこで、おゆがぐらぐらにえていた。
「おいしいスープになーれ、おいしいスープになーれ」
おかあさんは、ばらばらのお兄ちゃんをスープにいれてかきまわす。
わたしは、ずっとそれを見ていた。
夜になって、おとうさんがかえってきた。
「ただいま。おや、いい匂いがするなぁ」
「お帰りなさい。今日はいいお肉が手に入ったのでスープにしたわ」
おかあさんはわらいながらスープをおさらにわけた。
「おお、うまそうだなぁ」
そう言って、おとうさんはスープを食べた。
「うん。とてもやわらかくて美味しい。いい肉だなぁ」
おとうさんは、どんどんスープを食べた。
なんかいもおかわりをして、すっかりおナベがからっぽになったころ、おとうさんは言った。
「そういえば、息子はどこにいったんだい?」
「親せきの家に泊まりに行ったわ」
おかあさんが答えた。
「そうか。それで、マリアはなぜ泣いているんだい?」
「学校で、友達と喧嘩をしたんですって」
そう、わたしはずっとないていた。
おかあさんがお兄ちゃんをばらばらにしていたときから。
すごくかなしくて、ないていた。
お兄ちゃんがしんじゃった。
お兄ちゃんが、スープになってしまった。
スープになって、おとうさんに食べられてしまった。
もう、お兄ちゃんはいない。
もう、よんでも答えてくれない。
もう、なでてくれることはない。
もう、ずっと会えない。
もう、わたしを見てくれない。
もう、わたしをだれも見てくれない。
――だれも?
そうだ、見てくれたのはお兄ちゃんだけだった。
だから、お兄ちゃんがいなくなったら、だれもわたしを見てくれないんだ。
もうだれも、わたしを。
「それは、いや」
わたしはなくのをやめた。
あたりは、まっくらだった。
おとうさんもおかあさんも、もうねている。
わたしは、タンスのいちばん下からぬのを出した。
すべすべして、とってもきれいなもようがある。
そして、つくえの下にすててある、お兄ちゃんのほねをひろった。
おかあさんがばらばらにしたので、ぜんぶひろうのはたいへんだった。
お兄ちゃんのほねをぬのにくるんで、にわに出た。
月が、とってもきれいだった。
わたしは、いつもおかあさんがゆびをさしていた、ちいさな木のところにあるいていった。
おかあさんは言っていた。お兄ちゃんのおかあさんは、まじょだったって。
わたしは、しっている。友だちから、きいたことがある。
まじょは、しんだ人を生きかえらせることができるんだよって。
まじょなら、しんだ人を、生きかえらせられる。
お兄ちゃんのホントのおかあさんなら、お兄ちゃんを生きかえらせてくれる。
お兄ちゃんに、また見てもらえる。
わたしがここにいるって、見てもらえる。
ちいさな木の下をほって、ほねをつつんだぬのをうめた。
木が、さわさわと、ゆれた。
わたしは、たいせつなことをおもいだした。
「そうだ。まほうのよういをしなきゃ」
お兄ちゃんのおかあさんはじめんの下だ。だからきっと、まほうのことばを言えないし、まほうのもようをかくこともできない。
わたしは木のまわりにまほうのもようをかいた。
そして、まほうのことばを言った。
ばりん、と大きな音がして、木がはんぶんに、われた。
われた木からけむりが出て、中から鳥さんが出てきた。
ぱたぱたと空をとんで、鳥さんはうたった。
「母さんが僕を殺して、父さんが僕を食べた。
妹のマリアが、僕の骨を拾って、絹の布に包んで、杜松の木の下に埋めた。
ピーチク、ピーチク!
僕はなんて素敵な小鳥!」
やった! これでお兄ちゃんが生きかえる。
わたしはすっかりうれしくなって、鳥さんにおねがいした。
「きれいな鳥さん、おねがいをきいて!」
「ピーチク!」
鳥さんはお空のとおくにとんでいった。
すっかりあんしんしたわたしは、おうちにもどった。
――何日かたったある日。
まだお昼なのに、おとうさんがかえってきた。
おとうさんとおかあさんがはなしをしている。
どうやら、おとうさんのおしごとがなくなったらしい。
おかあさんも、おとうさんも、すっかり元気がなくなった。
だけど、わたしはへいき。
もうすぐ、お兄ちゃんがかえってくるもの。
外から、うたがきこえた。
「母さんが僕を殺して、父さんが僕を食べた。
妹のマリアが、僕の骨を拾って、絹の布に包んで、杜松の木の下に埋めた。
ピーチク、ピーチク!
僕はなんて素敵な小鳥!」
鳥さんが、もどってきた。
おかあさんは、うたをきいてびっくりしていた。
「何? この不吉な歌は」
「そうかい? とても奇麗な声じゃないか」
おとうさんがそう言うと、おかあさんはおこって言った。
「そんな! とても恐ろしい歌じゃないの! マリア、絶対お外に出ちゃダメよ」
だけど、わたしはおかあさんの言うことをきかないで、外に出た。
もうすぐ、お兄ちゃんがかえってくる。
鳥さんは、やねの上にいた。
「おかえりなさい、鳥さん」
「ピーチク!」
鳥さんは、もっていたものをわたしの前におとした。
――赤い、小さなクツ。
鳥さんは、まず、わたしにまっ赤なクツをくれた。
「母さんが僕を殺して、父さんが僕を食べた。
妹のマリアが、僕の骨を拾って、絹の布に包んで、杜松の木の下に埋めた。
ピーチク、ピーチク!
僕はなんて素敵な小鳥!」
おうちにもどって、おとうさんにクツを見せた。
こんどはおとうさんがそとにでた。
鳥さんはおとうさんに金のくさりをくれた。
「母さんが僕を殺して、父さんが僕を食べた。
妹のマリアが、僕の骨を拾って、絹の布に包んで、杜松の木の下に埋めた。
ピーチク、ピーチク!
僕はなんて素敵な小鳥!」
おとうさんが、うれしそうにもどってきた。
「あの鳥は親切だ。マリアには靴をくれたし、俺には金の鎖をくれたぞ。これで、働かなくても生きてゆける」
おかあさんは、青くなってふるえていてけど、おとうさんにこう言った。
「そう…… じゃあ私も何か貰いましょう。悪い気分が無くなるかもしれないわ」
おかあさんはそとに出た。
ずしん。
「母さんが僕を殺して、父さんが僕を食べた。
妹のマリアが、僕の骨を拾って、絹の布に包んで、杜松の木の下に埋めた。
ピーチク、ピーチク!
僕はなんて素敵な小鳥!」
大きな音がきこえたから、わたしはおそとに出た。
おかあさんは、大きな石うすの下で、つぶれていた。
そうか、つぶれちゃったら、わるいきぶんじゃ、なくなるね。
鳥さんはおかあさんに石うすをあげて、わるいきぶん、なくしてくれたんだ。
つぶれたおかあさんをみていたら、おかあさんの上の石うすが、にわの木みたいにはんぶんにわれて、けむりが出てきて、
――中から、お兄ちゃんが出てきた。
「おかえりなさい、お兄ちゃん」
そして、その夜。
こんどはおかあさんがスープになった。
おとうさんは「おいしくない」と言っていた。
「なんだ、この肉。硬くてとてもまずいぞ」
「そのお肉しか、なかったの」
わたしは答えた。
ふうん、とおとうさんは言った。
「ところで、おかあさんはどこに行ったんだい?」
お兄ちゃんとわたしは、にっこりわらう。
「しんせきのおうちに、とまるんだって」
あれから、おかあさんはかえってこない。
でも、かなしくはなかった。
金のくさりをもらったおとうさんは、おしごとにいかなくなった。
いまではおうちでたくさん、おしゃべりをする。
とても、まいにちがたのしい。
今日もまた、みんなでおしゃべりをする。
わたしはとてもしあわせ。
慣れた様子で窓を器用に開け、鳥が部屋に入ってくる。
あれからもう、ずいぶんと経った。
「ピーチク!」
私はその羽根をそっと撫でる。
長い年月の間に、すっかり使い魔として馴染んだ鳥。
「ピーチク!」
「そうだね」
私は部屋から出て階段を下りる。
暗い廊下の先に、扉が一つ。
扉の向こうには、お兄ちゃんがいる。
私と同じ、年を取らないお兄ちゃんが。
でも、お兄ちゃんには私が魔法をかけないと、すぐに腐り始めてしまう。
だから、また魔法をかけなおさないと。
――そういえば、いつだっただろう?
最後に声を聞いたのは。
最後に私に笑いかけてくれたのは――
「ピーチク!」
「でも、大丈夫」
――でも、私は平気。
私は今も小さな女の子だけど、もう平気だもの。
例え、声が聞けなくても
笑いかけてくれなくても
お兄ちゃんさえいてくれれば。
私は一人じゃない。
私は、お兄ちゃんさえいればいいのだと気が付いたから。
それがどんな形であっても。
「そうでしょう? 鳥さん」
「ピーチク!」
――あのときに鳥が運んできたもの。
『石臼』は罪の重さ。
だから、母さんは潰されて死んだ。
『金の鎖』は心の鎖。
だから、父さんは鎖を売った後、全く家に帰ってこない。
『赤い靴』は魔女の証。血色に染まった人生の証。
だから、私は屍を数え続ける。
――だけどね……
おとぎ話の最後は、いつも「めでたしめでたし」だから。
そう、だからわたしはしあわせなんだ。
ずっと、ずっと、「いつまでもしあわせにくらしました」。
「そうでしょう? お兄ちゃん」
「ピーチク!」
グリム童話「ネズの木」のマリアの視点から、物語とその後を創ってみました。
ひらがなが多くて読み辛かったらごめんなさい。
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