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短編

さくら

作者: 双六

拙作『吾輩はご主人の犬である。子供はまだない。』

の元ネタです。

すでに読んでいただいている方には今更かもです。

今思えばあのときの私はどん底でした。

親に捨てられ、住む所もなく、毎日食べる物にも困りました。

でも、決して悲観的になっていたわけではないのです。

当時の私はそれが当たり前だと思って生きていました。

私のような者はその内そこら辺りで野垂れ死ぬ。

そういうものなのだと。


五年前のちょうど今時分の季節です。

満開になった桜が、何日も続く長雨に打たれ、

たくさんの花びらを地面に散らしておりました。


私の生来のくせっ毛も雨の重さでストレートになった挙句、

三日もロクな食事にありつけておらず、フラフラ街中を歩いておりました。

行き交う人はそんな私を見ては避けて通ります。


でも、それは別に構わないのです。

私が宿なしと見るや面白がって、石やら缶やらを投げてくる人がいました。

私は必死になって逃げました。

このときばかりは、なぜここまで酷い仕打ちを受けねばならないのか自分の運命を呪いました。


視界がかすみ、歩くのにも疲れ果てた私は、

神社の境内に身を寄せてこのままここで終わりを迎えようと思っておりました。


そこに傘を手に現れたのが、あの人でした。

私がよっぽどひもじそうな顔をしていたのでしょう。


「こんなものしかないんだけど」


そう言って、肉まんを差し出してくれました。

しかし当時の私は完全に人間不信に陥っており、

親切にしてくださったあの人に対して、


「近寄らないで! 私をどうにかしようって言うんでしょ!」


と大声で怒鳴っていました。


恐かったのです。

ただただ恐かったのです。


それでも、あの人は肉まんを手に近付いてきます。

私はたまらなくなって飛びかかりました。

そして、残る目いっぱいの力であの人の腕に噛みつきました。


その腕から血が流れます。

そして、私は次に来るであろう報復に身を固くしました。

しかし、頭に降りてきた手は優しく、私の頭を撫でます。

そしてその手と同じくらいに優しい声が響きます。


「よかった。まだ元気だな」


「うちの子にならないか」


あの人は私に『さくら』という名前を授けてくださいました。


そのとき雨で散った桜の花びらが、私の身体中に貼りついていたからだそうです。

頭の先から尻尾の先まで。


あの人が今朝も呼んでいます。


「さくら」


私はこの名前がとても気に入っています。


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