引っ越しする僕
僕の住む街ではたまに不思議な事が起きる。ある人は神様が関係してるって言うし、ある人は宇宙人の仕業だっていう。でも結局のところ、原因はさっぱりわかってない。なにしろ、体験した人が少なすぎるから調べようにもそのための材料が少なすぎるんだ。
僕がこの街に引っ越してきたのは3ヶ月前。父親の仕事の関係上、引越しには慣れてはいたけど、さすがに部活を引退してすぐに引っ越しなんてあんまりだ。本当に急なことだったから先生や友達への挨拶もほどほどに、すぐにこの街にくる事になった。幸いこの街の人たちは一部のひとを除いて、ほとんどの人たちが親切でやさしい。近所の人は、引っ越しによって谷底に突き落とされた僕の心を引っ張り上げる手助けをしてくれた。その試みの一つが、月に一度開かれるパーティへの招待だった。そのパーティはこの辺りで一番のお金持ちが主催する親睦会のようなもので、夜の7時位になると、何百人もの近所の人たちが集まりにぎやかに食事をしたり、小学生や活発な中学生なんかは庭で鬼ごっこやドロケイをしたりしてして楽しむのだ。子供達は9時ごろには親に引きずられながら帰路につくが、中には早朝まで主催者と飲み明かすツワモノもいるらしい。特に十字路のボロ屋に住むゴロさんは他にやる事がないからずっと飲んでるらしい。
初めてこのパーティに参加したのはこの街引っ越してきて一週間後の事だった。そのときの事を僕は絶対に忘れる事はないだろう。
こっちはまだ夏休みだったから、僕は先生に会うために一度だけ学校に顔を出しに行った。新しいクラスの担任は見るからに野球部の顧問だった。そしてとても粗暴な人間だと言う事が振る舞いや言葉の端々から感じ取れた。そして当然僕は、夏休みが開け、この男と毎日顔を合わせなくてはならないという真実を憂いた。
本当は学校に部活かなんかで同級生がいれば声をかけようと思っていたから、グランドを見てガックリと肩を落とした。運動部にとって一番大事な時期にグランドを工事しているなんて。なんでも水捌けをよくするための工事らしい。なんで今なんだろう。無性に苛立ち、担任が粗暴な態度の原因がもしかしてこれなのではないかと思うと、さっきまで感じていた担任に対する気持ちは少し和らいだ。
パーティには同級生が何人も来るという事を事前に聞いていた僕は、絶対に一人は友達、最悪顔見知り程度でも、知り合いを作ろうと決意していた。一人いるかいないかで、夏休み開け最初の自己紹介の緊張の度合いが変わってくる。僕は戦地へ赴く兵士の心持ちで、ビクビクしながらパーティ会場に足を踏み入れた。
パーティと言っても出入り自由で、お金も必要ない。出される食事やお酒はすべて主催者持ち。普通に考えたらあり得ないが、普通では考えられない程の金持ち、というのは近所のおばさんたちの言葉だ。
とりあえず僕は庭に向かう事にした。大人たちの高らかな笑い声や、明るすぎる照明が降り注ぐ道を進みなんとか庭にたどり着いた。僕にはここが庭なのか草原なのか区別がつかなかったが、僕はまだこの家の門を一度しかくぐってないからきっと庭なのだろう。庭には、少し色の剥げた場所のある白い木製の丸いテーブルがたくさん設置されていて、その周りには3〜4脚の同じく白い椅子が並べられていた。幾つかのテーブルには親子連れが座り楽しそうに食事をしていた。食事はさっき通って来たロビーのような場所にバイキング形式で所狭しと並んでいて、美味しそうに香りが夜の空に飛び立っていく。
僕はとりあえずあたりを見回して同じ位の背丈の人間を探した。ところが、見つかるのは僕より明らかに年上のひとばかりだし、夜の暗闇の中に隠れていてなかなか同級生を見つけることができなかった。僕はとりあえず適当に椅子な腰をおろし、テーブルの上で頬杖をついた。ぼんやりと、家の方からこぼれてくる明かりと、庭のところどこらに設置された心許ない光を発する細かな細工を施された電灯を頼りに行き交う人たちの顔を見続けた。
「ねぇ。」
しばらくして諦め掛けた時、横から声をかけられた。
「ねぇ、さっきから何見てるの。」
驚いて声のした方を向くと一人の女子が僕の隣に座っていた。暗がりのなかで、彼女の顔はとても白くて、とても綺麗だった。
「友達になってくれる人を探してるんだ。」
と僕がいうと、彼女は怪訝な顔をして、
「ホントに?」
と言った。
「もちろん。ホントに。」
「でも友達がいないようには見えないけど。」
「残念ながらこの街にはいないんだ。引っ越してきたばかりでね。」
「きみ、いくつ?」
「今、中3だけど」
「じゃあタメだ。私の目に狂いはなかった」
彼女はにっこりと笑った。その瞬間彼女の周りの空気がとても柔らかやものになったように、僕には感じられた。
「君、Y中?」
彼女の方を向いて訊いてみた。
「そう。きみも?」
「そうなんだ。夏休み開けからは2組みに入る事になってる。」
「ええー。私も2組だよー。ええと…」
「ああ、山本です。はじめまして。」
「はじめまして。本田春です。」
そのあと僕と春は、僕が前いた学校のことを話したり、春の部活の事や新しいクラスメートの事を聞いたりした。
結局その日は春に連れられて、豪邸のあちこちに散らばって僕の目をかいくぐっていた春の友だちと会い、自己紹介をし、連絡先を交換し夜の10時頃に家に着いた。春は帰り際に両親と合流し、僕は春の「一緒に乗ってきなよ」という誘いを快く受け、一緒に春の両親の運転する車の後部座席に乗り込み家まで送ってもらった。
それからと言うもの、僕は春の事を思うたびに胸が苦しくなるのと同時に、あまりにも単純な自分に嫌気が差すのであった。