エピローグ (3)
『……の道路脇で発見されたのは、近くの市立黒葉矢中学に通う法野宗政さんの遺体であると判明しましたが、遺体の損傷が激しく……』
誰もいない部屋の中。
テレビだけが、流れるままにニュースを映す。
誰もいない部屋の中。
そこだけにかろうじて、人のいた形跡を映す。
とはいえ、
誰がテレビをつけたかは分からない。
なにしろ、もう、
誰もいないのだから。
人の匂いがしない、
人の気配がしない、
生活感の無い室内。
それでも、
テーブルに置かれたコップには、まだ微塵ほど、人のいた余韻が残されていた。
ひとつは、完全に空のコップ。
ひとつは、水の満ちたコップ。
机にはノート。
シャーペン。
サインペン。
消しゴム。
最低限の品物だけが配置されたその光景。
朝の日差しを窓から受け、薄暗く照らされる室内の光景。
静かに、
ただ、静かに、
時間だけが、ゆっくりと経過してゆく。
『……て、同じ黒葉矢中学に隣接する山林から発見されたのも同中学に通う不破東吾さんと分かりました。詳しい状況は司法解剖の結果を待つ形ですが、遺体の状態から、熊や狼などに襲われたものとして調査を……』
流れ続けるニュースとともに。
時間だけが、ゆっくりと。
もう誰もいないのに、
時間は過ぎる。
もう誰もいないのに、
世界は動く。
すべてを置き去りに、
世界は動く。
『……らに今日になって、またしても黒葉矢中学二年の無草明光さんの遺体が同中学の校舎屋上で発見され、警察は関連性は薄いとしながらも捜査を……』
乾いた室内に響くアナウンサーの声。
世界は動く。
消えたのは世界からすれば、ほんの一部。
気にも留めない。
消えたのは世界からすれば、矮小な人々。
気にも留めない。
無人の室内。
フローリングの床に転がる血塗れの学生服も、
ゴミ箱へ無造作に捨てられたボロ布同然の血濡れたセーラー服も、
同じように、血で汚れた白いシーツだけが置かれた寝室の小さなベッドも、
無視して時は進む。
『……これら八件の事件、事故により、わずか三日の間に黒葉矢中学の生徒とその親族が10人も立て続けに亡くなるという異常事態に、保護者たちからは学校側へ説明を求め……』
見るものもいないテレビから、音と映像が無機質に流され続けるのと同じく。
時は進む。
どこへ向けてかは知らない。
ただ進む。
時は進む。
世界とともに。
誰もいない部屋を、誰もそうと気づかないのと同じく。
窓の外、
マンションの外を歩く人々が、気づかないのと同じく。
窓の外、
照りつける太陽のもと、白い世界が広がり、
晴れ渡る空を仰ぎ見て、少女が微笑む。
大柄な犬をその横に連れ、
青天を走る巻雲を見て、少女が微笑む。
途端、
風が舞う。
柔らかな風が。
そんな風に、
体毛をなぶられた犬が、くすぐったそうに小さく吠えると、少女は犬の頭を撫でた。
その様子を、
植込みの脇へ腰を下ろした少年が見ている。
優しげな笑みを浮かべて。
その時、
ふと、
少年は視界の端に人影を見た。
並木道の真ん中。
陽炎に遮られた人影。
姿は判然としない。
しかし、
不思議と少年には、その人影の正体が分かった。
分かって、
また少年は笑う。
優しく、
柔らかく、
穏やかに。
瞬間、
急に陽炎が晴れる。
霧の晴れるように。
そして、
はっきりと姿を現した人影は、
静かな足取りで少年に近づき、
つぶやく。
声は聞こえない。
距離のせいなのか。
それとも声が小さすぎたためか。
緩やかに吹く風に掻き消され、その口から発せられた言葉は聞き取れない。
なのに、
少年には何を言ったのか、
理解出来ていた。
理由は知らない。
何せ、
もう誰もいない。
ただ、
人影の発した言葉を知った少年は、
人影に、いっそう優しげな笑みを向けると、
ゆっくりと、その瞳を、
閉じた。




