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悪魔は蒼ざめた月のもとに  作者: 花街ナズナ
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プロローグ (5)

次々に少女の口から聞かされる話に太知は、

堪らず絶句した。


話の内容だけなら、確実に夢でも見ているとしか思えない。


しかし、現実。

こと、ここまで及んでは、目の前の現実を否定できない。


事態の異常さに吐き気すら起きる。

白昼夢のような現実。


「繁華街で通り魔野郎をあんたが仕留めたのも、その力の作用だろうね。憶測だけど、あんたはあの場にいて、こんなことを考えたんじゃないかな? (こいつの頭に、看板でも落ちてきやしないか……)なんて具合に、漠然と願った。結果は話した通りさ。思えばそうなる。そういう力を、あんたは得て、それを無自覚に行使したのさ」

半ば呆然としてしまっていた太知だったが、この少女の説明には、わずかに反応した。


「え……ちょっと待ってくれ。その……なんとかって力を、俺はいつ、どこで手に入れたっていうんだ? そんなものを身に付けた覚えなんて俺には無いし……それに、その話だと、その力とやらっていうのは、ほとんど神様みたいな力じゃないか……」

「……神様ねえ……力の表現としては、いかにも安直なセンスだけど、まあ意味は伝わるよ。けど、物事は都合の良いことばかりじゃない。そこまで世の中は甘くない……とでも言うべきかな?」

「……?」

「あんたがそのフェイト・ヘイトを身に付けた経緯については今度ゆっくり話すとして、だ。どうも万能のように誤解しているこの力に対する認識を改めることにしようかね。フェイト・ヘイトは思っているほど何でもできるような力じゃない。まずこれもいったはずだけど、あくまでも現在から未来に対する事象に対してしかこの力は働かない。すでに起きてしまった事柄は変えられない。つまり、死んでしまった人間を生き返らせるとか、失った腕や足を元に戻すとか、そうしたことは不可能なんだよ」

話され、ようやく合点がいく。


なるほど、

それなら全能というには程遠い。


ただし、それでも凄まじく強力なことは間違い無いとは思うが……。


「加えて、起こせる事象にも限界はある。目安としては(起こりそうで起こらない)程度のことだね。簡単に言うと、俗に言う(奇跡)とかで片付けられる範囲のこと。確率で言うなら、万が一なんていうくらいの事柄だったら余裕で実現できるよ」

やはり、

十分すぎるほどに強力だ。


これだけでも十分に。


使い所と使い方を誤らなければ、できないことのほうが少ないように思える。


それだけに……、

相も変わらず、そぞろに自分の周りを歩きつつ、呑気に説明などをしている少女のことが気にかかった。


何故、この少女がそうした事実を知っているのかという疑問はある。


が、それよりも、

少女の言うことがすべて事実だとして、そのリラックスした態度はどこから来る?


自分が少女の言う通りの力を持っているとするなら、

自分がもし、少女の立場だとして、自分と一緒にいるとしたら、

こんなにも余裕を持って接することなど出来るものだろうか?


「あの……さ……」

「ん?」

「ちょっと変な質問するけど、君……なんでそんな平気な顔してここにいられるんだ?」

「……というと?」

「俺が……怖くないのか?」

「なんでだい?」

「自分で言ったろう、俺の力のこと。君の言う通りなら、俺はその気になれば、君を今すぐにでも殺すことだって出来るわけだぞ?」

我ながら、不思議な質問だ。


無論のこと、この少女を殺す気など無い。

大体、殺す理由など無い。


それを言うならこの少女に限らず、人殺しなどせずに済めばそれに越したことは無い。


ただ、

可能性の話。


いつでも自由に自分を殺せる人間が近くにいるという事実。

太知の想像するに、それは決して軽い事実ではない。


たとえ相手にそのつもりが無いとしても、感じるプレッシャーは少なからずあるはずだ。


なのに、

彼女はどうしてこうも気楽な風でいられるのか?


その疑問を解消するための太知の質問に、少女はわずかの間、目を丸くして見せたが、すぐに先ほどまでの呑気な調子へ戻り、太知の顔を見つめながら、また小刻みに何度もうなずいた。


「……はーはー、なるほど。そういうことかい」

ひざのひとつも叩いて納得したのを示しそうな様子で、少女は言う。


「言いたいことは理解した。けどあんた、また私が話したことをひとつ、それも大切なところを忘れてるよ」

「……え?」

「私はゲーム・キーパーだ。この世界の管理者。いくらあんたのフェイト・ヘイトでも私だけは殺せないよ」


ゲーム・キーパー。


これも先ほどから何度か聞いている。

ということは……?


「その……ゲーム・キーパーっていうのが、つまり、君の持ってる力なわけか?」

「はい、ようやくお勉強の効果が出て来たね。そうさ、私の持つ力がゲーム・キーパー。あんたの持ってる力はフェイト・ヘイト。名前だけ憶えて安心しなさんなよ。きちんと力の特性、効果、使用法も頭に入れとくことさ」

「力……特性……」

またもや増えてくる聞くべき事柄に、気づかず太知が眉をひそめたのへ、少女はあえて意地悪く話を続けた。


「ま、直接はあんたに関わることじゃないから、知るべき程じゃないかもしれないけど、知識は荷物にならないからね。ついでに知っておくといい。私の力……ゲーム・キーパーは、まず望んだ相手の意識下に侵入することが出来る。限定条件は無い。誰の意識にでも潜り込める。で、相手を勧誘するのさ。ゲームにね」

「そこだよ、何度も言ってるけど、そのゲームっていうのは一体……」

「焦りなさんな。説明はすべてする。始めにそう言ったろう?」

「……」

「さっきから言ってるゲームってのが、言わば私の力の真骨頂だよ。意識下での交渉で参加を決めた人間……プレイヤーに、指定したフィールドを提供する。そこでプレイヤーには定められたルールに従い、遊んでもらう。私はその様子を眺めて楽しむ。どうだい、人畜無害な優しい能力だろう?」

「人畜無害……?」

この発言には、太知も不快感を露わに疑念を込めた声を上げる。


「……ついさっき、人を撃ち殺そうした人間が、人畜無害だなんてよくも言えたな」

「そういう素振りをしたのは認めるさ。けど、結局は殺してないだろう?」

「それはただの結果論だろうがっ!」

混乱とある種の恐怖により、理性のタガが緩んでいたこともあってか、太知はつい、本能的な怒声を上げてしまった。


のだが、

少女のほうはといえば、

やはり微塵も動じていない。


それどころか、口を押さえて笑いを堪えている。

そんな様子で少しの間、少女は笑気の自制に成功したらしく、ふっと落ち着いたように、ひと呼吸をし、再度、話を次いだ。


「……悪い悪い。そりゃあ、あんなことされたんだからその言い分はもっともさ。でも、私はこう見えてそれなりにまっとうなつもりだよ。シリアルキラーでもあるまいし、そう簡単に人なんぞ殺そうだなんてしやしない」

「だけど実際、銃を……」

「だから、そこさ」

「?」

「私は確かにあんたへ向けて引き金を引いた。これは事実だ。けど、壁に向かって撃った時とは銃の中身が違う。あんたの時には空砲さ。発射しても弾は出なかった。でかい音がするだけにしておいたんだよ。だからもし、万一にあんたがあの時、自分の力をちゃんと使えていなかったとしても、せいぜい耳がキーンとするだけで済んだはずさね」


これを聞いて、

太知は、

唖然とした。


人を試すにしても性質が悪すぎる。

心臓に悪いなどというものではない。


おかげであの後、しばらくは生きた心地がしなかったというのに。


気の抜けるような種明かしを聞かされたせいか、太知は肩すかしを喰らったかのように、その場でがっくりと首を折り、背を丸めてしまった。


「どうした、もうくたびれちまったのかい?」

「違うよ……ただ、なんだかやたらと……気が抜けちまっただけだ……」

「緊張の糸が緩い子だねあんた。そんなんじゃ、この先が思いやられるよ」

少女は呆れたような口調でそう言ったが、それは上辺の態度だけだと容易に知れた。


こっちこそ言いたい。

緊張感に欠けると。


リラックスしたムードでこんなことを言われたところで、心どころか耳にすら響かない。


「まあ、長々と話してはきたが、つまりはこういうことさ。あんたは特別の力を持っている。けど、私も持ってる。そして置かれた状況からして優位にいるのは私だ。別にその立場を振りかざしてあんたをどうこうしようってんじゃないよ? ただ認識しときなってこと。自分の立場ってものをね。一旦ゲームに参加した以上、この世界のルールはすべて私が決められる。極端な話、あんたの力を使えなくすることだってできる。けど、それは無しだ。そんなことしたら、せっかくのゲームが台無しになっちまう。私が付ける制約はせいぜいのとこ(あんたの力は私に影響しない)って程度だね」

「制限か……まるでカゴの鳥だな……」

「人間としては分不相応なほどに強力な力をもらっておいて悪態つくんじゃないよ。人生ってのはそれそのものがゲームさ。ルールに従い、時の運と実力を駆使して闘う。ポーカーか何かだとでも思いなよ。あんただけじゃない。みんな、配られたカードで勝負するしかないんだ」

態度こそ、後ろで結わえた髪を指で弄りながらの不真面目なものであったが、今度の言葉については、妙に得心した。


人生はゲーム。

そう思わなければ、やっていられない場面は多々ある。


そして、配られたカードで勝負するしかない。

生まれた時点で与えられた能力や環境が自分の手札。


切り札を持ってる人間なんて限られている。

そこを思えば、確かに自分は恵まれているのかもしれない。


この力は、紛れも無く切り札だ。


明確な人生の勝ち負けなんて分かりはしないが、とにかく勝つための条件がひとつ、知らぬ間に揃っている。


これ自体は幸運と考えていいはずだろう。


そう、

では、あるのだが……、

まだまだ聞かなければいけない疑問が山のように残っていることを思うと、それはそれでなんだか面倒になる。


とは言っても、聞きたくないとは当然のこと思わない。

脳みそにクエスチョンマークを差し込んだままで生活するなど、よほどのマゾヒストか、哲学者くらいのものだ。


筋道は明瞭に。

視界も思考も見通しがいいほうが良いに決まっている。


だから、受動的から能動的へと切り替わろうと思った。

少女は何でも答えると言ってるのだし、聞いて損することは無い。


異様な状況や立場にも少しく慣れてきたのだろうか。

気分は始めとは比べ物にならないほど落ち着いている。


ここは勢い、聞きたいことを一気に聞いて、さらなる精神の安定を求めようと、太知は地面へ腰掛けたままに、立ち、歩き続ける少女を見上げて口を開いた。


が、

声を出すより前に、何か急に思いついたような素振りをする少女の言葉が先回る。


「……おっと、ちょいとばかり長話が過ぎたようだ。悪いが、今日のところはここまでにさせてもらうよ。こう見えても私は結構、忙しい身でね。あんただけにかまけてるわけにもいかないのさ。というわけで、残りの説明は次に会った時、ゆっくりするとしよう」

言って、少女は太知を見た。


目が合うと、

途端に、

意識がゆらぐ。


正面に出ていたはずの意識が、急速に縮み、体の中へと引っ込んでゆくような感覚。


眠りにつく前の、まどろみによく似ていた。


「お……い、ちょっと待てよ……ここまで話して……残りはお預けなんて、生殺しもいいとこだぞ……」

薄れてゆく意識の中、回らなくなってゆく呂律をなんとか修正し、倒れ込みそうになりながら太知は少女へ言う。


「良いほうに考えなよ。とりあえずは聞いた分のことに関して、話を整理する時間が出来たっていう風にね。心配しなくても、あんたはもうゲームに参加してる。言ったろう? 私は初心者には優しいんだってさ」

言われたが、それで安息できるほど太知は思考の切り替えが器用で無かった。


問題の先延ばしほど、苦痛なことは無い。


同じ苦しむことになるなら、いっそのこと、ひと思いにというのが今までの人生で構築された太知の価値観。

こうなるかも、ああなるかもと、思い悩むのは御免だ。


そうは思っても、遠のく意識は戻らない。

柔らかく優しい泥のような深淵に埋まり込んでゆく意識を、上昇させる気力も削がれたか。


そんな、失いかけの意識の中で太知は、

「クソッ……こんなことになるんだと分かってたら、ゲームの誘いなんてバカバカしいもの、断ってりゃよかった……」

空しく、最後の悪態を吐いた。


ところが、


「……さあ。誘いを断ってたほうがよかったかどうかは……なんとも言い切れないところだと思うけどね」


もう、目も見えない。

もう、声も出せない。


かろうじて耳だけが、微かに音を拾う中、聞こえてきた少女の言葉。


気のせいだろうか。

今まで話していた時とは違い、どこか冷たい声のトーン。


「これは言い忘れてたことなんだけど、私の力……ゲームへの参加を意識に侵入して求めた際に、もし相手がそれを拒否した場合……」


そこで一拍。

そして一言。


「死ぬんだよ」


暗転する意識に響いた少女の言葉。

消え入る意識に響いた最後の言葉。


思考する力も無くした太知がそれによって得た感覚はひとつ。


悪夢。


もしくはそれを想起させる感覚。

漠然とした不吉さと恐怖の感覚。


刹那、


太知の意識は最後に受けた凍えるような不快感に包まれながら、ぷつりと途切れた。



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