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悪魔は蒼ざめた月のもとに  作者: 花街ナズナ
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プロローグ (4)

「あんたが今、聞きたいと思っていることには、すべてきちんと答えてやるよ。それが私の仕事と言ってもいい。今だけのことじゃない。今後も、あらゆる疑問に答えるし、聞かれなくても話す。ゲームをスムーズに進めるための労力は惜しまないさ」

そう話しながら、少女は自然と座り込むような姿勢になっている太知の周りを歩きつつ、急にその場へ立ち止まり、一点を指差した。


それは、

壁。


地面と空、それに少女にばかり視線が向かっていたため気がつかなかったが、よく見ると周囲には所々が朽ちたような壁が、四角く囲むように存在している。


「さて、そのためにもあんたの聞きたいことを聞く前に、現時点の状況を説明するとしよう。ここはどこか。聞きたくは無いかい?」

言われて、太知はほぼ反射的にうなずいた。


思えばおかしい。

自分の記憶自体は、繁華街での騒ぎを目撃したところで完全に途切れている。


その後、どのような経緯で自分はこんな場所に来たのか?

いや、自力で来たとは考え難いところからして、誰にどうやって連れてこられたのか?


少女に言われるまでも無く、思う限りの疑問はすべて問うつもりだが、まずは今の状況を確認したいという気持ちが特に強く心を満たした。


そんなことを思っていると、少女は壁の一部に取り付けられた窓らしきもののガラス部分を指でさすっている。


見回してみると、壁は四方に配されており、ちょうど屋根と床の無い家のような構造であるのが分かった。

その証拠に左手側の壁には、木製のドアらしきものも見える。


「ここは(人を拒絶する家)って言うんだ。壁はあるが、屋根も床板も無し。四阿の逆だね。四阿は屋根と床はあるが、壁が無い。ここは屋根も床も無いが、壁だけはある。人間が住むにあたって、重要なのは壁よりも屋根と床だ。その意味で、ここは人間の居住を根本から拒絶してる。ひねくれてはいるが、青い空に白い雲。土と草の匂いってのも悪くは無いだろう? そのくせ、四方は壁に囲まれてるから落ち着いて話をするにはちょうどいい閉塞感もあると思ってね。そういうわけで、ここに運び込んだと、そんな流れだよ」

「運び込んだ……って、じゃあ……あそこからここに、君が俺を?」

聞くと少女は目を閉じ、わざとらしい態度で数度、大きくうなずいた。


答えは受けた。

が、納得はいかない。


華奢とは言わないが、決して筋骨隆々という体つきでもないこの少女が、どうやって自分のような……腐っても男ひとりをこんな見たことも無い場所まで運んできたというのか。

にわかに信じられる話ではない。


そのせいだろうか。

またしても、言わずとも疑問が顔に出たらしく、太知の様子を見た少女は即座に言葉を継ぐ。


「その顔からして、ここにどうやって私があんたを連れ込んだかが不思議だって感じだね。けど、大したことじゃないさ。これこそまさに私の領分。ゲーム参加者をどこでも好きなフィールドに連れ込むことが出来るのは、ゲーム・キーパー(Game Keeper……遊戯管理者)である私にとっちゃあ朝飯前さね。あんたがゲーム参加を了承した時点で、どこにだって飛ばせたんだけど、さっきも言った通りで、話をするのにちょうどいいフィールドをと思ったからここに連れ込んだ。それだけだよ」

「え……フィールド……ゲーム・キー……何?」

「ゲーム・キーパーってのは私の力。意識に侵入し、ゲームへの参加を了承した人間に限り、自在に干渉する力。フィールドっていうのはゲームの舞台だと認識してくれていいよ。必要な時、必要な参加者を、必要なフィールドを選択して送り込み、ゲームを進行する。それがゲーム・キーパー。理解出来たかい?」

一気に言い立てた少女の話を聞き、太知はその話に納得……は、当然だが出来なかった。


一言で言うなら、意味が分からない。

これに尽きる。


ゲーム・キーパー?

私の力?

それで自分をここに運び込んだと?


というより、まず先に話された、繁華街での出来事の際に自分の意識へ侵入したという部分も意味が分からない。


「心配しなくってもいいよ。簡単に飲み込める話じゃあないのは私だって分かる。何せ、あまりにも話が現実離れしてるからね。でも、あんたの考えてるところの常識や、現実的な事象ってやつで、今の状況が説明できるかい?」

「……」

「その反応が正常さ。別に、無理くりで納得しろとは言わないよ。ただ世の中はあんたが当たり前だと思っていることだけで出来上がってるわけじゃない。頭で納得出来なくっても、ここがあんた思うところの現実世界じゃないってことは確かさね」

「そうは言われても……ここが現実じゃないってなら何なんだ? 俺は夢を見てるとか?」

「違う違う。意識への干渉はゲーム参加を促す時だけさ。フィールドには体ごと送り込む。特に、あの時は警察や救急車やらがひしめいちまってて、厄介なことになるのも面倒だと思ったから、フィールドに連れ込んだんだよ。とはいえ、あんたがゲーム参加を断っていたなら、今こうして私のフィールドに連れ込むことはさすがにできなかったけどね」

ここまで聞いても、太知は少女の話を鵜呑みにすることは到底できなかった。


なるほど、言う通り、世の中には信じられないことも色々とあるかもしれない。

にしても、これは行き過ぎだ。


今まで過ごしてきた現実を、真っ向から否定されていると言っても過言じゃない。

だから、太知は思うところをそのままに、少女に話す。


「話は聞いた……で、理解はした。だけど、納得はできそうに無い」

「へえ、理解はできたのに納得が出来ない。じゃあ、どの辺りが納得できない?」

「人間が、一瞬にして別の世界に飛ばされるなんて、どこかのオカルト好きの話でもあるまいし、はいそうですかと信じられる話じゃないだろう。と、すれば……」

「すれば?」

「……感覚的に言って、これが夢だとはさすがに思わない。皮膚感覚も、意識も、あまりにも明確過ぎる。目が覚めてるってとこまでは納得するさ。でも、これが別世界だっていうのは、あまりに話が飛躍しすぎだ。思うに、俺が知らなかっただけで、うちの近所にこんな場所があって、そこに君と……今は一緒にいないようだけど、誰か協力者と一緒に俺を連れてきたんだと考えるのが妥当だ。時間は……俺の記憶してる時間が夕方の七時辺りだったと考えると多少の違和感はあるが、それだって俺がひと晩、やたら長く寝ていたと考えれば筋が通る」

「ふむ……」

少女は、太知の自己解釈を大人しく聞いていた。

相槌を打ちつつ。


そして、すべてを聞き終えたところで、

かなり大きめの息をひとつ吐くと、こう切り出した。


「いいね。立派なもんだ。その歳でそこまで理路整然と常識論を展開するのは大したもんだと褒めていいレベルだよ。けど、その頑迷さが逆にあんたの限界さね。想像力の限界。決して常識の枠からはみ出そうとしない。それゆえの皮肉ってやつだ。目の前にある真実……目の前にあるはずの真実にすら、気づくことが出来ない」

そう言うや、さらに、

「例えば、だ。これが現実の世界だって言うんなら、こんなことをするのは不可能に思えやしないかい?」

言って、少女はイタズラっぽく笑いながら、右手を上げ、その手のひらを開いてみせる。


と、瞬間、

ぱっと、閉じてまた開く。


その間、まさに瞬く間。


そして再び開かれた彼女の右手には、どこから取り出したものか、見るからにオモチャと分かる小さなピストルが握られていた。


大した驚きは無い。

というより、まったく驚くことは無かった。


どういう手品だ?

その程度の感想である。


だが、

プラスチック製の安っぽいオモチャの銃を手にした少女は笑顔のまま、こう続けた。


「分かるよ。別にどういった細工かは分からないが、下らない手品ひとつで何を言いたいのかと、そう思ってるんだろ。けど……こいつを見てもまだ、そんな顔していられるかねえ」

そこまで、

言うや、少女はその銃を自分の右側にある、家として機能していない家の壁へと向けた。


刹那、


目の前で爆発が起きた。


いや……正確には違う。


爆発したようにしか見えないことが起きた。


どう見てもオモチャに思えたはずの銃の引き金を少女が引き絞ったその時、銃口から激しい光と火炎が吹き上がったかと見えるや、次に気づいた時には、視界が白い煙で覆われ、喉を荒いほこりが刺激し、咳き込みそうになった。


理由は……徐々に晴れてゆく煙の先で目にする。


少女の右側にあった壁。

石か、それとも煉瓦を重ねて作られたそれへ、白い漆喰を塗り固めた壁に、直径で軽く1メートルを超すほどの大穴が空いていた。


ぞくりと、寒気が背筋を貫く。


本物の銃だったのか?

そんなことが頭をよぎる。


しかし、実際に重大なのは、その銃が本物かどうかということではないということも、太知は同時に認識していた。


本物の銃というものの威力など、一般人の太知には知る由も無かったが、少なくともここまで滅法な破壊力があるなどとは想像もしていなかったし、理解も出来ない。


何がどうなれば、こんな女の子の手の中へスッポリと納まるほどの小さな銃……それも、どう考えてもオモチャの銃が、これほどの破壊を生むのか。


混乱する思考をまとめあげようとする中、耳の中を甲高い音が、こもったように響いているのに気づく。


目にした光景の凄まじさに気を取られていて、気がつくのに時間差が生じたが、恐らくはこの銃から何かが発射された際、この破壊力に見合うだけの轟音が鳴り響いたのだろう。


今さらながら、ひどい耳鳴りが目の裏にまで振動を加えているようにすら感じる。


そうした、困惑と動揺に彩られた太知の顔を見もせず、少女はまたひとり、納得したかのように一言、


「どうやら、ここが現実世界でないってことを少しは納得してくれたみたいだね。じゃあ最後の仕上げだ。ここまで見ても納得できない石頭なあんたにも完璧に理解してもらおうか」

そう言い、少女は、


ゆっくりと、銃を持った右手を太知へと向けた。


背筋に走っていた悪寒が増大する。


胃が爪を立てて握られたように痛む。

自分の心臓の音が、自分の耳元で聞こえる。


まさか……、

(それ)を、自分に向かって撃つなんてことを……?


「どうした、最期のお祈りは無しかい?」

状況の異常さとは裏腹に、少女はひどく日常的な声音で言う。


小さな懸念を含む、よくある会話の中の一言のように。


それを聞き、

太知は、とっさに口を開こうとした。


が、


開けようとした口が開き切るのを待たず、

声がその喉から発せられるより早く、

少女は、銃の引き金を引いた。


咄嗟、


真っ白になったと思われた太知の頭の中に、高速で思考が巡る。

何を考えたのかも、太知自身にすら分からないほどの速さで。


と、

奇妙な現象が起こる。


先ほどまでの景色が、色を失う。


灰色の世界。


白と黒だけの、奇怪な世界。


その光景を、どれくらいの時間、太知は見たか。


一瞬だったようにも思える。

数秒だったようにも思える。

どちらにせよ、わずかな時間だ。


それが……過ぎた時、

世界に色が戻る。


あるのは、引き金を引き絞ったまま、銃口を自分に向けている少女の姿。


自覚できるのは、ただとにかく無事であるという事実。

先ほど、家の壁を粉々に吹き飛ばした銃の先からは、煙ひとつ上がっていない。


それだけが理解出来る事実。


すると、

クックッと、抑え込むような笑いを漏らしつつ、少女は銃と一緒に右手を下ろすと、


「これで確認出来たろう。ここは現実の世界じゃない。付け加えて、あんたの持ってる力に関しても、少しは自覚できたんじゃないかい?」

伏せ気味の顔から、上目遣いに太知を見つめ、少女はそう話した。


事実に勝る証拠は無い。


いくら頑なに少女の非現実的言動を否定していた太知も、これほどに目を疑う事実を突きつけられては飲み込まざるを得ない。

この異常極まる世界……状況を。


ただし、

現実を直視するのと、疑問を持たないこととは同義ではない。


そのため、まさしく今さっきのやり取りで流した冷や汗に寒気を感じつつ、太知は緊張で乾ききった口をどうにか動かし、当然の疑問を差し挟む。


「分かった……といえば……分かったよ。君の言う通り、ここは現実の世界じゃない。そこは理解した。けど……何なんだ? さっきから言ってる……俺の、力とかって?」

その問いに、少女はわずかに不思議そうな顔をした。


まるで、

(これだけ説明しても、まだ分からないのか?)

とでも言うような表情。


しかし、そんな反応も一瞬だった。

少女はすぐに呆れたような笑い……嘲笑に似た笑みを浮かべて、さらに話を補足する。


「どうやら、あんたはその若さにしては柔軟な思考ってのが出来ないタイプらしいね。いいだろう、分かりやすく説明するよ。まず、私があんたにこの銃を向けて引き金を引いた時のことさ。その瞬間の、自分の思考は覚えてるかい?」

「……思考……?」

「結果からして思うに、あんたは私が銃の引き金を引いた際、こう考えたはずだ。(発射されるな)もしくは(不発になれ)と」

言われて、つい先ほどの自分の思考を遡って思い出す。


と、確かに。

まさにそう、思っていた。


瞬間的に、死の恐怖から逃れるため、都合の良いことが起きてくれないかと、とっさに思考していた。


「あんたは銃の不発を願った。だから弾は発射されず、あんたは無事。そういうことさね」

「や……そういうことって……どういうことだよ」

「言ったろう。あんたの力だよ。起きるはずの事象をすり替える、特別の力」

「……って、じゃあ、君の銃を不発にさせたのは俺の意思で起こしたことだと……?」

「その通り。それがあんたの力、フェイト・ヘイト(Fate Hate……運命憎悪)さ」

「フェ……え?」

「フェイト・ヘイトだよ。定められたはずの運命の流れを停止し、望んだ結果を引き起こす。ただし、最低限の現実性がある事象しか起こせない。急に見たことも無い怪物が現れるなんてのは無理だ。加えて、今この瞬間を含む未来に対してしかその力は働かない。過去へ遡って力を行使することはできない。とはいえ、十分すぎるほど大層な力だろ?」


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