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悪魔は蒼ざめた月のもとに  作者: 花街ナズナ
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プロローグ (3)


眠った記憶は無かった。

その証拠に、どこで意識が途切れたのかが思い出せない。


ただ、間違いが無いことはひとつ。

今、自分は目を覚ましたということ。


それも奇妙な状態で。


布団で寝ている感触は無い。

掛け布団の感触も、敷布団の感触も。

それどころか、背中には冷たい地面の感触がする。


草と土。ところどころの石ころ。

これだけでも十分に不思議……というより、気色が悪い。


この感触が確かなら今まで、自分はどこかの地面で寝こけていたことになる。


そう、

これだけでも十分に……だというのに。


「お、ようやくお目覚めかい?」

まだ、視界がぼんやりとした仰向けの目の先から、声が落ちてきた。


どうやら、時間帯は朝から昼といった辺りらしい。


開こうとする目を、ほぼ真上から照りつけてくる太陽の光が邪魔になって開けきれない。

そこで視線を横にずらそうと、首をわずかにひねった時、太知は新たな違和感に気付いた。


首……頭が、妙に高い。

枕にしては高すぎる。


それ以前に、こんな地べたで枕だけは敷いて寝ているというのもおかしい。


加えて……、

変に温かい。


一体どうなっているのか、てんで分からないのにイラつき始め、首を一気に真横まで倒したところですべてが知れた。


おかしなことに、枕はあった。

ただし、


ひざ枕が。


「う、えぇっ!」

思いもしなかったことに動転し、いきなり半身を起こしてみると、太知はなお、自分の置かれた事態の異常さに混乱した。


反射的に起こした上半身。

そこへ無意識が成せる業か、瞬間的に顔と視線を声の聞こえてきた辺りへと向ける。


と、そこには、

ひざ枕の主がいた。


もしくは、ひざ枕の持ち主か?

まあこの際、呼び方はどうでもよいことだろう。


重要なことは他にいくらでもある。


つい今しがたまで、太知の頭をそのひざ……というより正確には、そこは位置的に、ふとももなわけだったのだが……に乗せていた人物。

まず先決だったのは、それが何者なのかを確認すること。


自分が今どこにいて、何をしていたかも分からないとなれば、これはごく当たり前のことだ。

それゆえに、無意識のうちに相手の姿を確認しようと身をよじった。


無数にある知りたいことの、優先順位の一番から片付けようと。


そして、一瞬にして覚醒した意識と、現状把握のために刮目した太知は、確認したその人物の姿に、またもやしばし呆然としてしまった。


細かな歳の上下は判別できないが、恐らくは自分とさほど変わらない年頃の少女。

それが地面にぺたりと座り、微笑みを浮かべて自分を見ている。


座っているので身長ははっきりしないが、おおよそ150から160の間だろうか。


目を引くのは、その奇抜な恰好。服装。


レオタードを土台に作ったのかと思うようなコスチューム。

首元や肩口、加えて袖辺りに細工が見られるが、切れ上がったような股の間から伸びる白い足を見るに、他人事ながらもその羞恥心を疑う。


とはいえ、露わになっている足の部分は限られていた。

超がつくほどのロングブーツが、ふとももの中ほどまでを覆っていたからである。


に、しても……。

この全体的な異様さは拭えない。


(こりゃあ……何のコスプレだ?)

そんなことを思っても自然なほどの、とてもまともなセンスとは思えない身なり。


なのだが、

そこには実のところ、太知はさほど驚かなかった。


それよりも気になる要素。

彼女自身の持つ、特徴のせいで。


ウェーブのかかった髪を後ろでまとめ、ポニーテールにしているようだったが、問題なのはその髪の色だった。


白い。

老人のように、艶の無い真っ白な髪。


その下に、うら若き少女の顔がある。


大きな瞳。小ぶりな鼻。桃色に艶めく唇。

透き通るように白い肌だけを見ても、髪との違和感が半端ではない。


最初に顔だけを見たからこそ、少女と分かったようなものの、髪だけを見るとまるで八十過ぎの老人のような印象すら感じる。


思えば、声からしてもそうだ。


少女というには低すぎる。

贔屓目に聞いて、ボーイソプラノ。

正直なところで言うと、アルト……いや、限りなくテノールに近い。


しかもどこかかすれたような声質。

これもハスキーと言えば聞こえはいいのだろうが……。


このように、少女を構成しているパーツがそれぞれ実にバランスが悪いのである。


などと、思っていると突然、

少女は、すっと立ち上がった。

重力を感じない……ふわりとした動き。


正座の態勢から、勢いも力みも無く、垂直に立ち上がるその様は、ひとつの動作に過ぎないにも関わらず、何か言い知れない浮遊感を感じさせた。

挿絵(By みてみん)

「その様子だと、まだかなり混乱してるみたいに見えるけど、頭のほうはちゃんと動いてるらしいね。頭の上から、でっかいクエスチョンマークが飛び出て見えるよ」

そう言い、少女はケタケタと笑い声を上げる。


これも容姿に似つかわしくない、イタズラ小僧のような笑いだった。

それを受け、太知はなんだか久しぶりのような感覚で、ふと我に返ると、少女に対して質問しようと口を開けた。


「え……と、ごめん。俺……一体、何をしてたのか全然記憶が無いんだけど……君は……」

「誰かって?」

「あ……うん……」

「ゲームに誘ったのが私……って言えば、少しは何か思い出すかい?」

ゲーム……?

言われ、しばし頭を巡らす。


すると、

はっとするようにして、頭の片隅にあった記憶が広がる。


手拍子。

電子音のメロディ。

誰なのか分からない声。

その誘い声。


途端、

太知は軽く叫ぶような声で、少女を指差しながら言った。


「夢の声! そうだ、夢の中のあれ! あれは君か!」

「そういうこと」

吃驚する太知とは正反対に、少女のほうは至って落ち着いた様子で答える。


「まあ、夢ん中ってえのは少々、認識に差があるようだけど、おおむね合ってるよ。私があんたの意識下に侵入して、ゲームへの参加を促した。これが正確なところさ」

「……意識下に……侵入?」

「力に慣れてない人間は、急にそいつを使うと一時的に意識が飛んじまうんだよ。でさ、あんたが繁華街でイカレた通り魔野郎とやり合った時に、昏倒したあんたの頭に私が入った。そういう流れさね」

「……!」

この話を聞き、太知の頭で再び他の記憶が蘇ってきた。


そうだ!


繁華街での騒動。

あの時、自分はどうしたんだ?


逃げようともせず、ただその場に立ち尽くして。

その後、どうなった?


何か……こう、記憶にモヤがかかっているというか、記憶が白黒の色無しに書き変わっているようで、上手く思い出せない。


そうして、

しばしの間、必死でぼんやりとしてしまった記憶を明瞭にしようと、頭を強いて動かしていると、それを読み取ったように、少女が言う。


「記憶が吹っ飛んでるのはしょうがないさ。何せ、あんな急に始めての力を使ったんだ。体も精神も、受けたショックがデカ過ぎたんだよ」

「力……ショックって……?」

「結果だけ言うなら、あそこで暴れてたイカレ野郎は今頃、病院で治療中だ。あんたが落とした五階建てビル横の電飾看板が、頭へもろに直撃したからね。死にはしないだろうけど、重症なのは確かだろうさ」

「俺が……落とした?」

「そうだよ。で、あんたの次の質問はこうだろう。(どうやって自分があそこの位置にいながら、五階建てビルの横にある看板が落とせるんだ?)ってね。心配しなくても、ちゃんと説明はしてやるさ。初心者には親切にしないと、この先のゲームが楽しめないからね」

「ゲーム……」

「そう、ゲームさ。楽しい楽しいゲームの始まり。ようく聞いときなよ。これから話すことってのは、このゲームを楽しむうえで必須の説明だ。脅す気は無いけど、あんまり気を抜きすぎてると、場合によっちゃあ命を失うこともある。せいぜい真剣に耳を傾けるこったよ」

ここまで聞き、

太知はまだ治まりきっていなかった先ほどまでの驚きが再燃するのを感じた。


死ぬとは何だ?

ゲームで死ぬとは?


それより考えてみれば、まずこの少女の言っているゲームというのは一体、何なんだ?


驚愕と、積み重なってゆく疑問に、顔を歪める太知を見つめ、少女は(聞かなくても、あんたの問いは伝わってるよ)と言わんばかりに、分かりやすく含みを持たせた笑みを湛えた。


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