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悪魔は蒼ざめた月のもとに  作者: 花街ナズナ
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奇異なるゲーム、再び (2)


二度目ということもあり、周囲の変化……いや、正しくは亜生による場所移動なわけだが、その前段階については普通にやり過ごせた。


つまりはこれこそが慣れというものなのだろう。


ただし、

移動した場所に関しては慣れるということは無い。


亜生が言うところの、フィールドというものは毎回違うらしい。

となれば慣れようも無い。


特にそれが、決まって不気味な場所ならなおのことである。


今回も例に漏れず。

平衡感覚を狂わせていた周囲の歪みが落ち着き、色彩が安定したその時、

ゆっくりとその目に目に入ってきたのは、やはりというべきか、見るだけで不安を抱かせるような、そんな場所だった。


今さっきまで、いたはずの屋上から変わり、そこは、

恐怖感すら感じるほど広い、石造りの部屋。


鼻につくカビ臭い湿った石の匂いが満ち、少しばかり息苦しさを感じる。


左右の壁に掛けられた松明の光が前後へどこまでも伸びているため、この部屋が極端な長方形であることだけは知れた。


それに比し、天井も高い。

窓ひとつ無く、最低限の明るさしか与えてくれない松明の光ではぼんやりとしか見えない天井は、目算でも軽く10メートルを超えるだろう。


光源を持つ左右の壁は、およそ50メートル程度の間隔。

前後に至っては、見当もつかない。


限られた光の中では、前後の長さまでは把握できそうにない。

ただ、どこまでも松明が一定間隔で壁に掛かっているのが見えるのみ。


そのあまりにもな長大さに、最初こそここを部屋ではなく、石造りの廊下かと思った。

が、その推測は直ちに改められる。


ひと通り、太知が辺りを見渡し終わったのを見計らったかのように発せられた亜生の言葉で。


「このフィールドは(閉塞された石室)というんだ。特徴的な長方形の造りだが、広さは見ての通りで十分にある。何らか戦略を立てるにも、これなら不自由は無いだろう」


何とも得意げな調子でそう言う。


そこで、

ようやく太知は急な場面転換による頭の稼働不良が改善されてゆくのを感じた。


気がついてみれば自分と亜生、それにサヤはちょうど小さな三角形でも作るような構成で立っている。


間隔は各々、5メートル程度。

太知から見ると亜生は斜め左横で、もういつもの気色悪い笑いを浮かべ、サヤは真後ろに当たる位置で少し前の自分よろしく、不安げにキョロキョロと周囲を見渡していた。


すると、

「ほらサヤ、何をおかしな挙動してんだい」

窘めるよう、亜生が声をかける。


途端に、はっとしたようで、サヤは声のした方向から亜生のいる位置を察知して素早く顔をそちらへと向けた。


ひと目で分かるびくついた様子。

不安を塗り込めた表情と胸元に両手を当てた姿勢。


ちなみに関係無いが、どこかそうした所作が何かへ怯えた時の小動物の動きに似て見え、元々の体の小ささも相俟って妙に可愛らしく映り、太知が思わず笑ってしまった自分の口元を隠したのは彼しか知らぬ事実である。


さておき、

そんな状態でも、サヤは亜生のことを真ん丸に開いた目をして見つめつつ、何とか応答しようと努めていた。


「あ……ごめんなさい陰淵さん……」

「別に謝らなくてもいいさ。ゲームが始まるまでに、ちゃんと切り替えてくれさえすれば私は構いやしない」

「……頑張ります……」

「何とも頼りないねえ。いいかい、今回は二対二のタッグマッチだってのに、実質のまともな戦力はあんただけなんだ。無論、私も助力はするが、相手の戦略次第ではどっちに転ぶか分かりゃしない。よくよくその辺りを肝に銘じておいておくれ」


傍目で見ていると、小柄な体をさらに縮めて亜生の話を聞くサヤと、居丈高な姿勢で物を言う亜生の様子は、さながら女子生徒同士の揉め事か何かのようにも見えたが、それもしばらくの間だけのこと。


違和感はいつものように訪れる。

サヤと話している間にも、見ている太知の目へその変化ははっきりと映った。


艶やかだった黒髪が、老人のそれを思わせる白髪へ。

それに気付くころには、服装もすでにセーラー服から例のコスプレ衣裳に変わっている。


毎度のことながら、現実感を削がれる光景だ。


そんな、どこかそぞろな気持ちでふたりの会話を聞いていた太知は、ふと我に返る。


どうもふたりが……というか、亜生の話している内容のせいで一番重要なところを忘れそうになっていたが、思えば今回のゲームには勝とうが負けようが、勝敗が決定した時点で最低でもふたりの死人が出るのが決まっているのを思い出した。


あの殺し屋まがいな天使の登場で、事態は急展開で逼迫したのだ。


今回のゲームにもし自分たちが勝っても、負けた相手であるふたりが殺される。

もちろん、自分たちが負ければ自分とサヤが殺される。


どちらの結果も願い下げだ。


となると、

絶望的に時間が無い。


話を整理すれば、

このゲームが終了すると、確実にふたり以上の死者が出る。


単純明快にして最低最悪。


つまるところ、ゲームに勝利するのは絶対条件として、加えてゲーム終了までに天使への対策を立てる必要があるということ。


慎ましい力が割り振られた自分の役割は頭脳労働だと覚悟はしていたつもりだが、だとしても時間的余裕が極端なほど無さすぎる。


とはいえ、

考えないわけにはいかない。

何せ、掛け値無しに人の命がかかっている。


大抵のことなら、他人事として割り切りも出来るが、さすがに自分の知恵ひとつにゲーム参加者全員の生き死にが関係してきては、無責任にもなれない。


しかも、そのうちふたりは自分とサヤだ。

これだけでももう、無視できる範疇は超えている。


なんとも悩ましい。


ではあるが、名案を浮かべる以外に選択肢も無いのが事実。

思い、溜め息のひとつも突きたい心持で、太知はふとまだ会話を続ける亜生とサヤのほうへと目をやった。


まあ正確な言い方をすれば、ほとんど一方的に亜生だけが話しているようなものなのだが。

今はそれはそれ、これはこれ。


知恵を絞るにも、重大な要素が欠落しているのを思い出した。


例の天使が持つ、力について。

それが分からないと対策を立てようにも立てようが無い。


目先の戦いは亜生が言った通り、亜生とサヤに任せるとして、その間に天使への対抗手段を考えることにしよう。


そう思って、太知は亜生へ声をかけようとした。


かけようとした。

のだが、


太知は声を発しない。


いや、

発しなかったのではない。


発せなかった。


理由は、

突然の激痛。


腹をナイフで裂かれたような痛みが急に襲い、次いですぐ、さらにはらわたを抉られるような凄まじい苦痛が走ったからである。


声など出せる余裕は無かった。


それどころか、

まともに立っていることすらも。


そしてそのまま、

何事が起きたのかも理解出来ず、太知はその場に膝から崩れ落ちる。


ただ、空しく腹を両手で押さえ、伏した顔へ脂汗を滲ませつつ、大きく開いた口から、声無き苦鳴を上げて。


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