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悪魔は蒼ざめた月のもとに  作者: 花街ナズナ
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奇異なるゲーム、再び (1)


それは太知にとっては突然だった。


が、現象としては極めて当たり前のこと。


単に時間の経過によって引き起こされる事象。


校内放送が、校庭に立てられた屋外スピーカー付きの鉄柱から流れてくる。

ドヴォルザークの交響曲第九番、新世界の第二楽章(家路)をBGMに。


『午後五時になりました。校内に残っている生徒は、速やかに下校しましょう』


聞き馴染んだイングリッシュ・ホルンの音色とともに、棒読みというべきか拙いというべきかといった放送部員の声で、下校が促される。


それを聞いて、

太知は頭を抱えていた手を離すと、ふと本校舎側に目を向けた。


(ああ……もうそんな時間か……)と、心の中で思いつつ。

そしてその瞬間だった。


「ああ、もうそんな時間か」


いきなり、しかも自分が頭の中で思っていた言葉そのまま、

いつの間にやら、またしても触れるほどの距離、真横まで接近していた亜生が、いつもと変わらぬ落ち着いたトーンでそう言ったのは。


これには太知も面喰い、思わず肩を退きながら、隣にいることが確信できている亜生へと首を回した。


そこには当然のように、やはり亜生がいる。


戸惑った様子で視線を送る太知のことなど眼中にも無いのか、本校舎の時計を見遣っていた。


先ほどまでの狼狽ぶりがウソのように、普段の無表情な顔をして。


これを見て太知は、

現状ではどうでもいい事実を理解した。


大なり小なりの差はありこそすれ、やはり天使と悪魔の間に、大差は存在しないようだ。


どちらも人間ではない。

ここの共通点は大きい。


当たり前のことながら、両者は人間の常識が一切通用しない点で一致している。


感情表現。

もしくは感情そのものがまずそれだ。


話を総合するに、人間との関わりが長かった悪魔である亜生は、それなりに人間的なところはある。


ただし、あくまでもそれなりに。


比喩でなく、しかも悪い意味で人の皮を被ったあの天使に比べれば確かに感情ははっきりしているし、所作も部分的には人間臭くもある。


あるが、それでもやはり人間とは明らかに違う。


感情の配線でも違っているのかしら分からないが、その切り替わりが極端すぎて、とてもついていけそうにない。


などという、太知の抱いた至ってまっとうな思いとは関係無く、継いで亜生が発した言葉は、

再び太知に逼迫した現在を思い出させる結果となる。


「とんだ邪魔者が飛び込んできたせいで、危うく忘れるところだよ。おい太知、もうすぐゲーム開始だ。心の準備とやらは済んだかい?」

「……はあっ?」

「だから、前とは違って今度は二度目のゲームだ。あんたが気にしてた心の準備ってやつも、今回はもう出来て……」

「出来るわけねえだろっ!」


当然というべきか。


このあまりに流れを無視した亜生の発言へ、脊髄反射的に太知は否定の声を上げた。


ところが、

亜生はといえば、そんな太知の反応に目を丸くして彼を見つめるや、すぐさま本校舎の時計を再び見て確認すると、今度は不思議そうな表情で太知を見る。


「おかしいね。今度のゲームは二度目なうえ、ゲーム開始の30分も前に知らせたってのに、それでもまだ心の準備が出来ないってのは、どういうわけだい?」

「時間の問題じゃねえよそんなもんはっ!」

「まあ……時間でどうにかなるってわけでもないのは私も理解してるさ。だから始めの時も言ったろう。いくら時間をかけたって覚悟なんて出来ないって」

「だからそれとも違うんだっつうのっ!」


応答を繰り返すごとに語気が荒くなってゆく太知を見ても、亜生は首を傾げるばかり。


そのあまりに打てども響かぬ様子を見続けて、これもやはりというか、結局は太知が先に折れることになった。


(お前は何が言いたいんだ?)的な表情で首を傾げ、こちらを見つめている亜生を見ながら、太知は深く、どんよりとした溜め息を吐くと、さも呆れかえった顔をして説明を始める。


「……あのな、時間的余裕が前回よりはあったというのは確かだよ。そこは認めるさ。けど、その余裕が微塵も機能してないんだよ……」

「何故?」

「あのクソ天使が乱入してきたからに決まってんだろうがっ!」


またしても怒声。


つい今しがたにあった出来事も忘れているのかという苛立ちから。


ところが、

言われた亜生はといえば、反応こそした。


したが、

その反応というのが目を少しく見開いて、小さくうなずくという(あー、そういえばそうだったね)程度の軽い反応だったため、太知がせっかく張り直した緊張の糸はその一瞬で綺麗に切り落とされる。


噛み合わないのは理解していたつもりだった。


だが、

悲しいかな、本当に(理解していたつもりだった)だけという現実。


感情の切り替え速度の違いといい、やはり亜生とは分かり合える自信が無い。


とはいえ、これももっともなことだ。


人間同士でさえ、互いを理解し合うのはほぼ不可能だというのに、悪魔などという非現実的な存在と分かり合えるほうがおかしい。


諦め、太知はうなだれて力無く亜生に話を戻す。


「……もういい。疲れたから話を進めてくれ……」

「随分と気抜けしてるね。それで本当に大丈夫なのか疑わしいが……まあ時間も無いし、話を続けようか」

「頼む……」

「天使が話していた内容と行動から推測するに、あいつは各ゲーム終了後に負けた人間を片っ端から殺す気だ。とすると、これから始まる二回戦は正真正銘の命懸けになる。とりあえず私が出来る限りの助力はするから、とにかく今は勝つことだけに集中しな」


太知としては、そんなことは言われなくても分かっていると言いたい気分に苛まれた。


あまりに分かりきっていることを繰り返されても困る。


というより、そこを考える余裕があるならまず、あの天使に勝つ方法を考えろと喉まで言葉が出かかったが、時間が無いのも確かなようだし、加えて目先のゲームが終わってくれないと考えるのにも集中できそうにないと思い直し、その場は口をつぐんで大人しくうなずいた。


「ふむ、話をスムーズに飲み込んでもらえると、こっちもやりやすいね。ま、ゲームのほうは心配しないでいいさ。何せ、あんたには私っていう頼もしい味方がついてる。サヤと私とで、ゲームの勝ちは拾ってやるから、あんたはその間にあの天使への対抗策でも考えてておくれ。お得意の知恵働きを見せる文字通りの見せ場だよ」


この言葉にも、太知は黙って首を縦に振る。


実際、あの殺戮天使が出張ってきた以上、考えるべきはゲームのことより天使への対策だ。


あれほど躊躇、逡巡無く人を殺すやつが関わってきたとなると、優先順位は当然に変わる。


まず、どうやってあの天使からゲームに負けた人間を守るか。

加え、どうやってあの天使を倒すか。


事実として、以前に亜生は天使に負けている。


これが力の差によるものなのか。

それとも戦略の差か。


その辺りもあとで詳しく聞かなければならないだろう。


などと、

そぞろに思考を巡らせているうちに、変化は始まった。


以前と同じ。

周囲の色彩が歪むような変化。


「さあ、始まるよ。ふたりとも気合いを入れな」


パンッ、と手を叩いて亜生が言う。


それを聞きながら、太知は軽いめまいでも起こしているような錯覚を感じるこの現象に身を委ねつつ、ふと横を見た。


そこには、

自分と同じく二度目の変異に戸惑うサヤの姿がある。


いつの間にここへ移動してきたのかはもう不思議にも思わない。

悪魔のすること、出来ることに理屈を求めるのはナンセンスだ。


と、

思いながら何気無く地面の感触もあいまいなこの変化に、分かりやすく困惑している様子のサヤを太知は見ていると、ふいにサヤもこちらを向いた。


一瞬、目が合う。


見えたのは、


困惑とは違う、何か他の感情。

太知と目が合った瞬間に見せた感情。


しかし、それも露の間。


サヤの心理を探ろうと太知が思考する間も無く、サヤは目を逸らし、顔を伏せてしまった。


その理由を、お察しになれるだろうが、太知はどういうことだか分からずに不思議そうな表情を浮かべる。


そんな様子を横目に見、呆れた顔をする亜生にも気づかずに。


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