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悪魔は蒼ざめた月のもとに  作者: 花街ナズナ
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絶望への来訪者 (5)


「……やつが……体を乗っ取って殺した明光は、さっき話した通り、昨日のゲームで重傷を負った。傷はあいつが話してたように、ひどいもんでね。下手をすると命を落としかねないと思ったんだ。それで……本来ならゲーム終了時に回収するはずの力を……明光には、しばらく残しておこうと思って……そのままにしておいた。それを、あいつが……気づいて……」

「そこは分かるさ。つまりあの天使は、お前の力を奪うことでさらに優位に立とうとしたわけだろう。だが分からないのは、何でわざわざその……明光ってやつの体を乗っ取った? それに何でお前も、力を回収せずにいたりしたんだ?」

「明光の体を乗っ取った理由は簡単さ。私を苦しめるためだよ。明光を殺したうえ、その姿を私に見せ続けることで、私の感情が掻き乱されるってことを、あいつは分かってやってやがるんだ……」


亜生が声のトーンを落とす。

それだけ、自分で言ったように天使の作戦は的を得ているらしい。


いや、実際には作戦の立案は神とかいう性格破綻者か。


何せ亜生と天使がしていた会話から察するに、やはり天使には知恵らしきものは無いようなのだから。


「なるほど……んじゃあ、あと残った疑問だ。まずはひとつ。何でお前は明光ってやつに力を残していった?」

「だから……明光の傷がひどくて、命に関わるかもと……」

「それは聞いたよ。そうじゃなく何故、命が危ないから力を残していくんだよ」


ここでもまた、亜生は一瞬の間を空けた。


今回は正真正銘、思考に時間を取られての沈黙。

話している内容の、何が太知に伝わっていないかが分からずに空けた間。


ただ、今度の間はそれほど長い間隔ではなかった。

すぐに亜生は太知の疑問に気づき、話を再開する。


「……ああ、それは前に話したと思うが、あんたたち人間の意識体と力とでは、意識体の脆弱さが原因で双方が固着してしまうことに理由がある」

「当人の同意無しに引き剥がそうとすると死んじまうとかって話か?」

「正確には意識体が力に引きずられ、力に吸収されてしまうんだが……まあそこはいい。話していなかったが、力と結合してしまった意識体にはそれと別にある変化が起きる。それこそ私が力を明光に残していった理由だ」

「というと?」

「力と一体化している状態の意識体は、通常の意識体より格段に強化される。例えるなら、力が意識体の柱として機能する感じだ。よって、力を持った状態の意識体のほうがはるかに意識の維持力が強まる」

「意識の維持……が強化されると、何かあるのか?」

「人間の生命力は、生への渇望がどれだけ強いかに関わってくる。その点において、意識の維持は非常に重要なのさ。欲望は無意識下でも働くが、意識下ではより強く働く。だから意識を維持することは生に執着する力を高め、結果として肉体の回復を促す効果があるんだ……」


これを聞き、

太知は、


少なからず驚いた。


自分たち人間のことなどただの道具くらいにしか見ていないと思っていた亜生が、まさかゲーム参加者の生き死にをそこまで心配していたとは。


ひどく意外。

ではあるが、


思い当たる節が無かったわけでもない。


自分が始めておこなったゲームの相手だった礼次。


本来ならあんな殺人鬼の命など、気にもかけず奪いそうなものだが、それすら亜生は最後まで躊躇した。


命を奪ってでも力を取り戻すか。

力を諦めて命を助けるか。


この二択に迫られた時、最終的には前者を取ったが、それも亜生の中では天秤がほぼ釣り合っていたような究極の選択だったのだろう。


だから一時的な力のレンタルなら平気でする。

あれほど取り戻すことに執心していた自分の力なのに。


聞いていたふたりの話からして、あの天使なぞは何の躊躇も無く5人の人間を殺したと自分で話していたというのに。


そう思って、ふと、

我に返る。


最後の疑問。


天使が殺したのは5人。

昨日のゲームで敗れた5人のうち、礼次を除く4人。


それにプラスひとり。

最後のゲームで戦うことになっていたという残りのひとり。


「そう……か。じゃあ、次の疑問だ。何故、あの天使は最後の対戦相手まで殺した? そりゃあお前の力を奪うためって考えれば一応の筋は通るけど、どうも……あの天使に策を与えたらしきクソ神様の性格悪さからして、お前を苦しめるのに最適なのはゲームがすべて終了してからまた改めてお前をぶちのめすことだろ? だとすると、殺すのがちょっと早すぎるように思えるんだけどなあ……」

「そうした考えは間違っていない。が、やつらの考えはそれを上回るほど性質が悪い」

「……もっと性質が悪い?」

「複雑だから細かいルールの説明をしてなかったが、私のゲーム・キーパーはゲームの参加者を、持っている力で判別する。誰であるかでなく、持っている力の種類で区別するんだ。言うなれば力がゲームの参加証になっている感じさ。そして当然だが、負けた参加者の力は参加証としての効力を失う。ここまで話せば、もう大体は分かるんじゃないかい?」


言って、どうやら落ち着きが戻ってきたらしく、亜生は床についていた手を離すと、そのまま浮き上がるようにしてその場に立ち上がった。


ただし、顔へ映している表情はいまだに怒りや悲しみの感情が色濃いが……。


さておき、

伝えられた情報から、太知は考えを巡らす。


相手は最悪のサディスト。

こちらが一番、嫌がることをしてくると予測がついている以上、答えは容易に出る。


それだけに、

口の開くのさえ、嫌になった。


まず間違い無く、当たっているだろう答えが、想像したくも無い答えだったために。


「……なんか多分、当たってるだろうなって答えが頭に浮かんでるんだけど……気持ち的には外れてほしい答えなんだよな……」

「別に嫌がったところで、答えが変わるわけじゃないよ。さっさと言ってみな」

「……」

「言ってみなって」

「……このゲーム最後の対戦相手が持ってた力を奪って現在、それをあの天使が持ってるってことは、最後のゲームへの参加資格は今、あいつにあるってことになるわけだろ……?」

「そうなるね」

「つまり……あいつは最終ゲームに参加するって形で、俺らをまとめて片付けるつもりだってことか?」


この太知の解答に、亜生は、


ただ黙って、数回うなずいてみせる。


途端、

ひどく苦々しい顔をし、太知は片手で頭を抱え、一言、


「……勘弁してくれよ……」

唸るように漏らした。


とはいえ、

絶望的な状況はどちらにせよ変わらない。


あの天使が自分たちの前に姿を現した時点でほぼ詰み。

経過が違うだけで、結果は同じだ。


悪魔である亜生は責め苛まれ、人間であるゲームの参加者たちは自分を含めて全員、殺されるという流れだろう。


逃げ場が見当たらない絶望感。


もはや吐き気すら感じ始めた太知は、反吐でも出すように苦しげな溜め息を吐いた。



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