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悪魔は蒼ざめた月のもとに  作者: 花街ナズナ
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絶望への来訪者 (4)


コンクリートに膝をついたままの亜生。


その亜生に睨まれながら、逆に見下す姿勢で悠然としている天使。


そんな両者を、触れるほどの間近で見ているしかない太知。


膠着したようなこの状況が打破されたのは、今までと変わらず、やはり何気無いきっかけからだった。


普通ならば空気の重さで身じろぎひとつするのすら、ためらう状況。


なのに、

学生服姿をした天使は、自分を射る亜生の視線も、場の空気も完全に無視し、するりと身をひるがえして太知と亜生に背を向ける。


これに当然、


「どこに行く気だっ!」

床へ崩れたままの亜生が怒声を上げた。


が、天使のほうはこれに振り返りもせず、答える。


「現時点で私が貴様にすべきことは終えた。これ以上はここへ留まっている理由は無い」

「……私に……すべきこと……?」

分かりやすい疑問の声を漏らした亜生に反応したのだろうか、天使はふと、首だけを回して再び亜生を見た。


亜生でさえ表情豊かに思えるほどの、感情の欠片すら無い(ただ見るだけ)の目を向けて。


「神の御意思としてはこうだ。(穢れ)……すなわち知恵に毒された貴様ら悪魔に対してもっとも効果的な罰は、知恵によって生じた自我が発する感情を利用せよと」

「……どういうことだ?」

「(穢れ)た貴様ら悪魔には、(穢れ)で得た自我と感情を責めることで苦痛を与えるのが一番効果的だ。怒りや悲しみといった負の感情は、ひとたびそれを感じ取れるようになってしまった貴様らには耐えがたい苦痛だろう。まさしく自業自得だな。貴様は悪魔に身を落としたがゆえに背負った苦しみで、自らを責め苛まれるわけだ」

「だから……こんな回りくどい真似を……」

「その通り。私には理解出来んし、する気も無いが、何故か貴様を苦しめるには直接に貴様を責め立てるより、関わった人間を始末していくほうがより深く、長く苦しませることが出来るようなのでな」

「……それも、お前たちが神と崇めるクソ野郎の入れ知恵か……」

「我らが主なる神に対する冒涜は許さん。が、それでも今はまだ貴様をどうこうしはしない。せいぜい苦しむがいい。貴様ら悪魔には死が無い代わりに、苦しみの終わりも無い」

「……」


そこまで話し、まだ亜生は天使に対して言いたいことがあるといった視線を向けていたが、これ以上、話をしても天使には話が通じないと諦めたらしく、口をつぐんだ。


土台、価値観が違いすぎる。


自我のあるもの。

自我の無いもの。


会話が成立するほうがおかしい。


それから、

天使は歩みを再開すると、出入り口のドアへと向かう。


言っていた通り、時間に追われているわけでないらしく、ゆっくりとした歩調で。


と、急に、

ドアの前まで辿り着いたところで、天使は振り返りもせずに声をかける。


太知に。


「ところで、そこの人間」

「……え?」


自身、頭が混乱していたことに加え、ふたりの話がまったくの意味不明だったせいでほとんど呆然として棒立ちしているしか出来なかった太知は、突然かけられた言葉にかろうじて反応するのが限界だった。


しかし当の天使はそんなことを気にかけるはずも無く、勝手に話し続ける。


「貴様、他の人間に比べて異常に(穢れ)が強いな。思うに今まで生きてきた間、かなりの人間が貴様の周りで死んでいるだろう」

「!」


いきなり、かけられたその言葉に太知は頭の中を占める混乱すら忘れ、過去の記憶が頭を駆け巡るのを知覚する。


両親の死。

兄の死。

祖父母の死。


「因果だな。その(穢れ)の強さゆえに周囲を不幸へと巻き込む人生。その結末が悪魔との接触によるさらなる罪科の積み重ね。まあ……呪われた存在には似合いの末路を用意してやる。そこの悪魔同様、しばらくは己が負の感情に溺れ、苦しむといい」


言われ、瞬間、


太知は自分が感情だけで人もどきの天使に飛びかかろうとするのが分かった。


考えなど無い。

理屈など無い。


純粋な怒りの感情。

それだけで体が即座反応し、勢い任せに足が地面を蹴った。


ところが、


「止めろ太知!」

本能的に飛び出した体へぶつけてくるような声が太知に届く。


瞬間、

床へと着地した足が反射的に全身へブレーキをかけた。


と、同時に振り返る。

声の主を確認しようと。


だが、確認はハナから必要無かった。

この状況で自分を止めようと声を発するものはひとりしか存在しない。


それでも、背後を見た太知の目には分かりきった事実が現前していた。


膝だけでなく、両手までコンクリートの床へ落とし、這いつくばるような格好で視線を下に落とし、悔しさで歯噛みする表情を隠しもせず、


「今は……堪えろ……」

そう言葉を継ぎ、顔を伏せる。


そんな亜生の様子に、怒りから上がった心拍数のせいで自分の耳元に響いてくる自身の鼓動を聞きつつも、太知はかろうじて理性を取り戻した。


今はどうしようもない。


亜生ですら、手も足も出ない相手。

しかも自分の力はゲーム中にしか使えない。

理性的に算段するうち、より頭は冷えてゆく。


そうして、

亜生の言葉で少しくは冷静になった太知が、その亜生を見つめていた短い間に、


天使は去る。


こちらの行動など気にもせず、ガチャリと鈍い金属音を残して閉じるドアの向こうに。


途端、

気抜けして太知は空を見遣り、大きく溜め息を吐いた。


「何なんだよ……一体、あいつは……」

ここまでの話がどうにも見えず、加えて、去り際に天使が放っていった言葉で一時は完全に怒りで我を忘れたりと、精神的な安定を著しく欠いた状態が続いたため、無意識に声が漏れる。


前述の理由から出た言葉というせいもあり、特に質問のつもりで発したわけでもなかった。


限り無く独り言に近い。


返事が戻ってくるという期待など、まるでしていなかった。


そこへ、

予想外に返答。


「……言わなくたって分かるだろ……」

ひどく沈んだ亜生の声。


とはいえ太知は特に予想外の反応だからと驚くでなく、そのまま会話を進める。


「そういうことじゃねえよ……俺が知りたいのは、話の全体だ。悪いが、知らないやつの名前やら、知らない力のことやら混ざってて、どうも今ひとつ分からねえ……」

「やつが……以前に話した、私をコテンパンに叩きのめしやがったクソ天使だよ。そこまでは理解出来てるのかい?」

「そこまではな。けど、その天使とやらが何でゲームの元……参加者だっけ? そいつを殺して、おまけにその体を乗っ取ったりしたんだ?」


聞いたところで、

亜生は露の間、回答するのをためらった。


太知のほうは特段、そのわけを考えもしない。


話を整理するのに少し時間がかかったのか……程度の認識だったからである。


そのため、太知は話が終わるまで、亜生の作ったこのわずかの間が、どう言う意味を持っていたのかを知らずに会話を続けることになった。


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