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悪魔は蒼ざめた月のもとに  作者: 花街ナズナ
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絶望への来訪者 (2)


西校舎の屋上。

そこに、三つの人影。


その三つが微動だにせず、奇妙に距離を置いて、ただ固まっていたのはどのくらいの時間だったろうか。


突如、太知と亜生の前に姿を現した少年、無草明光。

それを小刻みに震えながら見つめる亜生。

そんな亜生の様子を横目に見る太知。


この不思議な均衡が崩れたのは、無風だった屋上にふと、緩く横風が吹いた時だった。


太知は見た。

明らかに怯えた顔をし、じっとりと冷や汗をかいた亜生が、ビクッと跳ねるようにして後方に後ずさったのを。


そして瞬間、

自分も同じ反応をすることになる。


耳元で、

まさに、ほんの耳元で、明光の声を聞いたせいで。


「貴様も、この悪魔の甘言につられた愚か者のひとりか?」


完全な不意打ち。


いつもとはまったくの別人としか思えない亜生の怯え様に目を奪われ、明光にはほとんど目配りをしていなかったのは確かだ。


が、だとしても異常。


つい先ほどまでは視界の端に捉えていた。

わずかとはいえ。


影と気配とで、少なくとも自分と亜生のいる場所から、5メートル前後の間隔があると認識できていた。


それなのに、

いきなり耳元へ響いてきた明光の声に、視線をそちらへと向けた途端、太知は思わず身をのけ反らせて飛び退った。


理由はごく自然なこと。


その時、明光が、

目の前にいたから。


ほんの一瞬前までいた場所から突然に。


テレポートでもしたのかと疑うほど、瞬きする間にそこまで接近していた。


「哀れなことだな。どういった経緯かは知らないが、悪魔と接触した以上、貴様にはもう未来は無い。愚かしい。実に、愚かしい……」

「黙れ! この自我も持たない神の下僕がっ!」


目前に立ち、太知へ向けて独り言の如く勝手に話し始めた明光の言葉に反応したのか、急に亜生はわめくように明光の声を遮った。


途端、

太知と明光の目は亜生へと向かう。


その視線に、またもや亜生がたじろいだのは、これも太知の目には不思議に映った。


何をそれほどにおびえているのか。

無論のこと、太知の視線が原因ではないのは太知自身にも分かっていた。


この、明光という少年の視線。

それに対してだということくらいは察するに容易かった。


だけに、

余計、亜生が見せている様相へ当惑する。


どうした理由から、そこまで亜生は明光を恐れるのだろうかと。


しかし、

これを幸いと呼んでいいのかは分からないが、太知から亜生へと再び視線を戻した明光と、なおも微かに震えている亜生が交わしだした言葉によって、太知は間接的に話の全体像を理解することとなる。


「ほう……あれだけ私に痛めつけられたというのに、まだそんな口が聞けるとは、悪魔というのは存外に図太いようだな」

「やかましいっ!」


普通に聞いているだけなら、まるでちょっとした痴話ゲンカのような会話。


だが、ここまでだけでも極めて重要なことが分かる。

明光が現れてしばらくした時、亜生の言ったこと。


(こいつは人間じゃない)という言葉と、明光が話した(私に痛めつけられた)という言葉から、導き出される答えはひとつしかない。


明光は天使。

これだけはまず明らか。


さらに、続くふたりの会話を経て、その予測は補填されるとともに、それ以外の疑問もわずかずつだが解決されていった。


「大体、何だその姿は! 何故、お前が明光の姿をしてるんだっ!」

「ああ、大したことじゃない。貴様がどういうわけか、この人間から力を回収していないのに気づいたんでな。掃除をはかどらせる為の下準備のようなものだ。そのためにこの体を使わせてもらっている」

「……な、じゃ……じゃあ、まさかお前……明光を……」

「この人間がどうかしたか? 無論だが、私は貴様とは違う。人間の意識に触れて(穢れ)るような真似はしない。きちんと貴様の置き忘れていった力は、この人間の意識体を始末してから回収した」

「……!」


そこまで話したのを聞き届けたところで、亜生は愕然としてしばし声を失った。


訪れる静寂。

長い沈黙。


どの程度の時間であったかといえば、実際はそれほどではない。


正味、1分と経過していなかったが、蚊帳の外でふたりの話から憶測と推論を繰り返していた太知にとっては耐え難く長かった。


だから開いた。

口を。


「……なあ」

「?」


呆然自失したように立ち尽くす亜生を横に、太知は明光……の姿をした天使と思しき少年へと声をかけた。


と、すぐさまその感情ひとつ表さない人形のような瞳が、亜生から太知へ移る。


「どうも……俺には話がよく見えないんで、少し聞きたいんだが……」

「何だ?」

「お前が陰淵の話してた……その、天使とかってやつなのか?」


太知の質問に、

対して、

ポーカーフェイスを微動だにさせず、答えは返ってきた。


「私の正体という意味ならば、答えはイエスだ」


ここで確定する。


目の前にいる少年。

明光、改め、天使。


皮肉にも、始めて亜生から自分の正体を悪魔だと言われたこの場所で、その亜生を叩きのめしたと聞かされていた天使とご対面。


相も変わらず、話が突飛過ぎて現実感が薄い。


とはいえ、ウソということもまた無いだろう。

特にこれまでの経緯を考えれば。


事実は小説よりも奇なりという言葉もある。

悪魔がいるのだから天使が現れても不思議は無い。


不思議は無い、が、

疑問がこれだけで解消されたわけでもない。


そこで太知は、質問を続けた。


「なるほど……まずはひとつ了解だ。で、他にも何個か質問したいんだが……」

「構わん。特に私は急いではいないからな。知っていることなら話してやろう」

「……なら、遠慮なく。今さっき、お前が亜生と話してたことだけど、お前が化けてるその明光とかってやつ。本人は今、どうしてるんだ?」


言った、

刹那だった。


ふと、視界の端に捉えていた亜生から、ただならぬ気配を感じて太知が横を見る。


そこには、

驚くほど感情を剥き出しにした亜生がいた。


顔を伏せ気味にし、怒りと悲しみの表情を浮かべて。


その姿に太知は強く困惑しつつも瞬時、亜生がそんな変化を起こした理由を考えようとした。


ところが、

そうした太知の思考は必要を無くす。


亜生に視線を移した露の間に即座、天使からの回答がもたらされたために。


「不思議な質問だな。私がこの体を使っている以上、答えは分かりきっているだろうに」

「……え?」

「先ほどまで私とそこの悪魔が話していた内容の通り、天使である私は貴様ら人間の意識体に触れて(穢れ)ることを何より警戒する。よって、私がこの人間の体を使っている時点でこの人間はもう存在しないという答えになる」

「な……え、ちょっと待ってくれ。もう存在しないって……そりゃ、どういう……」

「この人間はとうに死んでいる。もしくは、直接的な死亡原因が私にあるから、殺したという表現のほうが正しいか?」


この答えを聞き、

太知は、

少し前の亜生と同様、驚愕の体で目を見開き、言葉を失った。


何故だ?


何故、天使が人を殺す?

どうして?


刻まれた先入観と固定観念で頭の混乱する太知の様子には配慮すら無く、天使はごく当然のこととばかりに話し続ける。


「具体的に説明するなら、私がこの体へ入り込むのに邪魔だったから、この人間の意識体を、そこの悪魔が残していった力に吸収させて消した。綺麗にな。付け加えれば、この人間に限らず昨日のゲームで敗北した人間はすべて始末した。ひとたび悪魔と接触した人間を生かしておいては何かと危険だからな」


淡々と眉ひとつ動かさずに話す、人の形をした天使の声を聞きながら、太知は形容し難い感情の渦に飲み込まれていた。


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