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悪魔は蒼ざめた月のもとに  作者: 花街ナズナ
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そして思いは交錯を始める (8)


亜生との会話にどのくらいの時間を潰した頃だろうか。


高く響く終業チャイムが校内、校外を含んで、屋上全体へまで轟く。


それを聞き、はたとして太知は屋上ドアに目を向けた。


「やべっ、もう教室に戻らないと……」

慌て、太知が屋上から出ようとドアに足を進めようとしたその時、


「構わないよ。急ぐ必要は無い」

そう後ろから話してきたのは亜生だった。


これに、はて、こいつは何を言っているのかと疑問も露わに、一度は向けた足を戻し、背後を振り返りながら太知は問う。


「なん……だ? 急ぐ必要が無いったって……急がないと、教室の鍵が閉められ……」

「閉められたら開ければいい。簡単なことだろ?」

「簡単なことって……そんなの、鍵も無しにどうやって……」


ここまで話し、太知は次の言葉を飲み込んだ。


妙な言い方だが、考えてみれば考えるほどのことでもない。


自分は亜生と一緒にいる。

どういう手段かは知らないが、ここの屋上ドアの鍵を開けられるくらいなのだから、教室ドアにかかったチャチな鍵など、彼女にかかれば造作も無く開けられるのだろう。


などと思っているところへ、今度は亜生が語り出す。


「それに、帰り支度はまだ先でいい。もうすぐゲームの時間だ。諸々のことはゲームが終わってからにしな」

「……え?」

「今朝にも話してたろう。二回目のゲームだよ。あと……そうさね、30分ちょっとで開始になる」

「え、えっ、ええっ?」


いきなりの話に戸惑い焦る太知の態度にも、亜生は落ち着いた調子を変えることなく、気軽な調子で話を続けた。


「大丈夫さ。今回のゲームはタッグマッチだから少しばかり勝手は違うと思うが、基本的には昨日と似たようなもの……」

ここまで言ったところで、


亜生が言い切るのよりも早く、困惑以上にその他の感情が先行した太知が堪らず口を挟んだ。


「や、じゃねえよっ! 何だよいきなり昨日の今日でゲームって!」


亜生と関わって以来、彼女からは何かというと急な話ばかりだが、さりとて回数を重ねたから慣れるというものでもない。


またしても事前に何の知らせも無くゲーム開始の告知。

当たり前だが、太知は戸惑いと怒りの混ざったような感情と口調で亜生を責めた。


「大体、前々から思ってたことだけど、お前は何で何かを話すにしてもいちいち後出しで話すんだよ! 予定があるんだったら少し先に言ってくれれば、こっちだって心の準備もしやすいってのに……それとも何か? お前の……ゲーム・キーパーとかの制限の中に、ゲームに関することはギリギリになってからでないと話しちゃいけないとかいうルールでもあるのか?」


怒鳴りつけるというほどではなかったが、少なくとも普通に見て、かなり腹を立てているだろうと分かる程度の不機嫌さは滲ませて放った太知の言葉。


ところが、それを聞いた当の本人。亜生のほうは、どうにもピンとこない顔をして太知の顔を見ているだけだった。


限り無く無表情に近い顔へ、微かに不思議そうな雰囲気だけを漂わせ、小首を傾げる。


「……確かに私のゲーム・キーパーは色々と面倒なところはあるが、あんたの言うようなルールは特に無いぞ?」

「だったら、何でもっと必要な情報を先に先にで教えないんだよっ!」


この質問に、

亜生はここへきてようやくはっきりとした表情を浮かべた。


明らかに何かを考え込む表情。


ともすれば、苦悩するような渋い顔をし、しばし無言で思考したらしきところで急に、


「……聞かれなかったから……かな?」

どうにも歯切れの悪い、こもったような調子で疑問形の答えを太知に返す。


対し、こう言われた太知のほうは、

手で額を押さえ、天を仰いで唸ってしまった。


すでにかなり以前に聞かされていたことの事実確認。

悪魔は人間に比べ、知恵が足りないという話。


なるほど、紛う事無く亜生が言っていたことは真実だったわけだ。


少しばかり気を利かせれば思いつきそうなことすら、亜生には気がつかなかったと。


その結果として、太知はゲームの胴元である亜生の全面的助力を得られる立場にありながら、何かと不便を強いられてきた。

つまりはそういうわけである。


額に当てた手をそのままに、太知は顔を下げると呆れた様子で指の間から、今や間抜け面にしか見えない亜生の表情薄い顔を見つつ、つぶやくように話し出す。


「……すっかり騙された……」

「何がだい?」

「それらしいしゃべり口調と態度のせいで、お前のおつむの程度を過大評価してた……」

「だから始めから言っていたろうに。私たち悪魔は所詮、あんたら人間の知恵を少々つまんだ程度の頭だよ。他のことならまだしも、考えの必要なことを私に期待されても困る」


何も得意になって言うことではないと思うが、亜生の言い分はとりあえず筋が通っている。


彼女の言う通り、これは事前に伝えられていた話だ。

そこを妙に勘繰り、信用しなかったのは太知の勝手でしかない。


そう思うと、変な深読みをしていた自分がより馬鹿らしく思え、太知は肺の縮むような長い溜め息を吐いた。


「まあ、遅まきながら指摘してくれて良かったよ。そういうことなら、これから始めるゲームの詳細をあんたが必要としていると分かった以上、知ってる情報はすべて伝えられるからね」

「遅まきながらというべきか……遅きに失したというべきかは迷うけどな。ひとまず聞かせてもらおう。何せ時間が無い。さっさと相手の情報を話せ」


傍から見ても恐ろしく機嫌の悪い顔で亜生を睨みつけながら太知が言う。


すると、さもそんな太知の態度を不思議そうに見つめながら、亜生はこれから始まるゲームの詳細を説明し始めた。


「今度のゲームは二対二。つまり相手はふたりだ。ひとりは不破東吾ふわ とうご。あんたと同じ二年の男子。持ってる力はベイン・ペイン(Vain Pain……空虚な苦痛)という、少し変わった力さ」

「ベイン……ペイン?」

「視認した相手にのみ有効という点ではハンギング・ツリーと共通してる。けど決定的に違うのはその力の性質だ」

「……ていうと?」

「ベイン・ペインは生物の痛覚を自在に操る力。が、与えられるのは痛みのみさ。その痛みがどれほど激しいものだとしても、直接の物理的傷害は加えられない」

「ということは、そこが最大の弱点てわけだな。実害は与えられないから実戦力としてはそれほどの脅威じゃないと……」

「そのあたりは痛みってものに対する耐性の度合いによるだろうけどね。特に人間てのは男と女では男のほうが苦痛に弱い。せいぜい油断はしないことだよ」

「言われなくても油断なんてするか。ただでさえ、俺の力は実戦向きじゃないんだからな」

「自覚してるんなら、これ以上うるさく言わないよ。で、もうひとりの相手。問題はこいつの対策だろうね」


言って、亜生はまた太知へ異様に接近した。

息がかかるほどの距離まで顔を近づけ、疎ましがる太知にも気を掛けず、いつもの嫌らしい笑みを浮かべて話を続ける。


「東吾と一緒に戦うのは三年の、同じく男子で法野宗政のりや むねまさ。私の思うに、今回の戦いで一番注意しなきゃならないのは、こいつの力だ。下手すると、あんたとサヤがふたりがかりでも、こいつひとりに勝てるかどうか……」

「……そんなに、強力なのか? その……法野とかの力って……」

「ああ、私の力の中では特に実戦向きなほうだよ」


言いながら、亜生はさらに顔を太知に寄せてゆく。

すでにふたりは唇同士が触れ合う寸前まで距離を縮めている。


太知が意識的に身を後ろへ反らせていなければ、とっくに接吻しているほどに。


「宗政の……やつの力はガントレット(Gauntlet……挟撃回廊)という。視認した敵に対して力を行使すると、敵と自分との間へ左右に11人ずつ、計22人の甲冑を着た兵士が現れ、鉄製の棘鞭を持って攻撃してくる。左右を完全に固められているから、当人を攻撃するにはその挟撃をかわし、接近する必要がある。が、普通に考えたらほぼ不可能さ。左右からの猛烈な攻撃をかいくぐって近づくなんてね。理想的なのはハンギング・ツリーのように接近しなくても見るだけで攻撃のできる力で対抗するのが最良なんだが、はてさて……あんたとサヤだけじゃあどうにも心許無い。また今回も私が手を貸す形になるだろうねえ……」


後半、わざとらしく恩着せがましい言葉を選び、徐々にささやくような声になりつつ、なお亜生は近づいてくるのを止めない。


ふたりの顔と顔の間はもう5センチと離れていない。

ひと押しすれば口づけしてしまうだろう異常な間隔。


何に例えれば良いのかも分からない、妙に甘い香りのする亜生の吐息が太知の顔へ、生温かく吹きかけられる。


もはやこの時点で太知は亜生の話を聞きながらも、その内容の半分も頭に入っていなかった。


理解の範囲を超えた亜生の行動による混乱と、ある種の恐怖によって。

行動原理が分からない相手というのは、その存在だけですでに恐れを抱かせる。


何をするとどうなる。

何をしなければこうなる。


そういった理屈が通用しない相手は、その不確実性のため、人に大きな不安を与える。

どのようになるのか想像のつかない将来、未来へ対する漠然とした畏怖に近しい。


と、

唇のふれる手前まで達した亜生に、これ以上は耐えきれないと、太知は無理に身をよじって体を亜生から離そうとした。


その時、


「……汝、獣と口づけすること無かれ……」

「!」


突然にして、考えもしなかったこと。

ゆえに、思わず太知は音にもならない吃驚の声を上げた。


聞き覚えの無い、誰かの声が背後から響いてきたからだ。


自分たち以外に誰かがこんなところへ来るなどとは思いもしなかったせいもあり、太知は驚きで体を跳ねさすようにし、後ろから聞こえた声の主を振り返り、探る。


見ると、

やはり人がいた。


自分と同じく学生服姿の男子がひとり。


だが……、

なんとも奇妙だった。


何か、雰囲気がおかしい。

見た目だけなら別に、それほど変わったところがあるわけではない。


しかし、確かにおかしい。

どこがと言われれば答えに詰まるが、ただ、何か普通でないことだけは確信して感じられる。


無理をしてでも言うとするなら……そう、


生きている人間の存在を感じない。


まるで、単に人の形をした何かがいるだけのような違和感。

その少年からはそんな異様さが滲み出していた。


そうして、

いきなりその場へ現れた少年に対し、かけられた意味不明な言葉も含め、太知が当惑した目を向けていると、


ふと視界に入る。


自分とは比べ物にならぬほど、強く動揺した視線を送る亜生の姿が。


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