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悪魔は蒼ざめた月のもとに  作者: 花街ナズナ
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そして思いは交錯を始める (7)


五時限目の始業を告げるチャイムが鳴り終わってからしばらく後。


太知はひとり残った西校舎の屋上で横になっていた。


両手を頭の後ろへ回し、それを枕にしてコンクリートの上に転がる。

そして、日の光が眩しく照りつける空を見つめる。


晴れてはいるが、雲の流れが速い。

もしかすると天気が急変するかもしれない。


などと、

そぞろな思考を巡らしつつ、太知が終業のチャイムを心待ちにしているその時。


急に空で埋め尽くされていたその視界に、異物が混入する。


ふいに。

ちょうど自分を逆さにして見るように、亜生が顔を覗き込んできたのである。


逆さまの亜生の顔。

いつもながら、異常に近い。


これも悪魔に特有のものだろうか。

人間と違い、パーソナルスペースの概念が欠落しているのかもしれない。


突然ではあったものの、すでにこうした登場に慣れてしまった太知は、特に驚くことも無く、相も変らぬ不快な亜生の笑みを、その瞳を見つめつつ確認していた。


するとすぐ、亜生が話し出す。

これまた太知の予測通り。


亜生の話し好きはもう学習済みだ。


「まったく……ほんとに女心ってのが分からない男だねえ。あんたってやつは」

鼻で笑うような、呆れた口調での第一声がこれである。


そしてもうお分かりだと思うが、太知はこの言葉の意味が理解出来なかった。


「……何だよ、その……女心って……?」

「鈍いやつには言ったって分かりゃしない話さ」

言って、太知の問いになお呆れたのか、亜生は顔を逸らすと屈んでいたらしき体勢から、すっと立ち上がる。


合わせるように、太知も半身を起こした。

それにまた合わせたようにして、亜生は話し始める。


「とはいえ……言わずにいたんじゃ、サヤがあまりに気の毒だからね。話すだけは話しとこうか。さっき、階段下りて教室に戻る途中のサヤ、泣いてたよ」

「はっ?」

言われて、太知は疑問を混ぜた吃驚の声を上げた。


勢い、その場へ立ち上がりながら。


それに気づいているのか、ちょうど太知に背を向けた形で立つ亜生は、溜め息交じりで話す。


「可哀そうだねえ。こうも鈍感な男に惚れちまうなんてさ。これじゃあ涙がいくらあったって足りやしないよあの子は」

「な、え、ちょっと待て! 何だよ、何で針子が泣くんだよ! しかもなんでそれが俺のせいなんだっ!」


完全に泡を喰ってしまい、大声で問う太知の言葉に、自分の推測が間違っていなかったことを確認してか、亜生はわざとらしく天を仰ぎ、片手で頭を押さえる。


「……はー、ここまでくると逆に見事だよ。もしかしたらあんた、五感が腐ってるんじゃないのかい?」

そう言い、振り返った亜生はさらに言葉を続けた。


「確か私は今朝、あんたに言ったはずだね。サヤ……あの子はあんたに気があると」

「あ……ああ、覚えてるさ。まだ半日も経っていないのにそれくらいのことを忘れるほど、俺はボケちゃいない」

「別の意味では恐ろしいほどボケてるけどね……ま、そこは置いといて、だ。普通に考えて、自分に好意を持ってる相手に対して、勘ぐられるとまずいから先に戻れなんて言葉がよく言えるもんだと思わないのかい?」

「……どういうことだ?」

「勘ぐられたらまずいってことは、勘ぐられたくない。つまり、自分とあんたが何かあるなと他人に思われるのが、あんたには迷惑だと、そう解釈しちまうのが女心だって言ってるんだよこの考え無し」


こう言われ、太知は、

脳内の思考が五分五分に分かれたような錯覚に陥った。


亜生の噛み砕いたような説明を聞いてまで、意味が分からないほど太知も馬鹿ではない。


が、そこを素直に(女心とはそういうもの)という言葉だけで納得できるほど、彼も素直な性質ではなかった。


というより、それすなわち太知が女心というものを絶望的なまでに理解していない証拠でもあるのだが……。


「困ったもんだよ。せっかくこっちはあんたらが懇ろになってくれるようにと期待してたってえのに……この調子じゃ、サヤとの連携はあまり望めそうにないね」

不快そうに眉をひそめ、亜生は太知を見つめて言う。


表情すらも語っていた。

(この朴念仁)と。


しかし太知としては何とも心外としか言えない。

彼としてはサヤと自分の関係を詮索された場合、いろいろと面倒になるだろうと思っての判断だった。


どちらかといえば……いや、ほぼ十割がたサヤのためを思っての配慮を、こうも悪しざまに非難されたのでは、太知としても不本意極まりない。


のだが。

亜生が言うところの(女心)なるものを自分が理解出来ていない以上、まともな反論も出来ない事実がある。


どちらが正しいのか、間違っているのかを論じるにも、その根本にある(女心)とやらが分からないのでは、肯定も否定も出来ない。


自然、消化不良のモヤモヤとした感情だけが太知の中に残ることになった。


さておき、

実のところ、この時点で太知にはサヤへの言動に対する亜生の叱責を受けつつ、新たな疑問が頭に浮かんでいた。


そしてそれは、どこか卑怯な気はするが太知にとって今、この話題から逃れるための材料として絶好とも思えたのである。


だから問うた。

苦い顔を続ける亜生へ。


「……あの……なあ」

「ん?」

「不思議に思ったんだが……お前、何でこの場にいたわけでもないのに、俺と針子のやり取りをそこまで詳しく知ってるんだ……?」


この太知の質問に、

亜生は三段階に表情を変化させて反応した。


まず呆れ顔。

そこから質問を聞いてすぐに、ふと真顔に。


さらにその後、露の間を空け、どうにも落胆したような顔をして、


「……ほんとに、あんたってやつは知恵が回るんだか、そうでないんだか分からない男だね。女心ひとつ理解出来ないくせに、こういうことには目敏いんだからさ……」

言うや、何か諦めた様子で言葉を続けた。


「まあ人間に限らず、何にだって得手不得手はあるからね。あんたの場合もそういうことだと納得して説明してやるよ。これも今朝がた話したと思うけど、昨日の時点であんたのを含め、ゲームは五回おこなわれた。これが意味するところは、女心以外には鋭いあんたなら分かるんじゃないかい?」

「……一回のゲームにつき、ひとつとして考え、少なくともお前は昨日の段階で最低五つの力は取り返した……だろ?」

「はい、ご名答。さすがだね」


珍しく邪気も無く、嬉々とした笑みを浮かべて亜生は答える。

つまり、よほどその事実は彼女にとってうれしいのだろう。


当然と言えば当然か。

何せ、亜生はそれを……力を取り戻すことに執心してこんな馬鹿げたゲームをおこなっているわけなのだから。


「では正解のご褒美に、あんたの疑問への解答だ。何故に私があんたとサヤのやり取りを知っていたか」

言いながら亜生は自分の目を指差し、言葉を継ぐ。


「昨日のゲームで取り戻した力のうち、ひとつがその答えさ」

「……というと?」

「グライアイ(Graiae……共有する視界)だよ」

「……?」

「私が取り戻した力のひとつ。この力は視覚を有するあらゆる生き物の見ているものを同じく見ることが出来る力だ。私はこの力を使い、あんたとサヤの見ているものを離れた場所から見てた。だからあんたらのやり取りも全部知ってる、と。そういうことさね」

「ん……? でも、ちょっと待てよ。人の見てるものが見れるといっても、それじゃあ俺と針子の話してた内容までは分からないはずじゃ……」


言い止して、太知は亜生の表情が変化するのに合わせて口を閉じた。


邪気の無い笑顔は消え、代わりに、

見下したような冷たい視線。


歪み、底意を孕む笑顔とはまた違った不愉快さをもたらす顔。


そうして、


「あんた……私が読唇術のひとつも出来ないなんて思ってたのかい?」


侮蔑するように言うと、亜生はより強く冷ややかな目で太知を睨んだ。



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