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悪魔は蒼ざめた月のもとに  作者: 花街ナズナ
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そして思いは交錯を始める (5)


「……針……子?」

自分でもひどく間抜けな声音でそう太知が問うたのは、ドアを開けてからおよそ5秒ほどの間を空けてからのことだった。


それほどに今、自分の置かれている状況がよく飲み込めなかったのだ。


ところが、

下手をすると自分以上に冷静さを欠き、何やら言おうとしているのか、口だけパクつかせているサヤの様子を見たところで、太知の頭は急に整理整頓された。


簡単なことだ。

今朝から亜生が話していた通り、自分とサヤとの距離を縮めようという、単に迷惑極まる上、完全に筋違いな気の利かせ方をした結果がこれなのだろう。


今度のゲームに備え、ふたりきりで仲良くお話でもして親睦を深めろと。


なんとも亜生らしい、押しつけがましい親切である。


いや……別に亜生はこれを底意無しでやっているわけではないので、親切ととるのはさすがに人が良すぎるか。


と、

取り留めも無いことを考えているうちに、状況に慣れ落ち着いたのか、サヤが声を発した。


「あ……の、陰淵さんから、ここで車輪くんと今度のゲームについて話し合えって……そう言われて……」


やっとという感じで口から出されたサヤの言葉は少々、断片的な感はあったが、内容を理解するには十分だった。


「ああ……大体の察しはつくよ。あいつから無理に俺と接触するよう強要されたんだろ?」

「そ、そんなことはっ!」


否定しようと口を開けたが、言いかけてサヤは口を手で押さえる。

何故だか妙に顔を赤らめて。


こうなると、面と向かって話しているにもかかわらず、太知のほうはサヤの考えが分からずに困惑してしまう。


対人恐怖の気でもあるのか?


などと思いつつ、考えてみれば人との接触を極度に避ける性質こそ似てはいるが、自分とサヤとではその理由に大きな違いがあるだろうと、自分の中で勝手に納得した。


太知は自分にかかわる人間が不幸に見舞われることを恐れ、接触を避ける。

サヤは他人とかかわることで、自分や他人の心が傷つくのを恐れ、接触を避ける。


当たり前のように人死にを出してきた太知からすれば、なんとも軽い動機にも感じるが、別に悪いことだとも思わない。


つまりは行き過ぎた自己防衛本能と、他人への配慮が生んだ精神の不均衡だ。

同情こそすれ、責める気は無い。


それにしても……。


そんな性格のサヤとふたりきりで親睦を深めろとは、いつもながらに亜生の発案はどこか的が外れている。


口もろくにきけない相手と、どうやってコミュニケーションを取れというのか。

この微妙な沈黙に支配された空間をどうしたものかと、悩ましげに太知は空を見上げた。


すると、

意外にも視線を逸らしていたところに、サヤがまた口を開いて話し始める。


「車輪くんは……どうして、このゲームに……?」

急に聞かれ、太知は少し目を丸くした。


それは相変わらず、部分的に言葉足らずなサヤの話し方のせいもあったが、それ以上に(どうしてこのゲームに参加したのか)という問いに対する適切な答えが思い浮かばなかったことが大きい。


とはいえ、ここで即答しないとまたぞろ奇妙な沈黙が続く危険性が高くなる。

思って、太知は考え得るもっともストレートな理由を話すことにした。


「……そうさな。針子は知ってるかどうか分からないけど、このゲームは参加を拒否した時点で命を落とす仕組みなんだと陰淵からは聞いてる。俺もまだこの若さで死にたくないからさ。それで参加を了承した……と、言いたいところだが、本当を言うとゲームに誘われた時、俺はほとんど意識が無かったんだよ。そこに付け込んで、上手いこと口車に乗せられたっていうのが正確なところ、かな?」


答えて、わずかに自嘲を込めて苦笑する。


それを聞いたサヤの反応はと言えば、


同じく苦笑。

続いて、


「それじゃ……私とおんなじだ」

そう言い、サヤは軽く声を漏らして笑った。


気のせいか。

いや、気のせいではない。


間違い無く、それをきっかけ。

空気が一変した。


どこかしら重苦しくすら感じていた沈黙の空気が、ふと和らいだのを太知は確かに感じた。


「考えたら私、車輪くんとちゃんと話したのって今日が始めてだよね」

「言われれば……まあ。でも……」

「でも?」

「正確に言うと、ちゃんとどころか話したこと自体、今日が始めてじゃないか?」

「あっ……」


他意も無く返した太知の回答に、サヤは短く声を上げると、また笑う。


不思議な感覚だった。


思えば、他人とこれほどまともに会話をしたのはいつ以来だろう。


無論、亜生は人間ではないので数には入れない。


孤独を甘受していた理性が軋む。

心の中では警報すら鳴っている。


(人との関わりに魅かれるな)と。

(孤独の内に戻れ)と。


ところが、


自然に。

気付かぬほど自然に。

自覚する理性すら働かないほど自然に。


欲望が、

すべてを上回った。


知らぬ間にサヤと一緒に声を上げ、笑っている。


有り得ない自分の姿。

そんな自分を客観視することもなく、太知は今、自分の感じている感覚に酔っていた。


人との交わりだけが埋めてくれる心の隙間。

そこから常に吹きすさんでいた冷たい風を忘れ、胸を温かさが包む。


「……じゃあ、改めて。話……してもいいかな、車輪くん……?」

「今さらだろ? けど、構わないよ。俺なんかで良ければ、何でも話してくれて」

「良かった……」


太知の返答に安心し、胸を撫で下ろすサヤの姿を見ながら、太知もまた安心した。


だが、

気付くべきだった。


出来得るなら。

この先に待つ、彼の行く末を思うなら。


しかし、それは無理なことだったかもしれない。


始めから決まっていたのだろう。

こうなることも。


そして、

この先にそれがどう彼を蝕むかも。


決定された未来。

それによって生み出される苦痛。


太知はまだ、自身に縫い付けられた因果の、真の凶悪さを知らない。


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