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悪魔は蒼ざめた月のもとに  作者: 花街ナズナ
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そして思いは交錯を始める (2)


始めのうちこそは別にどうということではなかった。


が、

学校へと近づくにつれ、事態は予想しない方向に動き出していた。


同じ道を進む学生たちの一団。

そこに溶け込むと、太知と亜生の様子は周囲からすると興味を持たずに済ませられるものではなかったのである。


「……なあ」

「ん?」

「お前……これ、いい加減で……」


堪らず、太知が切り出した。

持たれた右手首を、空いたほうの左手で示しつつ。


「どうした? 手首を持たれてると不都合でもあるかい?」

「いや……手首を持たれてることだけが問題なんじゃなくてだな……」


小声で話しながらも、一向にこの状態が如何に周りからすれば異常なのかを悟りもせず、真顔で自分の顔を見返してくる亜生に苛立ちから大声が出そうになる。


そうしていると、


「よっ、お熱いね、ふたりとも!」

「うらやましいな車輪、もう転校生に手え出したのかよ!」


案の定というべきか、

クラスメイトの男子たちから、ついに冷やかしが飛んできた。


そんなことになってもなお、亜生は別段どうとも思っていないらしく、冷やかしを浴びせてきた男子たちに向かい、


「おはようございます」


太知以外の人間用、テンプレート的に可愛らしい声であいさつをする。

もちろん、顔には同じく太知には見せない柔和で優しげな微笑みを浮かべて。


これにより、男子の冷やかしの意味合いに少なからず嫉妬の念がこもる。


それはそうだ。

傍目からすれば転校してきたばかりの、それもとびきりの美少女と一緒に、しかも手を繋いで(正確には太知が一方的に手首を握られているだけなのだが)登校しているとなれば、羨望の眼差しを受けるのも仕方がない。


太知としてはクラスメイトといらざる摩擦を生む危険性を思うと、亜生と親密に関わるところは他人に見せたくないところなのだが、亜生にはそうした深い思慮は期待できないのが事実。


自覚が無いから、なおのこと性質が悪いのだ。

こういうところで判断するに、なるほど鈍感というよりも知恵が足りないのだろう。


シンプルに考えれば、精神年齢の高い子供を相手にしているようなものか。

どちらにしても扱いが厄介なのは変わらない。


散発的に、そこここから飛んでくる冷やかし。

それを意にも介さない……というより、理解していない亜生。


さしもの太知も頭を抱えたくなる。


と、

突然。


軽快に歩いていた亜生が小声で話し出す。


「……蓼食う虫……」

「……は?」

「後ろの娘だよ。あんたに気がある」

「えっ!」

急な話に、太知もつい吃驚の声を漏らしたが、すぐ亜生は背後に見えぬよう、手で太知の口を塞いだ。


「大したことでもないのに変な声を上げなさんな。いいから、間違っても振り返らず、黙って私の話を聞くといい」

そう言い、亜生は話を続ける。


「クラスメイトに針子サヤ(はりこ さや)って娘がいるのは、あんたも知ってるだろ?」

言われて、太知は考える。


針子……。


確かに。

クラスにそんな女子がいるのは知っている。


名前が漢字ではなく、片仮名表記の本名という珍しさの印象。


ひどく大人しい性格らしく、他の女子ともそれほど関わっているのを見たことが無い。

系統は違うが、自分と同じく孤独癖があるタイプかと思い、記憶してはいる。


「あんたも隅に置けないねえ。色気なんて無いふりして、まさか思われ人だなんてさ」

「……何がだよ」

「言ったろ。彼女、あんたに好意を持ってる。古い言い方するなら、懸想してるとでも言うのかい? さっきから私とあんたが一緒に歩いてるのを見て、ああ……可哀そうに、えらく落ち込んじまってるよ……」

小声で話す中に、同じく小さなクスクス笑いを混ぜつつ、亜生は言う。


一方、太知はというと、妙な違和感を感じていた。


何故そんなことが分かる?

少なくとも自分の見ていた限り、亜生が針子サヤをそんなに観察していた様子は無い。


すると、

そうした太知の抱いた疑問を察知してか、亜生はすぐ言葉を継いだ。


「なんとも不思議そうな顔だね太知。でもそれほど特別なことじゃあない。私たち……これは天使も悪魔も共通するところだが、人間の感情を鋭敏に感知できるんだよ。これは特に神から預かった力ってほどのものじゃない。元から備わってる。ただ、考えまでは読めない。感情が読めるってだけだ。考えまで読むにはそのための力が必要になるだろう。だけど、私ら悪魔はそれなりに知恵もあるからね。感情さえ読めれば、ある程度の思考は予測できるのさ」


これを聞き、太知はなんだかいろいろと納得した。


それなら今まで何度か、自分が話すよりも早く考えを先読みされた件の説明がつく。

なるほどと思う気持ちに加え、読まれていたのがあくまでも感情であって、考えそのものでは無かったことに安堵した。


自分の頭の中を覗かれるのは、それが誰であっても楽しくない。

知られるのと読まれるのとでは感情的に意味合いがまったく違う。


その点でも、知られていたのが感情だけであったという話に、太知は胸を撫で下ろした。


などと、

太知が亜生の思いとは明らかな方向違いで勝手に安心しているその時、またもや亜生の唐突な行動が起きる。


一言、

「じゃ、あとは彼女とよろしくやりな」


言ったかと思うと、今までの小声はどこへやら。

聞こえよがしなほど、周りに響かせるようにしてこれも一言、


「それじゃあ車輪くん、針子さんによろしく」

言うや太知の手首を掴んでいた手を放し、そのままその手で太知の肩を軽く押した。


そして足早にその場を去る。

置いていかれたほうの太知は露の間、固まってしまった。


何事だ?


亜生の行動は時として意味不明に感じる。

何がしたいのか、いまいち理解できない。


ところが、


呆気にとられた状態で無意識に、ふと背後へ振り向いた太知はその瞬間、

即座に理解した。


ほとんど目と鼻の先。


もう少し大きな身振りで後ろを向いていたなら、ぶつかっていたであろうほどの至近距離に、彼女がいた。


話していた女子。

針子サヤ。


触れ合うほどの間近で、驚いた顔をして太知の目を見つめていた。

挿絵(By みてみん)

首の辺りで綺麗に切り揃えられた髪。

卵型の形良い輪郭に収まった通りの良い鼻と薄い肉付きの唇。

決して大柄で無い太知からしても、少し見下ろすほどの小柄な体型。


美少女とまではいかないが、同年代の女子の中でも決して見場の悪い部類ではない。


いや、太知から言わせれば十分に可愛いと思う。

だが、今はそうしたことを思っている余裕は無かった。


太知も同様、急な対面に面喰らっていたからである。

互いに驚きの表情で目と目を合わせる。


からくりは単純。

亜生は小声で話している最中、太知の手首を掴んでいる状態を利用し、意図的に歩みを遅くしていたのだ。


その間、針子サヤは亜生の言っていた通り、太知と亜生の一緒に歩く姿を見てうなだれていたのであろう。


ふたりの歩調が極端に鈍ったのに気づかず、両者の距離は接近していた。

そこを狙って、亜生が放った最後の言葉である。


何かと思って顔を上げたサヤ。

何かと思って振り返った太知。

軽いサプライズとともに双方ご対面。


いきなりの顔合わせもあり、泡を喰ったのはどちらもだが、回復の早さは太知が先だった。


不可解だった亜生の行動も、冷静に頭を動かせば見えてくる。

つまるところ、恋のキューピッド気取りか。


とはいえ、そんなことをして何の得があるのかという疑問は残る。


人間なんかの色恋沙汰にかまける手間で、もっと手早く力を取り戻す努力をすればいいんじゃないのか?

そこについては、目的がとにかく見えない。


まあ、やはり人間にとっては悪魔の考えることなど謎なのかもしれないと、太知はどこか諦め気分になった。


そうこうするうち、

サヤのほうも落ち着きを取り戻したらしい。


驚きから戸惑いの顔へと表情を変えた途端、


「……あの……」

ひどく、か細い声で太知に呼びかける。


一方の太知はというと、亜生の行動について考えを巡らしていたせいで、軽く頭が呆けていたところへの一言だったため、


「は?」

なんとも素っ頓狂な声を上げてしまった。


瞬間、

自分の出した声に自分で面映ゆい思いをしている太知へ、さらにサヤが続ける。


「今の……その、陰淵さんと車輪くん……仲、いいんだね……」


悲しそうな、寂しそうな声音と表情。

合わせて負の感情に彩られた様子でサヤは言った。


が、

太知のほうは、サヤの様子になど気づきもせず反射的に、


「冗談じゃない!」


口調も荒く、そう答えた。


無論、本心からである。


仮にも相手は悪魔だ。

しかも自分を利用して、失った力を取り戻そうとしている。


簡単に言えば、自分はうまいこと亜生に道具として使われているに過ぎない。


そんな、人を道具扱いするようなやつと仲良しなどとは、誤解でも思われたくはない。

そうした心理が働いての一言だったが、言われたサヤはまた目を丸くしてしまった。


予想外の答えだったというのが大きかったのだろう。

しばし、見開いた目で太知を見る。


その間に、太知の口はなお否定の言葉を繰り出した。

ただし今度は少し落ち着いて。


亜生の素性を語るほど冷静さを欠かず、ただ彼女との仲を間違って認識されないようにと。


「陰淵はまだ転校してきたばかりだぜ? 俺はたまたま席が近いからって、何故だか妙に馴れ馴れしくされてるだけのことだよ」

「……でも……一緒に手を……」

「あれはあいつが勝手に掴んでたんだ!」


サヤから出た質問に対し、またも語気が強くなってしまった。


加えて、カバンを持った右手の手首を上げ、指で示す。

うっすらと、亜生に掴まれていた跡が赤く浮き出ているのを。


ここまで話して、

ようやく、サヤの顔つきが変わった。


穏やかに。

その理由を、困ったことに太知自身は理解していなかったが。


と、ふとサヤは、


「……そっ……か」

言って、柔らかく微笑む。


一瞬、ドキリとした。


特別な感情を抱いているわけでないとしても、目の前で、明確に自分へ向かって微笑まれるというのは、やはり男心を刺激される。


しかしそれも、ほんの一時のことだった。

今、笑ってみせたと思ったサヤはすぐ、何か、はっとしたような顔をして顔を赤らめると、


「あ、ご……ごめんなさい。なんか、変なこと聞いちゃって……」

見るからに慌てて言ったかと思うや、


「そ、それじゃ車輪くん、またね!」

加えて一言添え、太知の横を走り抜けていく。


ふわりと風をまとった髪が、太知の鼻先へ花のような残り香を置いて消えた。


気付けばサヤの姿ははるか先。

人混みに紛れてもう見えない。


無意識に、

太知は自分の顔が赤らんではいないかと、頬に手を触れてその熱を探る。


ほのかに、熱い。


それを確かめると、太知は気恥ずかしさから舌打ちの代わりに小さな溜め息を漏らした。


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