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悪魔は蒼ざめた月のもとに  作者: 花街ナズナ
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そして思いは交錯を始める (1)


『……の自宅で発見された遺体は人首さん夫婦と長男、礼次さんのもので、警察は現場の状況から一家心中との見方を……』

朝、起床して習慣的につけたテレビからニュースを読むアナウンサーの声が聞こえてきた途端に、太知はすぐさまテレビを消した。


想像はしていたが、実際にそれが報道されている事実を知ると気が滅入る。


礼次の死体は亜生の計らいで、彼が殺した両親のいる自宅へと運び込んだ。

そう考えると、存外に亜生のゲーム・キーパーも汎用性が高い。


死体となっても、フィールドを介してある程度の範囲にはゲーム参加者を移動させることが出来るあたり、彼女が自分で言っているよりも相当に利便性が大きく思える。


ただし、そこはわざと彼女が自身の力を過小評価して伝えているのか、本気でそれほどの力だとは思っていないのかまでは判断できない。


裏が読めないのだ。

いや、正しくは裏があるかどうかが読めない。


亜生いわく、悪魔は知恵の面で人間に劣るという。

そこからして真実なのか、フェイクなのかが分からない。


騙されることを警戒し、相手の思考を深読みしてしまう。

常に物事が悪い方向に動くことを想定して生きてきた太知の、身に染み付いた悲しい習性だ。


ともあれ、切り替えるしかない。

亜生についても、昨日のゲームについても。


そして願うしかない。

次に挑むゲームの相手が、礼次のように力の放棄を拒絶しないことを。


もちろん、それ以前に自分が勝たねばならないのが大前提だが。


そんなことを思いつつ、テレビのニュースで気鬱になったのを無理に奮い立たせると、太知は急いで支度を始めた。


とはいえ、朝食を食べる気は起きなかった。

そこまでは図太くないということかと、自分のか細い精神に自嘲気味の笑いが漏れる。


食事を抜きとすると、朝の支度などは簡素なものだ。

気分転換に加え、頭をすっきりさせるためにシャワーは浴びたが、これとて20分とかかっていない。


あとは着替えくらいのもの。

これに至っては5分もいらない。

パンツを履き、シャツに袖を通し、制服のズボンと上着、最後に靴下を履いて完了。


そんなこんなで約30分後、

支度の整った太知は玄関脇へ置きっぱなしにしていたカバンを拾うと、玄関のチェーンロックを外し、ドアの鍵を開けてドアノブをひねり、押し出して外へと出る。


瞬間、

太知は硬直した。


開け放ったドアの外。


見えるはずの外の光景。


その代わりに、

考えもしていなかったものが目に飛び込んできたからである。


見えたのは、

亜生の姿。


無論、悪魔の姿ではない。


髪は艶やかな黒髪。

服装もあの奇抜で破廉恥なものでなく、学校指定の制服姿。


ただ、

表情だけはいつものそれだった。


太知以外の人間がいる時に見せる、優しく柔和な笑顔とは程遠い。

なにがしかの良からぬ底意を感じさせる細めた目と、歪んだ口元に浮かべた笑顔。


朝の起き抜けに見るには、あまり気持ちの良い代物とは言い難い。


それを呆気にとられて少しばかり見つめていると、


「おはよう太知。期待通りに驚いてくれてうれしいね。長らく出てくるのを待っていた甲斐があったよ」

声もやはり悪魔の時のものでそう切り出してきた。


いつもながらに慣れない違和感。

しゃがれ声の美少女など想像するだけでも嫌だろうが、こんな風に実際、目の前へ出られたのでは、げんなり度合いも半端ではない。


セックスアピールというものに欠け過ぎる。

まあ彼自身、悪魔にそんなものを求めようだなどとは思ってもいないが……。


「な……んだ? お前、なんで俺の家の前に……?」

呆けた頭が少し動き始めたところで、太知は問う。


「いや、何ってほどのことじゃあないさ。昨日の今日だから、あんたが落ち込んでやしないだろうかと思ってね。様子見がてら、一緒に登校しようかと待ち構えてたんだよ」

「は……?」

「さあさ、支度はもう出来てんだろ? 遅刻しちゃまずい。とっとと学校に向かうとしよう」

言って、亜生は太知の返答など聞く気も無しと、カバンを持った太知の手首を掴み、強引に外へと引き出した。


が、太知もさすがにそのままというわけにはいかない。


出口付近で蹴つまずきそうになりながら、必死で引っ張る亜生の手に抗う。


「ちょっ、ちょっと待て! なんで俺がお前と一緒に登校しなくっちゃいけないんだよっ!」

「朝からやかましいね、あんたも。何度も言ったろう? 私からすればあんたは大事な大事なパートナーなんだ。何があろうとゲームに勝ってもらわなきゃ困るんだよ。だからこうして、へばりつくのさ。思い出すのも嫌かもしれないだろうが、思い出して考えてごらんな。昨日のゲームだって、もし私がいなきゃ初手の不意打ちで死んでておかしくなかった。そこからして私だけじゃないんだよ。必要としてるのはね。私はあんたが必要。あんたも私が必要なのさ」


そこまで言われ、思い出す。

昨日の戦い。


ゲームというには生々しすぎる戦い。


鮮明に蘇る記憶は不快そのものだった。


赤土と大理石の湿気った匂い。

曇天の空。


そしてなによりも、


生気を失い、虚ろに開かれた人首礼次の眼。

屍となった人間の瞳。


まるで人形の目でも見るような、不気味さと恐怖がそこにはあった。


身近な人間の死に何度も直面してきただけに、太知は死というものに人一倍、敏感だ。

それゆえ亜生の言う通り、昨日の戦いを引きずっていないと言ったら嘘になる。


今朝のニュースに対する反応からしても、よく自分で自覚している。


間を置き、

亜生の言葉に改めて自分の立場を思い返した太知は、振り払おうとしていた手に従い、ふっと玄関を出た。


抵抗の代わりに、亜生の目を見据えて。


「……また、お前に聞かなくちゃいけないことが出来た……」

「なんだい?」

「一体……この先、何人が死ぬことになるんだ……?」


絞り出すような、苦痛に満ちた質問だった。


確かに礼次は死んでも仕方がないほどのクズだった。


両親を手にかけた行為もそうだが、力を意固地になって放棄しなかったがために命を落としたことを思えば、彼の死は完全に自業自得だろう。


だが、理屈はそうでも感情はそこまで物事を素直に受け入れられない。

今後、一体どれだけの人間が死ぬ可能性があるのか。


そこが今となっては太知の非常な関心事だった。


すると、亜生はまたいつもの無表情な顔つきになって言う。


「その質問に対する直接的な答えは無い。何せ未来は確定していないものだからね。だから、間接的に予測するための要素だけを伝えるよ。このゲームの参加者は、あんたを含めても全部でわずか10人だった。言わなくても分かるだろうけれど、それがイコール、私の力を拾っちまった人間の数というわけさ。で、その10人にゲームをしてもらってるわけだが、あんたは何もその全員と戦うわけじゃあない。このゲームは勝ち残り式のトーナメント方式。昨日一日だけであんたのを含め、五回おこなわれてる。ようするに、もう現時点でのゲームの参加者はたったの5人しかいないんだよ」

「あと……5人……だけ?」

「ああ、あんたを含めて、ね」

「そ……れで、俺以外の、残り四回はどういうことに……?」


太知の聞きたいことをすでに悟ってか、今度は亜生も口元に笑みを浮かべて答えた。

ただし、これもやはり何度も見た歪んだ笑顔だったが。


「安心しな。死人が出たのは一度きり。つまりあんたと戦った礼次だけだよ。他のゲームじゃ死人は出てない。負けた連中も礼次と違って存外素直に力を放棄してくれたしね」

「……じゃあ……」

「ああ、礼次のようなことは特例さ。狂気に駆られた人間でもなきゃ、普通は命と力のどちらを手放すといったら力を手放す。それにあんたが気に病む必要はこれっぱかりも無い。殺したのはあくまでも私。あんたには何の責任も無いんだよ」


慰めのつもりなのか、亜生は強いて礼次の死を自分のやったことだと強調した。


実際、手を下したのは確かに亜生である。

殺したのは亜生。

所詮は悪魔の所業と考えてもいいかもしれない。


そう、器用に切り替えられる人間なら、そのようにも思えるだろう。


さて、

太知はどちらの人間であるのか。


もはや言わずもがなだが、それでも気遣いめいたこうした言葉に少しくは太知の心が救われたのもまた事実であった。


そうこうして、

多少、胸に引っかかる思いを引きずりつつも、太知は玄関を出る。


どういう形にせよ、切り替えは必要だ。

早くこんな不愉快なゲームとやらから解放されるためにも。


「……分かったよ。大人しくお前に従う。どうせ今の俺にはそれしか出来ないんだからな」

「そうそう。すべて私に従っていれば大丈夫さ。なあに、もう昨日のような思いはそうしないで済むはずだよ。こういうゲームは利口なやつだけが最終的に残るよう出来てるもんだからね」

「……こっちとしても、そう願う……」


言うと、太知は亜生の手に引かれるまま、無人の我が家を後にした。



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