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悪魔は蒼ざめた月のもとに  作者: 花街ナズナ
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殺人者とのゲーム (3)


「おーい、このサイコ野郎!」


突然、今まで隠れたまま大人しくしていた太知がそう叫んだ時、驚きで亜生は大理石裏の太知へ、束ねた髪で風を切るように顔を向け、その顔を見た。


と、重ねての驚き。

太知と目が合う。


大声を張り上げた時点で、太知はすでに亜生が自分のほうを見ると予測していたのである。


何故こんな挑発的なことを太知がするのか。

亜生が疑問に思うだろうという予想。

そこに関しては完璧に的中した。


しかし、ここについては太知にとってそれほど重要なことではなかった。


ではあったが、

目の合った亜生に対し、太知は不敵な笑いを浮かべて見せる。


この予測が当たったとなれば、他の予測も的中する確率が高いだろう。

そう踏んでの笑み。


それに、

亜生が自分を見たことは、まったくの無駄というわけでもなかった。


説明された内容の実地による補填。

礼次という男の使う力が、果たして見ることでしか使えない力かどうかを再度確認するための行動。


仁王立ちで丸見えになっている亜生の姿を思えば、自分が声を出したことでおおよその自分がいる位置は礼次に知られているはず。

加え、亜生の向いた方向により、さらに正確な位置が把握できるだろう。


もし、見る以外……位置を特定するだけでも力を行使できるなら、少し間を置いた今の時点で息苦しさを感じておかしくない。


それが無いということは……、

亜生の説明に間違いが無いということ。


礼次はこちらを目で見なければ攻撃できない。


これだけでもかなりの収穫。

以後の作戦がスムーズに進められる。


思い、太知は再び礼次に向かって声をかけた。


「さっきから随分と物騒な話ばかりしてやがるな。で、どうするつもりだ? ゲームのルールはお前も知ってるんだろ? 相手を殺すか、相手に力の放棄をさせるか。お前はどっちを目標に戦う気でいる?」

わざとらしく、どこか小馬鹿にしたような口調で礼次を挑発する。


理由は太知としてはもっともなこと。

返事が戻ってこないと困るからだ。


すると、

期待通りに返事は戻ってきた。


予測に違わぬ、ひどく怒気を含んだキィキィ声の叫びで。


「生意気な口きくんじゃねぇよクソ野郎! 何の努力もしないで、何の苦労もしないで毎日をただ楽しく暮らしてたお前みたいなやつ、ぶっ殺すだけに決まってるだろっ!」

「……人の人生を見てもないのに、まあ好き勝手なこと言ってくれるね。けど、そっちの戦法は理解した。平和的解決は一切、考えには無いってこったな?」

「当たり前だっ! 殺してやるよ、どいつもこいつも! 俺にはそれが出来るし、その権利がある! 俺の気に入らないやつ、俺の邪魔をするやつはどいつもこいつも全員まとめて殺してやるんだっ!」


礼次の、口にしている物騒極まりない内容には、どうにもそぐわない甲高い怒声を聞きつつ、太知はふたつのことを理解した。


説得による平和的解決は無理。

それどころか、相手は間違い無く自分を殺す気で満々だ。


思えば、自分はゲームの初手から不意打ちで死にかけている。

亜生がとっさに出した指示に従い、大理石の影へすぐに隠れていなければ、今頃は絞殺体になってこの赤土の大地にだらしなく転がっていただろう。


ともかく、

理解出来たことのひとつ。


相手はこちらを殺すつもりでいる。

その覚悟をもって、太知も戦わざるを得ないことを確認した。


さらに今ひとつ。

これは太知が立てた作戦に必要不可欠な要素であったが、分かった事実は残念なことにあまり芳しくない。


敵の位置を確認する作業。

見られれば殺されるとなると、太知としても間接的攻撃手段に出るほかない。


が、相手の位置確認はそうなると最重要になる。

自分は姿を見せず、相手の位置を出来るだけ正確に把握する必要があった。


ところが、会話によって聞こえてくる声で相手の位置を特定しようと考え、あえて挑発するような話し方をした太知だったが、聞こえてきた声だけで、礼次の居場所を完璧に把握するのは困難だと知ることになる。


場所が広すぎるのだ。


そのため相手の声が散ってしまい、おおよその位置までしか分からない。

加えて、相手が動かないという保証も無い。


こうなると、どうやって正確に相手の位置を掴むかという難題が壁となる。


すでに攻撃手段は思いついていたが、相手の位置が分からない状態でその攻撃が成功するかどうかが分からないため、下手に動けない。


むやみに攻撃を仕掛けて失敗すれば、相手と同じく、自分の手の内を知られてしまう。

そうなると勝負の駆け引きで不利となるのは明白。


だから出来れば一撃で決めたい。

思い、なおも何事か自分へ向かって罵詈雑言を発している礼次の声へ集中して見るが、やはりこれだけで位置特定は至難。


どうにか他の方途は無いものかと思案を続けていて、ふと、

太知は思った。


位置の特定を自分がしなければいけない理由は無いのではないか?


思い出してみれば、亜生は言っていた。


自分のことを協力者と。

パートナーだと。


ということは、

亜生は自分が勝つことを望んでいるということじゃないのか?


そうなると……、


太知の胸に黒い感情が、じわりと滲む。


顔を横に傾け、隣に立つ亜生のほうを見ると、まだ自分のことを見つめたままだった亜生と目を合わせ、静かな口調でこう問うた。


「……なあ」

「ん?」

「例えば……お前の力で、あのイカレ野郎のいる位置を俺に知らせるなんてことは可能か?」

「愚問だね。言ったろう、私はゲーム・キーパー。ゲームに関することなら、ほとんどのことに干渉できる。あいつ……礼次の居場所をあんたに知らせるなんて、訳も無いさ」

「……でも、どうなんだ? このゲームは俺とあいつとの戦いだろ。審判役のような立ち位置のお前が、俺にだけそんなひいきをするなんていうのは許されるのか?」


探るような、

試すような、


遠回しな言い方で探りを入れる太知の質問に一瞬、亜生は目を丸くして太知を見たまま、しばらく考え込んだようになった。


それは数秒の間。


そして、

亜生は目を細めると、作ったような無表情の顔で、言った。


「ゲームが必ずしもフェアなものでなければならない理由なんてあるのかい?」


この答えを聞き、

太知の顔に、


邪気に満ちた笑顔が浮かぶ。


と、ほぼ同時。

突然、奇妙な電子音が鳴り響いた。


記憶にも新しい、自分をゲーム参加させる際に始めて亜生と話した時に聞こえていたものとよく似ている。


ただし、明確な違いがある。


音の指向が異常なのだ。


ある一点、

はっきりと耳だけで明瞭にその音が発生している位置が分かる。


まるで自分にレーダーでも備え付けられたように、一点だけが耳から入ってくる電子音を指標にし、その位置が頭の中へ入ってきた。


「な、なんだよこれっ! おい、俺の体に何しやがったんだよっ!」

明らかに狼狽している礼次の声が聞こえ、太知の考えは確信になる。


相手の声だけでは不完全だった敵位置の特定が、今や文字通り、手に取るようだ。


耳で(見ている)ような、奇妙な感覚。

それほどに、亜生が発生させたらしき電子音は目で見るかのように礼次の居場所を炙り出す。


一定のテンポで響く電子音。

何が始まったのかも分からず、礼次の慌てたような声。


それらを聞きながら、太知は亜生と合わせていた視線を逸らすと、目を閉じ、集中する。


頭の中には先ほどまで見ていた曇天の空。

そこにイメージを付け足してゆく。


「……不幸は突然に降りかかる。何の予兆も無く、残酷に……ただ、偶然という言い訳だけを振りかざし、すべてを奪う……」

ブツブツとつぶやきながら、太知はさらにイメージを練っていった。


運命を否定し、

必然を否定し、


道筋を、流れを、

操る。


狙うのは電子音によってその居場所を露わにした相手。


その時、

濃い灰色の空に、小さく異音が轟いた。


刹那、


かっと目を見開いた太知は、その顔に浮かべた歪んだ笑みに馴染まない、ひどく落ち着いた口調で一言、


「……さあ、自分の運命を……呪え……」


言った途端、


薄暗く雲に覆われていた空を、凄まじい閃光が包み、


ひとすじ、いびつな光。


細く地面まで雷が伸びる。


瞬間、

落雷の轟音に掻き消されたはずの礼次の悲鳴を亜生は聞き取り、不気味に笑った。


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